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本の棚卸し:005 「体はゆく」 第5章〜音刺激の可能性

著書「体はゆく」第5章の紹介です。
内容は、
音/音声刺激の身体運動への可能性などです。

音声刺激について

身体を動かす際にそれを誘発するには、
音ないし音声の刺激が有効だというのは、
音楽を聴いて自然と体が動くということを
経験することで容易に理解できます。

そしてその刺激が決して音声言語ではなく、
オノパトぺなどの擬音あるいは音そのもの
であることが指摘されています。

このことは、
この著書の第2章でも“わざ言語”として
紹介されていました。

わたし自身も以前から、
音刺激による身体の動き/運動には
大いなる興味を抱いていたので、
この章の前半部分は特に「やっぱりそうだよなぁ〜」
と頷きながら読み進めました。

一方でもう一つの個人的な興味が、
身体の動きを音で表すことができないか?
ということです。

例えば、
正しいポジションでのスクワットエクササイズ。
正しい動きからずれると変な音が出て知らせてくれる。
正しく行えると綺麗な音が出る、など。

音刺激の一番有用なところは、
瞬時にフィードバックが可能であることです。
ですから、
言語であってはならぬ、なのです。

言語での指令となれば、
どうしても思考を働かせなければならない。
リアルタイムの運動の修復や改善は無理になります。

また、
画像を提示しても、それを見ながらリアルタイムに
動きを変えることは難しい。

第3章で述べられていた「リアルタイムのコーチング」
には音刺激が一番身近で有用な気がします。
※バーチャルシャドウなどはとても興味深いテクノロジーですが、
まだまだ一般的には手に入らないものですから。

アバターを用いた自己認識のゆらぎ

この章の後半は、
自己と他者の認識の間にあるグレイゾーンの話です。

なんのことだろう?
と思われるでしょうが、詳しくは本文を参照してほしいのですが、
ここでは、
「カメレオンマスク」という実験?のことを
紹介します。

実験者の顔面にタブレットを取り付けて、
他者の顔をそこに映す。
すると相手側の被験者は最初は戸惑いつつも、
ついには目の前の本人ではなく、
タブレット上に映った人物と話している感覚になる、
という話です。

タブレット上に映った他者の顔を、
「カメレオンマスク」と称しています。

さらに興味深いのは、
タブレットを取り付けている本人も、
段々とタブレット上の他人になった感覚が
生じてくるというところです。

そして、
他者になりきる役目を果たす
やりがい的な感覚も生じてくるというのです。

自己と他者との間のグレイゾーンというのは、
そういうことを指しています。
他者になりきる、他者に乗っ取られる、
ここでは「ジャックイン」と称しています。

貢献感を持ちながらいつの間にか他者になってしまう、
これって、
考えようではとても怖い感じもします。

まぁ昔から、
テクノロジー自体には罪はなく、
それをどういう目的で利用するか?
が問われるのだろうと思います。

最後に

この著書全体をとても興味深く、
読み進めることができました。

さまざまなテクノロジーの介入によって、
新たな技能や運動能力が獲得されるというのは
これからの可能性を感じるとともに、

理学療法士(フィジカルセラピスト)としては、
テクノロジーの介入原理/概念を参考にして、
人(セラピスト)としての介入方法や、
介入場面での評価/判断などにおいて、
とても参考になることが書かれていたと感じています。

何より、
試行錯誤の必要性、これはある程度の
失敗体験を含んでいます。

どうしても運動を指導する場面では、
失敗を起こさずに成功体験だけを導きたくなるのですが、
そうではなく、
指導される側がどういう意図でその動きをしたか?
失敗にももしかしたら何か意味があるのではないか?

そういう
“ゆとり”あるいは“ゆらぎ”を指導する側も
常に確保しておく必要を感じました。

なお、この第5章に関しては
Podcast番組
トーク・オン・エクササイズ 209(309)」の方でも
話題にしていますので、是非そちらの方もお聴きください!

ここまで読んでいただきありがとうございました。
ではまた次回の棚卸し本でお会いしましょう!




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