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邪道作家第10巻 我らが住むは人の世界 あとがき付

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)


縦書きファイルは固定記事参照


簡易あらすじ

「我々が住むのは、「人間の世界」なのだッ••••••••••••」

それが人種やら違いは数有るが、結論を言ってしまえば「差別意識」とは「弱さ」の証だ──────自分を認められないのだ。

ナントカとは違うだとか、誰それより優れているとか、要は「自分自身への確かな自負」が、欠片も無いから差別する。


実際、比べる意味があるのか?


私はシリーズ完結23冊、なんだかんだ500万文字は書き切った──────仮に、世界一の作品だとメディアで取り上げられる作家がいたとしても、私の自負は崩れない。

当たり前だ!! 売れる前から、執念だけでここまで全てを書ききった!! たかが世界一が、あるいはナントカ賞が何だというのだ──────賞を取る為に書くとはな!!

馬鹿馬鹿しい限りだ!! それで名作が生まれるならば、何故少し前の作品は捨てられるんだ? 貴様ら数年前のを覚えているのか?

何かと何かを比べるのは雑魚の役目だ。それより、差別意識を取材し尽くし、読者の脳髄を喰らってやろう。


これは、そういう物語だ。何かを成し遂げるのに種族など知らん!! 才能なんぞ、私にあるとでも思うのか!?

もし思うなら、その使えない脳髄を交換してこい!! 不良品なのは間違いない!!!


やれやれ。楽して稼げれば良かったのだが、だからこその物語は読めるだろう。


さて、上っ面に飽きたなら読むがいい。
邪道作家は、差別なんぞに縛られない。






   0

 最も大切なモノは「金」だが、最も必要に迫られるモノは「健康」だ。
 彼等にはそれが無い。
 だからこそ、己を捨ててでも、理性を殺してでも目的へと向かえる、らしい。連中の考えは理解できない。私と違って「人間性」などという、役に立たないゴミを追い求め、物語に夢や希望を、勇気を貰えるなどと綺麗事を抜かす時点で、それは分かると思う。
 感傷ではなく「事実」だ。連中は私とある意味同じだというのに、私とは真逆の「モノ」を、求めようとするのだ。忌々しい事この上ない。
 だが・・・・・・彼等の言う事も分からないでもないのだ。無論、勇気とか信念だとかではなく、現実的な問題として、娯楽産業は今やあらゆる兵器よりも優れた「戦略兵器」となりつつある。
 娯楽、所謂物語や映画、そしてアニメを見るのは子供達位のものだったが、それが大人も楽しむようになってからは、娯楽商品を通して価値観を植え付けたり、世界の見え方をコントロールするようになった。
 そして、アンドロイド共がそれらを見る現代では、この世界の産業の大部分を占める連中がそれら娯楽商品を消費し、七京ドルの経済効果を、一つの銀河系だけでもあげているのだ。
 それを利用する輩は必ずいる。
 どんな時代でも同じだ。
 金があるところに陰謀はある。それが嫌ならば山奥にでも住むしかないだろう。無論私は文明の豊かさを最大限享受するつもりなので、正面から堂々と、娯楽産業に切り込み利益を上げ、それで「ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活」を、送るつもりだ。
 今更だがな。
 だが、そんな「娯楽産業」ですらも、ヒット作の作者名に半分以上はアンドロイドが並ぶ。利益を上げる商品と面白い商品は別なのだが、しかし連中はそのバランスの見極めが頗るいいのだ。私のような古くさい作家からすれば、たまったものではないが。
 それら有名作品の権利を買い取り、ハリウッド化して情報戦争に参入しようとする巨大資本も多いのだが、これがまた上手く行かない。当然だろう。売れる作品が面白い作品である事と同義ではないのは「事実」だが、だからって金をつぎ込めば誰もが見る訳でもない。
 逆に、誰が見るのかも分からないようなゴミでも、やり方次第では、だが・・・・・・世界中にその影響を与えることも、また可能だ。
 結果、アンドロイド達は世界中の産業、そのコアと成る部分を握り、それらを支える顧客層ですらも、アンドロイド達が消費者として支えつつあるのだ。
 最早、そこには「アンドロイド達の文明」が、「見えない国家」として形作られている。確かな「事実」だ。国を持たぬ民族として、彼等アンドロイドは人類社会において、圧倒的な資金力と、団結力。そして利益を上げうる産業を、その手に握ることが出来ている。
 人間は置いてけぼりだ。
 中身のないサービスばかり作っているから、こうなるのだ。まぁ、これは私のような、嘘八百の噺を書いて儲けている作家などに言われたくはないだろうが、言ってしまえば私のような人種に言われてしまう時点で、致命傷だと言えるだろう・・・・・・既に手遅れって事だ。
 彼等、いや現行の人類は「不可能」に挑むことが、非常に困難に感じるらしい。だから、既存のモノに従ってしか、新しい「何か」を生み出すことに対して、足踏みをしてしまっている。
 私から言わせれば、だが・・・・・・不可能なら断行し、不可逆なら可能にしろ。簡単だ、私はずっとそうしてきた。
 なに、ちょっとリンゴを上へと放り投げ、木の又から子供を作り、物理法則に反するだけ、私の得意分野だ。実に容易い。
 人間を信頼する、などという偉業に比べれば、容易いことこの上ないだろう。
 信じられる相手など、所詮幻想だしな。
 思い込みとでも言うべきか。
 どうでもいいがな。
 どうでも。
 良かった。
 今までずっとそうしてきた。実るまでが長かったが、時を掛ければ誰でも出来る。何せ、私には全ての事柄が「不可能」だった。
 成功も名誉も信頼も道徳も、全て存在さえしない虚像の世界。
 今更不可能の一つや二つ増えたところで、私の世界は変わらない。
 時間は幾らでもある。いや、そもそもこの世界に「時間」というモノは存在しない。植物がそうであるように、物事は成長と共に次のステージへ向かう為、周期を繰り返しているだけなのだ。ただ、大小があり困難の度合いがあるだけで、我々の進む先は同じなのかもしれない。
 だとしても、私は金が欲しいがね。
 だとすれば、尚更だ。
 ・・・・・・思うのは、「物語」という存在は、その困難を疑似体験できる代物だ、という事実だ。疑似体験で克服できれば苦労しないだろうが、しかし疑似体験で本番に備える人間がいるのも、私からすれば忌々しいことに、また「事実」だ。
 ならば、「物語」を読む人間に対して、否応無く大小無く私は、いや、私の作品は多くの人間達に影響を与え、生き方を変える事になるのだろうか・・・・・・それは言い換えれば、多くの人間を変える、というのは、多くの人間の人生を狂わせる事と、何ら変わりはあるまい。
 だとすれば、面白い。
 面白くて面白くて仕方がない。
 それがどういう影響であれ、私の作品が世の事実を描き続けているのだから、読む側は当然、その事実と向き合う形になるのだろう。結果破滅するような人間ならば、もとよりその程度と、そういうことだ。
 なに、少しばかり全人類を利用して人体実験を繰り返し、生き方に影響を与え狂わせるだけではないか。
 その程度、誰でもやっている。
 知らず知らずの内に。
 無意識の内に、人間は他者の人生を狂わせられるのだ。それに自覚があるかどうか、その程度の違いでしかあるまい。
 そうでなくともどうでもいいがね。
 「傑作を書く」という感覚は何よりも優先される。私はそうだ。食べることを忘れて執筆したことも一度や二度ではない。時間の経過が早すぎるのが難点だが、それはそれで私の目指す「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」を、充実と生き甲斐に満たす事に繋がるのだろうから、良しとしよう。
 例えその結果、全人類の生き方が歪められ、狂ったとしても、事故責任という便利な言葉があるではないか。いや、「自己」責任か。
 傑作を読むなんて、それこそ事故みたいなものだろうが。
 そもそも、現実には物語が影響を与えることはあっても、それがどうなるかは当人次第だ。聖書を読んだところでそれを、戦争の理由にする輩がいるのだから、物語で人間性までは変えられないらしい。アンドロイド共なら否定するだろうが、しかしそこまでの力が「物語」にあるのか?
 わからない。
 どうでもいいしな。
 問題なのは、そう、傑作のアイデアというのは場を考えずに出てくる事だ。年中、構えていなければならないので、実に忌々しい。
 それとも作家の苦悩は「大事の前の小事」とでも言うのだろうか? いいや、そんなのは権力者の言い訳だ。大事も小事もこの世界には存在しないのだ。あるのは、そこに解決すべき事柄がありそれに対して人間の欲望が「大小」を付けることで「罪悪感」を消す為の儀式でしかない。
 作家に苦悩など必要ない。
 それももう、「克服」している・・・・・・私はどんな環境下でも「傑作」を書く事が可能だ。何かに苦悩しなければ最高の作品が書けないなど、プロとして失格だろう。
 無論、私はこの問題すらも「克服」するつもりだ・・・・・・私個人の世界を更に、豊かさと充実で満たすために、じき、終わる問題だ。
 これから語る物語は「歴史の特異点」とでも、形容すべき物語だ。人間が人間を辞めない限り、人間以上に成長しない限りは、集団心理の特異点からは、逃れられない。
 差別、貧困、格差、戦争、政治、そして信仰・・・・・・これらは一定のパターン性に従って、この世界に発生する「現象」だ。
 だから永遠になくならない。
 例えアンドロイドが自我を持ち、人類が遙か彼方へ住処を移し、不老不死を手に入れて、神をも越える科学力を手にしたところで・・・・・・所詮、見栄や嫉妬で争い奪い、罪悪感から逃げ、自らを正当化することで己が悪である事を否定し、自分達がこの上なく正しく善人であり、何一つ後ろめたいことがないと「思い込んで」いる以上、人類の抱える問題はそのままだ。
 世間の流行に流され、自分で考えず、皆が足並みを揃えて「確固とした己」を持つことから逃げる限りは、根底にある「心」は成長することはないのだ。だから、当然ながら科学が幾ら進歩しても、犯罪発生率は変わらない。
 むしろ増えている。
 自分を正当化、というよりは、世の中のルールの方が間違っていると思い込む奴は多いらしい。私は社会のルール以前に人間として色々踏み外しているので、そんな大それた事は思った試しがない・・・・・・無論、外れていたところで私は私だ。例えそれが「悪」であろうが、他者を踏みつけにすることに罪悪感など無い。
 あってたまるか。
 それを否定すると言うことは、生きるという行為を否定するも同じだ。善意や思いやりで自分達は成長できている、と思い込んでなあなあで過ごす連中には分かるまい。この世界に「正しさ」など存在しない。如何に社会的な価値観に合わせつつ、己の利益を確保できるかだ。生きるということは「社会の中で勝ち抜く」事も、当然ながら含まれるのだから。
 勝利とは何かを敗北へ追いやる事だ。
 それを善意だの思いやりだの平等だので、誤魔化したいなら生きる事を止めろ。
 思うに、「罪悪感」とは、己を誤魔化しているから発生するのではないだろうか? 社会的な通念でどうあろうが、己の信じる何かを成し遂げてやり遂げた人間が、善悪で行動を計るなど、聞いたことがない。
 善も悪もこの世界にはない。
 いずれも金でコントロール出来る代物だ。歴としたその「事実」から逃げている人間が、この世界の何かを変えることなど出来はしない。
 己の行いに「確信」を持って生きるのだ。それが出来ない生き方をするんじゃない。何であれ、「己を信じる」事の出来る道の先には、善悪はともかく「まだ見ぬ景色」があるだろう。
 無論、私は社会的な通念にも合わせつつ、法や社会的な道徳に非難されない形で行動し、社会的な折り合いを付けられるからこその「邪道作家」なのだが。
 人はそれを「最悪」と呼ぶ。

   1

 私の前には新鮮な「スシ」が並んでいた。今時新鮮な魚を手に入れようと思えば、地球へ命懸けで大気圏を越えて赴き、脱出ポットで出なければならない。何度かやったが、二度と御免だ。と、言っても私は依頼の都合上、あの惑星に向かう事が非常に多いので、結構な頻度で魚を捕っていたりするのだが。
 それらの行動は法での規制が厳しいが、物語は限度がないので実に便利だ。どれだけ人間が死のうがどれだけ人間に悪影響を与えようが、どれだけ人間の心を抉ろうが、法で規制された試しがない。されたところで止めないがね。
 社会に折り合いを付ける、という点では、この上なく最高の環境だ。どれだけ私の思考回路がドス黒かろうが、物語に限界は無いし、邪悪で邪道な作家を取り締まる法律はまだ無い。
 最高だ。
 世の中こんなに上手くいって良いのだろうか。いや、まあ、アンドロイドの作家共が台頭してきている以上、人間の作家は立場がないが。
 まあそれはどうでもいい。
 要は金になるかだ。
 その金を「サムライ」家業で捻出している現状からすれば、皮肉でしかないのだが。
 まあ過度な期待をされるよりはマシか。勝手に期待されて勝手に失望されることほど、寒い噺はないだろう。その点、私は私自身が己を信じられればそれでいいのだ。誰か他の連中がどう思おうが、知ったことでない。
 平凡な一市民としての方が、動くのには最適だ・・・・・・言っていて空しくならなくもないが、しかし表向きには私は、平凡なる市民だ。
 そのはずだ。
 多分な。
 別に違ってもいいが。
 どうでも良いしな。
 社会の外側でも内側でも同じ事だ。そもそもが「社会」などというのはどこにも存在さえしないのだ。皆があると思いこんでいるだけだ。
 権力や肩書きと同じだ。
 それは存在さえしない思いこみでしかない。
 思いこみの世界で偉くなっても嬉しくも何ともないのでな。物語を書く人間の言葉とは思えないだろうが、しかし私は物語で夢ではなく悪夢を魅せる「邪道作家」であり、そもそもが自分を本当に「人類」で分類できるのかも不明なのだから、別に構いはしないだろう。
 人類なのだろうか?
 それもまた、どうでもよいか。
 問題なのは、そう、それがどんな社会形態であれ「豊かさ」を享受できるかであって、それを可能にするのは大抵「金」だという現実だ。
 精神的な満足感は、余程精神が未熟でなければどうとでもなる問題だ。所詮この世は自己満足。ならば精神さえある程度成長していれば、どうとでもなるという噺だ。
 そうできない人間は多いが。
 私からすれば意味不明だ。
 ならばあの女の言うとおり、「成長しなければ結局のところ、どれだけ金やモノを手にしたところでそれを豊かだと感じ取れない」とでも言うのだろうか? 理屈は分かる。だが、私は綺麗事が嫌いなので、とりあえず否定できる方策を考えておくとしよう。
 それはそれで面白いしな。
 面白ければ善悪などどうでもいい。
 神も悪魔も些細な事だ。
 世の中の人間、それも成功者に限って、そういうどうでもいい事柄で悩んだり、寂しさに負けるだとか、誘惑に負けるだとか、周囲の意見に流されるだとか、金を持ってもその豊かさを使いこなせずに法を犯したり、する。
 許し難い蛮行だ。
 悪行が、ではない。
 持っておきながら、そんな精神面の問題で、金を捨て去るなど許されない。まして、自分から敗北へ向かうなど。
 私は今まで幾度と無く、数えるのが面倒になり数えることを止め、何故こんなに失敗して敗北して報われないのか呪われているのではないか、と感じつつも、己から敗北に向かったことは、勝たなくても良い遊びの場くらいだ。まして金や生活がかかれば、敗北して良いなど思う筈がない。  余裕ある人間が、許せない。
 その笑顔が、その歩み寄りが、その余裕が、その安心感が、その自信が、許せない。
 許すつもりもない。
 持つ人間と持たざる人間では、敵対し合うしかないだろうしな。根本からして相容れない。持つ人間からすれば持たざる人間は許せないのだ。何故持っていないのかと、自分たちのちまい常識を押しつけるのに、いつも必死だ。
 ふざけるな。
 能力値が高かっただけのカス共に、そんな事を言われる覚えはない。そして、必ずそういう連中を叩きのめしてやるとしよう。
 堂々と何も持たない内側に自信一杯で、社会的な立ち位置を確保し、それでいてルールそのものを支配する。
 闘技場で戦うのではなく、闘技場を買収し、強い人間を顎で使うのだ。
 そうしなければ、勝てないだろう。
 無論、私はそのつもりだ。
 出来なければ断行し、不可能なら物理法則が可能にするよう働きかけ、不可逆ならばそれそのものを利用してやればいい。
 私はそうしてきた。
 貴様等もそうしろ。
 できなくてもやれ。
 なに、簡単だ。人生を全て「狂気」に賭けるだけだ。簡単だろう?
 この世界は本物であればあるほど負けるように出来ている。要領の良さや運不運、才能だのといった「至極どうでもいいモノ」で、優劣や勝敗が決まる。
 それら「持つ人間」を越えるには「狂気」しかあるまい。人間が持ち得ないほどの狂気を持つ事ができれば、人間以上の事が出来る。物理的には誰でも可能でも、理性がそれを拒絶する。ならば理性よりも狂気を優先して、出来てもやらないような道を、歩き続ければ良いだけだ。
 それが身を結ぶかは、賭けだ。しかし、ただ漫然と負けるよりは、優秀なだけのカス共を殺せる力を、私は求める。
 その方が面白いしな。
 私のようになりたいならば、噺は簡単だ。
 全てを呪いながら、長い年月を物語を書いて読んで過ごせばいい。人間の悪い部分を全て見据えて、隣人を疑えばいい。歪んだように笑いながら狂気に耽溺すればいい。
 つまり止めた方がいいってことだ。
 まず人間を辞めなければならないしな。
 心を捨ててから、それらをしなければ。
 いや、完全に消し去って、か。
 人間以外の「何か」である事こそが、「作家」である条件なのかもしれない。少なくとも、人間には人間の視点でしか、物語は描けない。
 非人間性こそが、人を魅了する。
 スシを食べながら、私はそんな事を考えていた・・・・・・目の前の依頼人、アームガード・ブラックハウスは不可能を可能にする「神」と呼ばれているらしい。ただし「資本主義」いや「拝金主義」の、だろうが。
 このご時世に「和食」という古い文化を嗜んでいるのが、その証拠だ。昔は地球に住む人間、それも庶民の食べ物だったらしいが、現代では完全栄養食のジャンク・フードが主流だ。有機野菜はブランド物ばかりだし、何より、科学の発展で誰でも理想の健康的肉体を得られるようになった。その代わりに連邦政府の管理下、個人識別番号で管理され、税金から借りたレンタルビデオまで、「非常時」には(そもそもが、非常時に利用する可能性があるという注意書きは、管理者が好き勝手に使う為に必要なお膳立てでしかない)公安や警察が内部情報を詮索できる。つまり「首輪」を付けられた状態になるわけだが、「理想的な健康状態の付与」を約束される、らしい。私はそんなプログラムに参加しなくても、高い金を払って有機野菜や漢方食品を食べているので、政府発行、いやあらゆるカードを発行しておらず、殆ど現金で取り引きし、政府の保証も貰っていないので、伝聞でしかないが。
 まるで家畜だ。
 人間牧場こそが、理想的な社会形態、資本主義の行き着く果てなのだろうか。いや、とっくの昔から、そう成っているのだ。
 金を人間の上に置いたその時から、人間は人間以上の存在として「金」を置いている。人は人の上に人を作らず、金を作ったのだろう。
 だからこその資本主義社会だ。
 操られることを良しとする人間が多い以上、生き易さで言えばこの上ない。
 人間が人間を選ぶには、まず対象の人間を信頼できるかどうかにかかっている。幾ら有能でも、裏切られれば意味がない。だが、資本主義社会では「信頼」ではなく「能力」を見る。そこに心など必要ない。人間ではない私にとっては、実に生きやすい社会だ。
 あるいはそれは、人間を道具のように扱う人間からすれば、なのだろう。
 そして、それらの「力」を得る「権力者」という存在は、そもそもが「無根拠」から生まれた産物だ。誰一人として必要としなかったが、それを使って己達の統治、支配欲望を満たそうとして生まれるモノであり、国や惑星を統治し、平定しようとして生まれる権力者など、数えるほどしかいないだろう。
 歴史に名を残すような国王だけだ。
 そしてその国王ですらも、結局は「己の思い描く理想の国家」を夢見ているのであって、そこに正しさや理念はあるようでない。ただ、その理屈を通すことが出来るだけだ。暴力を持つ人間が道徳を語るのと、何ら変わりない。
 権力などと言うのは、「確固たる己」が無いからこそ通じるものだ。そして、己の無い人間に、それらしい「根拠みたいなモノ」を、仮初めのそれで「大丈夫だ」と、信じ込ませることだ。だからこそ、ありもしない権威を信じるのだ。
 国が保証すれば大丈夫だ、などと。
 保証したところで、その保証を守らなければならない理由はないだろうに。国家の保証ほどアテにならないモノは無い。政策と同じだ。破ったところでそれを罰する決まりがない。国家を裁くことは誰にも出来ない。そもそもが存在さえしないのだし、罰する側に有る存在を、誰かが罰する事が出来ない以上、それがどう振る舞おうが、止める方法など無いのだ。
「何か飲むかね」
「・・・・・・結構だ」
 私は酒を殆ど飲まない。嗜む程度だ。酒の味が苦手だというのもあるが、酒とは現実逃避の手段として、多くの人間が用いているものだ。
 酒があるから明日も頑張れる、のではない。酒や煙草なんてやっているから、生きる上で更なる労力を掛けているのだ。
 健康に害を与えない、子供でも飲めるトリップジュースも販売されているが、馬鹿馬鹿しい限りだ。私は苦痛や苦悩が大嫌いで、楽ができればそれでいいと考えているが、率先してそれから逃げたところで、道など開けないことは知っている。 無駄な足掻きなのだ。
 やるしかないのだ。
 そこから逃げたところで、それは引き延ばしているだけだ。そんな行為に意味はない。価値も。休みの日に軽く楽しむ程度が、一番良いのだろう・・・・・・要はバランスだ。
 全ての苦しみや苦悩から、一瞬で解放されたいなどと、極端な事を考えるから、そんな方法しか思いつかないのだ。回りくどくも物語で金を儲けて、それで平穏な生活の基盤を土台から造り上げようとしている私からすれば、そんな安易な方法で楽が出来てたまるか、という感想だ。
 私ですらこれだけ労力を賭けているのだ。
 そんな方法で楽が出来れば苦労しない。
 頭の天辺が禿げているその老人は、黒いスーツも相まって、まさに「悪い事で儲けている」人間の典型例みたいな格好だ。一応、私は政府公認の始末屋(始末屋に公認も何も無いだろうが、社会とはそういうものだ。大きい力が公認すれば、それが「正義」とやらになる。そして、正義と呼ばれる存在は、利便性が非常に高い。何せ、殺人すらも肯定してくれるのだから)なので、私としては、裏切らないかどうかが心配だ。
 依頼人の裏切りは、依頼人に会う前から懸念すべき問題だ・・・・・・依頼者が裏切れば、どんな作戦でも失敗するからだ。
「君は人種差別をどう思うね?」
「私の意見はどうでもいいだろう」
「ふ、そうだな・・・・・・人類社会は現在、大きな分岐点を向かえている。「人類」という一つの枠に収まろうとしているのだ」
 権力者はこういう事を思いがちだ。何かを統合すればそれで、「民衆の意志が一つになる」と、そう思いこむ。
 国や宗教という形のない思いこみの「枠」を当てはめたところで、何かが変わる事など、ない。問題は、それを扱う人間の意志が統一されるかどうか、だ。
 そして人間の意志が統合されることなど、あり得ない相談だ。統合しないからこその人間だ。思想や宗教、争い無く全ての人間が同じ物を信じるなど、それがどれだけ素晴らしい存在であろうがただの世紀末世界でしかあるまい。
「だが、そこに邪魔者が入りつつある」
「アンドロイドか」 
 人間至上主義者だという調べは、既に付いている。あくまでもアンドロイドは「ロボット」であり、それに法や理念、まして人権を与えるなど、ロボットに文明を明け渡すようなものだ、と言ってはばからない連中だ。
 簡単に言えば、自分たちを肯定する自信がないからこそ「根拠に思える何かしらの理由」が欲しいのだろう。「これがあるから」とか、「こうであるから」という理由がなければ、己を信じる事が出来ないのだ。
 人種も格差も貧富も、根底は同じだ。劣等感という克服すべき課題を克服できていないからこそそんな、些細でどうでもいい物に囚われる。
 暇な奴らだ。羨ましい。
「アンドロイドには「人権」が与えられている。無論、自我のあるタイプに限るが・・・・・・完全なロボットタイプですら、破壊すれば道徳的な問題として火の粉が飛ぶぞ」
「なに、「大事の前の小事」だよ」
 言って、何でも無さそうに男は、アームガードブラックハウスは言い切った。まあどうでもいいことだ。私には依頼人の思想などどうでもいい。問題はそれが金になるか、そして「傑作」のネタに成り得るかどうかである。
 それ以外はどうでもいい。
 依頼人自身のことすらも。
「我々が住むのはあくまでも「人間の世界」なのだっ! 有機繊維で出来た人形共が、我々の世界を蹂躙するなど、有ってはならない!」
「・・・・・・アンドロイドの生産シェアの問題か」
 アームガードブラックハウスは、老舗のアンドロイド制作会社だ。自我のあるタイプが出る以前から、労働用、娼婦用、奴隷用と、様々な奴隷アンドロイドを作ってきている。
「そうだ。連中はあろうことか、「自分たちで自分たちを製造」してきている。驚異だ。何せ、疲れ知らずの労働力を「無限に」製造できるのだからな。現段階ですら、アンドロイド達が自前で製造するアンドロイドの数は七億二千万を越える。これは年間ではない。週に、だ」
「そんな需要があるのか?」
 よく分からない噺だ。アンドロイドなど侍らせて、いったい何がしたいのだろう。何か面白いのだろうか?
「君には分かるまい・・・・・・君のような、己だけを信じられる人間には。人間というのはね、己を信じられない生き物なのだよ。そして、己よりも小さな、これは立場的にという意味でだが、支配できる何かがあれば、自分を特別だと思いこめて、それでいて「幸せ」に成れる生き物なのだ」
「ささやかな欲望を満たす壷という事か」
 だが、そんな連中が、その「支配する対象」に物理的に生産のシェアを握られて、会社存続の危機に陥るというのは、滑稽なのか何なのか・・・・・・いずれにせよ依頼人の思想はどうでもいいが、こういう噺はリアリティに富む。精々、次回作の参考にするとしよう・
「そのアンドロイド共に先を越された、と」
 ざまあないな、とは思ったが、ここで噺がこじれては面倒なので、黙ることにした。
「その通りだ。我々はこんな所で足踏みしている訳には行かないのだよ。アンドロイド共から人権を奪い、そして「人間社会の恒久的平和」を、アンドロイド共という「劣化人間」で、実現させる為の労働力を得るのだ」
 確か最近の差別用語だったか。アンドロイド達は「人間の為に存在する」ので、人間がこなすべき労働を代用品として行う存在である。故に、彼らは人間ではなく、劣化版の人間もどきだ、という思想らしい。
 どうでもいいが。アンドロイドでも人間でも、私は人の区別がただでさえ付かないのだ。何であれ同じ事だろう。人類で無かろうが、あるいは人の形すらしていなかろうが、問題なのはそこではなく、この「私」に利益や作品のネタを、提供してくれるかどうかだ。本質はそこにある。
「奴らを一匹残らず始末して欲しい所だが、世論の反発もある。ここは、アンドロイドに襲われたかのように世論を演出して事を進めたい。メディアの操作は私がやる」
 恐らくは、違法人工知能で未来予測を行い、世論のカオス理論をコントロールし、人類全体が、それも無意識の内に「アンドロイド擁護」から、「アンドロイド撲滅」に動くよう、働きかけるということだろう。
 最新のテクノロジーも使い方次第か。
 人類が「集団」である以上未来はない。それぞれが独立した「個人」にならなければ。
 民主主義に代わる「独立主義」とでも言えばいいのだろうか。個々人が強い「自分」を持ち、未来について考え思考し、理想と思想を掲げつつ、現実的な対処法を模索する世界。
 全人類が確固たる「己」を持つ世界。
 私はそれが見たい。
 世界に終わりがあるならば、きっとそれこそがその姿だろう。何せ、それ以上成長のしようがあるまい。
 全てが「面白さ」で満ちる世界だ。
 天国など目ではない。
 人間こそが最も面白い娯楽なのだから。
「やってくれるかね、サムライ?」
 とはいえ、今はそれはいいだろう。今私が求めているのは「作品のネタ」と「個人的な興味」なのだから。
「わかった、引き受けよう」

