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213.スパイスを香気成分で語る時代がくるのか? 問題

スパイスのことをしていて、最も困る質問のひとつに、「スパイスと素材の相性ってあるんですか?」というものがある。

「あるか?」と聞かれたら、「きっとあると思います」という煮え切らない答えをするしかない。「じゃあ、具体的に何と何が合うのか教えてください」と聞かれると、その場からそっと逃げたくなる。「きっとある」のは、それを作ったり食べたりする人の中で個別にあるのであって、普遍的な“食べ合わせ”みたいなものを求められると、正直に答えるなら「僕にはわかりません」と言うしかない。

長年スパイスと向き合っているけれど、世界的に見ても、この質問にハッキリと答えている文献などに出会ったこともない。「人それぞれ好みに寄りますね」とか「作りたい料理によって変わりますよね」というような曖昧な回答が望まれていない場合が多いから、期待に応えられない自分は申し訳ない気持ちになってしまう。

どうにもいたたまれなくなった場合、「肉にはカルダモン+クローブ+シナモンの3点セット。魚介類にはフェンネルシードかな。クミンシードは野菜や豆を中心にオールマイティなんですよね」などと口走ってしまうと、「なるほどぉ」と満足していただいたような顔を見ることになるけれど、「どの口が言う」と自問自答し、また自己嫌悪に陥ってしまう。

本題から逃げるようだけれど、素材とスパイスの相性よりも大事なことがある、と僕は思う。それは、調理プロセスにおいて香りが生まれるタイミングや手法、その種類についての理解だ。
新刊『スパイスを極める』が昨日、発売となった。カレーのレシピをいくつか紹介しているが、あるカレーができあがるまでの香りが生まれる瞬間を分類し、それが具体的にどんな手法から生み出されているのかを整理している。

さらに【材料】を考え、【作り方】を決めるときに“香りの設計”をどう考えたらいいか、についての僕からの提案をまとめている。何と何の相性がいいか、といった嗜好に左右されるものよりも、香りの仕組みについて普遍的(かな?)な観点から整理したもののほうが役に立つんじゃないかと思ったのだ。

ところで、本題に戻って、香りと素材との相性は、やはり、あることはあると思う。自分はまだ勉強不足でこの問いにバシッとした解が出せないが、手掛かりになるのは香気成分だと思う。すべてのスパイスには複数の香気成分が含まれている。一定の温度や温度上昇によって揮発するこの成分が香りの素となる。存在する香気成分の種類や数、各種香気成分の配合比率はマチマチでそれらが複合的にひとつの香りを生み出している。

具体的に言えば、コリアンダーの香りを司っているのは、主には「リナロール」であり、他に「シメン」や「リモネン」などが含まれる。「リナロール」や「リモネン」はグリーンカルダモンにも存在するが、グリーンカルダモンも香りの主成分は「シネオール」で、別のスパイスでいえば、ローリエ(月桂樹の葉)は、同じくシネオールが支配的に香る。

「魚に合うんですよ」と水野がいい加減なことを言うフェンネルシードは、「アネトール」の配合比率が高く、同じく「アネトール」をダントツに多く含むスパイスは、スターアニスだったりする。

※ちなみにこれら香気成分の配合については、手元にある主に『食べ物 香り百科事典』(日本香料協会)を読み込んで、参考にさせていただいているが、解釈の違いや別の検証結果を持つ文献もあると思うので、これが正解だと思わないでください。そして、違った意見のある方、怒らないでください。

僕は、近い将来、スパイスについては香気成分で語られる時代が来ると思う。
「好きなスパイスはなんですか?」という問いに対して、
「コリアンダーとスターアニスですね」ではなく、
「どちらかといえば、シネオールよりリナロールなんですよね。アネトールにもグッときます」みたいな……。

そこで、新刊『スパイスを極める』では、現時点での僕なりに香気成分について踏み込んだ考察をして提案している。香気成分とは何か、についての自問自答したり、僕の使っている香りの分類ヘキサゴンに主要な香気成分を落とし込んでまとめてみたりした。

※ちなみに本書の香気成分の各種考察や提案については、某香料メーカーの研究開発チームの方々に取材させていただき、部分的に監修してもらっているが、解釈の違いや別の検証結果を持つ文献もあると思うので、これが正解だと思わないでください。そして、違った意見のある方、怒らないでください。

今回のアプローチで香気成分に興味を持ち、その効果を気にしながら語り合ったり調理したりするようなムーブメントがジワジワとでも起きてくれたら、楽しいなぁと妄想している。そして、そんなことが始まったら、僕自身も仲間に入れてもらい、引き続き、一緒に勉強したい。

最後になるが、発売前日までに、まさにこの香気成分表について、2点の誤植を見つけてしまった。出版社からまもなく訂正のお知らせが入ると思うが、この件については深く反省している。ご購入いただく方、申し訳ありません。お詫びに入稿前のDATAをここに公開しておきたいと思う。
(細かい表記は本書と変わっているものも含まれます)

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