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『STAR WARS: 遂げられた指令』 第1部 4章 食堂

四 食堂

 ハンガー内を長時間うろつき、整備中の戦闘機を一通り見て回ると、ダイアディーマは仮眠室で横になった。
 眠気があるわけではない。それどころか体中に力がみなぎり覚醒していた。大規模な作戦を前にして戦意は燃えていたし、睡眠もたっぷりとっている。ドリヴォーズ・デンのカンティーナで親しくなった女の部屋にいつものように泊まり、少しばかり寝坊した。集合にはやや遅れたが、コマンダーは彼女を待ってくれていたし、苦情を述べる者はなかった。テジュンの顔にはいら立ちが浮かんでいたようだが。
 テジュンは過去を引きずりすぎる、とダイアディーマは思っている。ふたりが共に帝国軍に所属していたことはもはや何の意味も持たない。各々が自ら決断して抵抗への道を踏み出したのだ。そしてそれまで以上にふたりは「仲間」になった。だがそれは、ひとりの反乱者同士としてだ。アカデミーの同級生だったからではない。テジュンはまだその感覚が抜けないように思えた。まあ、苦悩するのも彼らしいところではある。苦悩したからこそ、その末に、あろうことか反乱者のクルーザーの腹の中でかつて・・・籍を置いていた帝国軍に飛び付く瞬間を待っているのだ。
 テジュンも、ダイアディーマも、同じ文書をきっかけに帝国の不正に怒りを感じて反乱に身を投じたが、それぞれの真意は少しばかり違うようだ。
 テジュンは、無慈悲なウォーカーの足がそうするように帝国が踏みつぶそうとしている人々を救い、真のヒーローになろうとしている。ヒーローになるために帝国軍に入り、ヒーローになるために、そこを飛び出した。
 だがダイアディーマは、自由に飛びたいだけだ。彼女は帝国が気味の悪い灰色に塗りつぶそうとしている銀河の全細胞を解き放ちたいのだ。飛ぶことを愛していたからこそ帝国軍に入り、飛ぶことを愛していたからこそ、そこを飛び出した。

 ダイアディーマはハンガーで様子を見たすべての戦闘機について思いを巡らせた。ナーフの飼育者が群れの一頭一頭の健康状態や性格についてじっくり観察するように、彼女は機体を細かくチェックしていた。次に飛ばすのはあのV-19スターファイターが良いだろう。旧式だが状態は良く、なによりXウィングより面白い戦いが出来そうだ。コマンダー・ギーメイヴにこの件を要求することを決め、彼女は満足げに微笑した。
 彼女は命をかけた決戦の場で自分の気に入らない機体に乗るつもりは一切なかった。勝ち残るにしても、死ぬにしても、心は弾んでいなければならないのだ。自分の度しがたい性格に、我ながら苦笑せざるを得ない。いっそキラゼリムで親交を結んだあの女の求めに応じて星に残り、ボンガーザの用心棒になってもよかったか。それもひとつの道だろう。そしてそれは、いずれ帝国の圧力にじわじわとつぶされる道だ。そうではなく、自由のために枷を打ち砕くことこそが自分の道なのだった。

 〈インヴォーカー〉がハイパースペースに入った。
 簡易寝台で何度も寝返りを打つ最中、テジュンはそれを感じた。自分の体が船から取り残され、臓腑がじんわりと溶けた後、全身の神経と筋肉があらゆる方向に千々に砕けるような、同時に自分の思念が肉体を離れて虚空に吸い込まれていくような感覚を意識の片隅で覚え、そして元に戻る。ほんの一瞬だ。
 彼はこの感覚が好きだった。宇宙船とひとつになって光速を超え、気が遠くなるほど離れた遥か彼方へと向かっていく。宇宙航行に慣れているテジュンだったが、果てしない銀河について深く思い巡らすと今でも少し恐ろしくなる。だが彼は宇宙船の旅を愛していた。ここが自分の居場所だ。どんなに快適な、あるいはスリリングな惑星の地表にいる時よりも活力がみなぎってくる感じがする。
 テジュンはずっと眠れないでいた。ハンガーのすぐ後部にある食堂でスープをすすって体を温め、眠ろうと努めたが、目を閉じれば閉じるだけ彼の心身は叫び出したいほどに覚醒した。目の前に迫る戦いが恐ろしいわけではない。戦闘機を駆り、強大な敵のただなかに矢のように飛びかかる瞬間を心待ちにしてさえいた。だが……。