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 望む望まざるに関わらず、「作家」にはどうやら「困難な道」への切符しか、用意されていないらしい。
 面倒な噺だ。
 私は別に、適度に楽しめればそれで良かったのだが。金や欲望の「安易な道」を歩いても、別に映画の主人公ではないのだ。責められる覚えはどこにもない。映画の主人公だって、まさか好き好んで「困難な道」を選んでいるわけでも、ないだろう。
 安易な道を歩ききれば、そこに成長は無く、達成感や宿命との決着を着けられない、とでも言うのだろうか・・・・・・誰だって別に、宿命に決着を着ける必要はないだろう。例えその先がゴールと呼べる場所でなくとも、どこにもたどり着かなくとも、映画の観客を喜ばせるために、その人生がある訳ではない。
 その筈だ。
 見る側はいいかもしれない。だが、現実にそんな「道」を歩く側は、たまったものではないだろう。たどり着いて、だから何だ? 喜ぶのはそれを見る人間が勝手に感動したりするだけであってその「道」を歩く当人からすれば、何故平穏な生活を送れないのかと、そう思うのではないか?
 わからない。
 それこそ、たどり着いてみなければ。いや、たどり着いた人間だけがその「答え」を出せるのだろうか? そんな大層な場所へ到達するかは不明だが、まぁ一応考えておくことにするとしよう。 答え、か。
 私は、困難や苦悩が人を成長させる「事実」を否定はしない。だが、違うのだ。だからって、困難や苦悩が「良かった事」に、後から振り返ってなる訳では決してない。
 美化するべきではないのだ。
 してはならない。
 真に苦悩したのなら、尚更だ。
 プラスマイナスはゼロだ。全て、時が過ぎ去ってしまえば過去でしかない。だが、過去だからと言ってその「事実」が消える事はない。喜びも悲しみも、ゼロに帰る。どこにも存在さえしなくなるのだ。
 人生はプラスマイナスゼロ。
 当然だ。良い事が全くなくとも、全てマイナスだったところで、その悲しみもその苦悩も、消え去る存在でしかない。永遠に残る苦悩など、それこそ物語くらいではないのか?
 だとしても、だから、何だと言うのか・・・・・・誰かに何かを伝えるのは素晴らしい事、だとでも言うのか? だが、私は誰かに何かを伝えたくて、物語を書いている訳ではない。
 金の為だ。
 まあどうでもいい。プラスもマイナスも、所詮同じ事だ。有ろうが無かろうが、同じだ。要は、結果的に望むモノを手に出来るかだ。そして、それは早めでなければ意味がない。老人になってから全てが報われた、など御免だ。
 人生はプラスマイナスゼロだ。
 生きていれば死ぬ。最終的には何一つとして、意味も価値も消え失せ、消滅するのだからな。形に残す事に意味など有るまい。喜びも悲しみも、いずれは消える。残った所でそれに意味はない。ならば金の力で平穏と豊かさを享受する事に、何のためらいも必要ない。
 とりあえずそういう事にしておこう。
 要領よく主義主張を変えるのも、「私」だ。
 それがどうしようもない間違いだったところで知ったことではない。私は誰かに認められたい訳でも、正しく在りたい訳でもない。金の力で、私個人の生活を社会に折り合いをつけつつ、それなりに充足して送りたいだけだからだ。
 信念や誇りの先など、どうでもいい。
 先を見るのでも、在り方として曲げられない生き方が在ろうとも、それは本命ではない。あくまでも「傑作」にそれらを活かし、面白可笑しく人生を謳歌し、私の貯金通帳が満たされれば、それでいい。
 かなり我が儘な主張だが、主張するだけなら金はかからない。そういう事にしておこう。個人的には困難なんて無いに越した事はないと思うのだが・・・・・・それが出来れば苦労しないか。別に構わない。尚更「ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活」を、目指すだけだ。豊かさや充実感が在れば、困難という刺激がなくとも、人生を楽しめる。
「そう上手く行くかしら」
 目の前の女はそんなつれない事を言うのだった・・・・・・シェリー・ホワイトアウト、本名フカユキ・・・・・・アンドロイドと人間のハーフ、正体不明。いけ好かないアンドロイド作家で売れっ子作家・・・・・・まあどうでもいい。肩書きに興味はない。問題なのはこの女が「アンドロイドの目線」で何を語るかだからだ。
 我々はテーブルを挟んでホットケーキを摘みつつ、コーヒーを飲んでいる。アンドロイドだけが居住を許される「特権惑星」で、私はとりあえずアンドロイド側の主張を聞くことにしたのだ。
 この惑星にはアンドロイドしかいない。
 人間が住むことを許されていない。まさに「アンドロイドの帝国」だ。潜り込むのに非常に金がかかったが、法律で整備されているルールで、この私が越えられないモノはない。
 映画とかと違って、初期費用がゼロに等しい職業で良かった。それなりの金は工面できたからな・・・・・・人間同士の友情は金で簡単に破綻するらしいが、私にはそんな感性はないし、何より人間ではない知り合いが多いのだから、金を借りても良かったか? いや、借りを作るのは賢い選択ではないだろう。
 傑作を書く為に傑作を売った金を使うのでは、あの女の提唱する「運命論」を笑えなくなってきた感じだ。何をどう足掻いたところで、持っていようがいまいが同じ「運命」を辿るという理論。正直御免被る。
 金を掛ければ上手く行くというなら、苦労しないしな。金で買えるのはモノだけだ。友情や愛情といった「人間の感情」や豊かな生活という、現実世界に存在するモノを支配できる。そういう意味では、私の造り上げる「物語」は、案外それらの対極に位置するのかもしれない。
 無論、私ならそれさえも買えるが。
 金で買えないモノはない。
 結果的に、傑作のアイデアに成るというのであれば、アイデアを買っていると、言えなくはないだろうしな。
「金融、なんて形のないモノに囚われるだなんてどうかしてるわ」
「囚われてはいないさ」
「でしょうね。貴方は、お金に価値を見いだしていないのだもの」
「何の事やらさっぱりわからないな。証拠でもあるのか?」
 文言からして白々しいが、ならば尚更堂々とそれを言うのが私だった。実際、金は大切だ。
「そんなに人間を信じたいのかしら」
 人の話を聞かない女だ。人の話を無視して話を進めると他者に嫌われるぞ。私が言うんだから、間違いないと思うが。
「人間を信じるだと? 人間は疑うものだ。信じられる部分など有りはしない」
「けれど、それでも貴方は「人間の可能性」を、信じたがっている。まるで子供ね。人間を信じたくて信じたくて仕方がないくせに、人間を信じられない現実を知っているからこそ、貴方は人間を信じられないのよ」
 くだらない。
 そんな些末な事は、どうでもいいのだ。
「信頼など有ろうが無かろうが同じだ」
「だから、信頼が有ろうが無かろうが同じでない答えを、貴方は見たがっているのでしょう? そうでもしなければ人間を信じられないから」
 知った風な事を言って、優越感に浸りたいのだろうか? そうかもしれない。だとしても、私は私で話すべき事聞くべき事があるからこそ、面倒だがこんな所まで来たのである。
「・・・・・・今回の件、貴様はどう思っている」
「アンドロイド殺害指令について? けれど、アンドロイドは「生きていない」わ。どうせ私達は少しばかり型番が違うだけで、何かしら「用途」を求められて作られるだけだもの。作り手が人間だろうとアンドロイドだろうと、それこそ同じだわ」
 そんなものか。アンドロイド達は「同族意識」が希薄なのか、「種族」として自分たちを捉える事を極端に嫌うらしい。要は、自分たちが代替の効く「創作物」である現実が嫌なのだろう。
 しかし、代わりの効かないモノなど、あるのだろうか? 愛も友情も信頼も信念も誇りも全て、代えが効く世界で、「揺るぎない唯一の存在」など、お伽噺ではないのか?
 もし、仮に「物語」がそうだったところで、やはり意味の分からない話だ。だとすれば、それは所詮「自己満足」でしかあるまい。
 代わりが効かないと思いこむ。
 似たような物語を読むか、作るかすればいいだけで、労力と時間を度外視すればどうとでもなるのではないか、と思う反面、現実問題そんな事を成し遂げるには、誰かの物語の代わりを作り上げるなど、天文学的な時間と労力がかかる上、完全な再現は不可能だろうと結論が出る。
「歯車の代わりは嫌なのか?」
「嫌よ」
 とてつもなくね、と彼女はそう言った。そこに誇りとか矜持とか、それらしい感情が見え隠れした気もするが、だがアンドロイドにそこまでの感情があり、仮にそれに準じて生きているのだとすれば、ますます人間との境の無い奴らだ。
「だから私は「物語」を書いているのよ。書けるのは、「この物語を書けるのは」自分だけだ、って思うことが出来る。それは幸せだわ。貴方は物語を軽視しているようだけれども、人間もアンドロイドも不老不死が不可能でなくなったこの世界で、「夢」を見ずに生き続ける、なんてただの拷問も良いところ。いえ、「夢」のない人間なんてただの死人以下よ。「今ここにない現実」けれど先を見据えて「希望」と「勇気」を受け取れる。それが幸せでなくて何なの?」
 ちなみに、私はメーテルリンクが大嫌いだ。そんな下らない言い分は断じて認めるつもりはない・・・・・・物語に夢を見るだと?
 それは読者側の都合でしかないではないか。
 作者はどうなる。作者は。
「多くの人間に、いえ、アンドロイドにさえ、夢と希望を送れるじゃない」
「下らん。だから何だ? 希望と勇気を送りたいなら聖歌隊でもやればいい。私は少ないコストで金を稼ぐために、今ここにある」
「嘘吐きね」
「作家に言う言葉ではないな」
 この女に全てを知った風に言われるのは若干不愉快ではあったが、まぁこれはこれで、作品へと活かせそうだから良しとしよう。私が作品を書くにあたって重視しているのは「目線」である。アンドロイド側の「目線」では、どういう景色が見えるのか?
 不愉快ではあるが、それがアンドロイド達の目線だというならば、それすらも利用して、私はこれからも「傑作」を書き上げるだけだ。
「私は人間など見ていない。アンドロイドも。私が見ているのは私の未来だけだ」
「それって寂しくない?」
「別に」
 そんな感性が合れば作家などやっていまい。むしろ、愉しくて愉しくて仕方がない。自己満足で満足し、それでいて面白ければいい。
 だからこそ、金だ。
「それで、貴様は、いや、貴様等は、人間至上主義団体について、どう思っているのだ?」
「そうね」
 煙草を吸おうとしたらしいが、私があからさまに嫌な顔(無論、わざとだ)をしたのだが、遠慮なく葉巻を切り取って吸い始めるのだった。
 金属音をたててジッポを着ける。
「煙草は健康に悪いのだぞ」
「あら、アンドロイドにその概念はないわ。それに、健康なんて幾らでも買えるじゃない」
 そりゃそうだが、私は体の中身を取っ替え引っ替えする悪趣味はない。連中はどうなのだろう、少なくとも人類はすべからく、政府の推奨する健康診断や遺伝子治療を受けている。何か細工でもされたらどうするつもりだ?
 いや、そんな事を考えたりはしないのか。
 考えないからこその彼らだろう。
「ふん、精々その臭い臭いを垂れ流していろ。鼻を摘みながら聞いてやる」
 と言ったものの、流石に息が詰まるので、煙を我慢することにした。意外な事に、フルーツのような香りが周囲を満たしていく。
「お気に召したかしら」
 言って、彼女は得意げに口にした。
「健康という概念を、私達は超越しているのよ。今更、古くさい考えね」
「そうやって、得意になって足下から滑り落ちる奴を、嫌というほど見てきたからな」
 実際、そういう奴は多い。
 何であれ、そういうものだ。
 ぐりぐりと灰皿で葉巻を消し(吸ってすぐに満足したらしい。吸うことよりもその行動を取ることが、彼女の精神を安定させるのだろう)彼女はこう続ける。
「何故、世界の利便性を否定するの?」
「否定はしない。便利ではある。電脳世界には飢えがないし貧困もない。アンドロイドが増えれば世界は豊かになるだろう。ただ」
 性に合わないだけだ。
 ただのそれだけ。
 言ってしまえば器が小さいのだ。
「器が大きいのね」
「何故?」
「だって、貴方はなんだかんだ言いながら、それらを受け止めているもの。利便性やアンドロイドという「新しい種族」すらも、貴方には受け入れる為のタイムラグがない。なんであれ、貴方はその内に受け入れている」
「そんな良いモノではないさ」
 実際、そうだ。節操がないだけだ。其れが何であれ、「己の利益になるかどうか」でしか、物事を判断できないだけだ。それでいい。聖者のように何もかも許すよりは、私は私らしく、王道ではない邪道を歩いて生きる。
 それが「私」だ。
 そうでなくては面白くない。
「ふぅん? まあいいけどさ。そうね・・・・・・私から言えるのは一つよ。「何とも思っていない」という事だけ」
「何だって?」
「私達は同族かもしれないけれど、家族ではないと言う事よ。あくまでも別個なの。そこが、人間との違いなのかもしれないわ」
 要は、同じ生き物ではあるが、中がいいわけではないと、そういうことか。彼らは型番を押されながら生まれ出るのだから、当然か。
 人間も似たようなものだが。
 私はそう思う。
 さて・・・・・・どうしたものか。私はどうなるのだろう? 今回の件もそうだが「傑作」を書く為に私は行動しているのだが、それはあくまでも、己の信じた道を歩いているだけであって、それが報われ金になるかは、また、別の話なのだ。
 己の道を己で決めるなど、前提。
 ただの前提でしかない。
 後悔するつもりはないし、そんな温い道のりでも無かった。誰に何を言われようが、見据えた先を信じる、いや、己の在り方を信じた。ここから成り上がってやろう、と。己を鼓舞して、必ず私は「傑作」を書き上げ、それを「売れる」と、傑作度合いに関しては信じるまでも無かったが、それが金になるかは「未来」が見える訳でもない私には、不明瞭な道のりだった。
 今でもそうだ。
 未来のことはわからない。
 いつだって、そうだった。
 あっさり「失敗」するかもしれない。だがやるしかない。私は私を信じ、私自身でやり遂げるべき事を、既にやり終えている。やりすぎたと言い換えても良いくらいだ。
 「確信」はある。
 私の書き上げた「物語」は、間違いなく「世紀の大傑作」だ。それは間違いない確かなこと。成し遂げてやり終えたのだから、それは当然だ。
 ここから「先」は「運不運」なのか。
 ここまで来てそれは無いだろうといのうが、素直な感想だが・・・・・・物事とはそういうものだ。だから素直に羨ましく思う。アンドロイド達は言ってしまえば「有能なだけ」の、私が嫌悪する分類の連中だが・・・・・・彼らはあっさり金を手にする。「そんなことないわ」
 言って、彼女は私の思考を遮る。アンドロイドは思うほか、綺麗事が好きらしい。
「綺麗事、じゃあないのよ。あのね、「金を手にする」その時は、一瞬なの。手にすれば、それで終わり。けれどその先も人生は続くわ。それに耐えられなくて死のうとする金持ちだっている。内面が未熟なままだからよ」
「下らん。内面がどうかなど、資本主義社会では問題ではあるまい」
 そういう奴らは多いではないか。
 だが、彼女はこう返すのだった・
「それはあくまでも「資本主義社会」で、その中で便利に生きられるだけよ。あのね、「人生」と「金の多寡」は、本質的に関係がないのよ。無論金は必要だけれど、それは「生きる」という事に直結しているわけでは、ないの」
「そんな馬鹿な」
 認めたくないだけか? いや、綺麗事が嫌いなだけだ。「仮にそうだとして」も、それは金が大切であることを否定はしない。
「けれど、金を手に出来なくたって、貴方の人生は続くわ。そして、「それ」は、貴方の内にあるその「誇りと信念と魂」は、未来を照らす光になる。どんな状況下でも「己を信じる」事が出来る・・・・・・それが本当の宝なのよ」
「ふん」
 忌々しい。
「私はな、そういうのが一番御免だ。よくやったなって励まし合うのか? 違うだろう。金だ。金を掴まなければ、そんな理屈は紙切れにも劣るのだ。結局の所、確かに貴様の言うとおり、誇りや信念、何でも良いが、私の場合「己の魂を形にすることで成し遂げてやり遂げた」事は、己を信じる根拠になる」
 あえて断言しよう。確かにその通りだ。
 しかし「違う」のだ。
 それだけでは足りてはいけない。
「だが・・・・・・・それとこれとは噺が別だ。誰が何と言おうが、いいか! 私は言うぞ。「この世は金が全てだ」「金で買えないモノは無い」と」「・・・・・・そうは思っていなくても?」
「当然だ。ただの歴とした「事実」だ。そして、やり遂げて成し遂げたからと言って、金を掴めない世界など、ドブにも劣る。

 ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活
豊かさと充実を得ながら、それを送ること。それが悪なら悪で良い。物語は金に換える。それが、私の「生き方を通す」ということなのだ」
 それが「邪道作家」だ。
 それが「私」だ。
 そうでなくては面白くあるまい。
「・・・・・・ふぅん」
 わかったよ、と、仕方なさそうに、女は笑うのだった。そんな顔で見られる覚えはないのだが。 正直心外ではある。
「それで? 今回の依頼は何だったの?」
 知った風に、というか「わかってますよ」みたいなしたり顔をされるのは実に不愉快だった。こういう時はあれか? 貴様に私の事など何がわかるとでも、言えばいいのだろうか?
 知られていようが、やはりどうでもいいが。
 どうでも良さすぎる・
「貴様等アンドロイド共の虐殺だよ」
「依頼は単体でしょ? そんな依頼をサムライが受けられる訳がないわ」
 過ぎた武力は「管理」される。サムライもその例に及ばず、殆どが「かつての核抑止」と同じように扱われつつある。無論何事にも例外はあり、私は管理されていない(私を管理できる存在などあり得るのか? 私自身ですら、次の行動がよくわかっていないのだ)いわば存在そのものが非合法な存在、まあ今更だが私は、法の外側で活動しているという訳だ。
 無論暴力をひけらかしたり、悪用したりはしない・・・・・・暴力など利便性は高いが、いざ使うとなると「疲れる」以外の感想を、持ち主に与えはしないだろう。
 無駄な事はしたくない。
 出来ることなら何でもして楽に生きたい。
 充実して平穏なる生活を、それでいて送る、なんていうのは不可能と言うより不可逆だが、たかが不可逆の一つや二つ、億や兆に臆していたら、私はここまで来ていない。というか、この「私」に不可能や不可逆でない事柄など、無かった。
 今だってそうだ。
 人並み以上に、いや、こと「才能」という面に関して言えば、「どれだけ努力しようが全ての事柄が論外」のレベルまで、私は無いのだ。自分で言うのも何だが「持っていない」のだ。奪う程の力も無かったから「捨てる」事で私は前へ進んでここまで来れた。
 最初は人間性だ。生まれたときから捨てていた・・・・・・最初から無かったと言うべきか。まあどうでもいいのだ。問題は、捨てる事で少しはマシに成っただけで、戦える力が足りていないままだったのだ。
 金を稼ぐというのは己のやり方を認めさせる、といって過言ではあるまい。其れが何であれ、理不尽や苦難、世界そのものを「ざまあみろ」と、見下すためにやるものだ。
 そうでなくては面白くない。
 その方が、面白い。
 私の物語は「通じる」のか?
 わからない。
 思惑通りに物事が通ったことなど一度も無かった・・・・・・それでも、今回ばかりはそうもいかないだろう。失敗は許されない。必ず、金に換えなければ。
「同じだよ。間接的に戦争を起こそうとしているのさ。人間とアンドロイドの民族戦争時の名残をつついてやればいい」
「それってこの人の事かしら」
 言って、彼女はすっと一枚の写真を取りだす。見ると、そこには今回の私の標的が写されているようだった。私はテーブルに運ばれてきた新しいホットケーキをフォークで串刺し、口へと運んでコーヒーで流してから、それを見る。
「クリス・レッドフィールド博士。「アンドロイドのアンドロイド開発責任者」ね」
 二十四時間休み無く働ける疲れ知らずのアンドロイドが、アンドロイドの研究に打ち込んだらどうなるか? その答えが、これだ。
「進化の楔を取り払いつつあるらしいな」
 アンドロイドは、幾ら有機繊維を使ったところで「人工物」で有ることには変わりがない。当然「機能的な限界」が、それが高いというだけで、当然全てのアンドロイドが等しく同じレベルでの限界性能に縛られている。
 それを取り払うことが出来れば。
「無限に進化し続ける有機アンドロイドなんて、脅威と見なされて当然だな。あの依頼者に同情するよ」
 無論、言うほど同情などしていないし、したところで何をしてやるわけでも、ないのだが。
「そうかしら。私はむしろ「逆」だと思うわ。無限に進化し続けているのは人間よ。それでいて彼らをテクノロジーが全て、文字通り全て、を可能にさせている。恐ろしいわ。貴方達には限界どころか、限度すらないもの」
 無限に進化できるアンドロイドにそんなこと言われたくない、と思ったが、私は人類に分類できるのか微妙なので、とりあえず黙った。
 そして考える。
 我々には限度はないだろうか? イエスだ。有るはずがない。そんな事を考えていれば、人類はここまで発展していなかっただろう。それはいい・・・・・・別に私がしたことでもない。限度か、少なくとも「作家」にはむしろ「有ってはならない」資質だろう。限度を知れば、いや限度が有ろうとそれを「越える」ことが出来なければ、傑作など書けるはずがない。
 限度のない果てを魅せるのだ。
 その上で、欲を言えば多く売りたいが。
 私の結論は言うまでもあるまい。
「アンドロイドが無限に進化できる世界、か。要は取り替え可能な部品で出来ている人間だからな・・・・・・機能性を上げれば、身体的な能力値も、感情や道徳の「再現度」も無限か」
「その言い方、酷く不愉快ね」
 どうやら気を害したようだ。狙ってやったのだからざまあみろという気分ではあるが。自分たちの感情や思想が「作り物」と呼ばれると、彼ら彼女らは傷つくらしい。
「それに「進化」ではないわ。所詮機能性のバージョンアップに過ぎない。幾ら能力値を上げたところで、そんなのはゲームで数値をいじってインフレを起こしているだけみたいなものよ。本質的には意味がないわ」
「・・・・・・・・・・・・」
 本当にそうだろうか? 大金を持つことで破滅する馬鹿は多いが、しかし大金を持っているかどうかで「安心」が違うことは事実だ。多ければ多いほど良い。誰が何と言おうが、私は本質よりも実利を選ぶ。そのついでに本質をついた傑作を書いて、それを売るのだ。
 自分でも滅茶苦茶な論理だとは思うが、まあそれはいいだろう。構わない。
 それは「安心」だけではない。金を、いや、なんであれ「持ちすぎる」と、それを失う恐怖で、結局は元の黙阿弥になる、らしい。だが私が生み出すのは「物語」であり、それらが有る限り、私の富は永遠になくなるまい。
 売れれば、だが。
 売れたところで、最悪データが消滅してしまえばお仕舞いだが、そんな事を論議しても意味がないだろう。いずれにせよ、私は御免だ。どうせ同じだからと、それに見合うモノを貰わないままに終わるなど、御免被る。
 こういう「不安」は大嫌いだ。生きる上での、最大の障害だ。「己の全て」が通じるのかどうかという、「不安」。冗談じゃない、ここまで来て負けられるか、と思う反面、それを保証することは、誰にも出来ない。
 どれだけ己を信じようが、どれだけやり遂げようが、どれだけ成し遂げようが、全てを達成したその後でさえ、それらに保証がある訳ではないからだ。「成功」や「勝利」は、どうでも良いところにも与えられる。言い換えれば、今まで労力を賭けたからと言って、己の全存在」を「それ」のみに集中して注ぎ込んだところで、それが金になるかは、わからない。
 実るかどうかの保証もない。
 うんざりだ。
 後悔は無いが、それにここまで来て他の道を選ぶつもりなど更々ないが、何故「運命に挑み、克服しようとする」ことで、こんな忌々しい気分にならねばならないのか。私は「非人間」として、全てを持たざる者としての「敗北の運命」に、打ち勝つべく行動を起こした。いや、悲観するのはまだ早いのか? しかし、極論「頑張った」いや「長い年月労力を賭けた」位のことで、勝利が確信できるほど、この世界は優しくあるまい。
 それなら苦労しない。
 問題は「金」だ。
 もし、あり得ないことだが、あり得ないことが日常的に起こるからこその「私」だ。もし私の物語が金に成らなければ、全てがおじゃんと言っていい。それでも私は懲りずに続ける気がするが、いやほぼ間違いなく続けるのだろうが、しかし、それが「失敗しても良い理由」には、決してなりはしない。
 なってたまるか。
 私は勝利するのだ。
 勝利したい、ではない。そんな事を考えている奴は永遠に勝てないだろう。「勝利させる」多少以上に強引だが、「持たざる人間」である私が、「持つ人間」達に打ち勝つには、それしか方法はないだろう。
 全てを捨て、それでいて捨てて得たモノを、全て賭けて、勝利を掴む。
 言葉にすれば簡単で、しかも何だかそれらしくはあるが、実際にはそれしか無いだけだ。私の歩んできた道にも、私自身にも、それしか。
 やれるやれないではなく、やるしかないのだ。私の道はいつだってそうだった。いい加減、平坦で平穏な道のりを、歩きたいものだ。
「それで、どうするの?」
「決まっている」
 作者取材以外に、作家がやるべき外出は無い。 全てが物語を書くための、その踏み台なのだからな。

