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「コイザドパサード未来へ」 エピローグ

受験生という肩書きから解放された僕らは高校生になった。

高校生になったら、何か特別なことが起きるような気がしていたが、
拍子抜けするような、平凡な高校生活だ。

新しい学校、新しい友達。
最初は緊張していたが、慣れると案外、普通の生活で、
今は学校と家を行き来する毎日である。

ゴールデンウィークが明けたばかりというのに、お日様が夏のように射している。
いつの間にか、5月は春じゃなくて夏だなあ。
暑い。風がないので、体感温度が高く感じる。
蒸し暑さがないのは救いだけど、アイスを食べながら学校に行ってはいけないのだろうか。
こんなことを考えながら、前を見ると、いつもの場所でアキラが僕を待っている。

僕たちは高校生になってからも、中学の時と同じように一緒に学校へ通っている。
そう、アキラと僕は同じ高校へ通っている。
駅まで歩いて行き、そこから電車に乗って20分という電車通学になった。

最初の頃は初めての電車通学ということもあり、キョロキョロと周りを見渡していたが、
今は平然と電車に身を任せている。
1ヶ月経つと生活に慣れるものだ。人間は不思議な生き物だ。

いつもの電車の同じ車両。
毎朝出会う人たちは昨日も同じ電車に乗り合わせた人たち。
座席で携帯に目を向けているスーツ姿のサラリーマン。
別の学校の制服を着た3人の高校生は楽しそうにおしゃべりを繰り広げている。

「今日の英語の小テストの勉強した?」
突然のアキラの問いかけに現実に引き戻される。
「一応、やったよ」
「どこ出るんだっけ?」
「先週授業でやったとこまでだよ」
「えっ。どこか教えて」
僕はiPadを出して、出題範囲を指で示す。
「あざーす」と小さな声で言いながら、アキラはぺこりとお辞儀する。
僕たちは何年振りかに同じクラスになった。
クラスメイトになるのは小学四年生以来で、アキラは僕と同じクラスになったことを僕以上に喜んでいた。
多分、宿題とか勉強とか色々ミライに聞ける!という単純な理由だと思う。
アキラと同じクラスになったのは嬉しいけど、距離が近すぎる気もしている。

アキラは高校生になって、さらに野球一筋という感じで、
野球と赤ちゃんの世話に明け暮れている。
意外と面倒見がいいから、頼られているらしい。
予想通り、いいお兄ちゃんをしている。

僕の家族も相変わらず、元気だ。
父さんと母さんは仲が良いが、夫婦としてどうなのか、本当のところは分からない。
僕が18歳になるまで夫婦でいることを決めているので、あと2年はこのままの生活が続くことになる。
2年後も、多分いまと同じような感じだと思うけど。
先のことは分からない。きっと誰にも分からない。

電車を降りて、学校までの道を、英単語をつぶやいているアキラと一緒に歩く。
太陽はまぶしく、今日も僕たちを照らしている。

校門に入ると、緑の並木道が続いている。
下駄箱から教室へ向かう渡り廊下で突然、アキラが転びそうになったので
「アキラ、危ない」と大きな声を出した。
転びそうな体を立て直したアキラが
「ミライ、サンキュー」と少し大きな声を出す。

すると突然、背後から声をかけられた。

「ミライくんですか?」
「えっ?」
振り向くと知らない女の子が立っている。
なんで僕の名前を知っているのだろう?
アキラは嬉しそうに女の子と僕を見ている。
こういう時のアキラは目ざとくて、何だか楽しそうだ。
面白いものを見るように目をキラキラさせている。

「私、横井って言います」
「えっ。もしかして、あの旅館の横井さんですか?」
「はい、父から聞いています。ミライくんとアキラくんのこと。
 今、歩いていて前からミライとアキラって名前が聞こえたから、もしかしてっと思って」
そうか、横井さんには子どもがいたんだ。

