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私が会社で働く理由

起業やフリーランスなどの会社に雇われない働き方は、ここ数年でメジャーな選択肢の一つになった。私の周りにも、フリーライターやサロン経営者、占い師をはじめ、組織に所属しない働き方をしている人は大勢いる。

会社で働く私は、自営業の友人・知人らから「フリーになりなよ!」と勧められることが少なくない。でも、その都度、私はこう返す。

「会社で働くほうが好きだから」


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かくいう私も、副業として、働き方に関するセミナー・セッションを開いたり、ライティングの仕事を請け負ったりしていたことがあった。本業は、デザイン事務所で編集と執筆をしていた。

「起業したい!」「フリーランスになりたい!」という気持ちは、毛頭なかった。でも、当時はSNSを駆使した「好きなこと起業」が流行りだした頃で、起業に挑戦する友達が多かった。それを見て、私も試しにやってみようと、軽いノリで副業を始めたのだった。

少し話がずれるけど、ライターを目指していたときも、フリーランスになるつもりはなかった。未経験でもライターとして雇ってくれる会社を探していた。先輩ライターの皆さんからは「会社に入らなくても、フリーでやればいいじゃん」とアドバイスをいただいたが、「未経験で仕事を受注できるわけなかろう。食いっぱぐれる」と思っていた。まずは、会社で安定した収入を得ながら、先輩に仕事のいろはを教えていただきたいと考えていた。


セミナーやセッション、ライティングの副業は、想像より大変だった。

まず、セミナーやセッション。これらには、集客が必要である。お客さんに来ていただくために、毎日noteやInstagramを更新した。幸いにも、少人数制のイベントだったので、「0人」ということはなかった。けれど、毎回必ず集まる保証もないし、生活できるほどの利益を生むには、かなりの時間がかかるだろうと感じた。

お客さんのお申込みがあったら、事務的な連絡や金銭のやりとりが発生する。セッションの場合は日程調整も必要だ。並行して、セミナーやセッションそのものの準備も進めなければならない。内容を詰めるのは当然のこと、場所の確保、タイムスケジュール、導線の確認など、考えることは山ほどあった。

外注したり、一緒にやってくれる仲間を見つけたりするのも手だが、当時の私はそこまでの金銭的な余力がなかった。全部一人でやった。セミナーやセッション自体はやりがいもあったし、今でもお越しくださったお客様のことは忘れられない。けれどその一方で、「労働力と利益が割に合わない」とシビアなことも考えざるを得なかった。


ライティングの副業は、SNS経由で依頼のある場合もあったけれど、本当に取りたかった仕事はプレゼン資料をつくって営業した。憧れの会社の案件を受注できたときの喜びは、何物にも代えがたかった。自信にもなった。

しかし、獲得した案件に取り組むなかで、ライター・編集者のプロとして「責任を負う」ことが、私にはひどくプレッシャーに感じた。会社の仕事であれば、先輩やデザイナー、上司をはじめ、多くの人の目が入る。たった一人で正解のないクリエイティブの責任を持つことが、その頃の私にはどうしようもなく重たかった。

それから、当然だけど、個人で請け負った仕事は、自分でお金の管理をしなければならない。実は、三ヵ月分の請求書をすっかり送り忘れたことがある。本業のほうで、これまで請求書を送ったことがなかったので(事務の方が送ってくれていた)、「請求書を送る」という認識が欠けていた。こちらが請求書を送らなければ、一銭も入ってこないのに。会社なら、誰かが請求書について確認をしてくれたかもしれない。でも、個人の仕事は、自分で気づかなければ、一生気がつかないのだ。
(こちらのお取引先様には、謝罪のうえ後から請求書を送らせていただきました……)