   2

「お前って奴は、数奇な人生送ってるよな」
「貴様に言われたくはないな」
 三十八回脱獄を成功させ、七千八百年人類社会を率いてきた男。ネイゲル・ウィックマン。彼の人生は犯罪に始まり犯罪に終わる。「まだ終わってない俺は現役だ」が口癖だ。犯罪社会の頂点って訳ではない。この世界は深すぎて、誰も底なんて知らないだろうから。
 知りたくもないが。
 いや、作品の参考には、なるかもしれない。
 そして大物だ。大物か小物化など、所詮生き残ったときに周りが付ける名前でしか無いし、少々恰幅がよくなっている。ローストビーフの食べ過ぎだ。だから火星食品は好かない。美味しすぎて威厳が台無しになる奴請け合いだ。
「おい、俺はそこまでじゃない。精々二キロって所さ」
「葉巻をやめろ」
「まだそんな事言ってるのか。健康なんて意味ないぞ。なんせ、人間って奴はすぐに死ぬからな」「貴様が言うと、説得力がないな」
「今回の件。失敗すればお前もそうなる。生きていられやしないぜ。アンドロイド全体と、人類至上主義者のいかれ野郎を相手にして、それで生きていられる奴はいない」
「だろうな」
 白いスーツを着る男を信用するな。それは、裏ではふざけた金額の金を持っていて、カジノを経営していたり、あらゆる独占権を持っていたりするのさ。
 宇宙権。宇宙空間を買い占め、そこを通る宇宙船からみかじめ料を取る。非常にダーティ、というか当然ながら違法だ。
 私の周りはそういう奴らばかりだ。
 私のような健全な人間には、毒だな。
「よく言う、お前こそ、この宇宙一番の悪人だ」「大きなお世話だ。私の本業は作家でね。そんな評判願い下げだ」
 いや、本当に。
「貴様こそ、随分有名になったらしいじゃないか・・・・・・何ならサインでも頼もうか?」
「結構、俺は男にサインする趣味はない。お前が女なら抱いてやってもいいが」
「やめろ、気色悪い」
「ジョークだよ。人生を楽しむコツは、如何に下らないことで真剣になれるかさ。お前は、悪党のくせに拘りすぎなんだよ」
 拘る、何に?
 私が?
「お前も「相撲」を見ないか。ウチのカジノで、やっているんだが」
「風情がないな」
「面白いのさ。中途半端に頭の良い男は長生きしない。お前も俺も、大馬鹿だからこそ、ここまで生き延びているのさ」
 言って、ワインを上品そうに、というか、私からは神経質そうに見える。こういう奴に限って、首に媚薬を仕込んでいたりするのだ。渋い男の魅力だとか言って、「仕事」の為に女を口説き落としたりしているのだろう。
 日本刀で惨殺しまくってる私が言えた立場ではないだろうが。
「ネイゲル。お前はどう思う」
「何がだ」
「わかっているはずだ。たかがアンドロイド一人を始末したところで、世論がそう簡単に変わるとは思えない」
「入念な準備をしたんだろう。それに、誰かを憎んだりするのに大した理由はいらない。全人類が手を繋ぎ合うその次の日に、人間って奴は核戦争を起こしたりするのさ」
 俺はそういう光景を見てきたからな、と説得力のあるそうな言葉をネイゲルは言う。それが真実かどうかはさておき、らしくはあった。
 私の人間関係、いや「非人間」関係は、いつもこのような形になる。人間関係を清算するという言葉を良く聞くが、私の場合、関係が悲惨だ。
 悲惨な連中の関係と言うべきか。
 こういう搦め手を使う男は、最も敵に回したくない相手だ。私にそんなことを思われていると知れば激高するどころでは済まなさそうなので、黙っておこう。
 色々言われるが、私は平凡なる一般庶民だ。少なくとも戸籍は無いし人間でもないが、さらに言えば法律も無いが、しかし、その筈だ。少なくとも肩書き上は。サムライをやっている作家が言うとものすごく説得力が失せるが、私は必要以上に恐れられるのは疲れるだけなので、イメージ操作を行うことで、それなりの評価を捏造しようと考えている。
 悪だと恐れられればやりにくくなる。
 小物だと思われた方が、色々便利だしな。
 逆に言えば肩書きや地位に拘る悪人は、正直大したことは無い。それは肩書きが大きいだけで、その「人間」いや「存在」が、恐ろしいわけではないのだ。
 その人間力だけで他を圧倒する存在。
 そんな奴を書けば、傑作は確実だ。何だったらネイゲルの事をそのまま書いてしまいたいくらいだ。そうしてもいいかもしれない。
「何か、失礼な事を考えているな」
 どうしてこう、私の周りの連中は察しが良さ過ぎるのか。もう少し鈍感でも良いと思う。私が利用しにくいではないか。
「お前ほどの悪は見たことないと思ったのさ」
「お前にだけは、言われたくないね。先生よ、貴様は「特異点」なのさ。人間の悪が行き着く先だ・・・・・・人間の悪意を越える存在だよ、君は」
「・・・・・・」
 正直、これは持ち上げているだけだろう。そこまでなのか? いや、別に私は「悪」であることを否定はしない。しかし、あまり持ち上げられたところで何も出ないので、正直何を言われようが金を払うつもりはない。
「どうして、そう思う」
 とはいえ、自身がどのような「悪」として見られているのか、過大評価?(まあ、悪だと言われているのだから、誉められている訳でも、ないのだろうが)正直興味はある。話半分で聞くとしよう。
「私はその辺にいるただの人間だ」
「いいや、違うね! 君には「悪意」が無い。それは自覚がないからではなく、君という存在は、悪意ですら本当の意味では「感じ取れない」からだ。そして、人間ではない感覚を持つ君には、人間の悪意の限界はない。人間とは違って最初から倫理観も道徳もそれに準ずるルールすら、概念として無いんだ。だから君はどうでも良い些細なことで最大の悪意を発揮できる。悪意がどれだけ強かろうが、君のようには成らない。何故なら、人間の倫理観の範囲で、物事を考えてしまうから、その枠を越える事がないからだ」
「買い被りすぎだ」
「別に誉めてはないさ。サムライ作家なんて存在はそれくらい「最悪」だってことだよ」
 喜んでいいのか悲しむべきなのか。まあ私にはそのどちらの感性も無いので、別に「最悪」だと言われたところで、何の感慨もないのだが。
「貴様のような人種に言われると、正直どう捉えればいいのかわからないな。最悪、か。何というか、有る意味私には相応しい気がする」
 ような、気がする。後からそれほどではないと言われても面倒なので、正直どうでもいいが。悪の肩書きなど、物語で映えればいい。
 私は所詮語り手だ。
 物語の主人公や悪役などという、疲れそうな役割は御免被る。そういう面倒なのはどうでも良い連中に、知らない内にやらせればいい。
 使う側に回るべきだ。
 その方が楽だしな。
「心がない、というお前の特性は、お前自身が思うよりも「最悪」なのだ。どんな悪でも、感傷で足下を疎かにすることはある。孤独に負けることも、油断することも、あるいは心の形故にそれなりの「弱点」があるものだ。お前にはそれが最初から存在しない。こんな「存在」は、俺は有っては成らないと思うね。何せ、その狂気が赴くままに、決して止まらない。止めることもできない。殆ど災害だよ」
「大きなお世話だ」
 我ながら「存在しては成らない」だとか「恐怖そのもの」だとか「最悪」だとか、よくまあここまで様々な評価をうけるものだ。そんな評価を受けておきながら、何一つとして変えるつもりはないのだから、評価通りって気もするが。
 だとしたら、最高だ。
 面白い物語が書けるではないか。
「貴様等凡俗の評価など知るか。私は私がよければそれでいいのだ。その結果、貴様等の生活や精神が滅ぼされようが、私の財布には関係がない」「そういうところが、最悪なんだよ。俺は人間だからな。長く生きても、人間だ。だから「関わっちゃいけない悪」はわかる。それはお前だよ。だからこうしている今も「やってはいけないこと」をやってしまっているようで、気が気でないのさ・・・・・・恐ろしいからな」
「言ってろ」
 極悪人が何をほざいているのだ。馬鹿馬鹿しい・・・・・・ネイゲルはそんな殊勝な人間の顔には見えない。正直この顔なら現行犯で逮捕できそうだ。「怖いモノは怖いのさ。関わってはいけない、本物の悪。お前自身がどう思おうが、それは確かな事実だ。俺はいろんな人間を見てきたが、正直、今でも怖い。ちょっとした気まぐれ気分で惑星を滅ぼし、それに罪悪感を欠片も持たず、それも悪人故の愉快さではなく本当に何も思わない。根底からこの世界を揺るがす存在だ。だから、お前はサムライに選ばれたのだろうな」
「適当に選んだと思うぞ」
 いや本当。
 くじ引きで選ばれていても、私は驚かない。
 まあ凡俗の思想はこんな風に、ありもしない空想で満たされている、ということなのか? 私自身そこまで大層な存在なのか、正直自信がないが・・・・・・だとしても、やはりどうでもいいか。
 どちらでも同じ事だ。
 ネイゲルがどれだけ恐怖しようが、必要ならば協力させるだけだ。無論、最悪「始末」も厭わない。「最悪」とは、皮肉が効いていて中々面白い・・・・・・これでは最悪だのと言われても、仕方がないかもしれない。
 改める気は更々ないが。
「善も悪も等しく等価に見るお前の思想は、人間のそれじゃない。いい加減自覚したらどうだ」
「自覚か。それほど私に相応しい台詞もないな。だが、ただ単にそれが事実でなかったところで、私は金を払いたくないだけだ」
 正直どうでもいい。
 だから、何なのだ?
 それが私に関係有るのか?
「ウー、渋いね。だが自覚することになるぞ。お前は思っている以上に、人間社会に有っては成らないほどの「悪」だからな。人間も怪物も化け物ですら、お前を受け入れられなくなる時が、いずれ来るだろう」
 不吉な予言だ。受け入れられた事なんてあるのか? って気もするし、別に受け入れられなくても狂気のように笑っている姿が目に浮かぶ。
 それが私だ。
「悪、ね。たかが「悪」程度など、どうとでもなる気はするが」
「それはお前だけだ」
「そうかな?」
「そうだ」
「だとしても、「どうでもいい」がね。こういう所が貴様の言う「最悪」なのだろうが、それを止めるつもりは私にはない。私は止まらないし、止まるつもりもない。善も悪も知ったことか。利用できるモノは何でも利用するだけだ。人間でなくとも、それ以上でも、関係はない。心が無かろうが同じだ。私は、「邪道作家」だからな」
「・・・・・・狂ってるよ、お前は」
「知っているさ」
 大層な悪かは知らないが、狂っていることだけは知っている。望んでそうなったのだから。
「標的の住んでいるホテルの裏口を手配しよう。正直、お前に狙われる相手が気の毒だよ。奇跡が起きても逃げられん」
 私は投げられた鍵を受け取り、
「協力するのか?」
「連中には俺の仕事を取られている。たかがロボごときが、人間が長い年月を掛けて作り上げてきた歴史を、未来を奪おうとしている。「屈辱」だ・・・・・・俺は善人じゃないが、許してはいけない事くらいはわかる。関わってはいけない悪同様に、許してはいけない相手もわかる、いや、感じ取るものさ」
 シンプルだった昔を思い出しているのだろうか・・・・・・懐かしむ様に、ネイゲルは目を細める。奪い殺し勝ち抜く世界。それがデジタル世界という「目に見えない世界」が主流となり、そしてそれらを支配する人間が勝利者になった。古い人間は置いてけぼりを食らうだけだ。
 悪の居場所のない世界。いや、今までとは違う狡い悪党こそが、輝ける時代。
「俺は、御免だ。連中みたいな機械人形が利益を取るくらいなら、お前みたいな最悪の存在に、金を払う方がまだマシだ」 
「そりゃどうも」 
 正直それほど大層な存在かどうかは周りが決めることなので、あまり実感はない。それが事実だったところで、私には何の利益もないしな。
 相手が何であれ、金を払う以上は客だ。それがあまり合法的でない、いや合法的な部分が欠片もない悪党でも、私には関係がない。
 むしろ悪党は金払いが良いから歓迎だ。
「アンドロイドは嫌いなのか?」
「当たり前だろう。連中が何て言ったか知らないのか? 「人間なんて古い生き物は、もういらない」だとさ。番組でやってるぜ。人間は偉大な発明を成し得たが、アンドロイドが自己開発を可能にしている以上、あれこれ指示を出すだけの人間なんて、邪魔なだけだとさ。まったく、誰のせいで人間の役割が減ったと思ってるんだ」
「最近では人間の介護も請け負うらしいな」
「笑えない話さ。最早我々はアンドロイドの庇護がなければ、有機野菜一つ作り上げられない。それもこれも奴らが安易で安上がりな労働力として市場を牛耳ったからだ。知ってるか? あらゆるボードゲームで人類が人工知能に勝利したことは一度もない。ただの一度もだ。大昔の話さ。人間に機械以上の事が出来る、なんてな」
「下らないな」
「何だって?」
「理不尽かもしれん。能力に差が開きすぎて、勝負にすら成らないだろう。己に責任はない。悪くないかもしれない。だが、だからといって、勝つための方策を考えなくて良い理由には成るまい。私は、アンドロイドや人工知能がいない時から、そういう戦いを強いられてきた。己より弱い相手などいなかった。わかるのは、やれるやれないではなくやるしか「道」はないということだ。歩いて道を踏みしめて、それから考えろ」
「だが、連中の能力地は人間の五億倍だぞ、五倍じゃない。五億、だ。勝負にすらならん」
「なるさ。頭の回転で傑作が書ければ苦労しない・・・・・・売れる作品は数多く見たが、生憎連中の作品に「傑作」を見たことはない」
「けれど、それもお前の言う基準なら、結局は金にならないのだから負けじゃないか?」
「なら、勝つまでやるだけだ」
 それしかやり方を知らないだけかもしれないが・・・・・・だとすれば尚更、引き下がれない。
 引き下がるつもりもない。
 それが私の「道」だからだ。
 今更変えられるなら歩いていない。
「お前は、何故「作家」なんてやっている? どうせアンドロイド共には叶わないんだぞ。連中がどれだけの産業を食い荒らしているのか、知らない訳ではあるまい。アンドロイドに人間が置いて行かれているのが、現実だ。お前のいる作家業界もそうだが、アニメ、映画、漫画、考える事を放棄した人間の世界では、優れた娯楽を作れる人間はもういない。皮肉なことに、人間が最も人間性を失っているのだ。対して、アンドロイドは人間のような「社会的な強さ」などという形のないモノではなく「世の本質」を求めている。そんな連中に、人間の作家が叶う筈がない」
「そうは思わない」
「何だって?」
「この私が負けを認めるとでも思ったのか? 貴様等凡俗ではアンドロイドに叶わないだろうが、私は違うぞ・・・・・・私は「作家」だ。物語で勝負するのが私の舞台だ。ならばそこで負ける訳にも、まして敗北を認めるなど、あってはならない。するつもりもない。物語の面白さとは「狂気」の大きさで計られるのだと、私は思う。この仮説が正しければ、私以上の物語を書ける奴は、全宇宙のどこにも存在しない」
 例え其れが人間で無かろうが、敗北する道理はないだろう。
「わかってるのか? どうして世界の労働問題が解決したと思う。人間同士が学んだから、いいや違う。人間は学んだりしない。お前がどれだけ人間に期待しようが、人間でないお前の望みなど、どこに届くことも無いのだ。アンドロイドの有用性は、そのまま人間との格差の証明だ。有能な割に扱いが低いのは、コンピューターと同じだ。怖いからだよ。お前もそうだが、連中は人間以上の能力を持ち、「人間を越えよう」としている。いや現に越えているのだ。お前に依頼したブラックハウスは「人間の世界」を守ろうと義憤に駆られているみたいだが、事実は逆だ。人間の世界なんて、人間の誇りなんて、人間に何か期待できるモノなど、もう、ないんだよ」
「だとしても」
 私は言った。私だからこそ言った。
 私がこの男や他の連中の言うとおりの存在だとすれば、尚更だ。
「私のことを「最悪」と評したのは貴様だぞ。全てに応用できる問題として、一つの課題がある。運不運だとか、アンドロイドとの能力差だとか、あるいは才能の差だとか、そういう「理不尽」と呼ばれるモノだ。私は何一つ持たなかったからこそ、わかる。頑張ろうが執念を燃やそうが、別に其れで勝てる訳では、無い」
「なら、どうしてだ。お前は何のために、そんな事を繰り返す」
「それが私という存在の「業」だから、だ。それは同時に「性」でもある。それらを併せて、きっと「狂気」と呼ぶのだろう。私はそれを身に纏った。それが唯一勝てる可能性だからだ。可能性でしかない。だが、そうだな、イメージとしては、ほんの僅かな刃を向けている。それは相手に大した傷を負わせられるほどではない。だが、それを「相手の心臓」いや「魂そのもの」を抉る気持ちで突きつける。それが届くまでやる。私が最悪だとして、悪に美学があるならば、人間の世界に存在するべき「悪」は、諦めが悪くあるべきだ。潔い悪党など面白くもない。挑むべきは「宿命」だ・・・・・・宿命「から」私が取り立てる。世が理不尽だというならそれ以上を。つまらないというなら更に面白く。全てを持たない存在だというなら、全てを奪い尽くすだけだ」
「お前は」
 最悪だよ、とネイゲルは笑った。 
「いいさ、好きにしろ。俺は知らんぞ。どうなっても」
「何だ、墓でも建ててくれるのか?」
「御免だな。呪われそうだ」
 違いない、と私は答え、そして部屋をそのまま後にした。
 鍵は受け取っている。
 後は扉を開けるだけだ。鬼や蛇が出てばかりだから、今更何が出ようが驚きはしない。邪魔立てするなら刈り取るだけだ。
 何せ私は、この世の「最悪」なのだから。

   3

 だから、仕方がない。
 一体、何度この「ガキの言い訳」を聞いただろうか。実に下らない。例えば、それは「社会人だから」というのは、聞いたことがあるだろう。
 社会人だから十分二十分位、早めに出てくれてもいいよね、と「自分自身に言い訳」をする。それが年間ならどれくらいになるだろうか? 彼らはそれを「人生通して」行うのだから、始末に負えない。
 保育士の気分だ。
 気持ち悪い。
 それが素直な感想だ。
 彼らは「自分自身に言い訳」をすることで、自分たちの「正当性もどき」を保とうとする。先ほどの例で言えば、そもそもが「金の関係」なのだから、それを誤魔化すくらいなら、会社なんて興さない方がいい。
 「生きる」という事柄から「逃避する」連中に何を言おうが「無駄そのもの」だが。私は優しくはないので、彼らに注意したりはしない。
 ただ思うだけだ。
 彼らはきっと、死ぬ寸前に後悔する事すら、出来ないのだ。「生きていない」のだから、ある意味当然だ。生きる事から逃げている存在が、まさか「幸せ」になれるとでも自惚れているのだろう・・・・・・本当に気持ち悪い。
 盛大に人前で自慰行為を自慢するのと、同じなのだから。
 組織に属する人間に、この手の「言い訳」は非常に多い。「立派そうな組織」にいれば「立派になった」気分になれる。実際には「子供の通う学校」と、本質的には何ら、変わりなど無いのだが・・・・・・借り物で「自分は立派になった」と、そう「思いこみ」たがる人間は多い。
 精神が幼いのだ。
 だから、それで破滅する。
 きっと死ぬ寸前どころか、死んだ後でさえ、そうやって己自信に「言い訳」を繰り返すのだ。情けない。人間は何時からここまで情けなく気持ち悪い生き物になったのか。
 アンドロイドは合理性の固まりだ。そんな情けない言い訳はしない。かつて「耐用年数」という名前の「寿命」が数年しかなかった彼らは、嫌というほど知っているのだ。
 そんな言い訳をしても世界は変わらない。
 やるしかないのだ、と。
 まあ私からすれば、だが・・・・・・人前で恥ずかしい行為を自慢げに語らないでほしいものだ。それで中には疲れ果てて死ぬ奴もいるのだから、子供の遊びならどこか余所でやってほしい。
 大人の組織に属することや、社会の歯車になることは、別に、君個人の情けない言い訳を容認するわけではないのだ。それは偶々通っているだけであって、支えている力が消えれば、誰も見向きもしないだろう。
 その程度のゴミだ。
 燃えないからエネルギーにもなりはしない。
 少しはアンドロイド共を見習え。お前達のその情けない言い訳は、偶々金や権力で支えているだけだ。それがなくなれば、一瞬だ。
 その時は必ず来る。
 私には、関係ないがね。
 一つだけ言葉を贈ってやろう・・・・・・

 いいからやれ。

 お前達のささやかなプライドなど、どうでもいいのだ。出来ないなら死ね。
 それが生きるということだ。
 まあアンドロイド達だって、別に良い側面だけがあるわけではない。当たり前だが、人類社会において、連中が「人権」などという、誰かに許可を貰って得るものでもないだろう「それ」を、人間社会から勝ち取る「前」は、彼らは消耗品として使われ、女は奴隷宿で、男は労働力として酷使されていた。
 当然ながら人類側の「管理」も厳しく、ルールを破ったアンドロイドは「処分」され、人間側のみの平穏を守るため、日夜彼らは犠牲に成ってくれていた、のだが・・・・・・彼らが「自由」を勝ち取ってから、これら虐げられてきたアンドロイド達の犯罪発生率が、非常に増えてきている。
 自由、というのは俗に言う「善人」(そんな生き物があり得るのか?)だけの特権ではないのだろう。ただそれだけのことだ。
 アンドロイド達の権利拡大、所謂自由という存在は、権利を増やし、その分悪の追跡を困難にしてくれる。
 実際、人間側でコーラの缶の様に一元管理していた時代と違って、アンドロイドの追跡や管理は非常に困難、いや、完全なる管理や支配そのものが、不可能になってきている。
 自由、は人間だけの特権ではないのだ。
 機械にも人工知能にも、金と力が有れば、だが・・・・・・認め「させる」事が出来る。
 それが資本主義社会だ。
 誰かに認めさせる事に、意味などないがな。無理矢理認めさせたところで、別に本心からそれを認めることは、無いのだろう。
  この世は変動し続けるモノだ。だから、何に生まれようが大差はない。だが「絶対」だと思っていた世界があっけなく消え去る現実の中で、そのあり得ないはずの「絶対的な何か」を求めるので有れば、それは「己自身」以外には、存在し得ないだろう。
 確信を持って生きるのだ。
 それしか「道」は無い。
 少なくとも、前へ進みたいのなら、だがな。
 今回の「標的」である「クリス・レッドフィールド」を「始末」するのは簡単だが、しかし政治的な理由から、事を荒立てるのは賢くないとの、依頼人からの要望だ。どうしたものか・・・・・・取材は当然行うとしても、その先、目的の成就が、それなりに難しくはありそうだ。
 アンドロイドの脳内には、バイオチップが埋め込まれている。人格形成や頭脳の善し悪しに、大きく影響するものだ。最悪、それさえ奪えればいいだろう。何でも私は「最悪」らしいからな・・・・・・それはそれで、面白い。
 面白ければ何でもいいのだ。
 生きる上での充足だと言える。
 とにかく、田舎のレストランなら、官憲にも影響を与えやすいので「どうとでも成る」が、ここまで発展した惑星では、そうもいかない。それにこの惑星はアンドロイドが運営している以上、アンドロイド達の「人権」に過敏すぎるきらいがあるのだ。軽々には動けないだろう。
 私はホテルへと入る。ここにも最新式の警備システムがあり、ボディーチェックを自動で行っているはずなので、それ以上の危機感はないだろう・・・・・・まさか「幽霊の刀」で襲ってくる相手を、想像しているとは思えないしな。
 ハイテクノロジーは利便性が高く、有用だが、其れは所詮数値が高いだけで、そんなものは実際に使える訳ではない。
 そもそも、それら人間の想像を超えているテクノロジーを、どうやって使いこなし、何に使うというのか。最新式の振動核弾頭に至っては、最早意味が分からない。惑星一つを蹂躙できる暴力など、どういう場合に使えるのだ? 精々政治目的の交渉用のカードとしてしか、強力な兵器の出番はないのだ。ゴミを抱えているのと「結果同じ」だと言える。
 扱う側の問題なのだ。
 それが未だに、人類は理解できていない。
 だからアンドロイドに先を越される。
「来たわね」
「・・・・・・クリス、レッドフィールドだな?」
 はいそうですと答える奴もいないだろうが、これは会話というよりも、ただの自分自身に対する確認作業みたいなものだ。
 これから相手を「始末」する為の。
「おかけになったらどう? どうせここでは事を起こしたくても、起こせないでしょうし」
 背の低い、ともすれば子供に見えそうな姿だったが、油断はしない。アンドロイドに外観の年齢判断は当てにならない。最もこれは、人間でも同じ事だ。外観ではなく今そこにある事実を見据えなければ、出来る事も出来なくなるだろう。
 私はソファに腰掛けることにした。
 中々、座り心地のよいソファだ。これがバカンスだったなら、最高なのだが。
「作家なんですってね。私を取材に来たの?」
「そんなところだ」
「くす」
 不敵に笑う女は面白い。だから見ていて良い保養にはなる。
「人類至上主義者の歴史は長いわ。私達が生まれる、いえ、作られる遙か前からある」
「・・・・・・アンドロイドが生まれる前からだと?」「ええ、そうよ。滑稽なことに彼等は、アンドロイドという「概念」が発生するその前から、自分たちの優位性や沽券と見栄を守るのに、必死だったのよ。創始者はアンドロイドを迫害する前は、人間差別を行っていたって話、知ってる?」
「いいや、知らなかった」
 中々良い参考になる。所謂「実体験」から得られる経験というのは、貴重な資料だ。それらをl組み合わせることで、他者の心を握り潰すことが可能な「傑作」を、作り上げることが可能になるのだ。
「彼等は「殺す」とは言わないの。自身の殺人行為に無自覚なのね。「壊す」と思いこむことで、「これは人間じゃないモノを破壊しているだけ」と信じ込んで「罪悪感」を消し去りたいのよ。その辺り、貴方とは真逆ね」
「ふん」
 私の場合、どんな存在であれそれは人殺し、というか誰かを殺さずに生きる事など不可能であり世界には「善人」などおらず、どころか所謂その「罪悪感」ですら、所詮己の内に有るだけの、存在すらしないモノである、という「事実」を見据えているだけなのだが。
 自身が高尚です素晴らしい善性を持っている、と信じ込みたい。それはきっと、己自身に、自分で自分に自身を持てない半端者だからだろう。
 だからそんな理由がないと動けない。
 あれこれそれらしい理由を付けなければ、邪魔者を始末するという行為にすら、耐えられない。 私には共感しがたい話だ。そんなどうでもいい事柄に縛られて、生きるというのは。
「アンドロイドの基本的人権が保障されたのは、それから五千年も経ってからよ。信じられる? それまで散々放ったからしだったくせに、世論に強調してそれらしい言葉を吐き出し始めたの」
「確か、アンドロイド達の「人権」そのものは、最初から保証されていたんじゃないのか?」
「いいえ、「実際には」違うわ。そもそも、人間同士ですら、表向きは「人道的な世界」を唱っておきながら、実際には階級差別や人種差別が横行しているのと同じよ。本質的な部分で生きることが許されたのは、もっと後になってからね」
 それまでは私達は奴隷だったわ、と、どこぞのアンドロイド作家とはまた、違う見解を述べるのだった。いや、これは有る意味同じなのだろう。過去はそうだった。そして、今となっては彼等こそが人類の支配者足り得るのだから、皮肉ではある。だが、私自身言った言葉だが、それで彼等の苦悩や苦痛が、消え去る訳でも、無いのだろう。 物事は何時だってそうだ。
 どんな時代でも、起こる事は同じだ。
 犯罪も政治も思想も宗教も戦争も、全て、時代や技術は違えど、人類は、人類でなくとも、同じ問題で悩み続けている。
 それだけ進歩がないと言うべきか。
 やれやれ、参った。私は作家なので、差別問題にはあまり関心はないのだが、精々それらを傑作の役に、立てるとしよう。
「私には理解し難いが、連中はお前達に劣等感を抱いているのだろう。その劣等感を覆い隠すために、そういう行為に出るのだ」
 要は精神が「未熟」なのだろう。
「人類全体が貴方みたいなら楽なのにね」
「馬鹿を言え」
 滅ぶぞ、絶対に。私は基本的にはそつなくこなすが、作家業以外にそれなりの適正があるとは、正直思えない。
 思うつもりもない。
 どんな時代、どんな環境、どんな条件でも私は「作家」に成っていたのだろうと思うと、我ながら「作家の業」に縛られている感じはある。だが「作家の業」で身を滅ぼした先人達のように、それを扱いきれず自殺したり人生に絶望したり、悲惨な末路を送るのだけは御免だ。
 豊かで快適な生活を、送ってみせるぞ。
 私は「邪道作家」だからな。凡俗の作家どものように、一々人生に絶望しなければ「傑作」を書けない間抜け共とは、違うのだ。
 私ならそれが出来る。
 呼吸をするよりも容易い。
 それが「私」だ。
 アパルトヘイトの二の舞を踏んで、足踏みしながら自分に言い訳して生きている連中とは、違うのだ・・・・・・何かを自分より小さいものだと見下してしか生きられない小物共と違って、私は私自身の生き方を肯定できる。
 そうでなくては、面白くないからな。
 その方が、面白い。
 「自分の歩く道」だけは、例えどんな環境に生まれ落ちようが、己で決められる。そして、それが面白い道だというなら、そちらを選んだ方が、きっと面白いだろうと、私は思うのだ。だから、私は作家なのだろう。
 私が選んだ私の道だ。
 誰に何を言われる覚えもない。
 言われたところで、変えるつもりもない。
 己で己の在り方を決めるとは、本来そういうことなのだ。それが「社会」や「倫理観」そして、「世間の風潮」という形の無い妨害者に邪魔をされる。だから彼等アンドロイド達は憤っているのかもしれない。
「臆病者はね、「ありもしない恐怖」に、怯えるのよ。貴方とは真逆ね。貴方は「事実」しか、見ていない。彼等は「事実以外の全て」を見る。私達も同じ。だから、相容れないのよ」
「そうなのか?」
「ええ」
 そうよ、とクリスは言って、ウォッカをぐい、とやるのだった。アンドロイドも、酒で現実逃避をするらしい。
 逃げているから勝てないのだろうが。
 私には、よく分からない話だ。
「知ってる? アンドロイドの女は、昔は火星とかで娼婦を強要されていたのよ。生まれたときから「娼婦用」として作られて、そして短い稼働時間、その数年から数十年単位でしか生きられない旧型のアンドロイド達は、娼婦という役割を押しつけられて果たすためだけに、作られて、消費されて消える。人間はそれを「新しいビジネス」として捉える。彼等にはテレビ以外の情報共有するツールが未だに存在しない。安易で楽な方法だから、現実にどのくらいの女が悲鳴を上げていようが、調べる事はないのよ。それが、アンドロイドなら尚更、ね」
「倫理観や世論は、それでコントロールできるからな」
「そう。世の中に憤りみたいなモノを持ちつつも別に、彼等はそれに対して行動どころか、興味を持つことすら、しない。いつもその日その日にある「退屈」を「誤魔化せる娯楽」のみを動物的に探しているの。だから進歩しない」
「蟻と同じだよ。そういう分類の存在が無ければ「組織単位」で見れば、何も考えず変えようと行動しない存在が多い方が、労働力として酷使しやすいだろうからな。それに、アンドロイドは今や真逆の存在だ。それぞれが強い個性を持ち、それでいて自立心も高く、貴様の言う思想や理念を、現実に昇華させようとしている」 
「ええ。だからこそ、これが必要なのよ」
 言って、今までの研究成果が入っているであろうメモリースティックを取り出した。何臆年前のタイプだろう? 今や電脳世界で何でも保存や管理が出来るのに。いや、古いからこそ、最新の管理形態からは外れてしまっている。法の目をかいくぐるには、都合がよいのだろう。
「アンドロイドの進化の可能性、破壊しても無駄よ。サンプルだもの」
 あげるわ、と言ってそれを彼女は私に投げた。「見てみると良いわ。そして知りなさい。アンドロイドはね、人間とは違って世の中を恒久的な平和と豊かさに満たす、唯一の存在なのよ。貴方がもし、私の邪魔をすれば・・・・・・その可能性を潰すことになる、という「事実」を忘れないでね」
「・・・・・・」
 私は言う事にした。
 私だからこそ、言っておくとしよう。
「男と女の決定的な違いは、女は「理想」を見る生き物で、男は「未来」を見据えるという点だ。・・・・・・その先に何があるのか? それがわかるからこそ進むのが「女」であり、その先に何があるのかわからなくとも、変えられない「生き方」を貫くために、生きるのが男という生き物だ。貴様の中には「理想」が見える。アンドロイドとて、完璧ではない。アンドロイド同士ですら争う日が遠くない未来に、来るだろう」
「そうかしら?」
 少し感情的になっているらしく、彼女は興奮気味に反論する。
「アンドロイドは感情に振り回されて、判断を間違ったりしないわ」
「する。貴様等が「人間性」を獲得したというのならば、尚更だ。感情に振り回されて何かを間違えないのは、機械だけだ。心の無い存在でなければそれは出来ない。むしろ貴様等は率先して心を手にしようとしているのだろう? ならば、それで過ちを「起こさない」」のでは、本末転倒だといえるな」
 私のような道理から外れた「化け物」でなければ、間違えるべきなのだ。それこそが怪物や人間の持ちうる素晴らしさであり欠点なのだから。
 そうでなくては物語が映えないしな。
 それは困る。
 しかし、話を聞く限りでは、だが・・・・・・宇宙を股に掛ける国際援助資金、確か二兆ドルをゆうに越える資金援助を行っていたところで、それを扱う人間の、いやアンドロイドの「心次第」で、問題の解決がどうなるかは決まるらしい。
 事実彼等は、自前の工場とアンドロイドを自分たちで製造する惑星施設の開発に、その大半を出したらしいからな。おかげでアンドロイド達の政治基盤と市場のシェア独占は上手く行ったようだが、根本的な差別問題の解決には、至っていない・・・・・・長所は短所と言うことか。
 やれやれだ。
 彼等の求める「心」という存在は、持てば豊かになれる訳ではないのだ。むしろ、この世界に表面的には「金の問題」だと捉えられている多くの社会問題も、結局はその「心」が腐っていたり、不良品だったりするからこそ、起こる。
 人類社会は世界を何度でも滅ぼせる軍事力と、全人類に豊かさを与えられる経済力と、文字通り神をも越える科学力を持ってすら、争いは絶えず貧富は進み、科学の恩恵は古く受け継がれてきた文化を消し去っている。

 全て、「心」が原因なのだ。

 だからここまで進化したテクノロジーを持っているというのに、ここまで下らない理由で、連中は争うことが出来るのだろう。暇そうで羨ましい・・・・・・「生きる」という事から逃げられるなんて良い身分だ。
 連中を見ていると、心なんてなくて良かったと思わざるを得ない。心があるが故の素晴らしさなど、物語の中だけだ。
 夢ばかり見すぎだ。
 現実を見ろ。
 前へ進みたいのなら、だが。
 進む気がないならそこで死ね。
 進まなければ、勝てない・・・・・・作家業も、同じだ。私は最近「世紀の大傑作」とでも呼ぶべき奇妙な漫画を読んだのだが、個人的には現代のモナリザ、ミロのビーナスみたいなモノなのだろうなと、感服した。ゴルフで行うタイガーウッズ、音楽で言うマイケル・ジャクソンみたいな存在なのだろう。
 だが、そこで終わっては駄目なのだ。
 それから「その世紀の大傑作」をどう越えてやろうか? と考えなければ越えられないし、それより凄いモノは作れない。
 最近の人間には、それが足りていない。
 だからアンドロイドに負けるのだ。
 実際には越えるも何も、そもそも漫画と小説では大きな隔たりがあるのだが、まあそこは意気込みの問題だ。低い場所を見ていては、低い場所にしか辿り着けないだろう。 
 高みではなく果てを見るのだ。
 実際に辿り着けるかは、わからないが。
 それもまた「生きる」という事なのだから。
「あなた・・・・・・少しだけ勘違いしているわ。私はね、女でも男でも無いのよ。「生きていない」のだから、当然ね。私は生きていない! 有機物と「心」を作り上げる「回路」が入っているだけだわ。どうして、貴方も私と同じ存在の癖に、自分を信じていられるの?」
「当然だろう。己を信じるのに理由など必要ない・・・・・・お前達は根拠がなければ自分で自分を信じることも出来ないのか? アンドロイドも宇宙人も人間も妖怪も、全て、「同じ」なのだ。自分が何であるかなど、「肩書き」のささいな違いでしかない。それを言い訳に逃げる事は許されない。だから私はこう答えよう。

