南阿佐ヶ谷オトノハ店主ご夫妻インタビュー(電書『オトノハ』創刊準備号から再録)


アサガヤデンショは、南阿佐ヶ谷の絶品中華料理店オトノハの雑誌をつくるために生まれました。そのきっかけとなった店主ご夫妻のインタビューは、オトノハのことだけを扱う電書雑誌『オトノハ』の創刊準備号になりました。

そのオトノハは、2014年4月12日に7周年をむかえました。

7周年記念の一環として、電書『オトノハ』創刊号から4号までの5冊をすべて期間限定で無料配布しています。オトノハ店頭で申し込んでいただいてもよいですし、ブクログのパブーからダウンロードしていただくこともできます。

ここには、2011年3月27日に発行した電書『オトノハ』創刊準備号から、店主ご夫妻のインタビューをそのまま再録しました。お楽しみ下さい。

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はじまり。

本にしたいそれぞれの想い、店主ご夫妻インタビュー

料理店「オトノハ」が阿佐ヶ谷にオープンしたのは2007年春のことでした。

某有名店で修行後に独立して店を開いたのは、店主の栂野(とがの)正史さんと美樹さんご夫妻。

旬の食材を用いたやさしい中華料理の数々は、個性的なスタッフや心地よいサービスも手伝い、これまでたくさんの人を惹きつけてきました。

電書「オトノハ」企画の発起人である小嶋と末次も、オトノハの味と居心地のよさを気に入って通うようになった常連です。

家族や友人を連れて行ってたり、月1回店内で開催されるオトノハ朝市でついつい沢山買い込んだり、料理教室で店主の技を(ちょっぴり)伝授されたり。

そして何より季節ごとに変わっていく料理や店内の様子を楽しみにしながら過ごしているうちに、いつのまにか「この店のために何か出来ないか」という、ちょっとお節介めいた気持ちを持つようになったのです。

そんな時、仕事明けの店主が酔った勢いで真夜中にツイッター上で発したひとこと。

「オトノハの本を出したいんですけど。倒産前に!本ってどうやって出すんですか?」

このつぶやきをみた小嶋と末次は「オトノハの本?なんだかわからないけど、その話、乗った!」

と、さっそく栂野夫妻の元へ。

まずは「なぜ本なのか?」という話から伺ってみることにしました。

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『中華の料理人は引退が早いんです』

—— おふたりは飲食業界に入られて、もう長いんですよね。
美樹:この人(店主)は15年くらい鍋ふっているんですけれども、筋肉が変わってきちゃってるんですよ。肩があがらなくなってきて。
—— スポーツ選手みたいですね。
美樹:そう、体脂肪9.いくつとかなんで。料理しかできないし、趣味も全部料理。ほんと職人で、休めっていってるのに365日包丁握って、鍋ふってる。今の調子でやりつづけても、どこかでまた転機があるのかなと。中華の料理人は引退が早いんですよ。でも料理人ってみんな自信をもってるから、「俺は大丈夫」って思ってるんですよね。(店主に)ずっとふる気だよね、ガンガンに。50、60になっても。
店主:まあね。
美樹:私の知り合いにもずっとやっていた人がいて、中華じゃなくて日本料理なんですけど。築地からお店に帰ってきて、スタッフ怒鳴ってるときに脳卒中で倒れた。がんばっちゃうんですよね。それにうちのスタッフも独立して料理屋やりたかったり、お花屋さんを出したい人だったりして、もちろんお客様も変わっていくし、このチームであと何年できるかなと。今この状況を、なにか形に残しといたほうがいいのかな、と思ったことがきっかけで。
—— 実は、私たちも同じようなことを思っていたんですよね。
美樹:ええっ!
—— 先週とある集まりで何か電子書籍に関することを企画してみようという話が出て。そこで偶然2人ともオトノハ好きだと分かって、オトノハでなにかやれるといいねって盛り上がったんです。ご飯は美味しいし素敵なお店だから、私たちとしてはもっといろんな人に知らせたい。電子書籍作ったら手軽に伝わるんじゃないか、と。でも、おふたりとも真摯で気遣いが細やかだから、自分達の目の届かないところで第三者が勝手にわいわいやってしまうのも困るだろうし、そのうちいつかやれるといいね、って話をしたんです。
美樹:気遣いっていうか、ほとんどビョーキなだけで…。
—— ビョーキ!(笑)。

