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冒険ダイヤル 第34話 ラブレターの書き出し

「今度の週末にお疲れさん会をやろうよ。ふーちゃんが戻ってきたらその話しようよ」
ナポリタンを食べながら絵馬が言い出した。
「なんならあたしの家に来てもいいよ。何でもいいからみんなでわいわいしようよ。ホラー映画見てもいいし、自宅カラオケしてもいいし、ふーちゃんの元気が出ることをしようよ」
さっきケーキセットを食べたばかりだというのに旺盛な食欲だ。
ワンピースが汚れないようにナプキン代わりの大きめのハンカチを襟元に垂らしている。
 
陸の方はというとナポリタンソースが服にこぼれるのも気にせずに豪快に頬張っていた。
「賛成。ふかみちゃんに元気出してもらおう。でも僕、カラオケは無理だし、ホラー映画も無理」
「じゃあゾンビものにしよう」
「えっ、ゾンビもホラーでしょう?」
「ゾンビは単なるホラーではなくて特別なジャンルよ」
「エマちゃんてそういうのが趣味なの?もっとほんわかしようよ。ピーターラビットとかさ」
「ピーターラビットはバイオレンス映画としてはお子様向けよ。あんな生ぬるいのよりストレス解消ならゾンビ映画に限るよ。ゾンビって爽快感があるから」
「爽快感?それ何目線?っていうかピーターラビットってバイオレンスだっけ?」

駿はふたりの掛け合いとナポリタンをすするステレオ音響にげんなりする。「お前ら、おれのメンタルの心配はしないんだな」
「あんたはふーちゃんが元気になれば自動的に元気になるよ。でもその逆はないから」
「そうそう、エマちゃんよくわかってるね」
陸はフォークを持ち上げて続きをしゃべろうとしたが、ナポリタンがうまく飲み込めなかったらしくそのまま少し黙った。
声は出さずにしばらく指揮者のようにフォークを揺らしている。
駿が水の入ったコップを前に置いてやると陸はそれを飲み干してからまたしゃべり始めた。

「…ふう、えっと、僕がハマってるゲーム持ってくから一緒にやらない?エマちゃんはやったことある?あの伝説の…」
「ああ、流行ってるRPGね。あたしのお母さんが一時期ハマりすぎて睡眠不足になってたよ」
「本当に面白いから、やってみなよ。グラフィックがすごくきれいなんだよ」
「あたしもみんなと一緒ならやってみたい。RPGだって一種の謎解きだしね」

「さっき祠に行って箱を見つけた時にちょっとわくわくしてさ、あのゲームのこと思い出しちゃった。あれに登場する祠の名前ってゲーム制作スタッフの名前のアナグラムになってるんだって」
「ふーん、わかる人にだけわかるってことだね。お母さんに教えてあげようかな」
ふたりがまくしたてるので駿は口を挟む暇もない。

「エマちゃん、アナグラムってどんなのか知ってる?」
「知ってるよ。英語のアナグラムだったら、例えば〈LISTEN〉が〈SILENT〉になるとか、そういうのでしょう?」
「うん、それそれ。ちょっとカッコよくない?アナグラムを自動生成してくれるサイトがあるんだけど」
「へえ、見せてよ」
陸はスマホでアナグラムの自動生成のやり方を教えてやっている。

「なんだか、お前たちテンション高いな」
駿は自分だけが落ち込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
テーブルにあった魁人からの手紙の上にはいつの間にか化粧ポーチが乗っている。それをもう一度見ようかと手を伸ばしかけたが、絵馬がポーチを上に乗せ直して中から鏡を取り出し顔のチェックを始めた。

「あたし口の周りにソース付いてない?なんだかよく見えないから駿ちゃん見てくれない?」
「何もついてないよ。それより手紙…」
すると突然、陸がさっと手紙を取り上げて大げさな声を上げた。
「やばいよ、テーブル濡れてるじゃん。グラスから水が垂れたのかな」
そう言って自分の膝に置いてティッシュで拭き始める。
駿は仕方なくアルファベットが書かれている小さい紙の方を手に取った。どうしてもまだあきらめきれなかったのだ。
 
紙はまだ〈KI・MI・KA・YO・FU・NA・TSU 〉の順に並べられたままだ。
「それにしてもあいつ、かっこつけて旧仮名遣いなんてこっちが恥ずかしくなるよ」
〈君通ふ夏〉という言葉は、魁人が選んだにしては妙に文学的だ。
「なんだか昔の文豪のラブレターの書き出しみたいじゃないか」
「駿ちゃん、文豪のラブレター読んだことあるの?」
「いや、ないけど。イメージだよ」

「作家のラブレターといえばね、オスカー・ワイルドは恋人に大量のラブレターを書いてるんだよ。この話聞きたい?」
「お前が読書家なのはわかったから、もういいよ」
絵馬がやたらと饒舌なので駿は辟易した。
「感じ悪いなあ。聞きたい?って言われたら聞くのが礼儀でしょ。それでね、ワイルドは投獄されたことがあるんだけどね、裁判の時に自分が書いたラブレターが証拠のひとつになってしまって有罪判決を受けたの。ラブレターが罪になるなんて謎文化だよね。でもある意味ロマンチックじゃない?」
 
なんだか無理やり話し続けている印象を受ける。
落ち込まないようにしてくれているのかもしれないが気が散って仕方がない。
「ごめんエマ、ちょっと黙ってて」
駿は穴の部分から引きちぎられた単語帳をじっと眺めた。
「あいつ、単語帳使って英語の勉強してるのかな」
絵馬は黙っていろと言われたのが気に障ったのか冷ややかに言った。
「今どき単語帳なんて効率悪いね。あたしは学習アプリ使ってるよ。だって単語帳って時々リングのかみ合わせがゆるいとばらばらになっちゃうでしょ」

「どうしてローマ字なんだろう?ひらがなのままで良かったじゃないか」
「あたしたちを混乱させたかったからでしょ」
しかしそれでは納得がいかない。このローマ字がひらがなと対応していることくらい誰にだってわかる。アルファベットでなくてはならない理由があるのかもしれない。
駿は〈KI・麻・天〉の紙を真ん中で破って漢字を取り除いてアルファベットだけにし、さらにKとIを切り離した。
「こうやってアルファベットだけを抜き出してみよう」

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