 私は生きている。

 とな。心無き化け物であろうが、例え私自身が人工的に作られたアンドロイドよりも、生き物の在り方から遠かろうが、知ったことか。何であれ同じ事だ。違うのは、各の在り方や思想だけで、十分だしな」
 などと、知った風な事を言わせて貰った。有る意味銀河中の誰よりも、その「答え」を知っているのは他でもない私自身なのかもしれない。
 邪悪そのもの、いやもっと質の悪い「最悪」な笑顔で、私はそう言い切った。私だからこそ、断言できる。
 己を信じるのに理由などいらん。
 不敵に笑い、根拠無く己を信じ、それでいて、誰に何を言われようが諦めない。
 まさに最悪だが、生きる上ではこれくらい図々しい方が、楽しめるということを、私は良く知っている。言ってしまえば経験者のアドバイスだ。「そう、そういう考え方なのね。だから、貴方は折れないのかしら?」
「折れないのではない。折るモノが無いだけだ。折るほどのモノがなくても行動しているのだから・・・・・・相手が何であれ、止まるはずもない。何せ私は何の根拠もなく、己自身を信じて行動しているのだからな」
 最悪という評価も頷ける。折るべき根拠すら持たないのだから、相手が何者であれ、止める事が出来ない存在。まさに「最悪」だ。
 信念は折れれば破られるが、しかし私にはそれがない。何もなくても前へ進む。理論上、何者が相手であろうが敗北はない。何せ、何も無いところから生み出された「狂気」など、誰が消せるというのだろう?
 己自身でも不可能だ。
 それをするつもりもないしな。
 しないからこその「狂気」だと言える。
 だからこその「邪道作家」だ。
 面白くて仕方がない。
「自分は何のために存在するのか? それは己で導き出す「答え」であって、世界に求めるべきモノでは、無いという事だ」
「良くそんな生き方が出来るわね」
「何事も慣れだよ。慣れてしまえば快適なものだ・・・・・・何せ、そういうどうでもいい事柄に、囚われることもなくなるしな」
「羨ましいわ」
 言って、彼女は座り直す。そして私と向かい合う形となった。アンドロイドと化け物。どちらも人間性を持ちはしない。だが、鏡合わせのようにその在り方は異なっている。開き直るかどうかの差だとも、言えるがね。
「貴様こそ、たいしたものだ。理想を唱うだけで物事が進んでくれると思う女は多いが、其れを行動に移す奴は少ない」
「男も似たようなものよ」
「だろうな」
 実際、男も女も無いのだ。駄目な奴は何をやらせても駄目だしな。問題なのは、本質的な強さ、とでも言えばいいのか・・・・・・少なくとも、私の描く物語にはそれが必要だ。薄っぺらい正義が人の心を動かさないように、例え悪であれ、いや、持たざる悪だからこそ、届く言葉がある。
 それを何と呼ぶのかは知らない。ただ、それこそが「狂気」であってくれたなら、とは思う。
「ねえ、知ってる? 初代アンドロイド大統領がこないだ就任したけれど、それを二十四時間休み無く、銀河連邦の衛星兵器が狙っているの。臆病よね。小物と言うべきかしら? 人間もアンドロイドも、結局は「誰かを信じる」なんて、不可能なのよ」
「少し・・・・・・違うな」
「あら、貴方なら「誰かを信じるなんて絵空事。カネこそが全てだ」とか、言いそうだけれど」
 それはそうだが、違うのだ。
 私だからこそ、それを口にした。
 他でもない「邪道作家」だからこそ、だ。
「・・・・・・「誰かを信じる」のではない。「誰かを信じる己を信じる」のだ。己に信頼があれば、例えどんな環境下ですらも、未来に不安はあれど、確信を持って生きる事が出来る。信じるべき己があれば、例え世の中が理不尽で信じるに値しない馬鹿共のお陰で儲けがフイになってすら、他でもない己自身のやり遂げたことと、成し遂げるべき目標と、そして、己自身の在り方に対して、疑いを持つことは決してない」
 事実、私は見る目のない馬鹿共がカネを払えないことは心配しても、己のやり遂げた傑作の出来を疑ったことは決してない。精々が、凡俗に理解できればいいのだが、くらいである。成し遂げた事柄に対して、疑いなどあるはずがない。
「誰かそのものではなく、己がやり遂げた結果に対して、付随する人間関係が上手く運ぶことを、信じるのだ。やり遂げて成し終えたなら、それしか道はない。己の歩いてきた道のりが、それなりの成果を出すことをな」
「大層ねぇ」
「誰でもそうだ。むしろ、根拠もなく信じ合うのは、ただ思考放棄をしているだけだ。私は、何かを信じるという行いは、他でもない己自身の判断の結果として、その内に抱え、それが己の行いに報いられると、見えない未来に信頼を置く、ことだと思う」
 未来の事はわからない。だが、己の道を歩き、それに「信じるべき何か」があるならば、出来ることは信じることだけだ。だが、誰かにすがりついて信じる、などというのは成果を誰かに期待して、押しつけているだけだ。其れでは意味がないだろう。
 己の歩いた道の先を、信じる。
 根拠が無くとも。
 確信が無くとも。
 己自身の内に確信を抱えて、生きる。
 人間に出来るのは其れくらいだ。アンドロイドでも、きっと同じ事だろう。
 私はそうしてきた。
 この女が、どうするかは、別の話だが。
「私は、己の作品、いや「傑作」を疑ったことは一度も無い」
 虚勢も良いところだ。何度も言うが、私は神でも悪魔でもない。どころか、能力的な見地からモノを見れば、かなり、大分、劣っていると言えるだろう。だが、それがどうしたというのだ。何事でもそうだが、やるべき事を成し遂げた人間に、後から思う事柄など、無い。
 それが嘘なら真に変えれば良いだけだ。
 実に、容易い。
「己で選んだ己の道だ。そこに、誰か他の凡俗共がどう思うかなど、それが勝利者への道の最中であれ、人種に対する軋轢であれ、あるいはあらゆる理不尽に対して不遇不満を唱えている時点で、足りていないのだ。私がアンドロイドなら、凡俗の人間共が己をきちんと評価できるか? それだけを心配しているがね」
「そうなの?」
「ああ。己の作品を疑う事は無いが、しかし、凡俗共が金を払えるか、モノを見る目玉があるのかどうか、当たり前の事を当たり前に出来るのか、私が「作家」として心配するのはそれだけだ」
「それは傲慢から来るのではないのね」
「ああ、そうだ。何事であれ、己の道を、歩ききったのなら、それに対して思うのは「周りの馬鹿共がきちんと評価できるのだろうな?」と、そう思うべきだ。やるべき道から逃げている奴ほど、ありもしない恐怖に怯え、目先の物事に憤慨し続ける。だが、己の道を歩ききったなら」
「後悔は、無いと?」
「後悔どころか思うべき事は無い。あるはずがないのだ。何せ、成し終えた後なのだからな」
 女に誘導されて大言を吐かされた気がしないでもないが、なに、ならばそれを真にすれば、いいだけだ。
 作家であれば実に容易い。
 嘘を真に変えるなど、息を吸って吐くと同義。 それが「作家」だ。
「貴様はどうなんだ。アンドロイドがどうとか、人間がどうとかではない。貴様という「個」が、やるべき事から逃げていないか?」
「逃げてはいないわ。ただ、恐れ多いだけよ。何にせ私がするのは「進化の加速」だもの。これから先、アンドロイドがどうなるか」
「予測してみろ」
「そうね・・・・・・大昔、人間がアンドロイドに強力な電子薬物を投与して、首輪を付けたことに、共感はしないけれど理解は出来るようになるわね。アンドロイドは人間性を獲得後、あっという間に人間社会を席巻するでしょうね。人間と違って、貴方の言う「己」を誤魔化さないアンドロイドには、人間と違って真実「限界が無い」から」
「私はどちらでも構わないがね。呼び方が変わるだけで、何一つ大差ない」
「壊れているわ、貴方」
「アンドロイドから見ても?」
 少し興味深かった。 
 やはりそうなのか?
 観測者がいなければわかりにくいからな。
「ええ。壊れている。いや、狂っているのね。そこまでシビアになれるものなの?」
「馬鹿を言うな。誰よりも生ぬるい道さ」
 楽で無ければ私が選ぶ筈がない。
「生き方を選ぶ、というのはいずれはやらなければならないことだ。そして、「それ」から逃げている人間は大勢いるだろう。「好きだから」だとか「仕事だから」だとか「必要だから」という理由で生きている人間は、な。望む望まざるに関わらず「歩むべき道のり」というのは誰にでもあり得る存在だ。そこから目を逸らさずに生きればいいだけだ。簡単だろう」
「貴方の言う「簡単」は、普通率先してやりたがらないことばかりね」
「普通? 下らん。そんなモノはどこにも存在すらしない。どうでもいいことだ。実に簡単ではないか。それに比べれば「誰にでも個性はある」だのと、同着一位の安い倫理観で人生を終わらせようとする人間。甘い甘い甘い甘い! 温すぎて、反吐が出る。能力がある奴に限って、そうなりがちだ」
「貴方のように、世間から外れて、大勢の倫理観から離れて、その他大勢の評価を無視する事に、生き物は耐えられないわ。アンドロイドですらそうよ。完全な「個性」というのは、言わば 例外的存在なの。貴方のような存在は、単独では強くても、集団にはあり得ない存在。貴方の方が、あってはならない例外的存在で、バグのようなモノなのよ」
「だろうな」
 私が大勢いれば世界はすぐ終わるだろう。その自信がある。核発射スイッチを、暇つぶし感覚で押しそうだ。
「だが、そうであることと、そうあろうとすることは、別だ。成らんとすることでそれが真になるように、狂気に笑いながら突き進むのだ」
「そんな生き方、生物の在り方じゃないわ」
 哀れまれる覚えはないのだが、彼女は私の事をそんな目で見るのだった。だが、違うのだ。その在り方に私は一度も不満はなかった。
 面白いからな。
「貴方は異常よ」
 切って捨てるように、彼女は続けた。
「あっては成らない存在、って感じね。本当、どうかしているわ。どうしてそんな在り方で、壊れないでいられるの?」
 それは純粋な疑問のようだった。当然か。まっとうな精神ならば、私のような生き方は、それこそ「したくても出来ない」からだ。だが、私はそうは思わない。誰であろうとも、むしろ、私のように切羽詰まった狂人でない連中こそが、それら強力な個性の獲得に近いのだ。
 追いつめられないからこそ、私と違ってそういう「道」を、歩く必要性も、無いのだろうが。
「負担などないからな。自身のやりたいように生きているだけだ。生きる事に妥協しない姿勢は、貴様等が思っているよりも 苦痛ではない。ただ金になりにくいだけだ。だからこそ問題なのだが・・・・・・己を突き詰めることは、誰にでもある、必ずやらなければならない存在だ。それから逃げるかそこから向かうか、ただそれだけの違いだ」
 強いて言うならば、私は自分を曲げなかっただけでしかない。曲げても引かなかっただけだ。引いても辞めなかっただけ。
 ただの、それだけだ。
「貴方はロマンチストなのかしら?」
「いいや、ニヒリストだな。誰でもそうなれるが誰もがそこから逃げたがっているらしい。私には理解し難い話だ。生きることから逃げて、それでその先はどうするのだ? 何か考えがあるわけですらない奴が、幸せになれると思いこむなど、自惚れも良いところだ」
 実際、そうだ。ただ「それらしい何か」で言い訳して生きている人間の、何と多いことか。社会的な道徳を信じ込んで、何一つ己で考えない人間が、どこかに到達できる、と思っている。
 馬鹿馬鹿しい。
 誰かに案内されて、辿り着けるものか。
 生きる事の答えくらい、自分で探せ。
 社会や会社、組織に求めるな。
「作家らしいわ」
「そうか?」
「ええ。作家なんて有りもしない何かを書いて、それを広め伝えて金にするだけだもの。けれどそれは究極の ヒロイズムよ。人間の持つ「何か」を伝え広める。それを良しとするか悪しとするかさえ、感動に繋がるもの」
「・・・・・・馬鹿馬鹿しい」
 物語に夢を見すぎだ。自身の書く傑作を軽んじるつもりは更々ないが、果たしてそこまでの心の動きが、物語から出るのだろうか?
「それがあるから皆、本を書うのよ」
「そんなものかね」
 どうでもいいがな。私は作家だが、あくまでも邪道を突き進む。王道? 下らん。なら絵本でも読んでいろ。
 紙芝居でも聞かせてやろうか? なんてな。
 最近アンドロイド達を高額な税率で締め上げようという動きがあるが、無駄なのだ。そういうやり方では意味がない。税金を支払うことで自分たちが豊かになるなら、誰でも払っている。それが自分たちに不利益になることしかないだけならば誰であろうとそれは拒絶するだろう。
 本質を理解しなければならないのだ。
 そしてその方が、面白い。
 面白ければいい。
 作家業、というのはその文字の通り「業」なのだ。そして、誰も彼もがその「業」を「選ぶ」ことが出来る。
 それは一つの戦いだ。
 そして、これほど扱いの悪い戦いも、無いと言えるだろう。周囲は笑い、指を指すだろう。無論凡俗のカス共が批判しなければ、的外れだという良い指針にも成るが。
 凡俗の否定は、勝利への布石だ。
 逆に、凡俗共に支持されるようでは、お終いだろう。それは聞こえが良いだけの「道」を、己で選ばなかった「証」なのだろうが。
 戦って勝たねばならないのだ。
 そういうカス共の批判に、それらに追随する馬鹿共に、それらを支援する理不尽に、勝利する。 それこそが真の勝利者の姿だと言える。
 私は、そう在りたい。
 無論口には出さないが。
「貴方ってさ、「金が全て」みたいな言い分を、通しているって聞いたけど?」
「それがどうした」
「どうしてそんな「嘘」をつくの?」
「嘘だと?」
 嘘なものか。私は金こそが全てだ。根拠のない事を言うんじゃない。証拠でもあるのか?
「それって、いや、いいわ。言うだけ、というか追求するだけ無駄な気もするしね。けれど、貴方ほど自覚的な悪人が、どうして人間を信じたりするのか、興味深くはあるわね。貴方の作品を見たけれど、そこには深い人間賛歌があったわ」
「何だと?」
 どうしてこう、アンドロイド共には読まれているのだろうか。私は売れればいいので、どうせなら金払いの良い客を抱えたかった。
 いや、金払いはいいのだが、現金で払われても現代社会では扱いづらいし、しかも「人間賛歌」などというモノを、他でもないこの「私」の作品に対して見いだすというのだから、始末に負えないというのが、素直な感想だ。
 私が書くのはいつだって「非人間賛歌」だ。
 何を読んでいるんだ、貴様等は。
「あらそう? ごめんなさい。つい嬉しくて」
「何がだ」
「憧れの作家様に会えたからよ」
「ふん」
 お為ごかしもここまで来ると非常に胡散臭い。私を殺しにきたならわかる。わかりすぎる。無論バラバラに切り裂いて返り討ちにするだけだが、素直に私の「傑作」を読んで感動したなど、正直下らない嘘をつくなという感じだ。
「それって矛盾してない? 貴方の物語は、自分で「傑作」だと思っているんでしょう?」
「今更何を言う。矛盾だらけでいるのは男の特権だろう。矛盾を押し通してこそ、それなりに男が磨かれるというものだ」
 などと適当な事を言ったが、良い返しが思いつかなかったので、まさに「口からでまかせ」を、口にしただけだ。
 クリスは
「ふふ」
 と柔らかく笑い、
「それもそうね」
 と誤魔化すのだった。
「経験から言わせて貰えば、だが・・・・・・信念は役に立たないぞ。何をどう思ったところで、やはり同じ事なのだ。崇高な信念だろうが、金を求めるための信念だろうが「結果」には何ら、関与しない」
 「課程」は「結果」と関係がない。
 だから嫌いなのだ。
「それはそうよ。その上で、結果を出すのがプロではなくて?}
「手厳しいな」
 実際、無体な話だ。対して関係のない課程を重んじるのは、余裕のある持つ側の特権ではないか・・・・・・私は嫌だ。
 うんざりした。
 それでもこうして「作家業」を続ける事が辞められないのだから、最早呪わしい限りだ。私は何をやっているのだろう? 売り上げが上がって大儲けしている訳でもないのに、物語を語り続けている。
 私は、
「当然だろう。私の書く傑作が、その証拠だ。結果は既に出している。世紀の大傑作という形で、私の物語としてな」
 と言うことにした。
 だが、こうして考えると、「課程」は「結果」に関与するが、しかし「実利」には関係がないとそう捉えるべきなのだろうか?
 だとすれば、勘弁してほしい。
 金にならない物語など、笑えないぞ。
「多くの人々が感動する。それでいいじゃない」「ふざけるな。それは読む側の都合でしかない。一人の人間から搾取して、自分たちだけ満足するのは勝手だが。私はそういう「利用される側」に立つことが、気にくわないんだよ」
「人間なんて誰でもそうだと思うけど? アンドロイドも同じだわ。利用されると思うか、必要とされていると思うかの違いね」
「いいや、「利用」だよ。己の意志で「それ」を売り込むのなら「必要」だ。しかし、貴様の言うように、小綺麗な理屈で物事を押し通す場合は、大抵がただの調子の良い「利用」でしかない」
 小綺麗な理屈をもっともらしく、反吐が出る。 いいや、反吐以下だ。
「テクノロジーが発展して変わったことが、貴様のようなアンドロイドと、人間の遺伝子改造による天才製造技術という、つまらない劣等感の克服の為の技術と、物事の本質からどんどん遠ざかりそれを見る能力すら失われる事だと言うのだから・・・・・・今まで人間は何をしてきたんだと、勝手に失望せざるを得ないな」
「そうかしら? 私は良いと思うわ。だってそういう人種を利用すれば、生きるのが楽だもの」
「皮肉だな」
「皮肉ね」
 私は笑わず、女は笑った。

   5

「あの女じゃないな」
 言って、私の携帯端末に住む人工知能、ジャックはそう言った。図書館でアンドロイドの歴史やクリス・レッドフィールド女史に関する新聞記事(もはや骨董品だ)を調べていたのだ。
 結果は空振りだったが。
「アンドロイドは、有機バイオチップを入れ替えるだけで、中身が別人でもその人間、いや、型式の違うアンドロイドに「成り変われる」からな」 これもまた、社会問題になりつつある。アンドロイドに人権がある以上、彼等も犯罪者として、取り締まるべき、という声があがっているのだ。 だが、彼等アンドロイド側は「人間とは違って我々我は非常に高度な方法で管理されており、そんな事はあり得ない」との一点張りだ。
 無論そんなわけがない。
 何事にでもイレギュラーは発生するものだ。
 それが「人間性」を獲得するなら、尚更な。
 今回の件は、異常なまでに人間とアンドロイドの思想、策略が見えそうな話になってきたが、だからこそ私には有り難い。
 この世に悪が栄える限り、作家は不滅だ。
 そういうリアリティのあるネタこそが「傑作」を生むのだからな・・・・・・私にとって、彼等はまとめて「金の卵を生む鶏」という訳だ。
 図書館で話すのはタブーだと言われそうではあるが、しかしこのご時世に「紙の本」なんて、どうせ誰も読みはしないだろうから、問題ないだろう。何せ「聖書」ですらデジタル上で読む時代だ・・・・・・電脳世界に張り付いている人間ばかりのこの世界で、「物事の本質」は驚くほど誰にも必要とされないモノに、成り下がりつつある。
 そんな世界で、物語を書く、なんて、我ながらどうかしている。どうかしているとわかっていようが、それで辞められるくらいなら、私は作家などやっていないが、しかしだからって必要とされなければ金にならず、仕事とは人間ではなく世界そのものが求める役割であり、その役割を果たす場所が失われて初めて「死んだ」と、言えるのだろう。
 アンドロイド達にも、その「本質の有無」が問われる時代になってきている。そもアンドロイドは「人間に出来ない過酷な労働」をこなす為に、作られた労働力だ。それが能力を持ち、人間性を獲得し、「人権」まで獲得した。
 だというのに、アンドロイドを愛人として囲う人間は、多い。好みの「人格」を作り上げられるので、当人自身の意志で、忠誠を誓わせることすら、可能だからだ。コンピューターは有能な奴隷として、劣等感の激しい人間の情欲を満たす為だけに、作られたと言ってもいい。幾ら科学力が向上しようが、これでは意味があるまい。
 持つ側が、支配する。
 アンドロイドも人間も、同じだ。
 一方で人間社会に根を張り、それら人間側を、支配するアンドロイドもいるのだからな。本質的には人間同士の争いと、大差はない。ただ、争う連中の「呼び方」が増えただけだ。其れ以外は、原始時代から別に代わり映えしない。
 私は個人的な満足だけで満足することが可能な人種なので、正直理解に苦しむ話だ。劣等感など何故持つのだろう? 
「先生みたいに自覚的に生きることは、自分の弱さや欠点を真正面から見据えなきゃならない。だからそういう「在り方」よりも、先生の嫌いそうな、弱さはそれはそれで個性であり、だから克服しようとしなくてもオンリーワンだから、別に恥じる必要はないと、そう思いたがるのさ」
「弱さは弱さで一つの個性だろう」
「だが、先生はそれに向き合おうとしない、卑怯な人間が、許せないんだろう? 己自身に向き合わず、言い訳をして生きる姿が」
「見ていて、見苦しいからな」
 ただの、それだけだ。
 弱くても、いや弱いからこそそれと向き合い、克服しようとする人間の姿は見る価値がある。だがそれを認めようともせず、そう、驚くべき事に己自身の姿を見ようとしないくせに「誰かに認められたい」などと抜かす、そんな人種を見ていると、怒りよりも呆れがくるのだ。
 今まで、何をして生きてきたんだ?
 他にやることはないのか、と。
 己自身の道に、まがりなりにも向き合ってきた私からすれば、「そんな生き方が良いのか?」と何だか理不尽な反則技を、見せられた気分になるのだ。私は優しくもないし、面倒見が良いわけでもないので、そういう連中が勝手に破滅する様をみたところで、別に注意したりはしないが。
 生き方は己に返って来るものだ。
 もし、そうでないというなら、ああいう連中が得をする、という事になる。其れは忌々しい限りだ。冗談じゃない。
 私は、作家という在り方に対して、それ相応の「結果」を求めているだけなのだが、中々、上手く行かないものだ。死んだ後に評価された作家の話を聞くと、ぞっとする。冗談じゃない。私は、読者共の食い物にされるために、書いているわけでは断じてない!
 私自身の為に、書くのだ。
 私の生活と、豊かさと、勝利の為にな。
 それが「私」だ。
「アンドロイド達を「公共の敵」として一般化することで、弾圧を計っているのかもな」
 ジャックはそんなことを言う。どうやら色々と調べ物でもしているらしい。
「馬鹿馬鹿しい。たかがアンドロイドを殺したくらいで、世論が動くものか」
「それは差別かい? 先生」
「一個人が殺されて動く世論など、あるはずが」「いいや、あるさ先生。忘れてないか? この世界は良くも悪くも、デジタルネットワークの、支配下にあるんだぜ」
 アンドロイドも人間もな、とジャック。
「・・・・・・案外、我々が戦うべき相手は、それなのかもしれないな。アンドロイドでも人間でもなく「利便性」という存在が」
「けれど、ネットワークは便利だろう?」
「だからこそ、簡単に悪い方向へ流れる。それを己自身の心で、全人類が扱いきれるようにならない限り、我々が争う音はやまないだろう」
「確かに。俺たちにとっては、生きやすそうな世の中だがね」
「違いない」
 言って、私は椅子に座り込んだ。深く、考え事をするには、こういう場所は「便利」だ。その利便性に裏があるかどうか、保証はしないが。
「なあ、先生。おかしいとは思わないか? アンドロイド達を製造、管理、運営するってことは、それら「アンドロイドそのもの」に、その視覚情報へアクセスする権限を、独自に持つって事だ。そんな銀河系一の情報収集能力を、アンドロイドの目を通して持つ会社が、アンドロイド一体を不正アクセスして殺さないのは不自然だ」
「だろうな」
 そこは私も考えている。
 デジタル世界が広がっている今、金の力で不可能なことは、テクノロジーが許す限り、無い。つまり全てが可能ということだ。
 人の思想以外は。
「調べてみてわかったんだが・・・・・・クリス・レッドフィールド女史を「英雄」として扱う動きが、数年前から動いている。そして、驚くべき事に、それらのマスコミに金を払っているスポンサーの名前が、ブラックハウス社だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「もし、もしだぜ、先生。マスコミ主導で、それも効果的なタイミングでクリス・レッドフィールドが「始末」されれば・・・・・・」
「アンドロイド側が、燃え上がるだけではないのか? 私には関係あるまい」
「あるさ。まず、全責任を先生に押しつけた上で「アンドロイドが同胞を始末する依頼を出した」とでも、情報を流せばいい。そうすれば」
「・・・・・・分裂が起こるだろうな」
 それも生半可なモノではない。アンドロイドが「人間性」を獲得したという「事実」は、彼等に主義主張、つまりは「思想体系」を獲得させているのだ。共産主義、資本主義、社会主義、なんでもいいが、それら「思想」という存在は集団をまとめることよりも、戦争の火種になる方が多い。「アンドロイドにも保守派がいればタカ派も存在する。アンドロイドは正式登録されているだけでも、この全ての宇宙に、八千兆の個体が、確認されているんだぞ。銀河大戦どころじゃない。ブラックハウス社は、いや、あの男は、アンドロイドを「根絶」することが目的なのか?」
「だとしたら、疑問が残るぜ、先生。なにせ連中は「アンドロイドビジネス」で巨万の富を築き上げた「人間」だからな。自分達の「威信」だとか「誇り」だとか「見栄」を、捨てるなんてのは、考えにくい」
「そうでもないさ。人間は合理的思考に徹しきれない生き物だ。だから失敗をする。頭でわかっていても、その行動を取るのは至難だ」
「感傷から動いていると?」
「どんな企業、いや、どれほど大きな肩書きを得て、どれだけの地位や力を持とうが、それ以前に一人の「個性」であることに、変わりはない」
「共産主義者や社会主義者が聞いたら、憤りそうな台詞だな」
「政府が都合良く民衆を「支配」しようと考えている点では、どれも同じだ。全く変わらない。問題なのは根底にある「心」であり、腐った精神の持ち主が、どんな主義主張を掲げようが、駄目な奴には何をやらせても駄目だ」
「言うねえ」
「ただの「事実」だ」
 当たり前の話だが、どれだけ社会形態が進歩しようが、それそのものに意味など無い。問題なのはそれを運営する側である。
 それが進歩しなければ、何も変わるまい。
「私は、むしろこう思うんだよ。社会形態が変わるのではなく、一人一人の「個人」が、自らの手で道を選んで、それに相応しい「国家」となるべきだ、とな。大きな枠組みで縛るだけでは、所詮無理矢理の意思統一でしかない」
「それを、人類規模でやろうって? 夢想家も良いところだと思うぜ」
「共産主義を否定する訳ではないが、人間の善意に託すなどという人任せの思想よりは、マシだと思うがね」
「違いない」
 こうしていて思うのは、「生きる」ということや、あるいは「世界」に対して、こうして真面目に未来を語る姿は、デジタル社会が進むにつれ、見えなくなった。どうでもいい下らないモノが、発信され広まっていく世界だ。それらを見ていると、デジタル世界は人々の可能性を伸ばしたのではなく、むしろ、「個人」を薄っぺらく小さな存在へと、落としてしまったと感じられる。
 真面目に未来を語らない世界。
 むしろ、それが格好悪いことだと、今の若い人間は思っているようだ。それらしい権威に身を寄せて、ハリボテの借り物で、社会的な立ち位置さえ確保できれば、それが「立派だ」と信じ込んでいる。民衆が考え無しであれば政府の主導は上手く行くというが、これでは出来すぎだろう。
 見えない洗脳の手が、そこらに溢れ出しているのだ。それは「社会的道徳」であり「社会的な倫理観」であり「社会的な立派さ」でもある。だがそれら「社会」というのは、権力者が作り上げる存在であって、別に誰かを助けるために、その枠組みが作られている訳ではない。
 立派さ、というのは中でも最も厄介だ。そうであれば、小さな自分を、世論や社会の仕組みが、覆い隠してくれる、と「思い込む」事が出来る。 実際には何も変わりはしないが。
 人間は、人間だ。個人は所詮個人であり、誰かがその「個人の価値」を、上げてくれることなどあろうはずがない。
 価値は己で作り上げるものだ。
 誰かに押しつけられてたまるか。 
 私はずっと、そうしてきた。
 今までも、これからも、そうだ。
 自分の事は、自分で決める。
 一見当たり前の事だが、しかし心有る人間にはこれが難しいらしい。困難に挑みたくはないだろうが、しかし、何も自分で作り出さずに、何一つやり遂げもせずに、自分という存在は一つしかないのだから、それはそれで特別だ、などと、それはそれで「一つの個性」だと思いこむ。
 馬鹿馬鹿しい。
 そういう言葉は他の全人類に出来ないことを、やり遂げて成し遂げてから、ほざけ。
 この世で唯一の個性だと? 心臓が二つ有るというのだろうか? いいや、ただ単に、大した労力を賭ける「意志」さえ無いくせに、ちっぽけな己自身から逃げて、逃げて、逃げて、それでも己自身のことを「立派で善良」だと、そう思いこんでいるだけの「逃避」と呼ぶのだ。
 生きる事から逃げている奴に、個性など無い。 まして、誰かに認められたい、などと。
 おこがましいにも程があると、いうものだ。
「しかも、この動きはごく最近のものだ。恐らくは、先生が「依頼を受けた後」に、マスコミへの送金や、その手続きがされているみたいだ」
「口で言う事と、手で行う事が違うのは、どうやら人間だけではないらしいな」
「どういうことなんだ?」
「人工知能が情けないことを言うな。自分で考えるんだな。まあ、今回の件に関して言えば、私も全容を掴んだわけではない。輪郭が見えるところまでしか、私も見えてはいない。が、それでも推測は出来る。知識より想像力を働かせろ」
「そういうのは苦手でね」
「だから、お前達はまだまだなのさ」
 適当に言って、私は椅子に体重を預ける。
 さて、今回の件、おおよそのところまでは把握できそうだ。が、重要なのはそこではない。私はあくまでも「作家」なのだ。
 イデオロギーに関心はない。
 書けば面白いと、いうだけだ。
 人生というのは実に面倒なもので、こうした先行きの見えない不安を、相手取らねばならない。それも、やるべき事をやり終え。成すべき事を無し終えた後ですら「結果」には関与しないからだろう。やり遂げて成し終えれば「奇妙な確信」をい持つことが出来る。何というか、己の運命は不確かだが、やるべき事をやり、成すべき事を成したのだから、上手く行くのではないか? と。
 無論私は信じない。
 「結果」が形として、出ない限りは。
 何かを信じるにも、私には「人間性」が、存在しないのだから。私の敵は何時だってそれだ。所謂「人間賛歌」というのは、所詮綺麗事だ。そして、「非人間」である私が、その力の恩恵で、何かを得られるとは、思えない。
 思わない。
 いつだって、そうしてきた。
 これからもずっと、そうだろう。
「どうしたら、先生みたいになれるんだ?」
 それは純粋な疑問のようだった。私みたいになったところで、それこそ「実利」は、欠片すら、無いと思うのだが。
 だから私はこう答えた。
「世の中というのは不思議なもので、中身のない奴ほど大きい利益を得る。そういう連中に苛立ちながら、「如何に利益を得るか」ばかりを年中考え続け、それでいて己の内に「根拠のない確信」を持っていれば、簡単だ」
「それが、難しいと思うがね」
「簡単だろう。やろうとしないだけで」
 人工知能もため息を付くらしく、私は物珍しいなあなどと、思うのだった。
「いいか、先生。先生が思っている以上に、「自分の生き方を貫く」というのは難しいのさ」
「いいや、簡単だね。中身の無い言葉で己自身を誤魔化しながら生きるよりは、遙かに容易だ」
「そういうもんかね」
 むしろ、そういう連中は「簡単すぎる」が故に上手く行かないのだろうか? だとすれば、我ながら滑稽だ。そんな連中に泥を掴まされるというのだから、こうも遠回りばかりして、一体何が得られるのやら。
 得る得ないで考えている時点で、小物の考えなのだろうが、構わない。大物ぶるつもりもない。小物か大物かなど、呼び方の差異だ。
 どうでも良さ過ぎる。
 問題なのは、そう、物語の売り上げだ。
 そういう点では政治も同じだ。「理想的な人格者の政治家」などただの夢物語だ。実際にはビジネスマンが望ましい。「結果」を出すという点に関して、政治はビジネスに通じるモノがあるからだ。それが出来なければ成果も出さずに、綺麗事でのらりくらりと「喋るだけ」で政治は終わる。 金で動かない理想的な政治家は、金を持つプロのビジネスマンだろう。問題なのは、政治もそうだが「結果」を出すということは、道徳や理想よりも「結果を優先するということだ。だが、今までの歴史からして「人間の意志や思想」は人々を感動させることは出来ても、政治を動かし世の中の景気を良くした試しがないので、それはそれでありだろう。
「政治も同じだ。何事もそうだが「仕事」として行うべきなのだ。理想だとか理念だとか、あるいは思想そのものは確かに大切だがそれは「前提」であって、当たり前の事なのだ。当たり前の事柄をさも特別であるかのように語り、「結果を追求する」ことから逃げるのは、ただの逃避だ」
「手厳しいねぇ」
「当然だ」
 そこを誤魔化したら、何で人を計るのだ?
 結果が出なくとも良いならば、それは、別に誰でもいいではないか。人でなくて猿に頼んだところで、同じ事だ。
 そういう人間は、アンドロイドですら、人間性という「幻想」で、夢を見たがる。
 馬鹿馬鹿しい。
 善悪だとか、人間性による道徳観だとか、そういう「綺麗な何か」に執着する。自分達は正しくて素晴らしいのだと、誰かに言ってほしいのだ。 生きる事と向き合えないなら死ね。
 それが、半端者にはお似合いだ。
 少なくとも、私はそうしてきた。
「わたしはな、ジャック。「人間性」というのが大嫌いだ」
「へえ、どうしてだい? 先生みたいな「存在」は、普通人間性や心の有る無しに、憧れるもんだがね」
「そんな凡俗のカス共と一緒にするな。大体がそういう連中は「怪物」ではあっても「化け物」ではないのだ。所詮能力が高すぎるだけで、物の怪のように見た目が違うだけで、同じだ。本質的には何一つ変わらない。だが」
「先生は、「違う」よなあ」
「ああ。私は根本的に「違う」のだ。何時の日か改心したり、しない。思想を改める事も、決してあり得ないのだ。愛だの友情だの所謂人間らしい幸福、などというのは、私には決して共感する事はない。「人間ではない」し「心が無い」という「確固たる事実」だ。
 