『どっちかというとカレー屋に近い』

—— 今回話を伺うことになったそもそものきっかけは、以前末次がやっていたフリーペーパーでしたね。
美樹:そうですね。うちがオープンしてすぐ末次さんがそれを持って飛び込んできて下さって、オトノハをとりあげて頂いた。あれが初でしたよ、初。すっごいうれしかった。それで店主が酔っぱらって「本を出すにはどうしたらいいか知ってますか」ってtwitterでつぶやいて。本と言えば末次さんみたいな(笑)。
—— 最初は素人考えで「レシピ本」かと思ったんですけど、もっと広いイメージなんですね。
美樹:正直いうと、うちだけのレシピ本って…。
店主:売れるわけないじゃないですか!
美樹:売れるか売れないかは置いておいて。うちは中華なので、火力が強くないと難しくって。家庭向けに応用したレシピをみんなが求めているんだろうかというのと、私たち自身それでいいのかっていうのを考えると、疑問があるんです。うちは料理教室もやっているんですけれど、教室ではその場でコミュニケーションもとれるし、お客様と一緒に応用させてく感じでできると思うんです。でも本だとちょっと難しい。あと、お店によっては季節や旬のものでメニューが変わるところもあるけど、うちは違っていて。使う野菜は変わるんですけどメニュー自体が大きく変わる訳じゃない。「あそこの酢豚が食べたい!」とか「あの店のエビチリを食べよう」とかで、どっちかというとカレー屋に近いんですよね。
それだとレシピ本だけで1冊というのは厳しいかなというのが正直あって。ランチの副菜などをいれれば増やせるんですが、言い方悪いですけど、誰でもできるようなことをわざわざすることもないかなあと。写真ばっかりのレシピ本で、1600円出して買ったのにレシピ10個しか載ってないみたいなのも、ちょっと違うし。
—— 確かに最近はレシピ本というより、写真集っぽいものが増えてますよね。ライフスタイル本というか。

『こんな料理バカでも生きていける』

—— オトノハはもうすぐ4周年を迎えるますが、これからお店はどういう風に変わっていくんでしょう。
美樹:今後の選択肢というと、3つかなと。若い子を雇って親方のポジションにつく。いっぱい支店を出してオーナーになる。『渡る世間は鬼ばかり』の「おかくら」みたいに、のんびりペースでやる。でも、人を雇うというのは人生を背負うことだから。ちょっと勇気がなくて決断できない。支店を出すと、見えないところが多くなりすぎちゃう。割り切らなくちゃいけないとは思うけど、私たちにとっては違う所の心労が大きくて無理。

