夏の断片
外には、今年もう聞き慣れてしまったセミの声が響いている。
じとっと首にまとわりつく汗に、嫌だなぁと思いながら、リモコンに手をかける。その時、ベランダからパタパタとウッドデッキを叩く音がして、すぐさまザーッという雨音に変わった。雨の匂いがする。それだけで、自分の体温が数度下がったような気がして、エアコンは諦めて、扇風機を少し強くして、ベッドに寝転んだ。
「あなたにとって、一番の夏の思い出は何?」
一緒に仕事をしている人たちと会話が途切れた時、最近よくこんな風に尋ねている。単純に、私がこの質問を気に入っていて、何かにつけて「どうなんですか〜?」と、聞きたいだけなのだ。誰の話を聞いても、自分の欠けていたピースがキュッと埋まるような気がして、切なくて、それが心地いい。
いつからだろう。自分の中にはっきりとした夏の記憶が残らなくなったのは。学生の頃は、毎年胸を締めつけられるような思い出が色とりどりに光っていたような気がする。緑の色濃い匂い。真っ青な空とそれを覆わんばかりの入道雲。弓道場に寝転んで聴いていた竹のざわめき。小さな花火大会と小さな恋。
薄い記憶の表面を泳いでいると、なんだかいてもたってもいられない気持ちになる。また、自分に夏の爪痕が食い込んでくれないかな。
急き立てられるように、私はロードスターへ乗り込んだ。
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