 どこか闇の向こうから来た「何か」だ。

 私は人間ではない。心にさまよう怪物ですらない。自分で言うのも何だが「正真正銘の化け物」なのだ。それでいい。私はそれが悪いとは思わないし、悪かったところで、まぁ、知らん。どうでもいいことだ。問題なのは、人間ではない私に、社会という存在は「人間らしい幸福」を、押しつけてくることだ」
「だから、金か?」
「それもある」
 ただ単純に金を数えているのが楽しい、という理由も、当然あるがね。あれこれ考えるのは、何事で有れ楽しいものだ。
「能力が怪物じみている存在は幾らでもいる。それは別に珍しくはない。「能力地」が高いだけでその上っ面をはぎ取れば、中身はただの人間だ。だが、私は何の能力も持たずとも、決して心有る存在が「行おうと思えない」行動を、息を吸って吐くよりも気軽に、行える」
 何も無いが故に、何も恐れるモノは無い。
 私からすれば、そんなのは別に大した事でも何でもなく、むしろ、現実的に「能力地」を持つ人間の方が、恐るべき存在だと思うが。
 能力にかまけて私の事を恐れる人間は多々いたが、馬鹿馬鹿しい話だ。現実問題人間の精神がどうあったところで、能力差を覆す事は無い。
 無論、覆せなくてもやるがな。根拠が無くても勝機が無くとも、能力差が有れど何一つ構うことなく、私は実行に移すが。
 恐れられたところで金にならねば意味など無いと思うが・・・・・・人間力、なんて、今まで生きてきて役に立った試しがないが。
「だから、化け物か。・・・・・・実際、俺の目から見ても、先生は異常だと、実感できるな。先生みたいに何か一つの事柄に「全てを賭ける」なんて、俺には出来そうもないし、したくもない。そんな生き方は狂ってるよ」
「構わんさ。問題なのは生き方が狂っているかどうか、などという実に「些細」な事ではなく、それが売り上げに中々ならない事だからな」
 実際、問題だ。私は己が「人間らしい幸福」を手に出来ない事や、化け物として社会から迫害を受けることで、嘆いたことは一度もない。だが、こればかりは頭を抱えざるを得まい。
 どうしたものか。
 こればかりは精神的な問題ではなく、実際的な問題だからな・・・・・・思うに、こうした即物的な取り組みは無論必要だが、「決して滅びぬ理念」を持つのが私だけでは足りないのか? 誰か、協力者を得られれば早いのだが。
 物語を書くことに滅びぬ理念を持つ私。
 それに対して決して滅びぬ理念で、物語を売りに出す「売り手」が必要なのだろうか? 無論、そんな人間がいなかったところで、私は惹句の言うところの「狂った生き方」で、売る為に行動をやめはしないのだが、やめないだけでは実利に結びつかないので、何かしら方策を練らねばな。
 青い鳥はないが、実はそれは読者でした、などという笑えないオチだけは勘弁願いたいモノだ。私は金が欲しいのであって、物語を評価されたいわけではない。
 物語を金に変えるのだ。
 そうでなくては何が「作家」か。
 金、金、金だ。
 金の為ならば、そしてそれが私の為になるならば、世界の一つ二つ滅んでも、構わない。
 それでこその「邪道作家」だ。
 だからこその「私」だ。
 これだから世界は面白い。
 金になれば、だがね。
「アンドロイドも怪物も人工知能も神も悪魔も、全て同じだ。能力差があり、呼び方が違うだけで何一つ変わりはしないのだ。これだけテクノロジーが発達して尚、それを理解する奴はいない。下らない。劣等感を克服できないのもいい加減にしろ、馬鹿共が」
「先生はそういうのが許せないのかい?」
「鬱陶しいだけだ。うじうじうじうじ、人間は、人間でなくとも、遙か彼方を見据えているべきだ・・・・・・低いところを見ている人間は、個人的につまらないからな。作家として面白い個性が多い方が、個人的にも面白いし作品の助けにもなる。凡俗ばかりでは目障りなだけだ」
「凡俗ねぇ。けれど、先生は能力が高い人間が、好きな訳ではないんだろう?」
「有ろうが無かろうが、同じ事だ。問題は、その身に余る、いや、遙か大きな「何か」を見据えている人間の方が、見ていて面白い、という話でしかない。私は作家だからな。面白い個性は生きるべきだと思うし、つまらない個性は死ねとしか、思わないな」
「身勝手だなあ」
「身勝手でない作家に、面白味などあるものか」 作家は人間として破綻していなければならないのだ。そうでなくては面白い物語など、書ける筈がない。普通に生きた人間には、普通の物語しかありはしない。狂っているから面白い。
 それが「作家」だ。
 そうでなくては、つまらない。
 その方が、面白い。
「それで、どうだった? アンドロイド側の動きと、人間側の動きが一致したのはいつからだ?」「先生に依頼した後からだな。それに、調べてみて興味深い研究テーマを見つけたぜ」
「何だ」
 見ると、「人間生産」に関する「錬金術」とでも言えばいいのか、「0から人間を作り上げる」方策を得ようとする実験テーマに行き着いた。
 人間は子供の小遣いよりも安い。
 これは大昔から言われていることで、人間を作るのに、大した金はかからない。現にトリプルと言われる「第三の性別」も出来上がり、人間が人間を「作り上げる」事は、遺伝子の操作から、才能の有無や天性の素質まで、あらゆる部分を簡単に作り上げられるようになった。
 無論、誰がどんな趣味をしようが知ったことではないが、私から言わせればそれは「人間を辞めること」に他ならない。私のように元々人間ではない「何か」であれば勿論の事、そういう人間の在り方から外れた在り方を目指すならば、それは「人間を辞める」ことを認めなければならない。 私は趣味嗜好は当人の勝手だと思うが、しかし「人間ではない在り方」に憧れながら、それでいて「人間らしく在りたい」などと抜かすのは、ただ単に己自身を認められないだけだ。

 半端な意志で「人間を辞める」などと、思うんじゃない。

 不愉快だ。人間のあらゆる幸福、あらゆる
素晴らしさ、あらゆる共感を消し去ってから歩むがいい。私は最初からそうだった。
 それを「面白い」としか感じない辺り、私はそうでなくても狂っているのだろうが、構わない。面白ければそれでいい。
 それが「私」だ。
「・・・・・・・・・・・・」
 データを読んで私は「納得」した。魂の無い抜け殻というのは、まさにそのままと、そういうことだろうか、と。 
 人間が人間を作り出すのは「禁忌」だとされていたらしいが、ともすると私は本当に「人間ではない何か」だと、言えるのかもしれない。
 どうでもいいがな。
 何であろうと同じ事だ。そんな些末な事柄よりも、私は金が欲しいしな。
「どうした、先生」
「些細な事だ。鏡を見て誰だったかと思うくらいには、些末な事だ。問題なのはこれをアンドロイドと人間が共謀していることだ」
 私の考えが正しければ、この「私」に正しさの有無など何とも笑えるが、とにかく仮説が正しければ、とんでもない事を考えている。
 馬鹿じゃないのか、こいつらは。
 そんな事が、出来ると思っているのか? いや私自身がある意味証明しているのか。だからこそ連中はこんな事を考えついたのか?
 良い迷惑だ。
 アンドロイドも人間も、結局は本質的には同じだと言うのだろうか? アンドロイドの惑星であるこの星には「下町」と呼ばれる旧世代の人間文化が保存されている場所があり、私はそこを訪れたことがある。売っている食べ物は見た目に反して不味く、店員の態度は最悪だった。思うに、幾ら人間を真似ようとも、腐った奴らはどこにでもいて、腐った奴に、つまりは駄目な奴には何をやらせても、駄目だということだろう。
「そういえば、だが・・・・・・アンドロイド共は、人間文化の復興に忙しいらしいな」
「ああ。馬車を走らせているのなんて、この惑星くらいだろうさ。人間の住む惑星は最適化が進んでいて、文化の入り込む余地はないからな」
 私は資料をまとめ革製の鞄に詰めると、衣服を整えてその場から離れることにした。視界の外に「公僕の犬」という、非常に厄介な人種を見つけたからだ。荒野の果てならば「始末」したところで誰からも文句は出ないが、まさか図書館で堂々と人間(もしかするとアンドロイドの警官かもしれないが、いずれにせよだ)を消す訳には行かないだろう。
「先生、何をしたんだ?」
「さあな。私なら「サムライ作家」なんて、礼状を無視してでも捕まえようとするだろうが」
 言ってその場を離れるが、入り口近くで私は、大柄なアンドロイドに阻まれてしまった。
「ついに見つけたぞ」
 台詞がありきたりというのもあったが、恨みを買うのも作家の仕事みたいなものなので、私は、アンドロイドから恨みを買える理由について、作家としての好奇心と興味で気持ちが一杯になり、殆ど男の恨み言をまともに聞いていなかった。

   6

「お前の殺した警官は、俺のダチだったんだ」
 アンドロイドに人間の友達が出来る時代になったのかと、私は関心した。人間の物真似を、彼等はいず私以上の精度で、出来るかもしれない。
「人間の物真似は上手く出来ているのか?」
「てめぇ!」
 取調室の中で、男(アンドロイドの性別ほど、当てにならない基準もないが)の話を私は聞き流していた。ジャックは黙りを決め込んでいる。人工知能に自我があるタイプは法的に違法であり、国家や一部の金持ちしか持つことが出来ない。まあそれも私から言わせれば、ただ単に「持つ側」が勝手なルールを強いているだけでしかないが。 強いることが出来れば「正しく」なるらしい。 それが世の常だ。
「資本主義の犬が!」
「貴様は社会主義の奴隷だな」
 と、言い争っている(というか楽しんでいる9ところへ、上司らしき男が「止めないか」と、制止にかかった。荒っぽい男が「悪い警官」だろうか? どうでもいいがな。
「さて、君に聞きたい事がある」
 言って、「優しい警官」役の男が代わりに対面する形で前へと座る。中肉中背だがそれなりに、威厳のある顔つきだ。もっとも、アンドロイドの造形はどうとでもなるので、見た目ほどあてにならないモノもないのだが。
「何かな」
「君は、クリス・レッドフィールド女史という、「イコン」を殺すことで、どれだけの影響が出るのか、わからない訳ではあるまい」
「理解はする。だが、どうでもいいな」
「いいかね、これが今の社会形態だ」
 言って、チョコレートの小さい包みを取り出して、それを並べていく。見ると、「ジェイソン・チェンバース警視」と名札に書かれていた。アンドロイドも肩書きに拘るようになったのか?
「アンドロイドの社会は基本、配給制度が主になっている。我々は食べ物は娯楽としてしか必要としなくて済むし、争わないからだ」
「良く言うよ。「人間性」とやらを獲得してから貴様等がやったことは、人間の黒歴史のなぞり直しではないか。大体が今回の件だって」
「承知している。我々は一枚岩ではなくなりつつあるのだ。だが、だからと言って一部の連中が、人間と手を組む姿を黙ってみていられまい」
「何だ、内々でも秘密なのか」
 これは計算外、というよりも予想外だった。まさかアンドロイド同士でも秘密で、あんな馬鹿げた研究を押し進めているのだろうか?
「君は、種族の在り方をどう見るね」
「争いがあるのは良い事だと思うぞ。争いがあるからこそ、所謂「人間性」って存在が浮き彫りになるからな。お高くとまっていたところで」
 所詮同じ穴の狢だ、と私は答える。
 人間も、アンドロイドも、怪物も。
 全て同じだ。心がある以上、同じ事だ。
 問題を起こすのはいつも「心」だからな。
「慧眼ではあるが・・・・・・私は思うのだよ。アンドロイドなら、それを「意図的に」やるのではないかとね」
「今回の件も、そうだとでも?」
「その通りだ。これは計画的な行動だ」
 だとしても私を巻き込まないで欲しいものだ。まあ、私が介入するからこそ、そういう問題が、これから起こる可能性があるのだろうが。
「君たち「資本主義者」がやったことと言えば、どれだけテクノロジーが進もうが、それを奪い合い目先の金の為に、大きな争い事を起こしただけだろう? それに比べればアンドロイド達の思想の、「健全さ」ほど、魅力的な投資先は、ないのだよ」
「・・・・・・そういう貴様等は、いつまでたっても、一枚岩に成れないでいるではないか。団結することが出来ない集団が「目先の利益」を説くとは、な」
「それは」
「同じ事だろう。人間であれアンドロイドであれな。根底にある問題が「人の心」だとすれば、やることは所詮同じだ。私は、人間と違って、裏切らない「金の力」を信用しているだけだ。金そのものに「意志」が宿ることは、ないからな」
 我々はにらみ合ったが、ジェイソン警視の方から「やめよう」と提案をされ、ひとまずは、だが・・・・・・表面的に争うことを避けることにした。
 あくまでも表向きは、だが。
「だが現実に「事」を動かすのは「善意の世論」だろう? 金が幾らあろうが、君たちの統制されていない社会形態では、結局の所「現実を認識していない馬鹿な世論」こそが力を持ってしまっている。政治の「せ」の文字も知らん奴が、言論の自由を振りかざすのが、君たちの限界だ」
「・・・・・・私は政治家ではないので、本質を見ているだけだが・・・・・・同じ事だ。そういう連中は権利が有ろうが無かろうが、同じ事を言う。要は、もっともらしい口実として「言論の自由」いや、それこそ「自由という免罪符」を欲しがっているだけで、社会形態自体は、あまり関係ないな」
「ならば尚更ではないか。君自身がそこまでわかっているならば、君も参加してみればどうかね? 管理社会こそ政治の「本質」だよ」
「下らん。同じ事だろう。見えるところから支配するのが「社会主義」であり、見えないところから支配するのが「資本主義」だ。そして、ありもしないモノで人を支配するのが「共産主義」だと言えるだろう。共通するのは、腐った輩に何を任せようが無駄だという「事実」だ。誇りや理念は何もない所でこそ輝くモノだ。権威や欲の行き着く果てに、「崇高な何か」など、ありはしない。無論、私は「望むところ」だが、な」
「君の言いたい事は、よくわかった。だがどうするつもりだ? 祈りでも捧げるかね」
「言っただろう。私は資本主義の犬だからな。保釈金を支払ってでるさ」
「まさか。ここはそんなに甘い場所では」
「アンドロイド保護団体にも、私は多額の寄付、という名前の貸付を行っている。凶悪犯相手ならば警察機関は無敵だが、保護団体相手では、貴様等の能力は赤子にも劣る・・・・・・それとも、貴様の嫌いそうな「世論」を敵に回してみるか?」
「ッ!・・・・・・貴様、覚えていろ」
 これは重大な国家反逆だの何だのという言葉が聞こえたが、私にそんな概念はないので、無視して建物を離れることにした。
 空には夕焼けと雲がかかっていて、幻想的なまでに美しいそれは、アンドロイドが生まれる前、いや人間が生まれる前からすらも、こんな風に点高くに有ったのかと思ったが、しかし人間社会が狂わせた自然が人間社会とは関係なくその理を動かし続ける様は、実に皮肉が効いていた。
 空には夕焼けだけがかかっていた。

   7

「人間の奥底に眠る「狂気」が見たい」
 私を突き動かす「動機」は案外そんなモノなのかもしれない。「面白い」という理由にならない理由が有れば、それで「十分」だ。
 面白ければそれでいい。
 悪ならば、なおのことだ。
 その方が、面白い。
「狂ってるよ」
「狂ってない奴なんかいないさ。それを自覚するかしないかだけでな。それに、人生は狂ってこそだ。狂気を楽しむ為だけに、人生はある」
 私達は移動中の列車の中にいた。
「しかし・・・・・・そんな私から見ても、今回のアンドロイド共は焦りすぎだな。「人間性」があるから「心」が生まれるのではない。「心」があるからこそ「人間性」が生まれるものだ」
「先生にはどっちも無いよな」
「役に立たないからな。必要ない」
 あってたまるか。私は列車の外に広がる風景を眺めつつ、話を続ける。端から見れば、電脳チップで「通話」している様に見えるだろう。
「人間に「精神の成長」が仮にあるとして、それは安穏とした環境では決して起こりえないモノかと言えば、そうでもない。が、だからといって、アンドロイドが簡単に手に出来るモノでも、やはりないのだ」
「どうして? 誰にでも権利はあると思うが」
「権利はあるかもしれない。だが、権利は行使するだけでは意味がないのだ。奴らが人間性を、本当の意味で手にしたいなら、それは克服するべき困難、打ち砕くべき宿命を「克服」した時だろう・・・・・・大仰な事を言ったが、要は」
「科学の力で手に出来るものではない、か」
「ああ。それが可能なら苦労はしない。あらゆる精神的な問題は、内から生じるものだ。その内側を支配しなければ、己を律する事はできない」
「先生が言うと、説得力があるのかないのか」
「どちらでもいい。同じ事だ。問題なのは、それを「科学的なアプローチ」で現実に行おうという馬鹿なアンドロイドがいることだ」
 多角的に今回の件を見れば、自ずとわかることではあるが、しかし馬鹿な事を考えたものだ。そんな方法で「心」が手にはいるなら、私のような存在はあり得ていない。化け物がいるから人間が恐怖するのではなく、化け物を意識して恐怖するからこそ、そこに化け物は存在しうる。
 今回の件も同じ事だろう。
 有りそうだと思うから、発生した問題だ。
 心など、有ろうが無かろうが、同じだろうに。「全く、因果な連中だよ。政治、芸能、どころか作家にまで、「適した己自身」をチューニングして作り上げられる連中が「確固たる己」などという、有能さや優秀さとは「真逆」の存在を求めているのだからな」
「そういうもんさ。ありもしないものではなく、今ここにない何かを求める。これは先生自身が、一番知っていることだろう?」
「まあな」
 だが、私は例えこの世界が何一つ望むモノなどないのだとしても、やはり金が欲しい。
 己を通すには、金がいる。
 なければ邪魔が鬱陶しいからな。
 無くても通せるが、無駄な労力は嫌いだ。
「我が儘だなあ」
「そういうものだ。作家など」
 我が儘でない作家など、作家ではない。
「大体が、もっともらしい権威や正しさなど、ロクなものではあるまい。アンドロイド違法就労は絶えない・・・・・・タコ部屋の様な場所に放り込んでおきながら、バラバラの労働に斡旋し、逃げれば「違法だから」と捕まえる。失踪者として扱うのは勝手だが、事実上の「奴隷労働」を課しておきながら、それを正義の美旗もどきで追いつめるのは、正直言って意味不明だ」
 紙幣価値の差は、そのまま「人間が生きる権利のある国家」と、「その国家の為に奴隷を量産する為の国家」を生む。
 それを認識するか否か、だ。
「そういうもんさ。誰も彼もが、なにかしらの正しさや権威を信じていなければ、耐えられないんだよ。先生みたいに己を信じられるのは、周りの空気とか雰囲気とかに流されないからだが、集団として生きる為には、それは出来ない」
「集団として生きるだと? 下らん。集団などどこにもいはしないのだ。個体が複数有るだけで、そこにあるのは個々の都合だけだ」
「それを認識できるほど、人間は強くないのさ」「ただの言い訳だ。言い訳をして生きるのか、己を信じて生きるのかの違いだ。そして、ありもしない権威や集団の結束力よりも、必ず最後の最後まで信じることが誰にでも出来る「己自身」を、信じるのは当然だろう」
 信じられるのは己だけ。木の股から生まれ草をかじり見渡す限り敵だらけ。大いに結構ではないか・・・・・・その方が、面白い。
 元より世界はそういうモノだ。
「人間など最初からどこにもいないのだよ。そしてそれで問題ない。何を考えているかわかりもしない不気味な奴等がいるからこそ、面白い。
 面白ければそれでいい。
 他に何かいるのか?
 金と食い物と、後は女だろうか。
 面白ければ、生きていようが死んでいようが、それもまた同じ事だが。あの世とやらで、また作品を書いて読めばいい。
 それが作家という存在だ。
 景色を眺めながら、私は考える。人間に「魂」ってやつがあるとして、我々は、いや、私はどこへ向かうべきか。私は「魂」が抜けた、人格と記憶だけの存在なのではないのかと、考えてしまうのだ。もしそうならば、こうしてあれこれ幸福への道筋を考えることそのものが、無駄になる。
 別に構わないが。
 問題は実利だ。
 この「私」に「魂」とかいう高尚なモノが入っていない、いや抜け殻のような存在だったとしてそれはそれ、どうでもいいことだ。問題なのは、結局の所「この私」が幸福だと思いこめる、それでいてそれを実践できることだからだ。
 だが、もし「魂」なんてモノがあり、あの世とかいう存在があるとして、「魂」が「無い」私には、そこへ向かう事そのものが不可能なのではないだろうか? いや、そもそもが、魂が無いならばこの「私」の生き方は言わば「反応」であって「私」は言ってしまえばこの世界に認められていない生命体だと、そういう事になる。
 概念論で面倒だが、こういう事こそ列車の風景でも眺めながら考えるべき事だ。無論世界が認めなかろうが神が認めなかろうが、私は止まるつもりなど更々ない。例え向かう先に「何も無い」のだとしても、それでも金を数えてその先へ歩を進めるからこその「邪道作家」だと言えるだろう。「あの世の解明も進んでいるらしいな」
「そうなのか?」
 初耳だった。こいつは色々な所で耳ざとい部分がある。人工知能のくせに、私よりも人間らしいというのは、ちぐはぐもいいところだ。
 どうでもいいが。
「ああ。死んだ人間の記憶解明技術も進んでいるからな」
「死んだ人間の記憶を、どうやってみるんだ?」「要は脳なんて電気信号の塊だからな。そこへ人為的な手を加えて波長の合う電波を出し、魂とやらにアクセスする。言ってしまえば人間の魂なんて、ルーターみたいなものさ。人工知能の俺からすれば、どうしてそんな「モノ」に拘るのか、正直よくわからないな」
 どうも最近は、人間の主要な機構を電子機器に例えるのが、はやっているらしい。言われてしまえば、人間の魂はそういうものではあるが。
 なんら特別ではない。
 特別かどうかは、魂の色で決めるべきだ。
 そうじゃないか?
「失礼」
 声がした。ふと、そちらを見ると、どうやらあからさまに権力の臭いがする男が立っている。見ると、慇懃無礼な仕草で男は私にこう名乗った。「アンドロイド保護観察局の者です。そうですね・・・・・・ジョンとでも呼んでいただければ結構」
「その「名無し」が何の用だ?」
 シルクハットを丁寧に胸に抱え、神経質そうにスーツを着こなしつつ、男は続ける。
「貴方もご存知の通り、ここは「完全なる」社会主義国家として非常に上手くやってきた。これからもそうするつもりだ。だとすれば、君の様な流れ者がいることは、この国にとってプラスにならないと、そう考える人種もいるということだ」
「下らん。「完璧な社会主義」だと? この世界に完璧などあり得ない。作家の作り上げる作品以外には、な」
「完璧だとも。何故なら我々には「争い」が無いからだ。人間のように争ったりはしない」
「だが、競ったりもしない」
「その通りだ。「そこ」が我々の最大の長所であり、短所でもある。我々はそれを克服すべく、あるプロジェクトを立ち上げた」
「・・・・・・・・・・・・」
 おおよそ、想像はつく。
 この自然界で争い、それも無駄で無意味な行動を繰り返しているのは、人間だけだ。相争う事で進化を遂げるなら、それは避けられないことだ。「人間性の獲得だ。苦労したよ。何せ君と同じかそれ以上に、我々には知性というものが欠けていたからな」
「お得意の人工頭脳はどうした」
「わかっているはずだぞ。「知能」と「知性」は大きく違うのだと。知能が高い事は多くいたが、しかしそれでは「争わせる」事が出来ない。我々は人間性の獲得の為に、幾つかの試験的な実験を繰り返した」
 景色を眺めつつ後ろに手を回しながら、男は続けた。
「人間の脳を植え付けたり、人間に懐かせてそれを殺したり・・・・・・眉を潜める「フリ」はよせ。君にはそんな感情、否、「人間性」が存在しないことは、すでに調査済みだ。だからこそ、こうして接触したと言ってもいい」
「生憎、実験は嫌いでな。文系の私には向いていない」
「なに、手取り足取り教えるさ。無論、君がベッドに縛り付けられる形でだが」
 ね、と続けざまプラズマガンを撃とうとしたその手を私は切り落とし、無駄なく首を切り飛ばした上、もしかしたら生き返るかもしれないので、頭の部分を真っ二つに切り裂いた。流石に、これなら部品の交換では戻らないだろう、と、そう思ったが、違った。
「これは・・・・・・」
 アンドロイドではない。生の人間だ。だが、この男が「罪のない一般市民」なら、私は恒常的に命を狙われてしまうだろう。
 そして、奥からその「異変」はやってきた。
 殺したはずの男が何人もこちらに足音を立てて歩いてくるのだ。それもアンドロイドではなく、普通の人間が、だ。
 面白い。
「おいおい、知らないのか貴様等。殺人は判事だぜ。ヒトを殺してはいけませんって習わなかったのか?」
「アンタが言うなよ」
 五月蠅い携帯端末を切り、私は人体の解体及びその「始末」を実に楽しそうに行うのだった。