私の「好きなこと起(副)業」は、二年半で幕を閉じた。やめたのは、「会社で好きな仕事をしたほうが私には合っている」と腑に落ちたからだった。

個人だと、営業も事務作業もお金の管理も、ぜんぶ自分でやらなければならない(もちろん、それぞれを外注している人もいる。最近では、パーソナル秘書という仕事もあるそうだ)。けれど、会社であれば、営業は営業職というプロに任せられるし、事務作業やお金の管理も、私よりもずっと効率よく裁いてくれる人がいる。お給料だって、請求書を送らなくても決まった日に振り込まれるのだ。

「ライティングや編集だけに集中すればいい」という環境がいかにありがたいか、副業をすることで気がついた。私はクリエイティブに力を発揮し、その領域でプロの仕事をすればいい。それに、会社には私よりもずっとクリエイティブに詳しい人がいる。私一人では負えない責任も、熟練した上司や先輩が後ろにいることで、安心して挑戦できる。

私は、副業を通して会社で働くことのメリットを改めて実感した。


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……なんて書くと、「自営業が合わなかったから会社員のほうがいい」と言っているみたいだけど、私はいろんな人と関わって、関係を築きながら仕事をしていくことが好きだ。それが会社で働く醍醐味だとも思う。


新卒のとき、教育系の広告代理店で働いていた。主に担当していたのは「学校行事」に関する仕事だった。イベントのスタッフやバスの添乗は社員でまかなうことが多く、仕事をしていくうちに会社中の人と交流を持つようになった。

イベントのたびに、それに携わる人々と密に連絡を取り合い、失敗も成功も、たくさん経験させてもらった。次第に「玄川さんの仕事に入りたい」と言ってくれる人が増え、社内で顔を合わせれば雑談に花を咲かせたり、飲み会に誘っていただいたりすることもあった。激務だったけど、仕事を通して信頼関係を築いていく過程は、仲間を増やしていく冒険譚のようだった。


もちろん、自営業・フリーランスでも人との関わりはある。人との関わりのない仕事はない。けれど、会社の仕事は「会社ならではの一体感」があるように思う。

たとえば、営業が獲得した仕事は、事務やエンジニア、クリエイティブ、経理など、様々なチームを回っていく。スムーズに進む仕事もあれば、予算の兼ね合い、技術の兼ね合い、納期の兼ね合いなど、難航する場合もある。けれど、どのチームにいる人々もたいてい考えていることは同じだ。

「このバトンを絶対に落とさない。次に回していく」

「仕事」という目に見えないものが様々な人の手を渡っていくとき、私はそんな熱気を感じる。この情熱を感じられるのは、やっぱり、会社の仕事ならではだと思うのだ。


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今は、小説やエッセイなどの創作に時間を割きたくて、派遣社員という形態で、週四日働いている。

「派遣じゃなくて、フリーランスになればいいのに」という声もいただくが、先に書いた通り、私には自営業やフリーランスが合っていない。それに、収入の不安を感じながら創作するのは、精神衛生上よくないとも思っている。ギリギリの状態のほうが良い作品を生み出せる人もいるだろうけど、あくまで私は、ギリギリで生きていきたい種族の人間ではない。

私には自営業やフリーランスは合わない――……というか、「できない」と思っているからこそ、自営業やフリーランスの人を心から尊敬している。営業も、事務作業も、お金の管理も、ぜんぶ自分でやっているなんてすごすぎる。外注している人だって、外注できる余力があることがすごい。プロとして、その技術・サービスに責任と誇りを持っていることを、何より素晴らしいと思っている。

実は先日、フリーランスの人から「会社の仕事なんて、やりがいあるの?」なんて笑われて、ショックだった。同じ人ではないが、過去には「雇われるだけの人生」と揶揄されたこともある。

会社で働く面白さがあるから、私はそれを選んでいる。会社で働いている人たちだって、プロだ。責任と誇りを持ち、受け取ったバトンを落とすまいと、懸命にそれぞれの仕事をしている。あんまり、「会社で働く」ということを馬鹿にしないでいただきたい。缶コーヒー「ジョージア」のCMコピーを知っているだろうか。

「世界は誰かの仕事でできている」



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