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女性ドラマーが描くロックの未来地図


ジェンダー・ギャップ125位の国

 権力や権威への太いコネクションのない無名の個人や集団において、大衆芸能音楽のスター街道からまず除外されがちなのは、ぼくのような還暦過ぎのジジババ扱いされるクラスタ。年齢ギャップの次に来るのがジェンダー属性、女性への偏見だろう。
 グローバルかつ地域的な経済問題に取り組むために、政治、経済、学術等の各分野における指導者層の交流促進を目的とした独立・非営利団体(総務省ウェブサイトより)「世界経済フォーラム」が毎年出す世界男女格差報告書2023年版で、我が日本国は前年より9ランク下げて146カ国中の125位。
 順調にランクを落としているのは、国家・政治体制だけじゃなくて、国内の社会がこれでいいのだと許容しているからだ。彼女たちの芸能に十分な需要が喚起されるまでには、数多くの色眼鏡を割り捨てながら、ガラス片を踏み進む道程が待っている。

ドラム奏者のジェンダー指数

 これがドラマーとなれば、日本のみならずグローバルにギャップは広がるようだ。
 ポップミュージックにおいてワールドワイドに権威絶大である雑誌「Rolling Stone」のオールタイムランキングを一読すると、女性の認知度たるや惨憺たる状態だ。メディアやSNSが、ドラムスとはパワフルな男の楽器であるイメージを定着させていることもあるだろう。固定概念が脳内に鎮座したジャンルに輝く異性が現れた時、「女だてらにパワフルなドラムソロ」「女だてらにスライドギター」「女なのに速弾き」といった、50年1日の形容をスマホで入力する前に、その一文が自分の狭量を世界にさらけ出すのだと知っておきたいものだ。

おとぼけビ~バ~を聴きに行く

 YouTubeのおすすめで近頃よく流れてくる女性ロックバンドが、大阪市でギグをやるというので聴きに行った。おとぼけビ~バ~という。主に西日本にチェーン展開するラブホテルと同じ名だが、たぶん同一資本関係にはない。
 伸びる高音で巷の女性が感じる理不尽を、毒が交じったユーモアで歌い上げ、男性客のヤジにはツンデレを超えて完全塩対応で応える(期待に応えない)ボーカリスト。楽器を胸の前で抱え込む田端義夫スタイルから、バタやんもびっくりの高速リフレインを弾きまくるギタリスト。ローリング・ストーンズにいたビル・ワイマンみたいに楽器のネック先端のヘッドを天井に向けたまま、ビル・ワイマンの10倍は速い運指で重低音を鳴らすベーシスト。演奏技術も大衆芸能としてのパフォーマンスも、かなり高い水準だ。

ドラマーが支えるステージ

 この日、おとぼけビ~バ~は17曲を演奏した。テンポチェンジが頻繁でリズム構成が結構難しい。これをすべて後列に座るドラマーがコントロールしていた。強弱織り交ぜたハイハットシンバルが、周りの演奏が崩壊・漂流しないためのアンカーになっている。彼女は手数足数ともに多く、スネア・ベースドラムを雷鳴のごとく打ち鳴らす。ネット映像では気づかなかったが、一発一発のアタックがかなり強い。それだけ叩きまくり、かつリズムキープに徹することができるのは、相当な技量だ。
 グループとしても他に比較対象なき個性があって、ライブも楽しい。売れてほしいバンドだ。人気者になって、ラブホチェーンと商標権をめぐる法廷闘争にでも発展すれば、国際ニュース間違いなし。さらに知名度は高まるだろう。名を売ってナンボの芸能界。ぼくは「その炎上、おいしい」と思う。