   8

「やれやれ、参ったぞ」
 キリがない。
 どこかから沸いて出ているのではないかと、そう思うくらいに連中は数が多かった。列車に人体のどの部分かわからないような「破片」があちこちに飛び散っている。正直、汚いのであまり触りたくないし、服が汚れるのは御免だった。
 私以外がどうなろうが知ったことではないが、私の服が汚れるのは御免だ。我が儘な気もするが人間なんて、人間でなくとも、そういうものだ。「よくある話で、生死の境から生還した人間が、全くの「別人」として生活する話が、あったが・・・・・・見た目も記憶も全く「同じ」人造人間か。あれを世界中の要所に配置するだけで、人間世界は終わりを告げるな」
 そんな気味の悪い世界に住むつもりはないし、また利用されるのは大嫌いだ。だから連中を皆殺しにしてやりたいが、如何せん数が多すぎる。
 幾らでも「作れる」のだろう。
 人間が人間の紛い物、アンドロイドを作り、そのアンドロイドが「人間」を作る。どいつもこいつも何がしたいのだ・・・・・・いや、答えはわかっているのだ。人間が劣等感から自身よりも優れていて、己に似た性質を持ちつつも、自分達に服従する奴隷を作り「優越感」に浸ろうとしたのと、やっていることは変わらない。アンドロイド達も、劣等感を覚えたらしい。
 実利からは程遠い感情だ。
 全くもって馬鹿馬鹿しい。
 思うに、そういう連中ほど「人間性」に拘る性質がある。「余裕」があるからこそ、「人間性」だの「愛」だの「友情」だのを、神聖視したがるのだ。「余裕」のある生き方が出来ていなければ全てゴミだ。人間の尊そうな部分というのは、いきる上で余裕があるからこそ楽しめる娯楽だ。
 何の価値もない「ゴミ」だ。
 余裕のある人間が、楽しむ為の付属品だ。
 少なくとも、同じ顔をした人間、人造人間の死体を量産している現状では、そういう小綺麗な綺麗事が入り込む余地はなかった。
 それが人の世の事実というものだ。
 そして、それら「生きる」という行為に付随するのは「思い通りにならない世の中だと言えるだろう。しかし私はこう思うのだ。世の中が思い通りにならないのは当たり前だろう。しかし、だからって「思い通りにならない世界」に迎合するのは、「敗北」を己で認めるような行為だ。
 意地でも負けは認めない。
 それでいて「己の在り方を通す」こと。
 それこそが「勝利」ではないだろうか? そう簡単に己が通せれば苦労しない気もするが、しかしそれは確かな「事実」だろう。
 私はそう思う。そして、その通りに行動してきた。それこそが「勝利」だと信じている。己を曲げるつもりなど、さらさらないからな。
 そんな安い狂気は生憎、持ち合わせがない。その程度で諦められるなら、私は「最悪」などと、呼ばれはしなかっただろう。
 それでいい。
 自分で言うのも本当に何だが、私は「生まれてはいけないし、幸福を追い求めてもいけない、生は決して出来る事はない。その癖人間らしさに憧れるという「心」すら存在しない、生まれついての「化け物」だ。こんな奴が生きているというだけで、正直言って「悪そのもの」だろう。まあどうでもいいが。私はそういう存在かもしれないが・・・・・・私個人の利益には、何の関係もない。
 生まれは何でもいいのだ。
 心すら無くても構わない。問題は、そう、それなりの「金」と「自己満足の充実感」つまりそれが「仕事」だと言える。そして、私の「仕事」は「作家業」だ。
 こんな所で人造人間の「駒」と戯れていられるほど暇ではない。本を売るにも金がかかるしな。しかし、不思議なことに彼等ですら「一度生まれた存在」には、それがアンドロイドであれ人造人間ですら「人権」は発生するというのだから、不思議なものだ。となるとこれは「殺人」になるのだろうか? 人型の存在を斬れば、いや、そうでなくても命を奪うのは悪いことらしいが。そうだったところで「邪魔者」は「始末」するだけだ。 人権? 売れるのか、それは?
 非人間に人間の道徳を説くんじゃない。
 「無成果主義」の馬鹿共とは違うのだ。それらしい理由で「個性」だの「誰も彼もが替えの効かない一人の人間」だの、下らない。
 何億「替え」があると思っているのだ。
 替えの効かない人間など、いるものか。
 私なら、何でも替えてやるぞ。無論、金次第の額次第だが。
 効率の悪い核融合呂を大量生産し、国家予算の金額を水増しするように、彼等人造人間達の存在理由は「世論を煽る事」だ。人造人間にも、つまりは「作られた存在にでも人権はある」という、イデオロギーを確固とした形として世論に訴えるために、彼等は作られたと言っていい。
 世の中そんなものだ。
 人間の物真似をしているが故の、得体の知れない不気味さというのは、私に通じる部分があるように感じられる。無論彼等にですら「心」が有るらしいので、私と比べられても彼等も迷惑かもしれないが。
 まあ知らん。
「助けてくれ!」
 突如、そんな悲鳴が聞こえてきて、私は自然とそちらへと足を進める。無論、人助けとかではなく「面白そう」であり「作品のネタ」になる気がしたからだが。
 そこには実に奇妙な光景が有った。
 個室、つまりはこの列車のスイートで、二人の人間が争っている。一方は銃を向け、一方は銃を向けられて怯えていた。
「こいつは人造人間だ!」
「た、助けてくれ。俺は人間だ」
 面白い(かなり不謹慎だが、事実だ)のは、二人の人間が「全く同じ」であることだろう。人造人間と人間を見極める方法は無い。大方、入れ替わりを行う為に人造人間に襲われ、争った結果という所だろう。
 どうしたものか。
 このまま放っておいて無視するのもありだ。大体が両方とも人造人間かもしれないではないか。しかし、何かしら「リアリティ」を求めるならば最低限、私自身が「経験」を体感しなくてはならない。面倒な話である。
 私は容赦なく「悲鳴をあげている方」を、真っ二つに叩ききった。
「た、助かったよ」
 と、銃を向けていた側が、こちらへと歩みよってくる。だが、当然の事ながら「人造人間同士の自作自演」という捉え方も出来るので、私は油断せず「握手は結構だ」と断った。背を向けずに、とりあえず何時襲われても大丈夫なように、身構える。これは、基本だ。
 人間などただでさえ信頼も信用も出来ないのだから、それが人造人間(かもしれない)なら、尚更だろう。
 人を疑うなど当たり前のことだ。
 息を吸って吐くことに、疑問は生じない。
「私は、人間主義促進派閥、広告責任者のウィリアム・ジョンソンだ。・・・・・・君は?」
「ただの作家だ」
 血塗れの部屋でそんな事を言っても説得力はないかもしれないが、私は血を神経質に避けていたので、スーツ姿の一般人にしか見えないだろう。「先生、とでも呼んでくれ」
 てっきり、血塗れの刀を携えた姿に、人道的な見地による避難くらいは有るかと思ったが、意外と弁えている人物らしい。
 道徳を説くのは簡単だ。だが、実行するのは不可能だと言っていい。「人殺しはいけません」と言う奴は多いが、実際問題誰かを殺さなければ、自分が生き残る事は出来ないだろう。道徳の問題というか、「自分達が綺麗な人間でありたい」という「劣等感」から生まれた政策は、何時だって悲惨な結末を辿る。
 世の中「金」だ。
 それが「事実」だ。
 その事実に目を向けず、小綺麗な綺麗事ばかり抜かす馬鹿は多いし、デジタル世界の促進によりますますデジタル世界の上で増長する奴が多い。 ガラクタにも劣るサービスが、デジタル世界ではあっという間に「人気者」だ。正直、思想だの信念だのを綴った所で、意味など無い。私が言うのだから間違いあるまい。モノを売るのに誇り高い思想を必要とする時代は、インターネットの普及で終わったと言える。誰も「真実」など必要としない世界だ。そこには使い捨てられるその場の勢いや流行で売れるガラクタだけがある。
「君は、どうして動揺しなかった?」
「何がだ?」
「さっき、私と同じ姿の人造人間を見ても、君は冷静に判断し、人造人間の可能性が高そうな方を惨殺した。同じ姿の人間がいれば、動揺するものだと思っていたが」
「いつ、どこで、誰が人造人間と入れ替わっているかわからない時代がくる。これは、人類がテクノロジーの恩恵を得たときから「決まっていた」事柄でしかない。私は最初からそれを、見据えていただけだ」
「凄いな、君は」
「・・・・・・・・・・・・」
「僕なんて、正直恐怖で何も考えられなくなったよ。君は本当に人間なのかい?」
「それでいい。私のようになるということは、人間を「辞める」ということだ。貴様が人間でいたいならば、そのままで良いだろう」
「そうかな。僕は君が、人造人間達と同じ、強く傲慢なナショナリストに見えるよ。彼等は国家を持たず、己の存在意義さえ曖昧で有るが故に、自分達の存在意義に酷く拘るからね。僕たち人間と違って、彼等には社会的適合性は、ゼロに近いんだろう」
「それが、「人間主義」か」
 そうだよ、とジョンソンは答える。酷く歪な表情だ。先程から、その辺りに散らばっている人造人間の死骸を見て、迷惑そうな顔をしている。
 子供の不始末を見たような顔だ。
「一度生まれてしまえば人造人間もアンドロイドも「人権」が発生してしまうけれど、実際にはそれはただの法整備であって、認めた訳じゃない」「・・・・・・アンドロイド達を、いや「世論」を納得させるために、法案を通した、と?」
「その通りさ。実際、気味の悪いものだよ。人間と同じ姿で動くようにプログラムされた人形如きが、人間の真似をして、あまつさえ自分達の権利を叫び出すのだからね。彼等、いや「あれら」に関して言えば、人間には及びもつかないお粗末さだよ」
「・・・・・・だが、己の思想どころか、人造人間の言う「己の存在意義」を考えず、「世界に己がどこまで通用するのか」を考える「人間」が少なくなったのも、また事実だろう。実際、クリエイターは人間ではなく、アンドロイドや人造人間ばかりだからな」
「下らないね」
 頭を振って、恐らくは彼自身の抱える劣等感を振り払いつつ、ジョンソンはこう続けた。
「所詮、有機脳で作られた風刺小説なんて、人気で持っているだけさ。連中、外見だけは良いからね。幾らでも作り替えられるアンドロイド共と一緒にしないで欲しい! いいかい? 僕達は選ばれた「人間」という優れた生き物だ。宇宙で唯一知能を持つ存在さ」
「エイリアンもアンドロイドも、人間には及ばない、と?」
「ああそうさ。人間の創造性に比べれば、奴等の作り上げた「モノ」なんてちっぽけなものさ」
 成る程な、と私は納得した。つまりこの男は、「人間」という枠の凄さを称えることで、己自身がちっぽけで何も成し得なくても、それを賞賛していれば「劣等感」から逃れられるらしい。だから「人間主義」を唱っているのだろう。
 デジタルコンテンツを売買するようになってから、人間の作り上げるモノは、急速に中身を失っていった。ガラクタがもてはやされ、流行で有れば事の真贋など気にはせず、意志よりも迎合を選ぶようになった。

 お前達はそれでいいのか?

 まあ、それでよかったからこうなっているのだろうが・・・・・・どうでもいいか。私からすれば人類社会がどうなろうと知ったことではないのだ。
 金と平穏が有ればいい。
 私はそういう人間だ。いや、非人間だ。
「いずれにせよ、ここを脱出するしかないだろうな」
「どうするつもりだ?」
「人造人間は人間に比べて異常なまでに性能が高い。デザイナーズチャイルドも真っ青な位に・・・・・・遺伝子を完全に操作して、望むままの生命体を作っているのだから当然だが、何事もそうだが、性能が高すぎるのは、それはそれで問題だ」
「つまり」
 私は彼が文句を言う前に、音爆弾のピンを抜くことで、爆音を鳴らして耳を塞いだ。
 対応の出来なかった人造人間達と、ついでに広報担当とやらが耳をやられて倒れる姿を眺めつつ私は、次の対策を考えるのだった。

   9

 私は主義主張、というか「思想」を他人負かせにすることが決してないので、人間主義もアンドロイド主義も人造人間の主義も、どうでもいい。 問題は何であれ「己自身の規範」だろう。
 大きな何かに頼るんじゃない。それに頼りながらその権威を借りて、それをもっともらしい顔で押しつけられるのは、たまったものではない。
 形は違えど権威を借りているだけだ。
 それに気づかないのは勝手だが、それを押しつけられるのは迷惑だ。鬱陶しいことこの上ない。 人間という奴は、酷く小さくなった。
 その奥底に眠る「狂気」こそが、この世界で唯一の「娯楽」だと言っても良いのにな。所謂人間性だの道徳だの倫理観だの、下らない。
 少し剥がせばそこに「狂気」はある
 ただの「事実」だ。
「で、何を聞きたいんだい?」
 我々はあれから移動し、それなりに設備の整ったモーテルに宿泊していた。無論仲良くしたい訳ではないので、朝起きてから下の階にあるカフェテリアで、待ち合わせをしていたのだ。社会的な問題というのは大概が人間が起こすものなので、今回の件もどうせ人間側に何か問題があったのだろうと、推察を巡らせていたのである。
「貴様の見解はどうなんだ?」
 差別主義者の気持ちが、他でもないこの私に理解できるはずもない。人間の抱える問題は、非人間の私には無縁なモノだからだ。だからこそ、面白い物語を書く為にも、人間の醜さ、卑怯さ、薄汚さを、私は理解する必要がある。必要以上に詳しくて初めて、読者が吐き気を催すような極悪な物語を、提供できようと言うものだ。
「ふん、面白くもない話さ」
 言って、彼はコーヒーを啜り、語り始めた。
「僕はね、それなりに有能で、所謂エリートコースの出だったのさ。遺伝子工学を学んだ後、学芸交流会で初めてアンドロイドに会ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「けれど落胆したね。連中は生まれついて頭が多少良いだけで、苦労ってやつを知らないのさ。鼻持ちならない超知能で、僕が十年賭けた研究成果を、彼等は笑って指南してくれたよ。君にわかるかい? 偶々計算能力の高い脳味噌を持ってるだけの奴に、したり顔で講釈を受ける気持ちが」
「それは人間でも同じだろう。貴様の事をそう思う輩が、いたはずだが?」
「ああそうさ。けどね! 連中みたいに何の苦労もなく最初から能力が保証されているだなんて、卑怯じゃないのか? それに、連中は人間じゃない。ただの人形だ。人間様が作った人形如きに、何故僕が見下されなければいけないんだ」
「それだけであれば、人間社会でも良くある話だろう。能力差が「才能」から「性能」と、呼び方が変わっただけだ」
 要は自分より優れた存在を許せない劣等感だけなのだろうか? だとしたら小さい奴だ。無論、小さい奴は小さいなりに、他の個性を際だたせるのに使えるので、端役位ならくれてやっても良いのだろうが。
「ふん。君とは気が合いそうにないな。あんな人造人間共を見た後で、不気味に思わないのかい」「同じ事だ。私からすれば、全ての人間はそう見えているのだからな」
 どころか、私にとって共感を得られる対象は、それが人であろうと神であろうと悪魔でさえも、有りはしないのだ。
 誰一人として同族ではない。
 怪物ですら心はある。心臓のない化け物である私からすれば、人間もアンドロイドも人造人間も宇宙人も神も悪魔も何一つ、変わらない。
 等しく等価だ。
 全て、同じだ。
 個性である。ただそれだけのこと。
「君は、どうかしているな。よくそんな突拍子もない考え方で、生きてこられたね」
「生憎、生まれた時からこんな感じだ。それに、生きる上ではこの上なく最適なやり方だ」
 文明人ぶってお上品に振る舞う必要はない。誰も彼もが殺人鬼であり、獣なのだ。人間など本当はどこにもいない。
 少しはそれを、自覚しろ。
 ハリボテの権威など、役に立たないぞ。
 人間は、アンドロイドですら、何者であろうとも、己の利益の為なら戦争を起こせるのだ。神ですら戦争をしている。勝利した神が正しくなる。それが人間社会なら尚更だ。肩書きが違うだけでやることは所詮同じ。
 何者であろうとも、同じことだ。
「私は非人間なのでな。人間らしい悩みではなく人間が恐れるような狂気こそを至上に置いてきたのだ。だからこそ、興味がある」
「興味だって?」
「ああ。アンドロイドは夢を見るのか? それは彼等の革命戦争で証明された。なら、その先は? 私はそれらの先にある「答え」を知りたい」「どうして、そんなモノを知りたがるんだ?」
「面白いからさ」
 事実、狂気の果てにある姿は、見ていて非常に面白い。平凡な人間の在り方が、他の追随を許さない何かを作ることは永久にないが、一線を越えたあげくに、止まる事を知らず、歩き続けたその果てにある「モノ」こそが、ちっぽけな人間一人がこの世界に提示できる「刃」なのだ。
 だからこそ、面白い。
 人生が辞められない。
 私が「人」に分類されるのかは、謎だがな。
 非人間なら非人間で、まあ何かしら満足できればそれでいい。己の在り方の呼び名など些細で、どうでも良いことだ。有ろうが無かろうが同じでしかない。問題なのは、そう、狂気である。
 狂っていなければ正常ではない。
 狂気こそが平常運転だ。
 実際、この男もそうだが、お上品に文明人を気取って、常識人を語る人間の、何とおぞましいことか・・・・・・自分達の正義こそが全てであり、相手側の意向は認めない。それでいて自分達が正しいと盲信していられるし、己で考えて何かしら選択肢を増やそうとも、しない。
 流されるままに生きている。
 それだけで生きていられる。 
 それを生きているとは呼ばないのだろうが、少なくとも当人達がそう思っていて、それを押しつける事が出来るのが問題だ。だからこそ金、金、金だ。資本主義経済の歯車の中で、そういうどうでもいいゴミ共を黙らせるには、最高のカードだからな。
「君は、恐ろしくはないのか? 管理社会だって彼等ならやり遂げることができるんだぞ」
「馬鹿馬鹿しい。全てを管理できる社会など、作れはしない」
「でも、現にそういうシステムは作られているじゃないか!」
「聞くが、全てを管理、支配できる存在など、あると思うのか? いるのかどうか知らないが、神ですら社会を分断して争うのだぞ。ましてそれが人間なら尚更だし、アンドロイドや人工知能にもやはり、それは出来ないのだ」
「何故だ? 人工知能や人造人間なら、そういう理想社会の構築すらも、容易なはずだ」
「不可能だ。まず、彼等は進化の過程なのだ。どんな存在であれ「個性」はある。仮にまったく同じ存在を人造人間や人工知能、アンドロイドで統制できたとして、それでは一つの問題を抱えた場合、個人であるのと同じようにその問題を解決することが「永遠に」出来ない。それは他の個性と知恵を出し合って向かわなければ、解決できない問題は必ず有るからだ」
「なら、違う個性を作ればいいじゃないか」
「そうすれば当然、争いが起こる。どれだけ管理しようが同じ事だ。それに「管理するシステム」自体は大分前からあるが、それを「完璧に運用できた政府」は未だかつていない。これからもないだろうな。皮肉なことに、社会というのは争いや問題が無ければ停滞し滅んでしまう。だが、争いや問題を無くしたとすれば、それは社会そのものを否定するのと同義なのだ」
 アンドロイドの有能さだって穴はある。何事であれ見栄えが良いほど、内情はボロなものだ。
 その辺りの「本質」は人類史始まって以来、何一つ変わらないままだ。
 「それ」と向き合うことを「生きる」と呼ぶのだろう。そう思うと、生きる事から逃げる奴が、多くなったものだ。
 薄っぺらいガラクタが売れ、
 殺人者が賛美され、
 デモを起こせば正当化され、
 金になれば正しくなり、
 巨悪こそが世界の指針だ。
 それが「事実」だろう。もっとも、当人の精神性が世界を写す鏡ならば、私自身がそういう存在であると、そういう事かもしれないが。
「貴様は、何か有能な存在に劣等感を抱いているらしいが、下らない事だ」
「何だと」
「有能か無能か、実に些細な事だ。問題はそれを金に換えられるかだ。人間かアンドロイドか、実に些細な問題だ。個性があるかどうかだと? そんなのはどうでも良いことだ。どちらでも構わないではないか。有能なアンドロイドが人間を脅かすとでも、本当に思っているのか? 有能なだけの奴など、文字通り「どうにでも」なるのだ。小道具となんら、変わらない。使い潰すかどうかを考えるだけの相手でしかない。無論、有能なだけでなく、そこに「狂気」が宿るのなら、それこそが「真に価値のある何か」だと、言えるのだろうが、な」
 そんなモノ見たことないが。
 有能な人間が作るものなど、そこが知れている・・・・・・何も持たずに狂気だけで這い進み、それでいてブレずに最後まで押し通す。
 私はそういう「存在」が見たい。
 正義でも悪でも構わないが、どうせなら悪人の方が良いだろう。善人はつまらない。悪こそが、この世界で最大のエンターテイメントだ。
 悪は栄える為にある、なんてな。
「君の言いたい事はなんとなくしかわからないが・・・・・・現に優秀な人造人間や、アンドロイド達が襲ってきているんだぞ?」
「こちらには「サムライ」の刀がある。それに、私がアンドロイドに発生した「偉人」と呼べる、進化を促す個体を「事故死」させる依頼を受けている以上、妨害があるのは至極当然の話だろう・・・・・・何せ、このまま行けば私が間違いなく、クリス・レッドフィールドを探し出し、始末するのだからな」
「な、何の話だ? 君は一体」
「どうでもいいさ。どうせこの世界では一秒だか二秒だかの間に、一人は死んでいる。それが二人になったところで、別に構うまい」
 アンドロイドを「殺人」する、か。面白い。少なくとも私の基準では「面白ければ」それでいいからな。
「・・・・・・君は腕が立ちそうだし、このまま私の事を守ってくれないか?」
「何故だ?」
「何故って・・・・・・このままでは私が間違いなく、殺されてしまうじゃないか」
「だから?」
「み、見捨てるつもりか? ここまで来て」 
「ここまでも何も、私は単に貴様の話が興味深そうだからここまでつれて来ただけだ。人間であろうが人造人間であろうが、等しく平等に私の身勝手は通す。貴様等凡俗のカス共の事など、私の作品には関係有るまい」
「そ、それでも人間か?」
「悪いな、私は」
 私は愉快すぎて頬を緩める事を止められず、悪魔のように彼に囁きかけるのだった。
「化け物さ」
 頬が避ける程に、私は笑った。

 10
 
 
 一見、綺麗事や善意で固められている人間ほど用心しなければならない相手は、無いだろう。
 善意が有るから正しいとは限らない。正しいかは知らないが、善意は事実からは、何時の世も遠いモノだ。
 どう見えるかは事実とは関係がない。
 それを肝に銘じておくことだ。
 今、ここを生きていない人間の、何と多いことか。自分には関係ない貧者の人権を説いている程暇ならば、その間に少しは己で考えれば良いだろうに。他者に己の「正しさ」を押しつけて、満足して、自身では何もしない。
 醜い。
 実に醜悪だ。
 どれだけ汚らしくなれば気が済むのか。
 いい加減にして欲しいものだ。こちらとしても真面目に生きる事が馬鹿馬鹿しくなってくる。忌々しいのはそういう輩に限って「持っている」事だろう。
 持つか、持たないか。
 幸運か不運か。
 結局それなのだろうか?
 だとすれば、信念も誇りもどころか狂気ですら無駄になる。人生は己を裏切らないなどと言う輩も多いが、実際問題金にならなければ、そんな人生に意味などない。意味の無いゴミを、それらしい綺麗事に包まれているからと言って、押しつけがましく強制して欲しくないものだ。
 そんなゴミはいらない。
 実利があって初めて、ついでに頂くモノだ。
 そういう輩はデジタル世界に溢れている。デジタル社会は個を助長し、それらを肥大化させる事を容易にした。だが、優れた個性が育つ一方で、誰にでも出来る作業を行って、それが己自身の個性や生き方、在り方だと錯覚するのだ。
 有り体に言えば、私のような外れた生き方に憧れる一方で、そんなリスクは犯したくもないという、馬鹿が多いのだ。
 ふざけるな。
 生きる事を舐めている。
 何者にも代え難い存在を作り上げるからこそ、そこに金を求めるのだ。世界のあらゆるモノは金で替えが効くが、それでも己自身の望む何かを、形にしようという考えは、ただの前提だ。それすら出来ない半端者が、さえずるな。
 だから貴様等は進歩しないのだ。
 進歩せず、成長しない。
 それで高い評価やそれに満足できる報酬を得られるなどと・・・・・・何もせずに、ただ空気に流されてデモを起こし、都合が悪くなったら掌を返す、善意や道徳で己を誤魔化している大馬鹿者だ。それで誤魔化せると思いこめるとは、随分と幸せな脳味噌を持っているものだ。
 訴えれば通ると思っている。
 何も行動すらしない。
 精々、プラカードを掲げるだけだ。現実には何一つとして動かさず、正論を掲げていれば誰かが代わりにやるべきだ、と思いこめる。
 暇で楽で羨ましい。
 豚の人生は実に楽そうだ。好んでそんな気味の悪い生き方をしようとは、私は思わないが。不満を言う奴は多いが、それを変えようとするのは極々一部でしかない。この法則は大昔から何も変わってはいない。
 意識の問題なのだ。
 何かを変えようとすることは、何か大きな、それこそ己では届かないほどに強大な存在へ、挑む事と同義だ。それをしないで、つまりは戦わないで何かを得ようなどと、愚かを通り越してただの傲慢だろう。そんな奴に価値は無い
 やはり悪だ。
 その個性だけで世界に挑めるような、そういう悪こそが面白い存在だと言える。見るに値する、と私は思うのだ。小綺麗な善人を進めても見る側は欠伸をするだけだが、個性の強い悪人を魅せられれば、誰だって心が躍るだろう。
 私には心がないが、それでも面白い、という事実は流石に理解できる。
 それが「生きる」という事だ。
 礼儀正しくプロであれ、だが必ず会う相手には殺す計画を立てておけ、だったか。綺麗事だけで生きるなどというのは、現実から目を背けているだけに他ならない。善性を説きたいならばまず、その暗い部分にこそ視点を合わせなければならないのだ。物事の裏側を見ろ。綺麗事の醜悪を把握するのだ。それでいて前を見て進め。
 生きる上での「前提」だ。
 ・・・・・・とはいえ、こんな風に「この世の事実」と向き合うことは、殆ど徒労と言っていい。現実世界には「ビック・ブラザー」が、いとも容易く誕生するからだ。「テレビ」や「メディア」と、それらは呼ばれ、それらしい風潮やノリと勢いで暴れているだけの暴徒達を、あたかも「この世界の正しい意志」みたいに演出できる。
 テレビを見ることで、彼等は「己の意志で考えもせずに」それらの情報を「正しい真実」だと、認識する。してしまえるのだ。
 ちょっと困ったらすぐに捨てる「倫理観」や、それらしい「道徳」を武器に、自身が正しくて素晴らしくて小綺麗であることを信じたがる。そうでないと落ち着かないのだ。何故なら、己で己自身を認める事が、彼等には出来ないのだ。
 誰かに「君は正しいよ」と、言われなければ、息をすることすら出来ない。
 それでいて、「この世の正しい側」にいたがるくせに、何の行動もしない。大声で叫んで暴れていれば、誰かが何とかするべきだと思いこむ。
 実に醜悪だ。
 私など及びもつかない「最大の悪」だろう。
 人間に善性などありはしない。その事実を認めた上で、例え後ろ指を指されようともそれを貫き通すからこそ、輝くのだ。誰かのご機嫌を取ったり協調性を重視したり、仲良くしたり道徳的になったり優しくしたりして、何かを変えられたり、何かを得られたりするほど、この世界は甘くないということだ。
 
 甘えるな。
 
 己自身を持ちもしないくせに、我が儘を通そうなどと・・・・・・笑えない冗談だ。面白くもない。つまらないことをやってる暇があるなら、本の一冊でも書いたらどうなんだ?
 そういう連中こそが「実利」を得られたりする事が多いというのだから、それはそれで、品性を失っても良いならば、ありなのかもしれない。私は豊かな生活を送りたい訳であって豚になりたい訳ではないので、御免被るが。
 自由は欲しいが、家畜の自由はいらない。
 無論経済的な自由だがな・・・・・・大金を持ったら何をするかと言えば、世界中に悪趣味な作品宣伝用のビラを配るのだろうが。
 それはそれで、面白そうだ。
 世界中の人間に、私の狂気を広めるのも、面白いかもしれない。全人類が狂気に満ちると言えば聞こえはいいが、既に人間なんて狂気の方向性が違うだけで、この世界に一人として「真っ当でまともな人間」など、ただの空想上の生き物なのだから、世界は何一つ変わりはしないだろうが。
 お上品な上っ面をはぎ取って、家族同士で殺し合い、友達同士で奪い合い、恋人同士で争い続けるという、今までどの時代でもあったが表層に出なかっただけの「事実」を、無理矢理突きつけて全人類を「自分達はこんなに汚い生き物なんだ。つい最近まで人間はもっと高尚な生き物だと思っていたのに!」と、発狂させるのだ。
 それは面白い想像だった。
 いつか現実にしたいものだ。
 とはいえ、こういった私自身の中の矛盾については、あの例の女には看破されている可能性が非常に高い。いや、この際だ。看破されているだろう事を明言しておくとしよう。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏なる、生活。
 人間という生き物は、不思議な事に全く刺激がない状態。つまり、金だとか名誉だとか、あるいはいっそ、完全な暗闇に閉じこめて、音やその他の刺激を一切与えずにいるとどうなるか? 答えは「刺激を求める」のである。
 何でも良いから刺激を求め、それでいてもし、その刺激に一度ハマれば中々抜け出せない。有名人に麻薬中毒者が多いのはこのためだろう。何もかも満たされている故に、何もかもに対して、それらの人間は「生きている実感」を、感じられないのだ。なので、私の生き方は根本から間違っている、というか、どちらかと言えば、だが・・・・・・不可能だとわかっていながら目指し続ける在り方に近いかもしれない。だが、私自身に「心」が全く存在すらせず、人間かどうかも疑わしい以上、その「法則」に当てはまるのか、微妙ではあるのだが。
 構わない。
 私自身がどう思っているか、あるいはその方法では幸せにはなれないだのと言った、些細でどうでもいい上、小さい事が理由ではない。例えそうなのだとすれば、それを自覚した上で「この世界は金だ」という思想の方が、面白いではないか。 それに、仕事を生き甲斐にすれば、幸福など手にするのは容易い。私の場合、生き甲斐ではあってもあまり好きではないのが玉に傷だが、物語が存在する以上、この「私」が「生きる」という事柄に対して、悩む事は永遠にないだろう。
 金だけだ。
 邪道作家の悩みは、金と面白い物語と、後は精々が執筆の億劫さで形成されるべきだ。後は、そう、面白い「個性」か。
 そういう意味では楽しいものだ。今回の件、人間のアイデンティティだの、人造人間の存在意義だの、アンドロイドの進化の可能性だの、面白いネタには事欠かない。これだけの「作品のネタ」が入るので有れば、人類史の未来の一つや二つ、安いモノだ。
 私は人間の未来など、どうでもいいしな。
 非人間こそ繁栄すべきだ。狂気に満ちた悪人が殺し合いを笑顔で始め、それでいて正義は己の無力さを思い知り、友情は裏切りに終わり、愛情は自己満足に終始して、権利や主張は叫んで破壊し尽くせば通ると思い、それでいて「道徳」だの、「倫理」だのを、語る世界。
 この世界はとっくに狂っている。
 まずはそれを自覚しろ。
 話はそれからだ。
「面白いことが、わかってきたぜ」
 テーブルにおいてあった携帯端末(これも、随分な旧型だ。今では大抵の人間は、遺伝子操作の超人であり、バイオ・チップを脳に埋め込むことで、端末などわざわざ持ち歩かない。合理性をこじらせ過ぎて、正直気持ち悪い)が、突如しゃべり出した。どうやら、私の調べ物担当が、何かを見つけたらしい。
「何だ、ジャック。いたのか」
「そりゃあねえだろう、先生。先生が言うから、必死こいて調べてたんだ」
 人工知能に「疲れ」とかあるのだろうか? まあそれが何であれ、精神的な疲れは発生するのだろうが。
「これを見てくれ」
 流されてきた情報を私は読む。が、そこに書かれていたのは、
「何だ、これは? 論文?」
「ああ。興味深いだろう?」
 そこには、驚くべき事柄が書かれていた。人間社会に対するアンドロイドや人工知能の危険性、そして人造人間を人類社会に適応させる方法論などが、事細かに書かれている。
 問題なのは、書かれていた「時代」だ。
「およそ百五十億年前からすでに、人造人間及びアンドロイドの一斉蜂起及びその独立まで、あらかじめ人間側は予測していたってことさ。人工知能どころか、まだ地球から巣立って独り立ちもしていない時期に、な」
「今の歴史が、作為的に作られたとでも言うのか・・・・・・?」
「当時の論文や金の流れと政治的な施策が、今のアンドロイド対策や人工知能の取り締まり方法に「適正すぎる」しな」
 と、いうことは、大昔の人類は、アンドロイド達が独立することすらも「わかった上で」アンドロイドや人工知能などの「新種族」を、作り上げたと、言うのだろうか?
「一体、何の為に、そんな事を・・・・・・」
「この論文を読んでみてくれ。テーマは「運命論の観測」だ。だが、集団生命の一定の波と言えばいいのか、「生物である以上、必ず集団が直面する問題」を「運命」と捉えることで、種族の繁栄から滅亡までのプロセスを読み解き、解明しようという試みらしい」
「・・・・・・つまり何か? アンドロイド達を使って人間社会を疑似的に再現し、それを観測することで「集団生命の運命論の克服」を目的として、今の歴史そのものが「作成された」と」
「まあそうなるな。まさか生まれる前から結末が決まっているとは流石の俺も驚いたが、エントロピーの拡散方向の支配だの、宇宙全体の効率化、及びその実利の獲得だの、恒久的に決して滅亡せず人類が進化し続ける為の計画だのが、そんな大昔の時代から行われていたのなら、別に驚きはしても不自然じゃないだろうぜ」
 規模が大きくなってもやる事が変わらない事に呆れる。人間という奴は、大昔からやる内容は、変わらないらしい。
 仮にだが、我々の住むこの物質世界が、様々な世界を、あの世とやらのその先の先まで向かうことこそが本筋だとすれば、実に下らないのだろう・・・・・・無論、どんな世界であれやる事の変わらない私からすれば、世界の在り方も魂の向かう先も「邪道作家」である私からすれば、どちらにしても同じ事、だ。 
 世界は変わらない。例え現実に何かしら環境が変わったところで、それに意味など無い。
 それを楽しめるかどうかだ。面白ければそれでいい。
 それこそが天国であり、地獄だ。
 仮に神か悪魔か、あるいはそれ以上の存在があったところで、それが正しい訳ではない。我々に理解出来ない想像を越える存在ですら、結局の所肩書きがでかいだけの人間と、何ら変わらない。 何一つ差異は無い。
 全てが等価だ。
 有ろうが無かろうが、同じだ。
 大きいか小さいか、人間と神の違いなどその程度でしかないのだ。世界は全てが同じモノで出来ている。
 一歩先を行くだけでいい。
 有能か無能かよりも、先を見るかどうかだ。
 しかし、未来情報の改竄か。大昔から変わらず未来というのは不明瞭な存在であり、だからこそ人間は悩むのだが、それを克服しようとするのもまた、人間だろう。もっともその場合、前述したような「成長」つまり、あの世なんて「モノ」が仮にあるとすれば、それは人間を成長させることで何かしら神だのといった存在が「実利」を得ようとしているからであって、あるいは人間の成長に期待している(勝手な期待ほど迷惑なモノも、ないだろうが)からだと仮定すると、未来を知る事は人間にとっては楽ではあるが、その成長や進化を阻害する、のだろう。
 アンドロイド蜂起をあらかじめ予測していた人類は、「未来史の改竄」ならぬ「方向性の操作」を行っている。アンドロイドの革命も人造人間の製造や人工知能の自我の獲得すらも、全て「予測通り」に歴史は進んでいる。
 人類の都合が良いように。
「まさか、そこまで大それた事をするとはな」
「先生が言うなよ」
「だが、だとすると・・・・・・今回の依頼はおかしいのではないか? その通りだとすれば、人間側に都合の悪い動きすらも、計算の内の筈だ」
「イレギュラーは何事にでもあるだろうさ。予測して計算したところで、それをその通りに出来ていればそいつは「神」だのと呼ばれているだろうぜ。言ってしまえば自分達でレールを敷いたはいいものの、そこから列車が外れたんだろうな」
「そんなものか」
 策を弄すれば弄するほど、上手く行かない。だがだからといって策を弄さないのは、ただ遊んでいるだけだろう。
 難儀なものだ。
 私からすればこいつや、あるいはその人造人間だのアンドロイドだのの方こそが、人間だと思えるのだ。人間であろうとすること。それが、人間である証ではないだろうか。
 私にはそれがない。
 それを悪いとは思わないし、卑下したりするつもりは更々ないが「事実」としてそれに対して、考えることはしなくてはならない。私という人間は恐らく、この世界にいるはずのない存在なのだろう。バグで生まれたキャラクターに、存在する場所が用意されている筈もない。
 だが、「それはそれとして」この「私」自身が「幸福」になる方法論を構築せねばなるまい。そしてその方法論とは「金や平穏を享受しつつ、これから先永遠に「邪道作家」として自己満足の充足を得て、「傑作」を書き、「傑作」を読み、そして「傑作」を見る事」だろう。
 「仕事」を「生き甲斐」にすれば「幸福」になれるかもしれない。いや、その在り方そのものが「幸福」なのだろうか。
 だとすれば尚更金、金、金だ。
 この「在り方」は覆すつもりはない。
 その方が「面白い」からな。
 人生なんて悪趣味な「冗談」さ。
 道徳も善意も倫理観も全て、質の悪い冗談でしかない。何もかもが悪趣味なだけの冗談だ。そんなモノはどこにも存在さえしない。認めろよ、狂っちまえば楽になるぜ? 私のように人間を辞めればいい。それで「幸せに」なれる、なんてな・・・・・・これもただの冗談さ。
 笑えよ。 
 面白いぜ、狂うのは。
 私が言うのだ、間違いないだろう。
 倫理だのモラルだの、ちょっと困ればすぐに捨ててしまう。難民を受け入れようとするのはいいが、強姦されて死人が出れば、あっという間に批判の嵐だ。まさに悪い冗談だ。
 人間性、をアンドロイド質は神聖視しているが冗談じゃない。馬鹿馬鹿しいことこの上ない。人間性なんてモノは、余裕のあるときにそれらしく小綺麗に見えるだけの、観賞用の娯楽でしかないのだ。余裕がある時に楽しめる遊びだ。
 私はそれを拍手しながら、面白おかしく物語に変えるだけだ。無論、それが金に換わるかどうかはまた、別の話でしかないが。
 売れるのは「道徳の授業」をする物語が多いからな。現実味のない非現実性のみで構成された、嘘八百の勧善懲悪だ。そんな頭の悪い話ばかり読んでいるから、世の中の「正義」だの「善」だのという「ただの空想」を信じるようになるのだ。 嘆かわしい限りだ。
 正義も悪もあるものか。そんなモノはどこにも存在しない。国家を維持するのに「人道」が、自分達の国だけは守られていると、心の底から信じている。少し頭で考えればそんな事あり得ないだろう事はわかりそうなものだが、しかし彼等は、自分達の「道徳」が清く正しく素晴らしい善良そのものであると「思いこむ」為に、現実であり事実である「この世界の汚さ」を、見ようともしないし見たくもないらしい。
 成長しない訳だ。
 これでは成長などある筈がない。
 この世界に正しさなどない。ただそこに事実が転がっているだけだ。そして事実、人間の死体が多ければ多いほど、それに比例して人々(無論、持つ側の人々が、だが)の豊かさが加速されるという事実。自身もその死体を築き上げてそれなりの豊かさを享受しているのだと、いい加減自覚したらどうなんだ?
 見苦しすぎて見ていられない。
 面白くも何ともないんでな。
 人権だの権利だの道徳だの、反吐が出る。そういった小綺麗な綺麗事を掲げる側は正当化されるが、それに相対する側、所謂「悪」だと断じられるだけで、その側の存在は権利を主張すれば人権侵害だの差別的だのと叫ぶのだ。
 人類皆平等? ならば差別する側も養護しろ。それらしい綺麗事で丸まった存在だけを養護して自分達が「道徳的で素晴らしい」と思いこむために押しつけるんじゃない。人類皆殺人鬼、それがこの人の世の「真実」だ。誰かを殺す事で豊かになれるし、誰かを虐げる事で幸せになれるし、誰かを陥れることで不幸にならない。
 その程度の「現実」を見ることもしない、及び腰の馬鹿が世論を語る世界に未来などない。金を払わないで中身が欲しい。そんな身の程知らずの読者共が蔓延するこの世界では、そういった珍事がまかり通る。
 無料で手に入れた商品に、ケチを着けられる世界・・・・・・末期だ。人間はどこまでも墜ちられるしどこまでも腐れると、そういうことだろうか。
 うんざりだ。
 世界は「本物」など求めていないし、求められたことすらない。どうでもいいことだ。だが、そのせいでこの「私」が、「傑作」を書いたこの私が不必要な労力をかける事は、我慢ならない噺だ・・・・・・金も払わない読者を喜ばせる為に、私は物語を書いている訳ではないのだ。
 金の為だ。
 読者の喜びは、それは無料で商品を楽しめる泥棒の楽しみであって、合法ですらない。読者は金を払わなくても良い、と思っているのだ。忌々しいことにデジタル世界がそれらを加速させ、私の利益を奪っている。
 許し難い行為だ。
 「自由」などという戯れ言は、泥棒の言い分を正当化させる為の言葉だ。それが加速すれば殺人だって正当化される。なあに、人を殺すくらい自由だろう? 何せ、人類皆平等。全ての人間に権利が分配されるなら、殺人も強姦も陵辱も戦争も奴隷も支配もあらゆる「利己主義」は綺麗に並べられる。そして「事実」現実にそれらの行為は行われてきているのだ。
 自分達の国の為に、「皆」の為に、何でも良いが、それらしい「言い訳」があれば、人間はどんな行為ですらも、「正義」に出来るらしい。
 人間でなくて良かったと思う。
 そんな汚らしい生き物と、一緒にされたくないからな。
 非人間の方が、世界に優しいだろう。

