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ラブレターと爆弾

手紙を書くのって、案外難しいね。もう5回も書き直しているよ。君がこれを読んでいるということは、この手紙は書くことに成功した貴重な一枚ということになるね。どうか最後まで読んでほしいな。

僕と君が離れ離れになってしまってから、もう1ヶ月近くが経つね。隔離されている場所というのは、どんな場所なのかな。清潔で、やさしい人がいて、おいしいご飯が出てくる場所だといいな。そうでなきゃ、僕は君を手放してしまったことを、後悔してもし尽せないよ。

なにもかも、ナノマシンのせいだ。僕はそう思う。ナノマシンというのは、君も分かっているとは思うけれど、人間の目には見えない、ウイルスくらい小さいロボットのことだ。それを寄せ集めて、人間そのものが作り出せることを発見したのは、一人の研究者だった。よりによって、思想に偏りを持った。

その研究者は、ナノマシンを培養し、たくさんの子供を生成した。それも、体内に強力な爆発物を埋め込まれた子供をだ。

研究者は、子供たちをある国に高額で売った。その国には世界を騒がせている、テロ組織が存在していた。数か月後、各国の領事館や、軍事施設に迷い込む子供の姿が見られるようになった。

「こらこら、そこは入っちゃだめよ」
子供だから、そのような重要機関に立ち入っても、即時的に武力で排除されるようなことはなかった。
「ごめんなさい」
そう謝る子供の姿を見て、そこで働く職員は笑顔さえ浮かべたかもしれない。次の瞬間には、子供の体内からは閃光が発せられ、建物が丸ごと吹き飛ぶような爆発が起きた。

過去に例を見ない規模のテロ行為に、世界は団結した。新たな武力を持った組織と、世界との戦いは過激さを極めた。約10年の攻防の末、世界にはやっと平和が戻った。ある問題を残して。それは、体内に爆弾を抱えたナノマシン人間が、世界中に散らばっているということだ。

僕と君が出会ったのは、海岸でのことだったね。あの頃、外交官として働いていた僕は、領事館で爆発に巻き込まれて、病院に入院していた。病院でテロに関する聴取が行われることになり、僕は2週間も、外界との繋がりを遮断されたんだ。やっと外に出たら、周囲の人間がとても楽しそうで、輝かしく見えたものだよ。

そんな時に君みたいな美人と出会ってしまったものだから、僕が惚れてしまうのも無理はなかった。いや、この言葉には語弊があるね。たとえ何でもない日に君に出会っていたとしても、僕は君を好きになっていただろう。これで怒られないかな?

この時ばかりは、外交官として培った話力がありがたかった。君とすぐに打ち解けられなかったら、最初で最後の出会いになっていたかもしれないからね。君は、車椅子の僕を、海のよく見える桟橋まで連れていってくれた。海水もすくいあげて、僕に触らせてくれた。

領事館とともに、外交官の住宅まで吹き飛ばされてしまったものだから、僕はそれらが復旧するまでの間、君の家に行くことになったのだったね。なんでも、僕は独り身だし、介助のために、混乱の最中にある母国から人員を割かせるのも、気が引けたしね。それに何より、僕は君と一緒にいたかった。

最初、君は僕の介助にかなり手こずっていたね。階段は一人で上がれないし、トイレにも行けない。君が顔をしかめる様子を、僕は何度か見たよ。それでも君が怒らなかったのは、僕が絶えず冗談を言い続けていたからだ。僕がなにか言うと、君はよく笑った。手料理を食べ、お礼として君の頬にキスをすると、君は僕を抱きしめてくれた。

だから、3ヶ月ほどが経ち、車椅子を必要としなくなってから、僕らが愛し合うのは自然なことだった。僕は君を強く抱きしめることができた。僕たちの間に、もう何の障壁もなかったのだから。

君とはいろいろなところに行ったし、いろいろなことを話したね。それは外交官として仕事に復帰してからも変わらなかった。話をしていくと、君をより深いところで理解できたような気がした。でも、昔のことについては、君はあまり多くを語りたがらなかったね。

君は母親からひどい暴力を受けていた。父親は最初からいなかった。もし父親がいたとしたら、同じように殴られ、私は両親の手によって撲殺されていただろうと、君は言ったね。そしてその暴力から逃げるように、君は働きに出た。

裕福な家庭に生まれ、勉強しかしてこなかった僕にとって、君の生い立ちは衝撃的だった。僕はお節介にも、君をもっと理解し、幸せにしてあげたいと思うようになった。そして、君もそれを望んでいるように見えた。夜景を眺め、少しだけお酒を飲み、バルコニーで風に当たりながら肩を寄せ合った時、君はなぜだか泣きながら、幸せ、と言ったね。そして僕のことが好きだとも。

