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嫌いな季節

「なー、あのさぁ」
「うん、なに?」
「もう3月終わるな」
「うん、せやな、終わるなぁ、、てかさぁなんで3月から4月になる時ってさぁ、わざわざそんなこと言うんかな」
「あぁ、たしかに」
「そんな名残惜しい?3月終わんの。そんな3月好き?」
彼女はストローで、カップの底に残った、ギリギリ飲めるか飲めないかくらいに浅くなった、桜色のフラペチーノを巧みに吸い込みながら僕に言った。
「いや、名残惜しいとかではないけどさ、なんか新学期始まるし、心機一転的な感じやろみんな」
「ふーん」
間の抜けた返事。興味が無いのか。はたまた納得がいってないのか。
「私さ、この季節一番嫌いやねん」
「ん?」
「だから、私この3月って一年で一番嫌いやねん」
「なんで?新生活の準備とかめんどくさいから?」
「ちゃうちゃう、めっちゃ中途半端やない?色々と」
彼女はカップに残ったフラペチーノを勢いよく吸い上げた。ズズッと音がした。
「そうかなぁ、おれは好きやで。新しい年やー!って感じで」
「うっわ、何それ。世論やわーバリバリ世論。おもんねー」
「おもんないってなんやねん、おもろさ必要なんこの話」
「いや、みんな卒業するやん?もう会われへんなーって悲しむやん?でもそれほんまに悲しんでるんじゃなくて、悲しんでるふりしてるだけやん?多分。私青春謳歌したよー、私の青春終わんの嫌やーって見せつけたいだけやん?ほんでさ、卒業旅行とか行くやん?楽しんだ気になるやん?ほんでさ、気がついたらさ、次の生活に切り替えるやん?ほんならもう全部過去になるやん、何もかも。心機一転ってそういうことやろ?これまでのこと全部水に流して、新しい自分になりましょーってことやろ?何なんそれ。別々になっても会おうなーって言って、実際どんだけの人が会ってんねん。過去にすんなよ。中途半端やねん、過去に縋りたい自分とさ、新しい生活で何もかも変えて踏み出したい自分がさ、混ざり合うねん。それも綺麗な混ざり方じゃない。泥みたいに汚く混ざり合うねん」
空のカップは中の氷が溶けて、結露している。水が彼女の手の動きに合わせて一滴、ニ滴と滴り落ちる。
「後、3月の風も嫌い。なんか妙に生ぬるいし」
「それはなんとなく分かるかも」
「それ"は"って、、言ってもうてるやん」
「ふふっ」
「何わろてんねん。私らもきっとそんな中途半端な関係やねんで」
「、、、きっとそやな」
「多分もう会わんよな」
「、、、うん」
「あぁ、ベラベラ喋ってきたけどあれやわ、なんで3月嫌いなんか明確な答え言えるわ」
「なんやねん、言えんのかい」
「3月はさ、別れの季節やからやわ」
「いや、それこそバリバリの世論やで」
笑いながら彼女の顔を見た。笑っているのかなと思って見たけど、これっぽっちも笑っていなかった。

生ぬるい風が僕と彼女との間を抜けて、彼女の長い髪を揺らした。彼女は結露したカップを持った濡れた手で風から前髪を守るように顔を覆った。
「ほら、この風やん」
そう言って儚げに微笑んだ彼女の頬は濡れていた。




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