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華麗なきみ

「カレー食べに行こ」
「今日気分じゃないんやけど」
「いいから。着替えて」
そう言って君はいつものように真っ白のスウェットを私に手渡す。
「群れからはみ出した白い鳩みたいに魅力的だね。すぐ行こう、もうすぐ行こう」
そう言って君は私の手を掴んで、部屋を飛び出した。
君は少し変わっていた。
カレーライスを食べる時、なぜかいつも白い服に着替えたり。
小さい頃の夢が ”おとなにならないこと” だったり。
悲鳴みたいなくしゃみをしたり。
気持ちを伝えられた時も、どこかの映画監督みたいに君は何回もテイクを重ねた。
「あ。忘れものした、ちょっと待って」
こんなちょっと抜けてるところも言わずもがな。

「一緒になって初めてのお昼ご飯って、ここだよね」
「そうやっけ、、てか "初めてのお昼ご飯" って概念なんなん、よく覚えてんな」
「覚えてるよもちろん。ここ世界一好きなカレー屋さんだから」
私たちにとってのカレーライスは、某チェーン店のカレーライスなんかではなく、彼の家の隣にある多国籍料理屋のスープカレーのことを言う。彼は私と出会うずっと前からこの店に通っている。常連の域を超えている。お店を切り盛りするのは日本人のご主人”イトウ”さんとインド人の奥さん”リヤ”さん。夫婦2人だけでお店を切り盛りしていて、店内はいつもやさしい空気とスパイスの香りで充満している。
「リヤさーん、いつもので!」
「ハーイ、レッドスパイスフタツー」
彼と一緒になって5年。私にとっては初めての恋人。彼にとっては3人目の恋人。恋をすると言う感情が分からなくて戸惑う私を、彼は突き放すこともなく、かといって包み込むこともなく、ただ何もせずに側にいてくれた。価値観や考え方はまるで正反対なのに、一緒にいると何故か妙に心地が良く、自分が自分でいられる気がする。

ある春の昼下がり。彼に気持ちを伝えられる8時間前。
「今日世界が終わるとしたら何を感じるんだろうね」
私が作った少し大きめのサンドイッチを頬張りながら彼はそう呟いた。
「何?急に」
「いや、どんな感覚なんだろうって思ってね」
「確かにな〜よく言うけど。最後の晩餐は何がいいーとか」
「そういうんじゃない」
「うん?」
「世界が終わる瞬間ってさ、一番美しいと思うんだよね」
「どう言うこと?」
「地球にいるみんな平等にいなくなるんだよ。金持ちのおじさんも。戦火の少年も、同時に、みんな」
「あー。確かに。みんな抗えずに、いなくなっちゃいそう」
「まさに華麗なる逆襲だよね、人間への逆襲」
「言い方」
「隕石がバーーーーって迫ってくるの、綺麗なんだろなー。落ちるギリギリまで眺めてたい」
「普通に不謹慎、てかもう怖くて見れないわそんなん」
「もしもの話ってさ、みんな結構蔑ろにしがちだけどさ一番大事なんだよね」
「なんか先生みたいや」
「この景色もいつまで見られるんだろうとかさ。普段だったら考えないんだよ。だけど君といる時はずっと考えちゃう」
「もうやめよ、サンドイッチ食べな」
「うん」
うんという返事とは裏腹に、彼はサンドイッチを片手に考え込んだ。一方の私はすでにサンドイッチを食べ終わっている。私はセルフサービスの水をお供に、温泉の温度は熱すぎる論争や、タバコは何のために吸うのか論争などどうでもいい論争に白熱し、あっという間に時が過ぎた。