だから、自分が妊娠できない体だと知った君は、ひどく塞ぎ込んだ。やっと掴んだ幸せを、途中で奪い取られたような感覚だったに違いない。

「私はあなたとの未来が欲しかった」

君はそう言いながら、僕が追いかけるのも振り切って、家から出ていったのだったね。そして、君は車にはねられた。

君は30メートルほど吹き飛ばされたらしい。ぶつかったのは中型トラック。普通の人であれば即死してしまう事故だ。しかし、君は生きていた。それどころか、自力で立ち上がった。トラックの方がひしゃげたにも関わらず、君はほとんど無傷だった。そう、君は自爆テロを起こすために、ナノマシンで作られた人間だった。

すぐに君の体は調べられ、ナノマシンであると判明すると、隔離施設へと収容された。起爆のメカニズムが詳しく解明されておらず、いつ爆発するか分からないからだ。それを知った時、僕は自分がどうすればいいのか、正直分からなくなってしまったよ。

ただ分かるのは、今、君はまだ爆発しておらず、この手紙を読めているということだ。

私はあなたとの未来が欲しかったと、君は言ったね。確かに子供は大切だ。だが、勝手に殺さないでくれよ、僕はまだ生きてる。僕との未来なら、まだあるじゃないか。

第一、君がナノマシンじゃなかったら、トラックにぺしゃんこにされて死んでいた訳だろう?じゃあ、君がナノマシンで万々歳だ。

自分が生まれた時のことなんて、覚えている人はいない。気づいたら誰かに育てられていて、僕たちは勝手にその人を母親と思い込むんだ。だって、確かめようがないだろう?
「あなたは私がお腹を痛めて産んだ子供よ」
その一言だけで、僕らは反論ができなくなる。納得せざるを得なくなる。

何が言いたいのかって? そうだな、君に罪はないってことだ。

君の産みの親は、悪名高い一人の研究者だった。そして育ての親は、暴力で人を支配しようとする弱い人間だった。その出自は、君がどんなに努力をしたって、変えられないことなんだ。僕らは親を選べない。もしかしたら、僕がナノマシンとして生まれる可能性だってあった訳だ。君が生まれてきたことは、何も悪いことじゃない。悪いのは、君が生まれる前にいた、周囲の大人たちさ。

さて、ずいぶんと長い手紙になってしまったね。最後に、僕から謝りたいことがある。それは、君が隔離されてからの1ヶ月間、僕が君に連絡をしなかったことに対してだ。君は、ずっと寂しかったはずだ。本当に申し訳ないと思っている。

言い訳をさせてもらうと、僕はずっと準備をしていた。君を驚かせる準備を。それはそれは壮大な準備だった。本当は、君の誕生日に間に合わせたかったのだけれど、どうやら過ぎてしまったようだね。でも、君はきっと喜んでくれるのじゃないかな。そう期待している。

(追伸)
もう君には手紙は送らないよ。送る必要はないからね。
なんでこんなことを言うのかって?
それは、今に分かるさ。
じゃあ、また。


手紙はここで終わっている。

私は手紙の裏まで確認したが、それ以上のことは書かれていなかった。乾いてきた涙をぬぐい去り、手紙をしまった。私を驚かせるとはどういうことだろう。どうしてもう手紙を送ってくれないのだろう。私は、もうあなたには会えないのに。手紙でしか、やりとりはできないのに。私はまた寂しい気持ちになり、視界がぼやけてきた。

涙が落ちそうになったその瞬間、部屋の中に轟音が響いた。衝撃でベッドが軋む。私は即座に顔をあげた。

そこには、彼がいた。穴の開いた壁から、部屋の中に入ってくる。火薬の匂いが鼻を突く。

「やあ、久しぶり」

そう言って彼は私に笑いかけた。

「これじゃあ僕がテロリストみたいだね。でも安心してくれよ、誰も傷つけないように、細心の注意を払ったんだから。さあ、行こう」

私は嬉しかった。同時に悲しくもあった。私は彼の言葉に首を振った。

「あなたとは行けないわ」

「え? どうして?」

「だって、私はいつ爆発するか分からないのよ。人を殺してしまう」

「誰もいない草原にでも行って、そこで僕と暮らせばいいさ」

「そうしたら、あなたを殺してしまう。私はもう、あなたとは一緒にいられないの」

彼は何がおかしいのか、高らかに笑った。

「そんなの、最高じゃないか。僕は君の死を看取らなくていい訳だろう? 君が死ねば、僕も死ぬ。男として最高の生き方だね。女房の死にざまを見なくていいっていうのは」

そう言って、彼は私の手を取った。

「さあ、行くよ。君は、冗談好きな僕から何を学んだんだ? あなたとは一緒にいられない、だって? もう少し面白い冗談が言えるまで、特訓だな」

私はあふれ出る涙をぬぐうこともせず、彼についていった。彼は絶対に、私の手を離さなかった。

(完)

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