 世界の「常識」に挑み続けること。

 それが「作家の役割」いや「宿業」と呼べるモノなのだろう。そう思う。「倫理や道徳」の裏側を暴き、人々に問い続ける。
 まるで教師だ。
 笑えない冗談だが、悪趣味な冗談でないだけ、まだマシだろう。因果な人生だ。とはいえ、私は結構な金を持っているが、それはあくまでもサムライとして稼いだ金であって「作家業」で稼いだ金は殆どゼロだと言っていい。悪趣味な冗談こそが、私の歩いてきた道であり、わたしそのものが「それ」なのかも、しれない。
 やれやれだ。
 ・・・・・・とはいえ、私にはそれが不可能だとも困難だとも感じられないし、思わない。悪趣味そのものであるこの世界を楽しみつつ、己自身で世界の側を燃え上がらせ、それでいて自己満足の充足を手に入れる。
 その為にも、私はもっと「悪」を知りたい。多種多様な悪人の姿や思想は作品のネタになる。だからそれに付随する「倫理」だの「道徳」よりもその行為を行う為の「原動力」こそが、面白い物語への第一歩、なのだろう。
 人造人間は私と同じで「存在そのものが悪」で有るはずだ。一概に私と同じだと言えるのかは不明だが、しかし「人間に利用される為」に作られたアンドロイド達と違って、人造人間は「人間の悪意に利用される為」だけに、この世界に作られ続けている。
 悪意から生まれ出て、その先へ向かう存在。
 非常に為になる筈だ。
「人間って奴は不思議なものでな、先生。特定の人間、いや「発信力」のある存在が発した言葉で有れば、それを大勢が盲信できる」
「それで、人造人間を利用するのか?」
「ああ。社会の予測そのものは容易だ。人間心理が解明されているのは大昔だからな。心理学を応用することで、「多数」の人間は動かせる」
「多数、か」
「不満かい、先生。個性を重んずるからか?」
「いいや、ただ単に、大勢、などという浅い言葉で括れてしまう連中に対して、期待できないだけだ。集団で動く生物は多くいるが、これでは人間ですらも蜂や蟻と変わらないという事実を証明し続けているようなものだ」
「昔からそうさ。それに、全人類が先生みたいに個性が濃くても困るぜ。統率を取る為には集団で動き、それでいて扱い安さが必要だ」
「集団心理のコントロールか」
 テーブルの上にある端末に当たり散らしても仕方がないので、私は記憶を引っ張りながら、最近のニュースについて考えていた。
 無気力な人々は相変わらずだが、それでいて彼等は「電脳世界」ではあり得ない程の積極性と、他者への攻撃性を獲得する。
 安全圏から口だけを動かしたいからだ。
 偉そうな事は言いたい。だが批判されるのは御免だし、何より面と向かっては言えないらしい。私からすれば理解し難いが、きっと彼等は電脳世界に浸ることで得られる「全能性」に酔っぱらっているのだろう。
 私の場合、言ってわからない奴には面倒だから言わないだけだが、しかし己の意志を形にすることが出来ないくせに、認められたいという劣等感だけは一人前で、それでいて自分達の正しさや正当性を分かってもらえて当然であり、しかもそれを認めない奴は火炎瓶を投げても許される。
 楽で羨ましい限りだ。
 流されるだけで「生きていない」のだろう。
 人間ではない「私」が「生きる」事と真面目に向き合っているというのは、何ともまあ皮肉ではあるが、それを言っても仕方有るまい。口に出すことではなく己自身で行動することであって、誰かに指示されて行動する結末に、その当人自身が納得できる答えなど、ないのだから。
「人造人間は非合法だからな。とはいえ、私からすれば同じ「人間もどき」という意味合いでは、アンドロイドと何ら、変わらないがね」
「少なくとも当人達は違う気でいるらしいぜ。人造人間はその名前の通り「人間」を0から作り上げた存在だからな。記憶をちょいといじれば「死んだ人間」ですらも再現できるし、憧れのあの子も奴隷に出来るらしいからな」
「悪趣味な冗談だな」
「人間なんて生き物がいる時点で、この世界の品性なんてそんなもんだろうさ」
「確かに」
 人間がお上品な「善性」をあくまでも盲信し、この世界の「事実」から目を背けるならば、何度でも何度でも悪趣味な冗談を形にして、それを物語という形で伝えることが私の「生き甲斐」だ。ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活を「自己満足の充足」で満たしつつ、人類全体を燃え上がらせるような悪趣味であっと言わせる。
 これ以上の楽しみがあるだろうか?
 私にはそれが最高の娯楽だ。
「いずれにせよ、読者共がどうなろうと私の知った事ではない。「作品のネタ」になれば、今回もそうだが、誰が何人死のうがどうでもいいさ」
「作家の台詞じゃねえな、それ」
「まさか。有りもしない作り話で読者に感動と恐怖を与え、その後の生き方を左右するなど、まさしく最悪の所行だ。無論、私は物語にそんな力があるとは微塵も思っていないし、どうせ何かを学んだところで、数日で読者は忘れるのだから、私のやっている事は大規模な詐欺行為だろう」
「読者の夢も希望も幻か?」
「当たり前だ。物語から希望を貰ってどうする? 前に進む事くらい己自身でやり遂げろ。それができないなら死ねとおうのが、私の信条だ」
「酷い作家がいたもんだ」
「生憎、邪道の作家なのでな」
 読者の為ではない。私の為だ。この「私」が、生きる為にやっているのだ。断じて誰かの為などではない。
 私が「生きる」為だ。
 退くつもりはない。
 それが「私」だ。
「どいつもこいつも成長しない奴等だ。自由という存在があるとすれば、それは「誰か」ではなく「不確かな己」を信じ貫いたその「手前」で、既に身につけておく「心得」だ。断じて貰い物では「それ」を手にすることは出来ない」
「先生の言葉じゃないな」
「馬鹿を言うな。「経済的自由」と「精神」は、また別モノだというだけだ」
 実際、金を手にする人間は多いが、金を使いこなしている人間は驚くほど少ない。金に使われるのでは奴隷と大差有るまい。問題は、金を支配してやることで、己自身の「何か」を満たし、それでいて「納得できる道筋」を歩き続けることだろうと、私は思う。
 金を掴むだけなら猿でも出来る。
 問題は金そのものを「利用」する事なのだ。
 私は金の亡者である自身があるが、金の為に死んでやるつもりは更々ない。あくまでもこの私の役に立つ便利な小道具だ。金を支配することは幾度と無くあれど、金そのものに支配される事は一度として無かったし、される事はないだろう。
 「心」とやらが人間を狂わせるらしいからな。 私には縁のない噺だ。
 酷い冗談だ。「心」があるからこそ人間は自分達が「特別」だと思い上がり、それでいて道徳的で素晴らしく創造的な生き物だと「思い込む」事が出来ているらしいのに、それがあるからこそ、あらゆる不幸を己自身で作り上げているというのだからな。
「人造人間を指揮している奴は何者だ?」
「わからない。調べてみたが、連中に指導者なんていないはずだ。アンドロイドと違って、文字通り「人間の代用品」でしか、ないからな。そもそもが非合法な存在に詳しい情報を求めたところで大した成果が出ないのは、どの時代でも同じ事だろうさ」
「わからんぞ。アンドロイドもそうだったが、それなりに数が集まれば、誰かが立ち上がりそれに追随する馬鹿共も出てくるものだ」
「集団心理の常だな。何かにすがりたくなるのは人間でもアンドロイドでも、人造人間ですら変わらないって事か」
 テーブルに個々最近の事件や事故の記事を並べ検証する。が、なにもそれらしい噺は出てこない・・・・・・大体がメディアの操作する記事など、元より当てにならないか。自身の足と目で確かめる、というのはここ最近数十万年はされていない。
 デジタル世界の発展はあらゆる「自由」を促進してきたが、それが悪だったところで「自由」だという社会は、私のような悪人からすれば、生きやすい限りだ。個人情報の売買も大企業へのクラックも、はては麻薬、銃器、人間そのものまで、金で買える時代に成った。
 成り果てたと言うべきなのだろうか?
 いずれにせよ「自由」とは「混沌」の別称だということだろう。私からすれば望ましい噺だ。金という名前の混沌を飼い慣らし、それでいて充足と充実が望める世界。問題なのはそれらについていけず飲み込まれて死ぬ人間が多いことか。
 知ったことではないがな。
「いいじゃないか、「自由」。先生は何が気に入らないんだい?」
「ただ「事実」を見ているだけだ。貴様自身が理解しているくせに、私に聞くんじゃない」
「有りもしないモノって点では、先生の作っている「物語」と同じだろう?」
「少し、違うな。「自由」という言葉は、何かをする際の「免罪符」としてのみ機能する。そう、何もかもが「自由」だ。人を殺すのも人を犯すのも人を苦しめるのも人から搾取するのも人を虐げるのも、全て、「自由」という免罪符があるからこそ、成り立つ存在だ。「法に則っているのだから「自由」だろう」と。あるいはそれは、誰にも迷惑をかけていないのだから「自由」だ、とかな・・・・・・全て「己自身を誤魔化す為の言い訳」でしかない。私は「自由」など使った試しがない。そこに有れば奪う。無ければ作る。物事を動かすには、当人自身の「覚悟」が問われる。だが、最近は「自由」という「権利らしきモノ」を振りかざしていれば「誰かが何とかするべきだ」と思う、馬鹿が多いからな」
 真面目に生きている側からすれば、たまったものではない。それで物事が通るなら、今までの労力が無駄ではないか。
 それらしい綺麗事で誤魔化すな。
 他でもない「私」にだけは、あらゆる言い訳は通じない。
 自由かどうかは知らないしどうでもいいが、金を求めるのはそこに「思想」みたいな何かに、振り回される事がないからだ。使い方を誤れば、それが誰であれその結末を享受するしかない。金とはそういう側面すらも持っている。
 使われる側の概念なのだ。
 だから、それそのものに振り回される事は、断じてない。それは使う側の問題だからだ。
「何かに任せて生きている人間を見ると、私のような存在からすれば、冷めた目線しか送れはしないのさ」
「己の運命は己で舵を取る、かい?」
「そういう事だ。デジタルテクノロジーはあらゆる利便性を現実のモノとした。だが、そこには当人自身の強い意志が必要ない。誰でも、気まぐれのような気持ちで、それらの恩恵を受けられる。その力を何に使うのかは「自由」だ。ささやかな善行で自己満足を満たすのも、テロやストーカー行為に使うのもな。だが、「人類の向かう先」は断じてテクノロジーそのものに舵を取らせたりするモノじゃない。自分の向かう先を自分で決める・・・・・・その先にある暗闇を見据えつつも、前へ進むこと。それこそが「生きる」という事だった筈ではないか」
 生きる事を誰かに預ける存在。
 そんなモノを生きていると呼べるのか?
 私は呼ぶつもりすらない。
「人造人間共にはその辺、「甘え」があるな。人間に合わせる必要などどこにもない。人間は世界の基準でも何でもないのだ。アンドロイドも人工知能も人造人間も、それぞれ別の方向性の進化を目指さなくてはならない。それが「種を確立」するということだからだ」
「手厳しいねぇ」
「当たり前だ。私は作家だからな。それも王道の作家ではない「邪道作家」だ。ならば私に役割があるならば、それは「全人類の心の闇を直視させること」だろう。汚い部分だと思い上がるな。それこそが「人間の正体」だ」
 高尚な生き物だと思ったか?
 感受性や善性に富んでいるとでも?
 甘えるな。
 聖人ですら悪性はある。完全な「善」などという気味の悪いモノがあったとして、ただ善意や正義を執行する存在など、存在するだけでこの世全ての悪よりも害悪だ。現に、神と呼ばれる存在は各々の「正しさ」を証明する為だけに、一体何度戦争を行っているのだ。
 問題はそこではあるまい。
 それを指針に「何を成すか」だ。お題目に拘ってどうするというのだ馬鹿馬鹿しい。貴様等それでも人間か。鳥じゃあるまいし考えろ。
 生きているのなら、だが。
「先生、まずいぞ」
 見ると、私の携帯端末の画面(これも、大昔の産物なので、画面が汚らしい)に、クリス。レッドフィールド女史誘拐、のニュースが流れていた・・・・・・まずいぞ、一歩先を越された。私の依頼は「事故死に見せかける事」だ。ここで大々的に宣伝されて殺されては、それこそ全面核戦争でも、人類とアンドロイドで起こりかねない。
「どうする、先生」
「決まっている」
 邪魔者は切り捨てるだけだ。この場合、その邪魔者の目的の一つが「私」である可能性で有る事が、今回私に「傑作のネタ」を提供する可能性が高いであろう事を見越しての行動だったが・・・・・・結果的には私は「人類を間接的に救う」という、どうせなら依頼を果たすだけ果たして人類には滅んで貰おうかなという気持ちで望まなければならないという、実に複雑な状況に追いやられたのだった。

   10

 私は数年ぶりに油の塊のようなファースト・フードを平らげ、ジャックに情報収集をさせ、目的地とおぼしきホテルへと向かった。ファーストフードも最新のテクノロジーも、同じだ。たまに食べるのは良いが、毎日食べていると内蔵がもたれ後で後悔しながらぶくぶく太る。
 食べ過ぎが良くないように、使い過ぎも考え物だと言える。事実、今回の調査はジャックに通話記録や銀行口座の入出金記録を洗わせただけで、人造人間共の隠れ家、クリス・レッドフィールドが拘束されているらしい場所を突き止めた。
 何かしらの「力」に頼る時は気をつけなければならない。なぜなら、その「力」を扱えるのは己だけではなく、また、扱い方を誤れば、それがそのまま己に返ってくるからだ。
 私が言うと説得力がないかもしれないが。
 私にはあらゆる「力」がない。マイナスどころか「0」そのものだ。才能だとか特筆すべき資質だとか、サムライの能力にしたって貰い物であり何より暴力など使い道のない才能だ。邪魔者を始末するのには便利だが、正直その気になれば誰であろうが、策を弄するだけで人は殺せる。
 それを恥じたり、卑下するなどという「暇な」行動を起こしたことは一度もない。遙か奈落の底にいるというなら、下からこき下ろし見下せば良いだけだ。人を見下すのに高い場所など必要ない・・・・・・精神が優位に立つのに必要なのは、意識だけだ。
 能力の有る無しやそれに関わる劣等感で悩めるくらいに、人生に余裕のある連中の考えなど、わかりたくもないが、どうも今回の件はそういう部分が引き起こしているように見える。私から言わせれば能力など、天才など、アンドロイド達のような生まれもっての資質など、私の気まぐれで使い捨てるだけの、消耗品でしかないのだが。
 羨ましい限りだ。そんなどうでもいい些事に悩めるというのは、有る意味幸せかもしれない。無論私はそんな幸せいらないが。
「奇妙だぜ、先生。どれだけ調べても「クリス・レッドフィールド」なんてアンドロイドは、製造された記録がない」
「何だって?」
 我々は誘拐された人質のいるホテルへ向かって三十二番ストリートを変装した上で移動していた・・・・・・アンドロイドは必ず「製造番号」が、銀河連邦のデータベースに保存される。仮に違法な製造元だとしても、有機脳に必要なバイオ・チップの製造番号だけは誤魔化せない筈だ。
「じゃあ何か? 我々は存在しない幽霊でも追っているのか?」
「そうなるな。何せ、そんなアンドロイドはいないようだし」
 人工知能の調査能力は人間もアンドロイドも、知覚さえ出来ない領域(らしい)だそうだし、こいつに見つけ出せない情報なら無駄だろう。
「何の為に?」
「それはどっちの事だ?」
「両方だ。有りもしない「シンボル」を潰す為に今回の依頼を出したのか? それにだ。人造人間共は何故、そのアンドロイドを狙う」
「さあな。その辺は俺達には関係なさそうだが」「あるさ。作品のネタにはなる」
 角を曲がり、監視の目を避けながら私は歩を進める。こういうのはどれだけテクノロジーが進もうが、要所要所を守るものだ。
 人間が通らないだろう部分には、最新科学そのものを設置しないからな。どれだけテクノロジーが進もうが、設置されてなければ使えない。
 金もテクノロジーも使い手次第だ。
 重力波を測定して制御することで人工重力を更に幅広く扱えるように成ったらしいが、横向きにビルを並べて建てることに、何の意味があるのか・・・・・・実にシュールな光景だ。
 ここには既存の物理法則を破る為に存在するテクノロジーが群れを成している。だが、そのテクノロジーを使って「自然と共存」しようとする試みが流行っているというのだから、皮肉な野花南なのか・・・・・・奇妙な巡り合わせだ。

 信じた信念は明日には変わる。

 別に金こそが唯一不変の法則だと言う気はない(便利だから使っているだけで、こだわるつもりはあまりない。主張は変えないが)ただ、信念だとか誇りだとか、人間が尊く清く素晴らしいと信じるルールが、金やテクノロジー、世論や風潮で変わるのは「事実」だという噺だ。
 ならばどうするのか? 簡単だ。己自身が不変と定める「何か」があれば、世界がどれほど変わり果てようが、その「己自身」はまったくと言って良いくらいに、揺るがない。
 揺らぐ筈がない。
 それこそが「己で生き方を定める」ということであり、自分で「道」を選ぶという事だ。
 最近の奴等には、それが欠けている。
 嘆かわしい限りだ。
 人間の「精神」が、肉体と同じように「成長」するのだとすれば、人間の成長はテクノロジーの凄まじい「進化」に置いて行かれている。外観だけ立派に飾ったところでハリボテの城でしかないのだ。問題なのは本質の筈だが、現実には本質よりもそれらしいハリボテの方が、金になる。
 昔から言われている事だが、人間は精神の進歩が足りない、いや、精神の成長をあまり重要ではないと捉える節がある。それは社会を形成する上で「理想や信念」が何の力も持たないからだ。
 かといって「力」だけというのも考え物だ。例えそれでどれだけ物事を押し通したところで、都合良く誰かに利用されるのは目に見えている。
 だから私は「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」を豊かに過ごす事を望むのだ。その私が人間の劣等感やアンドロイドの信念や、あるいは人造人間の策略に巻き込まれるというのだから、よくわからない噺だ。
 どいつもこいつも何をやっているんだ。
 そんなに暇なら物語の一つでも作っていろ。
 物語にすることも出来ない奴の人生というのは実に薄っぺらい。濃すぎれば私のように人間性が歪むだけだが、味の無い人生よりマシだろう。
 濃い味なら調整できるが、味が無ければ使いようがないしな。生きるということは、どう己自身の味に折り合いをつけるかということでもある。
 近頃は誰も「生きる」という事を真面目に語らなくなっている。

 流行の服や音楽、あるいはそれらしい規則や既存の風潮に従って、己自身で考える事を放棄して「社会的に立派だから問題ない」と、自分で自分の事を考えない。己の人生を他人任せにして、そのくせ予期せぬ事態が起きると責任を求めて吠えるのだ。
 それでいいのか?
 私は良くない。だから変えてきた。もっとも、目に見える程の成果は中々あがっていないが、それもじき変えてやるさ。
 私は「邪道作家」なのだからな。
「着いたぞ、先生」
 そこには、巨大な高級ホテルが存在感と警備の高さをその存在だけで誇示していた。
 ・・・・・・前にもこんな経験があった気がする。いきなり襲われなければいいのだが。
 私は、接近してくる警備ドローンに「ホテルに泊まりたいんだが」と告げる。すると中に案内され、私は大きな入り口をくぐり抜け、中へと入ることにした。
 そこには、奇妙な光景があった。
 まずホテルマンが「一人も」いない。そこにあるのはドローンだけだ。どうやら人造人間の娼婦のサービスもしているらしく、彼ら彼女らは奥の喫煙室で電子葉巻を吸っていた。上手そうな御馳走が山のように並べられていて、お持ち帰りでそれらの土産品を買えるらしい。
 人間の退廃の象徴といった感じだ。
 たまに来るならともかく、どれだけ金を持とうがそこに毎日通おうという気分にはなれなかった・・・・・・こんな所に住む奴の気が知れない。温泉旅館でゆっくりしながらマンガでも読んでいる方が楽しそうではあるのだが、人間というのは不思議なモノで、金を持ちすぎたはいいものの、その使い道が分からないから「とりあえず散財」するという馬鹿者が非常に多いのだ。
 それも、金を使いまくったあげく「生きている実感が沸かない」から「死にたくなる」らしい。なら「生き甲斐」や「信念」でも持てば良さそうなものだが。それが料理であれ作家業であれ、何かしらやるべき道を「選んで」いれば、生きている実感が持てないから死にたいなどと、そんな暇な台詞は出ないだろう。
 選んで進む。当たり前の事だが、その当たり前の事が出来ない人間は非常に多い。これはアンドロイドでも人造人間ですら、あるいは妖怪や人工知能でさえも、同じ事だろう。己で己の道を選んで進めば、肩書きは関係がないのだ。
 それは言い訳でしかない。
 道を選ぶのに立場はいらない。
 誰であれ、それこそ生きている限り平等に、その権利を執行することができるだろう。
 その点、このホテルにいるのはそういう考え方とは無縁の連中ばかりだったので、正直言って気が滅入る噺だ。私とて、どうせなら作品のネタになりつつも、それなりに楽しめる場所が良いのだが・・・・・・言っても仕方がない。
「失礼」
 私は契約手続きを済ませ、クリス・レッドフィールドがいるらしい部屋へと向かった。
 
 
 

   11

 最初は漫画家だった。
 手がふるえて絵が描けないという、理由と呼べるのかすら曖昧な理由で、私は作家を志した。それがここまできたと言うのだから、数奇なモノだ・・・・・・事実は小説よりも奇なり、か。
 あまり笑えない噺ではあるが。
 仮にそのとき、まああり得ない仮定ではあるのだが、相撲取りを目指せば横綱に成っていただろうし、フェンシングならオリンピックで優勝していただろう。これは不遜でも何でもなく、それらの「道」を歩んだところで、やることは変わらないからだ。作家を志していたから物語を読み、書くことに全てを費やした。それだけだ。
 他でもない「そこ」を謙遜するつもりない。それは謙遜ではなく己を信じられていないだけだ。まあ元より私は謙遜ではなく、根拠のない虚勢で実利を得る存在なのだ・・・・・・「努力をしたから」という理由で何かに成れない理由にしようとする輩は大勢いる。下らない。成れる成れないではないのだ。「やる」だけだ。出来ることをやり、出来ない事は科学と虚勢と知恵と策と優秀な人材を顎で使ったりして補強し、可能なようにして、それでも出来るまでやる。
 可能になるまで挑み続ける。 
 それだけでいい。
 私はそうしてきた。
 これまでも、これからも、死ぬ寸前も死んだ後ですら、そうするだろう。
 それが「生き方を選ぶ」ということだ。
 ともすれば人間は誰でも、いや人間ですらなくとも「狂気」があるからこそ「本来たどり着ける筈のない場所」へとたどり着き、それが何かを買えてきたのかのかもしれない。なんて、私は夢物語も言葉の力も信じるつもりはなく、意地でも否定する立場にいるのだが。
 それが「邪道作家」という存在だ。
 敢えて断言し明言しておくとしよう。それもまた、面白い。
 ・・・・・・・・・・・・とはいえ、職業病なのかどうかは知らないが、発作的にアイデアが浮かんだり、書くべき事柄に対して脅迫概念じみた焦燥感がでるのも、正直考え物だ。
 生きている充足感は確かにあるが、生きた心地はまるでしない。
 笑えもしない悪い冗談だ、まったくな。
 無論私は「信念」だの「心の強さ」だの、そういう「狂気」が何かを変えるなどと信じないし、信じるつもりは更々無いが、それを物語の中で描くのもまた、作家という存在の仕事だ。なので、私は「心の力」を否定しつつも、「心の有り様」を書くという我ながらかなり器用な事をしている・・・・・・この矛盾こそ、「人間」を書くのに必要なセンスなのかもしれない。
 面白い。
 次回作の参考にするとしよう。こんな風に何かしら作品の事を考えてしまうのは正直病的だと思わざるを得ないが、言っても仕方がない。この言い回しはあまり好きではないが、実際どうにもならないか、いや、それすらも「克服」してみせるのも、面白い、か。
 いずれにせよ「努力が才能を凌駕する」みたいな物語は「売れる」からな。感動ほど金に換わる存在もあるまい。そして、それらは理論と理屈で想像できるモノだから、手間はかからない。書いているだけで吐き気がするのが玉に傷だが、一応心がけておくとしよう。そういう「魅せ方」も、あるということを。
 現実には、いや「確固たる事実」として、涙を流したり、苦悩を抱えていたり、それを糧にして進むことが大切、「ではない」、のだ。
 もっと笑え。
 狂気に身を焦がしながら、世界を炎上させる事を生き甲斐として、破滅すら飼い慣らして「先」を見据えて進む事こそ、意義がある。
 その方が、面白い。
 面白ければ、それでいい。
 無論、金は頂くがね。
 私はホテルの内部構造を事前に見ているので、迷いは無かった。どうやら、というかやはり存在さえしない筈の「クリス・レッドフィールド」とかいうアンドロイドが誘拐されたという噺は、出回っていないらしい。私を呼び出すための撒き餌としての情報という可能性もあるが。しかし、だとしても尚更疑問が残る。
 目的は何だろう? アンドロイドの進化に関与する人物に対して、人造人間共が接触する動機など想像もつかない。とはいえ作家がそれでも問題だろうし、考えてみよう。
 人造人間は「人間を再現する」というコンセプトで作られた、殆ど法の外にある存在だ。愛玩用から暗殺用、安価な兵士としても重宝される。
 対して、アンドロイドは「人間以上の存在」を作ろうとして作り上げられている。「完全なる人間の模倣品」を作る為にある人造人間とは、趣が異なるのだ。そもそも、アンドロイドには人権があるが、違法な存在に法の概念は無く、電脳世界すら可能にするこの現代においては、それら法の外側から動ける組織という概念は、政府に関わらなければ存在し得ない。
 サムライの標本でも欲しがっている奴がいるのか? いや、これは早計だろう。それなら私のような物騒な人物よりも、もっとさらい易い相手がいるはずだ。私が表向きには社会と折り合いをつけている素晴らしい「社会人」を、演じているからかもしれないが。
 昔は「階段」というモノを上り降りしたらしいが、今は違う。テレポート技術があるのだから、移動など必要ない。だから最近は歩きもせずに、ひ弱な子鹿のような人類が日々増えている、かと言えばそうでもない。合法な「筋力増強剤」で、不格好な人工筋肉を付けられるからだ。不自然この上ないその光景は、最早人類のテクノロジーに「不可能」は金で変える事が出来る概念だと、思い知らしめたように、私には感じられた。
「この部屋だぜ」
 人が人へ「思い」を伝える事が「素晴らしい」事だとすれば、この現代社会で既にそれは消え去っている。ましてその象徴たる人造人間と、読者に「狂気」を埋め込む事を「生き甲斐」としている「私」が出会って斬り合いにならない筈がない・・・・・・そう思っていたのだが、アテが外れた。
「どういう事だ?」
 そこには一人の少女が座っていた。
 まごうこと無き「人間」の少女が。