—— そういうおふたりの、お店はもとより「人」に対する姿勢って、すごいと思うんです。お客様に対しての気配りも、スタッフや朝市(毎月最終日曜日am10:00~pm12:00に開催)に出店しているメンバーの方々への向き合い方も。
美樹:私たちが働いていたお店の師匠は、昔ながらの料理人なんです。もう、頭ついちゃうんじゃないかってくらいお辞儀する人なんですよ。すごい体大きいんですけど。お客様は神様だ、みたいな。内輪の飲み会で「お客」っていったら、「お客様だろう」って怒られる。そんなところで育ってきたから、オープン当初ちょっとお客様との距離感がとれなくて、近くなると罪悪感があったりしたんです。でもここは私たちの店だし、お客様ともスタッフとも、一期一会の人生だしという感じで。twitterみたら師匠卒倒すると思うんですけど。
—— 親しくさせて頂いております(笑)。でもそういう厳しい師匠の元での経験というのが、おふたりがお店を続けてこられた土台になっているんですね。
美樹:お店を始めたいという方から、ふんわりしたイメージで夢を語られることがよくあるんですけれども。私たちは何度血を吐いたか、みたいな(笑)。お店の状況って外から見ていても分からないじゃないですか。何坪でやっていて、営業時間が何時間で、そうすると売り上げがこれくらいかなと、他のお店の想像することもあるんですけれども。でも直接お店の人に話聞けるわけもないし、ね。
店主:うん。
美樹:その人がどういう思いでやっていて、この先をどういう風に考えているのかっていうのがわからなくって。ある雑誌で、飲食店の人の生活ぶりが取材されていたのをみたことがあって。たとえば昼間はこのお店の人は畑にいく時間を割いているんだな、ってことが分かる。
—— なるほど。本にすることで、私もオトノハみたいにお店出したいんです、っていう方のヒントになりますね。
美樹:そうですね。細々とした経費とか、全部を数字で出せない部分もあるんですけれども。悪い話ばっかりじゃなくって、うちはこんな風にやっていけてます、って。あと、今はお店やるのがファッション化されてるところがあって、料理人も文化人扱いでイベントやテレビに出てワーッて華やかにやっていて。もちろんその料理は美味しいんだろうし、そういう仕事のやり方もいいと思うんですけど、「あ、オレこういうタイプになれないから無理なんだな」って思っちゃう職人タイプのハタチの子がいたら、「こんな料理バカでも生きていけるんだよ」っていいたい。
—— 世間に迎合しなくても、ちゃんとやりたい道で。
美樹:そうそう。で、大丈夫だよって伝えたい。まあ、私たちもいつまで大丈夫か分からないけど。

『紙の本の足がかりになれば』

—— では実際に本を作るにあたって、どうやって進めていくのかってことなんですが。
美樹:はい。私たち今ギリギリの生活していて。店主は休憩時間30分寝られたら夜がんばれるとか、私も30分刻みで動いていて。なのでこんな言い方するとすごく偉そうなんですけど、どこまで本作りに時間が割けるかなっていうのが正直あるんですね。こういう事って時間かけた方がいいものできるけれども、現実的には私たちの関わり方がピンポイントになってきちゃうと思うんですよね。
—— 美樹さんはもし本を出すとしたら、ご自身で文章書かれようと思います?
美樹:そこがね…私自分の文章があんまり好きじゃないんです。
—— オトノハをとりまく人たちが書く、作るっていうのはどうでしょう。オトノハ発信でなくて、オトノハファン発信みたいな形で記録に1回残す。
美樹:やりたいけど時間がないって失礼なことを言ってますよね。出来る範囲ではやりたいと思うんですけど。2時間くらい話したらいいものできるところを、30分しかとれないとかなっちゃうかもしれないんですよね。でもその30分のなかでも、出来ることがあればっていう気持ちはあるんですけど。もちろん、周りのかた発信でも…
店主:それは、贅沢すぎだよ!
美樹:贅沢だよね。私の知り合いの方が自費出版で600円の本を作ったんですが、すごいお金がかかったんですよね。本屋さんもすぐには置いてくれないですし。手売りだとやっぱり限界があると聞いていて。採算度外視ならいいんだけれども、うちもそこまで出せないし。
—— 在庫を持たないっていう意味なら、電子書籍がよいと思うんです。手売りの。
美樹:手売り!?電子書籍って分かる?(店主に)。
店主:わかんないよ!
—— 在庫がいらないから、コンテンツをつくるだけ。それで欲しい人のぶんだけ用意できる。あと、普通の本と違って、厚すぎたり薄すぎたりしても困らない。
美樹:私本好きなんで、形に残したいなと思ったんですけれども。でも正直、紙はもし店主が先にぽっくりいったら、そのあとで私がのんびり作ろうかなと思ってたんです(笑)。
—— 作ろうと思えば、少ない部数で自分のぶんだけ電子書籍を印刷して製本もできますよ。
美樹:本づくりについて、私たち何も分からないまま投げかけてしまったんですけど。お店のこと以外に使えるお金もないし、ゆくゆくは形に残したいなってのがあるけど、まだそれが具体的にはっきりしてないし、そんなとっかかりでもはじめられる…もの?
—— はじめられますね。むしろ、そういう場合にこそ電書の出番ではないかと。電子書籍で形になったものがあると、紙の本を出すときにも話がしやすいと思うんですよ。こんなの作ってるんだけど、これをベースに紙の本にしたい、とか。もしくは、向こうから見つけに来てくれるかもしれないですし。
美樹:見つけに。
—— 電子書籍ができたとき、本当に面白い内容なら出版社やプロの編集者の心を動かせることもあるんじゃないかと。それが足がかりにもなって、いずれ紙になればいいかなあと思ってるんです。まずは身軽な電子書籍ですすめて、それを改訂して本にしていくっていう二段階でも。しかもレシピ本よりもずっと面白いエピソードが入る。私たち、オトノハの料理も空間も、店作り丸ごとがやっぱり作品だと思うので。
美樹:ええっ。
—— それはつらぬいていい姿勢だと思います。こうやって現にファンがそろっていますし。
店主:泣いとくならいまだよ。
美樹:泣くねー。