ドラムセットの基本構成

ヘビメタ from インドネシア

 最近、毎日のようにヘビーメタルを聴いている。時には目に涙すら浮かんでしまう。60歳にもなって何をやっているのだ。年を取ると涙腺が弱くなるというが、ヘビメタに感動して泣くとは老化にもほどがある。インドネシアの女性メタルトリオ Voice Of Baceprot が、ぼくを泣かす。メロメロに首ったけだ。
 ブラック・サバス並みのヘビーリフを弾きながら、ハイトーンやデス声などのギミックを排した、素直なボーカルを聴かせるギタリスト。還暦を経た耳には、往年の名プレイヤー、ジャック・ブルースを想起させるスムーズな運指ながらも、ヘビメタには珍しいスラップ弾き(高齢者用語だと「チョッパーバリバリ」)のベーシスト。それで、ドラマーがまたすごいのだ。
 無駄な手数はないけど、ベースドラムの情報量が多い。つまり足技がすばらしい。独特の間でベードラが鳴って、引きずるような重いビートを打ち出してくる。両足でベードラを鳴らすから、ハイハットシンバルが使えない分、ライドシンバルを叩いてリズムキープする。このせいでまた、より重く聞こえる。ゴリゴリに押している曲中、突然ビートをレゲエに変えるなど、ステロタイプにはまってもいない。おとぼけビ~バ~にも言えるけれど、売り出し中のタレントにもっとも必要な要素は新鮮さだと思う。
 ぼくらの世代で、今でも「ツェッペリン・ファーストのベードラアタマ抜き3連は至高」とか、「パープルのファイアボールのツーバスこそ究極」などとほざいて現在進行中の音楽を否定しにかかるクセのある、昔は良かった自慢のジジイどもには、Voice Of Baceprotのライブと、そのベードラを聴いてもらいたい。

ヘビメタになぜ涙するのか

 飲料メーカーRed Bullのニュースサイト(下記埋め込み記事)によれば、3人はジャワ島の貧しい農村出身で、女性であるがゆえの偏見にさらされきた(学校出たら結婚して、畑仕事して子供を産み育てなさいの同調圧力みたいなものか)。自己表現の手段としてメタル演奏を覚えたら、今度は男どもから「悪魔の音楽」扱い。フェミニズムなど薬にしたくてもない地域なんだろう。

 抑圧の中にあって、ライブでは「神様、どうか私に音楽を演奏することをお許し下さい」なんてメタルバラードをシャウトするのだから、ジジイの涙腺は崩壊するよ。歌詞の多くは女性の権利、反戦など直球のメッセージ。
 「地球の敵はお前らだ」という環境保護をテーマにした曲では、「悪党どもが若い世代を地獄、暗黒、世界の終末に導く」と英語で叫んでいる。3人とも髪を隠すヒジャブという布を頭に着けているムスリムなので、地獄や最後の審判の観念が一般の欧米人とは違う。ただいま初の全米ツアー真っ最中。キリスト教過激派の標的にされないか心配になる。まだ20代前半のポップミュージックの新星。ブレイクと無事を祈ってやまない。

インドネシアのジェンダー・ギャップ

 表現の自由の手段をヘビーメタルに求めたVoice Of Baceprotの物語を知ると、インドネシアの女性たちはさぞ不自由な男女格差社会にあると考えてしまいがちだ。世界最大のイスラム人口を抱える国であり、ムスリム文化の一般知識に乏しいぼくたちは、アフガニスタン政府がやってる女性への衣服(ブルカ)の強制や小学校より上の教育禁止といった極端な政策から、インドネシアの状況を悪く想像しかねない。文頭に挙げた男女格差報告書で確認してみよう。
 87位。インドネシアは前年より順位を5つも上げて、男女格差の改善著しい。9ランク落として125位の日本より38位も上。我が国の立ち位置は、インドネシアよりも146番目の最下位アフガニスタンに近いのだ。振り向けばタリバン。

おとぼけビ~バ~におかれては、この男女格差絶賛拡大中の日本社会にあって、Rolling Stone誌の各プレイヤーランキングに殴り込みをかけるような人気者になってもらい、結果としての格差意識解消につなげてもらいたいと切に願う。



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