「ハーイ、オマタセネーレッドスパイスフタツー」
見た目は普通のスープカレーなのだが、かなり辛い。名前のだけあってスパイスがふんだんに使用されている。
「これこれ〜いただきま〜す」
いつもは我先にとカレーを頬張る彼が、今日はスプーンを持とうとしない。
「ちょ、どうしたん」
「え?いや別に何もない」
「食べーや」
怪しい。完全に何かある。私には分かる。というか店に入った瞬間から気づいている。彼の右ポケットが不自然に膨らんでいることに。付き合ってもう5年だ。私は気がつかないフリをしながら、カレーをひたすら頬張る。4テイクも重ねられた初めての告白もこんな風に気づかないフリをしてたっけな。一方の彼は、いまだにスプーンに手を伸ばさず、おでこに脂汗をかいている。さすがに大丈夫か?
「ちょっとごめん!!!!」
「え!?何!?」
そう叫んで、君が小走りで向かった先。トイレだ。空いた口が塞がらないまま彼を目で追う。程なくして彼はにこやかな様子で席に戻ってきた。
「ごめんね、今日お腹の調子悪くって〜」
そう言って、手に持った瓶の正露丸を机に置き、スプーンを手に取る。右ポケットの膨らみは完全に消えていた。完全に振り回された。最悪だ。してやられた。私は少し不機嫌になり、とりあえずカレーの味を楽しむことにした。
「なんで今日カレーなんよ、お腹痛いんやったら言ってや」
「今日は絶対カレーが良かったんよ」
「何で?」
「何でも」
「何やねん」
あぁ〜腹が立つ。君にじゃなくて自分に。カレーをかきこむ。辛さでむせそう。カレーひと口目の彼と、カレー完食の私。食べるペースだけはいつまで経っても合いそうにない。
「お先にご馳走様やわ。やっぱここのカレーやばいな」
「よな、バカ美味い。今日も綺麗に完食したね」
ふと自分のお皿を見る。白いお皿。いつものお皿。いや違う。お皿の底に何か書いてある。目を凝らす。
「何これ、なんか書いてある…?」
「え何?」
「あぁ〜と…これ、ヒンディー語や!どういう意味なんやろ。てかこんなん書いてあったっけいつも」
「リヤさん意味知ってるかな、リヤさーん!」
「ちょ、別にほんまに知りたいわけちゃうけどさ」
「ハーイ、アズマクンチョットマッテネー」
他のお客さんの接客を終えたリヤさん、到着。
「このヒンディー語ってどういう意味ですか?」
「コレノイミ?アズマクンシラナイデカッタノ?」
「ん?買った?」
「あ、いや」
「モーコマッタヒトデスネ、コノ मुझसे विवाह करो ハ、ニホンゴデ、ケッコンシテクダサイデスヨ」
「あーそっかそっかそうでした。ありがとうございます」
そう言って彼は、いつの間にか手に持っていた指輪を素早く私に差し出した。
「え?」
「一生幸せにします。僕と結婚してください」
「え?」
気がつけば、店内の全員の視線が私たち2人に集中している。私の隣に立っているリヤさんは、謎の言葉を唱えながら拝んでいて、イトウさんが手を止めてキッチンからこちらを覗いている。じわじわと自分の身に起きていることを認識しはじめる私。考えるフリはもうしない。

「私でよければ、ずっと一緒にいさせて下さい」
一瞬の静寂。
君の泣き笑いの顔。
私はというと、号泣の顔。
「おめでとーーーーーーーーーーーーーう!!!!」
キッチンから店内に響き渡るイトウさんの野太い声。拍手の音で埋め尽くされる店内。何故か涙目のリヤさん。100本の真っ赤な薔薇の花束を持ってくるイトウさん。さすがに王道すぎるチョイス。薔薇の花束を受け取る君。いつもは頼りなくて、考えてることが分からなくて、優しすぎるし、女々しいけど、気持ちの伝え方はどこまでも男らしくて、勇ましくて、かっこいいんだ。君は自慢の恋人、いや自慢の夫だよ。私に薔薇の花束を差し出す君。
「アーアブナイ!」
花束の持ち手が予想以上に長かった。
君の食べかけのカレーが派手に傾き、真っ白なスウェットに溢れた。カレーまみれの君、右手に真っ赤な薔薇の花束。泣き笑いの私。
「人間カレーやん」
笑い声で溢れる店内。決まり悪そうな君。明日世界が終わるとしても、私は今とても幸せです。


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