「何年生?」
すかさずアキラが質問する。
「1年だけど」
「僕たちと同じだ」
アキラは嬉しそうにニヤニヤと笑っている。
「あの時は父のこと、ありがとうございます。
いつかお礼を言いたいって思っていたけど、名前しか分からなかったから。
こんな偶然出会えるなんて信じられない」
「すごい偶然だよね。もしかしたら必然?出会うべくして会っちゃったね」
アキラが調子よく、素早い反応で話し出す。
茶化さないで、少し黙っていてほしい。

ずっと疑問だった。
本当に僕たちが横井さんをあの場所へ連れに行って、良かったのかどうかって。
アキラはそう信じていたけど、僕は確信が持てなかった。
だって僕は横井さんと横井さんの家族じゃないから、
本当のことは分からないし、確かめようがなかった。
その後、どうなったのだろうってずっと気になっていたから。

「お父さんが帰ってきて本当に良かった?」
僕はもう一度ちゃんと確かめたかった。
「うん。母も私もお父さんが帰ってきたあの日、泣いて喜んだよ。
全部、ミライくんとアキラくんのおかげ。
本当にありがとう。また家族一緒に暮らせて幸せだよ」
ふわーっと彼女の笑顔が広がって、一瞬、花が咲いたような錯覚を覚えた。
横井さんのところに向かう途中で見た、辺り一面に咲いていたあの花が脳裏に浮かぶ。
周りを照らす、華やかな春の花のようだった。

すかさずアキラが
「ミライは照れているのか。顔、赤いぞ」と言い放つ。
「照れてないよ。驚いているだけ」

正直、何でもありのまま口に出すアキラにムカついた。
あの時のように僕たちが話すことなく心で会話できたらとも思った。
僕は少し落ち着いてくれ、と心の中で隣のおしゃべりを制することができるのに。

「ところで名前は?横井何さん?何組?」
アキラの質問攻撃に、隣の横井さんも笑っている。
とてもかわいい。(もちろん、アキラではなくて横井さんが)
「横井ひかる 3組」
「おー隣の隣のクラスか。じゃあ今まであんまり接点なかったね」
アキラは納得したように頷いている。
僕はうまく会話に入れない。
何だろう。急に緊張してきた。
「今度3人で何かしようよ」
アキラがすかさず、誘っている。
3人で何かしようって何をだよ、と心の中でツッコミを入れる。
とても雑な誘い方をしていることに物申したかった。
ひかるちゃんはそんなアキラを見て、頷きながら楽しそうに笑っている。
「また遊ぼう。じゃあね」
手をひらひらさせながら、ひかるちゃんは行ってしまった。
僕もまたね、と言いながら手を振る。

僕たちはひかるちゃんの背中を一緒に見送った。
廊下を進み、3組の教室に入る瞬間まで、彼女の後ろ姿を見ていた。

突然アキラが僕の背中に手を回し、
「これは、これは。出会っちゃったんじゃないの?
さっきから静かなミライくん」と輪をかけて茶化してくる。
「何だよ、それ」

僕はアキラの回した腕をほどき、
「アキラの誘い方、雑なんだよ。3人で何をするんだよ」
と先ほど言いたかったツッコミをようやく入れる。
「未来のミライのために、アシストしたんだけど。次にふたりをつなげといたほうがいいかなあと思って!」

確かにアキラは名前と何組か大切な情報を聞いてくれた。何で僕のために?
心臓がドキドキして、心がざわざわする。
何だか気分も優れないような気もするし、なぜか顔が火照っている。

「さっきからずっと顔が赤いぞ。わかりやすいやつだな、意外と。
ミライはポーカーフェイスと思ったら案外素直だな。恋愛には」
アキラは嬉しそうにいたずらっ子のように笑っている。

悔しいけど、言い返せない。
僕にはこの状況が分らないし、自分のことがよく分らなくなってきた。
これは何だ?さっきから何か心がフワフワと落ち着かない感じがする。

「よーし。やっと高校生っぽくなってきたなー。」
突然、両腕をガッツポーズしながら嬉しそうにアキラが叫び出す。
僕は訳が分からず
「何だよ、それ~」と叫び返す。

突然、チャイムが鳴り、僕たちは顔を見合わせ、1組の教室へと一目散に走り出す。

高校生活はこれから。
どんなことが起こるか、なぜか前よりも少しだけ、ワクワクしている。

<完>

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