 やがて眠りにつくことを諦めたテジュンは、ジャケットを羽織ると宿所を出た。宿所も円盤型のハンガーや食堂と同じく船体に不恰好に増設された区画で、寝台が並ぶいくつかの部屋や、シャワー室、リフレッシャー室、運動室などが備えられていた。循環空気を肺いっぱいに吸い込みながら殺風景な廊下を歩いていると、リフレッシャー室から出てきたダイアディーマと鉢合わせた。
「食堂に行くけど。」テジュンは廊下の先に手を振った。
「うん。」ダイアディーマが頷く。
ふたりはそれだけ言って、廊下を連れ立って歩きだした。白いヘルメットをかぶった二人の兵士が談笑しながら食堂を出てきて、テジュンたちとすれ違った。お互いに曖昧な敬礼を返す。

 食堂の照明は明るかった。部屋自体は、広く、白く塗られたシンプルな空間だったが、置かれているテーブルや椅子はなんともちぐはぐで雑多だ。生まれてこのかた製造効率以外のことを考えたことがないデザイナーが作ったとおぼしき長方形の合金製テーブルの前には、下品なほどけばけばしい人工毛皮のソファーが置かれている。その隣には廃業した古いカンティーナから持ち出してきたような傷だらけの丸テーブルに、木製のスツール、といった具合だ。まるで中古の家具屋から手当たり次第に備品を運び入れたかのような食堂の様子は、反乱軍の比喩にも見える。雑多で、猥雑で、多彩だ。
 調達チームのクルーたち数人が無言で軽食をとっている脇を通りすぎ、ドリンクサーバーで二人分のカフを注ぐと、テジュンたちは手近のテーブルに向かい合った。田舎の民家から持ってきたようなテーブルだ。ところどころに色褪せて劣化したクロスの残骸が癒着している。
 ふたりが着席するやいなや、給仕ドロイドが車輪の音も高らかに近づいてきた。ドロイドは備わったジャイロ機構を見せびらかすかのように細い四本の腕をしなやかに振りかざし、製造されて以来何千、何万回も繰り返してきたであろう決まり文句を発した。
「何かお持ちしましょうか?」
「ありがとう。でもこのカフだけで十分だよ。」
「左様ですか。もし軽いお食事やデザートがお気に召すようでしたら、プロテイン強化スープや、蜜がたっぷり入ったビスケットのご用意などもございますが……。」テジュンが体よく追い払おうとしたのが不服だったのかどうかはわからないが、給仕ドロイドは食い下がった。
「いや、大丈夫だ。何か欲しくなったら声をかけるよ。」
「承知しました。」
 ドロイドはふたりから離れると、することがなくなったと見えて、やがて食堂の隅でうつむいてスリープモードになった。

「調子はどうだ?」給仕ドロイドを見送った後、お互いにうつむいたまま熱いカフをすすっていたが、しばらくしてテジュンが口を開いた。
「悪くはないね。」
「ってことは、絶好調だな。」テジュンは笑いかけたが、自分の表情がこわばっているであろうことがわかった。彼のストレスにダイアも気づいているだろうか。
「Xウィングで出る?」ややあって、ダイアディーマが訪ねた。
「Xウィングがいちばん慣れてるけど、まあ、指示された機に乗るよ。」
「わかった。じゃあいちばん"面白い"機体をあんたに割り振るようにコマンダーに言っとくよ。」テジュンの舌打ちと暴力的なジェスチャーを無視して、ダイアディーマはつづけた。「わたしはV-19に決めたからね。」
「まことに残念ながら、俺は君ほど器用になんでも乗りこなせないんだ。ゲーム感覚で戦いに出る豪胆さは尊敬に値するよ。」
「ゲームに命をかけてるからね。」ダイアディーマが不敵に笑った。

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金くれ