『泥臭い話しか出てこないかも』

—— おふたりが思っている以上に、オトノハは何か人に語りたくなる様な魅力があるというか。ある面では、オトノハってお洒落なイメージが強いと思うんですよね。でも、実際はそんなに表面的なもんじゃないっていう話を、本の中で出すのはすごい面白いなと思ってます。体脂肪の話であったり、30分睡眠の話であったり。
美樹:そんな泥臭い話ばっかりしか出てこないかも。
—— でも、そのほうが面白い。
美樹:そんな本の需要があるのかなっていうのがずっとあって。舞台がないと成立しないじゃないですか、自己満足になっちゃうから。私たち飯屋なんだからそんなの残さなくてもいいんじゃないかとかもあるし。
店主:もしほんとに本出すなら、やっぱそういう風な記録だよね、っていってたんですよ、その泥臭い話とか。それ以外は…
美樹:できない。
店主:できないし、もしふつうのレシピ本になってしまったら、やっぱりつまらない。
—— 私たちも、ただのレシピ本よりも、今日うかがったような話の方が面白いし、興味もある。
美樹:私たち無知なので、ぜんぜん分からずにすごい大変なこと預けようとしてるんじゃないかと思うんですが。でもお力をお借りしたいと思っているんですけれども。図々しいんですけれどやっぱり風通しというのがすごく不安で。
—— それは全然お気になさらずに。私たちが押しかけてきたようなものですから。むしろ、やらせてください!風通しの点ですが、進捗をつねに細かく見ていただこうと思います。一番尊重したいのはおふたりなので。私たちが熱っぽくつくるものに対して、いやちょっと待って、そんなのは困るとかいうのがあったら、待ったをかけてほしいなと思っています。
美樹:すみません、そこまで考えて頂いて。すごいよね、なんか。
店主:うん。俺たちだけで「電子書籍」なんて一生出てこない。すみません。おんぶにだっこで。
美樹:しかも今の時点で、どのくらいおぶさってるかもわかんないよね。
—— でも正直、こういっちゃなんですけど、楽しく出来そうだなと私たちは思ってます。すごく面白くなるって。
美樹:(店主に)がんばって料理いっぱいつくんなよー。
店主:ほんとすいません!!

この日、開店準備前の貴重な1時間を割いていただいて根掘り葉掘り栂野さんご夫妻の話を伺い、外側からはわからないオトノハの姿を垣間見ることができました。

ご夫妻にとっては当たり前すぎて、ご本人ですら気付いていないエピソードがまだまだ眠っていそうで、小嶋と末次はますます惹き付けられたのです。たとえばお店を出すまでの経緯。栂野家の1日。店主の食材選び。調理の道具。スタッフの思い。どこをとってもたくさんの発見がありそうです。

電書『オトノハ』では、今ここにあるオトノハというお店を、いろんな角度から、いろんな人の手で、少しずつ記録していきたいと思っています。

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プロフィール

左○栂野正史 1974年生まれ

料理専門学校にて2年学ぶ。 友人の家族が経営する居酒屋にて4年勤める。 希須林 小澤の料理長を経て「オトノハ」をオープン。

右○栂野美樹 1973年生まれ。

短大卒業後、就職浪人。 希須林にアルバイトから入り、延べ10年勤務。 その後神楽坂カドにて半年勤務し、店主とともに『オトノハ」をオープンした。2児の母。



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