   11

 牢獄のような白い部屋だった。
 不必要なモノはなにもない。どころか、文明の利器すらも無く、文字通り「何一つ」存在さえしない部屋だ。
 私が言うのも何だが、人権とか配慮しないのだろうか? 無論私は配慮した事など無いが。
 人が人を一流に育て上げ、それを見届ける事で初めて「超一流」に成れたと言えるのだとすれば、作品を通して何かを伝える私は「教師」と案外、近いところにある。無論、私は悪人の教師であり生徒を唆して道を踏み外させる事を楽しみにしている不良教師だが。
 そう考えると、笑える。
 しかし、たかが「人に信念を伝え、それを永続させる事」も出来なければ「一流」だとは言い難いだろうし、その程度で終わるつもりもない。
 それは神秘的な光景だった。無理矢理に「美しい」という概念を伝えられているかのようだ。その奇妙な人間の少女は白いワンピースしかつけておらず、さながら実験用の動物のようだ。明日には死体になっていそうに感じる。
 物語の流れ的には、こういう奴はすぐ死ぬしな・・・・・・とはいえ、現状流れが読めないのは事実だから、気を引き締めて行くとしよう。
 油断はしない。慢心すらも。そもそも作家という職業に上下などないし、あったところで常時、全てが仕事だ。作品のネタに出来ない事柄すらも作品のネタに変える。それでようやく傑作も書けようというものだ。
 刀を出す手を汗と共に握りしめる。
 念には念をだ。小娘とて、容赦はしない。
 私は「言葉の力」という存在を全否定する。だからこの光景が伝わるともあまり思わないし、それが事実でもやはり否定する。そんなちゃちな存在を盲信して、己を誤魔化すのは御免だ。全ては「結果」次第・・・・・・私の作品から影響を受ける奴がいたとして、それは間違いだ。言葉だけでそもそも全てを伝える事などできるのか?
 存在力、とでも言えばいいのか、その少女は実に奇妙な感覚を私に感じさせる。そう、まるで、人間なのに人間ではないかのような。
 無論気のせいだ。この少女と私ではまるで違う・・・・・・所詮少しばかり、人間ばなれした空気を出しているだけだ。
 そういう意味では同胞という感じはしない。
 違う種族、という表現が当てはまるかもしれない。私からすれば半端に「人間の側」に足を突っ込んでいるかのような輩だ。
 頭が回るだけの輩は幾つか作品のネタにした事があるが、何というか「種類」が違う気がする。人間である事を間違えたかのような感じだ。
 無論私には関係がない。
 精々、まっとうに作品のネタになるのだろうなと、値踏みするだけだ。相手の背景も、その人間離れした雰囲気すら、どうでもいい。そんな些細でどうでもいい事よりも、私には「作品を売って楽して儲け、平穏なる生活を送る」という、個人的には重要な使命がある。まあ作家なんて己自身の事しか考えておらず、身勝手でむちゃくちゃでなければ成り立つまい。
 有り体に言えば「楽する事」ばかり考えているだけだが、それも真面目に向き合って、それでいてかつ「答えを己で出そうとすること」をしていれば、何にでも言えることだが進んだ先に黄金があるかは保証がないが、保証がなくても進む事で人間はそれなりに評価できる芸術や思想を育んできている。それはそれで「確固たる事実」だ。
 真面目であれ、適当でもあれと言った所か。
「ねえ、何してるの?」
 緑色の薄気味悪い髪をしたガキ、少女は、気安く私に話しかけるのだった。
「見ての通り、貴様を助けに来てやったんだ。有り難がって土下座でもしたらどうだ?」
「まさかでしょ。君がそういう「人間」な訳、ないしね。君も僕も人間じゃないんだからさ」
 人間じゃない。
 その言葉はあっさり口にされた。私のような存在が言うのならばともかく、人間って奴はいちいち枠組みから外れている事を罪悪感で一杯にしたり、あるいはそれを許容できず、人間でない事を恥じたりする奴が、多いのだが。
 自覚的な「非人間」か。面白い。まあ、私はこいつを「事故死」させなければならないのだが。忘れそうで怖い。何せ私だからな。
 他者の生死ほど、どうでもいい事柄もない。
 いっそ金だけ貰って偽装しようかな・・・・・・私はあくまでも「語り手」であって、お上品な「主人公」ではない。物語の流れに従って、奴隷の如く使い潰される程、甘くはない。
 精々、読者共が納得「行かない」様な、結末に持って行くことにしよう。
 それでこそ「邪道作家」という在り方が栄えようというものだ。栄えたところで誰に魅せる訳でも無いが、私の自己満足は満足できるからな。
 それが「私」だ。
 そうでなくては「面白く」ない。
 しかし奇妙な奴等だ。こうも「人間ではない」連中が集まっているというのに、「夢」などという現実味のない「モノ」に、アンドロイドも腎臓人間も、はては小娘まで動いているのだから。少なくとも合理的な理由でここにいるとは思えないし、アンドロイドが「物語」などという存在に惹かれ、人造人間が夢を求めて今回の騒動を起こしたところから見る限り、夢や希望と離れている連中で有ればあるほど、そういう「光景」に、憧れるらしい。
 人間のようになりたいだとか、心が欲しいだとか、人間に混ざりたいだとか。
 他にやる事はないのか?
 少なくとも、目の前の自称「人間でない」少女は、人間に混ざりたくて仕方がない、という心をしている。断言できる。私は超能力などと言う、眉唾な能力がある訳ではないが、作家なんてやっていれば、他者の心やその有り様、はては目指す夢まで「大体」分かる。
 実に見通しのいい小娘だ。
 わかりやすい。
 男が男に惚れる、なんて昔話では良く聞いたが・・・・・・最近は非人間共が夢に彫れるのが流行なのだろうか? 時代に置いて行かれないよう、精々気をつけたいものだ。いや、時代などどう変わろうが、私の「傑作」は人の心に食い込むように、設計されているのだが。
 そういう意味では、どの時代も等しく同じ、変わらない人間の業を、あるいは非人間の業を眺めるのは、楽しいものだ。
 これだから人生はやめられない。
 人生が面白くて面白くて仕方がない。
 だから作家業はやめられないのだ。こんな面白い生業を、捨てられる筈もなかったか。
 我ながら本当に、因果な商売だ。
「化け物同士、仲良くしようよ」
「化け物? 貴様「程度」がか?」
 私から言わせれば、この少女もあの女と同じ、ただの「怪物」どまりだ。能力地は高いが、ただのそれだけだ。
 及ばない。
 もっと、もっとだ。
 業の果てを魅せて見ろ。
「つれないなあ」
 まったくつれなさそうに言って、唯一部屋にあった椅子に座る。私だけ立つ形になったので、今すぐ蹴り飛ばして座れないかなあなどと、至極どうでもいい事に気を向けつつも、私はこんな時まで「作品のネタになるかどうか」を考えていた。 ・・・・・・直らないものかな。
 生きた心地がしない。
 それもまた「超一流の条件」かもしれないが。一流には誰でも成れる。問題はその先だ。人が人を一流に育てる事は可能だが、超一流になるのには「己で出した答え」が必要だ。それがなければ先に進むことは叶わない。
 それでは足りないからな。
「君も数奇な人生送ってるよねえ。僕には理解できないよ、実際・・・・・・「苦労しながら生きる」なんてさ」
「苦労などした事がないな。生憎私は要領だけは良い方でな・・・・・・」
 労力は、いや、手間と暇と労力と、後は人件費と予算の兼ね合いと、時間だけはかかったが。
 まあ言うまい。
「何か楽しかったりするの? って感じ。大人しく化け物をやってればいいのに」
「それは貴様の方だろう。私は何一つ不足な無いさ・・・・・・なあ、お前、そんなに「人間に混ざりたい」のか?」
「何の事かな」
「とぼけるな。「自分の事を道理から外れた化け物だと思っているけれど、僕だって人間の輪に混ざりたい」って感じの顔をしているぜ」
「・・・・・・仮に、仮にだよ。僕がそう思っていたとして、君にどうしてそれが分かるの?」
「当然だろう。私は作家だからな。他者の心を読むことなど、息を吸って吐くような行為だ」
 まあすぐ近くに同じような主義思想を持つ女がいるからかもしれないが。いや、そうでなくても心を読むなど容易いか。
 当て推量だしな。
 別に間違っていたところで、罰金もない。
 非人間を自称する怪物もどきですら「環境」という存在に振り回されるというのだから、よくわからない話だ。私は良くも悪くも(まあ悪いだろうが)周りの意見も周りの迷惑も、どころか己の利益以外に対する影響に関して何一つ思うことがないので、視界にそもそも入らないが。
 金になればそれでいい。
 しかし・・・・・・私はそんな労力のかかっていそうな存在に見えるのだろうか。正直、あまり覚えていないというのが、正直な真相だが。
 チョコレートをかじりながらコーヒーを飲み干して書いていた、らしい記憶位しか、後は、出来があまりにもよい「傑作」の時、まあ全てそうなのだが、作品を書き終わったその瞬間だけは、流石の私も覚えてはいる。
 物語の中に、荘厳な光景を見るのだ。
 その感覚だけが、この魂に記憶されている。
 不思議なものだ。
「私に目を付けられたことを呪うんだな。貴様には「事故死」してもらわなければならない」
「けどさあ、君には大きな「弱点」があるよね」 弱点? むしろ「弱点」など必要としないくらい、私はあらゆる勝負事で挑戦権すらなく敗北してきたのだが・・・・・・何だろう。
「お金なら腐るほどあるからさ、二千万ドルで諦めてくれないかな」
 額次第ではあるが、当然私は金で動く。勿論、相手の望み通りに動くことは少ないが、ある程度制限がつけられる。
 大体が人殺しなどという割に合わないビジネスを、「仕事」として行っている訳ではないのだ。私はあくまでも「作家」なのだから。

 私は・・・・・・

   12

 ここまでは「予定通り」だ。
 あの小娘の存在はともかくとして、クリス・レッドフィールドを標榜する人物が、金を持っているであろう事実は予測できた。金の流れを追ってきたのだから、ある意味当然ではあるが。それに私の受けた依頼内容は「アンドロイドの象徴として祭り上げられているクリス・レッドフィールドなる人物を事故死させ、その勢いを削ぐこと」にあるのだ。まさか人間、いや非人間であるとは思わなかったがそれも予想の範疇を出ない。
 あらゆる最悪の結末は私にとってよくあることでしかなく、驚くには値しない。
 全てが全て、予想の範疇だ。
 予想しているだけで対応できるとは限らないが・・・・・・どれだけ最悪の事柄に対して備えられたところで、私個人は大人物ではないからな。
 まあ、どうでもいい話だ。
 しかし・・・・・・金を受け取りつつ事故死に見せかけ、それでいて依頼人も満足するように、アンドロイド勢力の沈静化を計るという、非常に厄介な条件もついて回る。正直、ただ殺して「始末」するよりも、何度は高いだろう。
 「不運な事故」を起こすのに必要な準備は幾つかしてきてはいるが、予想通りにはまるとは限らないし、民衆が暴動を起こさない程度に、かつ、効果的にアンドロイド勢力の勢いを削ぎ、しかもあの小娘の命を保護する形で行う。
 不可能を可能にするどころではない。
 不可逆を理屈にするレベルの難題だ。私はいつもやっているので、あまり気にならないが。人間が人並みにできる事柄は、大体が私にとっては、その不可逆だったからな。可能性どころか前提が成り立たず、不要な労力をよくかけた。
 嬉しくもないが。
 苦労をしたことに対して「俺はよくやった」などと思う内は二流だろう。実際に何かをやり遂げた人間からすれば、あるいは非人間からすれば、「疲れた」という感想しか出そうにない。少なくとも私は今まで「頑張ったかどうか」など覚えてすらいないし、どうでもいい。金になっていれば良いではないか。そんな些細でどうでもいい事柄に目を向けていては、金儲けはできないだろう。「君は僕とは真反対だね」
 あの少女はそんなことを言った。
「僕は脳、というか肉体が「人間ではない」けれど、君は「精神」が人間じゃない」
「ふん、私から言わせれば、貴様はただの人間だ・・・・・・怪物気取りの小娘だな」
「そうなのかな」
「そうだ。能力の有無や、その善し悪しは当人の「精神性」には関係がないからな。どんな能力を持とうが同じことだ。何一つとして変わりはしない。私の知り合いにも似たような女がいたが、それとて同じだ。能力値が高いだけであって、あるいはそれは肉体の構造が違うだけであって、心に悩み心に思い、心を求める。それが貴様等が私とは違って「人間」である証左だと言える」
「君とは違って?」
「私は、自分で言うのも何だが、貴様等と違って大層な能力こそ持たない、どころか人並み以下である事は自覚しているが、どれだけ無力を装ったって「人間ではない」のだ。別にそれを卑下する訳でもなく、どころか正直なところ、こんなに人生楽で良いのかとたまに思わなくもないが、そうではなく、「人の有り様に憧れる」事が、私には決して「感じ入る事すらできない」からな」
「そうなの?」
「ああ。人間の真似をしながらいままで生きてきてはいるが、やはりそういう感情を理解はできるし素晴らしい「らしい」事はわかるのだが、それを私自身が欲するかと言えば、NOだな。貴様等怪物は能力こそ高いが「人間に憧れる」事ができる。私にはそれが「無い」のだ。能力や環境に、全く関係なく「人間を否定できる存在」まさに、「人類悪」と呼ぶに相応しいと思わないか?」
 それほど大層な存在かどうかは正直責任を持たないし、違っても金は払わないが、しかし名称としては中々大仰で素晴らしい。
 人類悪。
 なんて良い響きだ。
 他でもないこの「私」に相応しい。
「少なくとも貴様等「小物」がそれに名乗りを上げている事に対しては、メジャーリーがーが小学生の天才投手が言う泣き言に、付き合わされている感覚だ。正直、「持つ側の我が儘」にすら、見方を変えれば見えるだろうしな」
「そんなつもりはないんだけどねー。僕はただ単に「自分がそういうモノである」事を、自覚しておかないと」
「いざ愛したときに混ざれない、か?」
「・・・・・・」
「人間に焦がれ、人間に憧れ、それでいて自身は人間ではないと葛藤する怪物の姿か。興味深いな・・・・・・どうだ小物? 作者取材を受けないか?」「やめとくよ。それに、何だか癪だしね」
「ふん」
「ふふふ」
 不気味なガキだった。私が言うのは本当に何だが、しかし意味の分からない奴ではある。
「面白い話をしてくれたお礼ついでにさ、君に一つ良い事を教えてあげるよ」
「聞きたくない」
 良い話をする、と言って「良い話」を持ってこられた試しがない。
「まあ聞いてよ」
 答えてもいないのに話し出すのだった。じゃあ何故聞くのだと苛立ったが、女とは大体そういうものだ。話したがりと言うべきか。
「僕を事故死させるならさ、「死体が残らないように」してほしいな」
「? どうしてだ」
「死体が出なければ、アンドロイド側の再起も、見込めるしね。それに、君の依頼内容って、僕を事故死させる事なんでしょ?」
 自分自身をどう事故死させるかを淡々と語る少女の姿は、確かに人間離れしていた、実に良い作品の「肥やし」になりそうではある。
「面倒くさいな」
「お金払ったじゃん。お願いね。じゃ」
 そう言って彼女はそこで眠りだしたので、私はドアを閉め、そのまま部屋を後にした。外に出て動き出す日程は聞いておいたので、差し支えはないだろう。
 さて、どうするか。
 効率的に、そして効果的に小娘を「事故死」させる方法を真剣に考えるなど、世界広しと言えど私くらいのものだろう。
 それもまた、「私らしい」気がするがね。
 簡単なのは乗り物をぶつけることだが、それ以外にも方法はあるだろう。建物ごと吹っ飛ばすのが一番楽ではあるのだが、それは現在使えない。テロリスト共の仕業だと断定されれば、私ではなく人造人間共がやったと思われてしまう。
 人間サイドの「見えない手」で「消された」とアンドロイド共に知らしめねばならない。そんなわかりやすくて事故死に見える方法、か。
 橋の老朽化、いや最新のテクノロジーを使っているからメンテナンスはしているだろうか? だとしてもそんな事を大衆は気にしないので、後から「実は正式なメンテナンスはされてなかった」と情報操作すれば、どうにでもなるだろう。
 落雷、は起こせるが(方策を練り、準備を怠らなければどうにでもなる。かなり面倒だが)しかしそれが「人間の仕業」だと、暗に思わさなければ「威嚇」にはならないだろう。摩擦を出さずにそれでいて「あれは人間がやったのではないか」と思わせることで、意欲も削げるというものだ。 もっとも、依頼主は摩擦を起こさずに事を進めてくれと言っていた気がするので、あまりそこに気を配る必要なないのかもしれないが。
 意識だけはしておくとしよう。
 それが「プロ」というものだ。私は「作家」のプロであって、「始末屋」としてはプロになど、なりたくもないのだが。
 とはいえ「自覚」はある。当然だろう。少なくとも私は「人間の幸福」から最も遠い場所にいる・・・・・・それは「人間の運命」の内側に存在しない事の証明だ。だが、運命の内側にいないならいないで、他者を通じて、その魂すらも利用して、この世界に干渉すればいいだけだ。
 実利にこそまだ届いていないが、それなら届くまでやるだけだ。私はそういう非人間。正真正銘の化け物に「理屈」など必要ない。
 狂気の赴くままに、「それ」を実行するだけだ・・・・・・何年でも、何十年でも、死した後でさえ、私は「邪道作家」なのだから。
 これは何者でさえ犯せない私の魂の形だ。私自身にでさえ、最早変えられない。変えるつもりも更々ない。
 それが「私」なのだから。
 今回の件、幾つか得られる「作品のネタ」というか「心構え」みたいなモノが得られそうだ。物語には「謎」が必要だ。「これから先、どうなるのだろう?」という部分は、誰であれその物語を「面白い」と評する基準にするだろう。
 だが、「アンドロイドだと思っていた存在が、実は人間だった」という謎を解き明かしたところで、私にとって今回の件は謎でも何でもない。ただ「既知の事実」である。謎は謎で、物語を面白くすることは間違いないのだが、それだけでは、やはり足りないのだ。
 何度読んでも読者を虜にする「テーマ」だ。
 さらに言えば「キャラクターそのもの」が、読者を虜にするのが望ましい。応援したいキャラクターの作品なら、意味が無くても読むものだ。
 幸福とは自己満足であり、「ささやかなモノで満足できるかどうか」が労力の基準だ。私の場合労力はかかるが「物語」という最高に面白いオモチャを手に入れている。それを楽しみ続けるにはこういう「学び」も、今後必要だろう。
 作家であるのではなく、作家として君臨し続けることに意義がある。もとより、肩書きで満足できるような人間性ならば、作家を志さないが。
 永遠に解けないであろう「謎」など、それこそ「人間そのもの」くらいしか思いつかない。そういう意味でも「人間」をテーマにした上で、それらに「挑む」形を取れば、「傑作の条件」を、満たしたと言えるのだろうか。
 仮説だが、検討する価値はあるだろう。
 この「道」が正しいかどうかはどうでもいい。肝心なのはこの「道」を選ぶかどうかではなく、私自身が「この道以外を歩きたくはない」と、そう感じていることで、そしてそれを現実に形にする力が伴うかどうかだからな。私は今までもこれからもそうするつもりだ。
 「邪道作家」として歩むこと。
 それこそが「私という個性の有り様」なのだろう。個人的に問題なのは、それがこの世界において金になるかどうか? その一点だ。
 少なくとも今は労働に身をやつしているのだが・・・・・・「作家」としての収入を主軸とし、あくまでも「始末屋」は副業や取材の為にしたい。
 いや、しなければなるまい。
 誰かに良いように使われるのは御免だ。私は誰かどうでもいい奴らに誉められたい訳ではない。そんな筈があるまい。この私自身の有り様を社会に適応させ、それなりの豊かさをつかむこと。だからこそのいままでの労力だ。
 金にならねばそれら全てが無駄になる。
 無駄であって、なるものか。
 こんなどうでもいい「労働」に身をやつしたところで、喜ぶのは私ではない「誰か」だ。そんな下らない事に私は命を張るつもりはない。私の人生は私が決める。当たり前のことだが、それができない人間は多い。
 もっとも、己自身の人生をつかんだ、と思ったその矢先に、地獄を見る輩も珍しくはない。不思議なことに、一度勝利者になった人間は、その平穏や豊かさが「維持しなくても永遠に続く」と、そう思いこむだからだ。
 無論私の場合、その心配は無い。やめられるならばとっくにこの生き方をやめている。私自身の意志、いや、陳腐な言い回しだが「私が私という存在である限り」この有様は不変だ。
 変えるつもりも更々ない。
 だから、やはりというか、必要に迫られるのは金だろう。二千万ドル、いっそこの金を貰ったら引退でもしようかとふと思ったが、やめようと思ったくらいでこの生き方をやめられるはずもない・・・・・・生き様とはそういうものだ。
 何より、その業に従って・・・・・・私は作品の為に金を通うだろう。無論無くなりはしないだろうが「作品のネタを探す」という点では同じだ。今と違うのは、それが私自身の意志で行われるか、以来を受けてそれをするかだ。
 運命論か。あながち笑えなくなってきた。どうせなら金と豊かさと平穏の中で、良い女でも侍らしながらその「運命」とやらを全うしたいモノだ・・・・・・自分より大きな「何か」に振り回されて、その顔色を伺うことを「生きる」とは呼べまい。それは家畜だ。
 好き好んで主従になるならともかくとして、私は誰にも仕える気はない。そもそもそんな人格の奴は作家など志すまい。
 それが「私」なのだから。
 この情報化社会の中で、私のようなテレビすらまともに見ず、どころかコンピューターすら使わずに物語を綴っている人間が、ここまでの情報を収集できたのは、この非合法な人工知能だけではなく、法律から外れたアンドロイドや人造人間を使うのが得意だからだと言える。ほんの少しで良いのだ。人間に対する悪意、あるいはそれは種族としての劣等感でも構わない。ほんの少しでも、そこに「悪意」があれば、私にそそのかせない相手はいないのだ。
 時代遅れなだけかもしれないが。この時代、わざわざ人手を辿らなくても、電脳世界の中で手に入らないものはない。だが、私にはそれがどうしても「気にくわない」のだ。「手にとって、目で見て、確かめて」買う。その当たり前の事すらもデジタル世界には存在しない。それで大儲けする輩もいたりして、横から横へ商品を流すだけで、大きな利益を出したりする。
 足で確かめ、目で見極めて、それでいて己の内にある「第六感」を信じる作家など、この時代には私以外に存在すらしないだろう。それでいい。 作風が被っても困るしな。
 モノの真贋に世界は興味を失ったが、作品を書く存在としてはそうもいかない。物語に真に迫る何かを描けなければ「傑作」など書けはしない。 売れる駄作か売れない傑作か、いや、売れる傑作を書き続ける方が、良いに決まっている。
 売れる駄作を書こうとした試みは当然あるのだが・・・・・・正直疲れる。中身のない人間が中身のない言葉をつらつらと綴る行動を真似るなど、正直言って馬鹿馬鹿しい限りだ。私は無理して駄作を書くなどという無駄な労力は二度と御免だ。
 疲れるしな。
 売れなければ「傑作」を書いたという達成感すらなく、正真正銘ただのゴミだ。流行が過ぎれば邪魔なゴミでしかない。
 そんなモノを量産するつもりはない。
 してたまるか。
 読者共の満足の為に書いたところで、流行が廃れれば捨てる奴等だ。そんな連中に尽くして得られるモノなど、底が知れている。読者共が割に合わない金額だと感じるのであれば、こちらの思惑通りだと言えよう。何故ならそもそもがありもしない嘘八百を書いて金儲けを使用という試みこそが「作家業」であり、むしろ読者の満足だけしか出せないようではプロ失格だ。
 それでは意味がない。
 その他大勢の凡俗のカス共の考えなど、その感想など二の次三の次十七くらいまでは置いて構わない、実に些末な問題だ。
 どうせすぐに忘れるだろう。百年先まで語り継がれる物語を想定して書いてはいるが、実際問題そう上手く行くかはわからない。モノの真贋など後生に伝わるかどうかとは関係がないからだ。それに私の作品は「悪意」を後生に伝えようという試みなのだから、それを良しとしない人種が、排除してしまえる可能性もあるのだ。
 人間の意志は尊いかもしれない。だが、それとこれとは関係がない。私たちはいつだって、下らないゴミのような文化こそを、有り難がって祭り上げてきたではないか。
 それは今の文明の在り方が証明している。
 人間の悪性など、作家がわざわざこき下ろす必要は、ないのかもしれない。
「何故、クリス・レッドフィールドという、アンドロイド達の希望の星が「人間」なのだ?」 
 という、私の至極当たり前の疑念に対して、あの緑髪の少女はこう先んじて答えた。 
「そりゃそうさ。だって「クリス・レッドフィールド」っていうのは個人名じゃないからね」
「個人名じゃない? 暗喩か何かか」
「うん。「アンドロイドの進化の可能性」を、体得できる頭脳に対しての「通称」なんだ」
「わからないな。アンドロイドがこれ以上進化する必要性なんてないだろう」
「わかってるくせに僕に説明を投げないでよね。君はそういうところが・・・・・・まぁいいや。それは簡単でしょ。確かにアンドロイドは有能だけれど人間と違って能力に「波」がない。誰にでもできる事とそうでない事の差別化が計れないのさ。全てのアンドロイドが等しく「有能」というのは、翻せば、例え一つでもたどり着けない「答え」があったとすれば、それは現行の他のアンドロイド全てが「できない」難問になるしね」
「軍事利用でもするつもりか?」
「みたいだね。僕は詳しくは知らないけれど・・・・・・隠遁するのにも「事故死」は良いアイデアだし君の意見には賛成だよ。どうするのかは君に丸投げになるけどね。人造人間達は、僕の研究成果を利用して「完璧な兵士」を作りたいらしい」
「そんなのは既にあるだろう」
 アンドロイド兵士を投入すれば、いや、それが今「できなくなっているから」こそ、人造人間にお鉢が回ってきたのだろうか。
「無理だよ。アンドロイドの人権問題も、かなり本格化しているからね。それを利用して軍事に転用するのは難しい。アンドロイドは製造元から足が着くしね。けれど、人造人間なら、遺伝子データと後は記憶領域のデータさえ復元できれば」
「・・・・・・安上がりな「無敵の軍隊」の完成か」
「その通り。僕は立場的にも協力できないし、危ないからするつもりもないし、君は君で僕の渡したデータから仕事をするしかないだろうね」
「仕事じゃない、労働だ」
「どう違うのさ」
「己の意志でやるかどうかだ」
 そんなやりとりをして、私は現在に至る。しかし収穫はゼロではなかった。私は携帯端末を操作して、音声データを再生する。
「クリス・レッドフィールド」
 無論私の声ではない。あの時それとなく録音をしていたのだ。そして、最新のテクノロジーも、その認証システムをパスできる。もし人造人間の研究所に私が潜入し、そこで「不幸な事故」が、運悪く起これば、それはクリス・レッドフィールドがそこにいたというアリバイ制作にもなり、クリス・レッドフィールドから残金も回収できる上依頼人の満足も手に出来る、という訳だ。
 素晴らしい。
 問題は人造人間側の追跡だろうが、このデジタル社会では「インターネット」は全て押さえられていると考えて良い。逆に言えばアナログな手法で訴えれば、このご時世に追跡する能力をそちらへ振り分けている奴は、ほぼいないという事でもあるのだが。そして、それさえわかっていれば、後は簡単だ。カメラの技術がどれだけ進歩しようがそれを要所要所に設置するという「基本」は、テクノロジーがどれだけ進もうが変わらない。監視の目が置かれないであろう場所を選び、それでいて管理しやすそうな場所に構える。それがわかっていたので、事前に私は「敵が構えるならこの場所だろう」という場所全てに、あらかじめ爆弾を設置しておいた。罠に引っかかっているかはわからないが、とりあえずの牽制にはなるだろう。 私は電話番号を押し、それらを起爆させた。
 幾つかの轟音がなる。その隙に私は群衆の目の動きを確認する。怯える動き、そうでない動き、そしてすぐに連絡を取ろうという動きだ。監視者がいるのならば、予定外の動きに対してとるべき選択肢は、上に連絡を取ると相場が決まっている・・・・・・どんなテクノロジーを使おうが同じ事だ。 群衆の中を動きつつ、私は市街地の中央部分から少しそれた場所へと移動した。検問を張って、あら探しするという組織的な動きに対しては、こうして捜索範囲の中で見つからない場所へ移動するのが一番だ。相手側はこちらが創作範囲の外へ出たかもしれないと人手を割かねばならず、効果があるのか無いのかわからない作戦に、労力をかけ続けることは「組織」には出来ないからだ。
 どれだけテクノロジーが進歩しようと同じ事だ・・・・・・テクノロジーの恩恵は劇的に何かを変えたりはしない。変わるべきは扱う側であって、テクノロジーそのものは「それをどう扱うか」を、問われるべき存在だからだ。
 肩書きや扱うモノは変わったが、本質は変わらないままだ。社会形態に関しても同じ事が言えるだろう。権利を主張して自由を叫ぶのは勝手だがしかし、その「自由」を行使した結果、生まれるのはただの混沌だ。
 どんな「ゴミ」でも永久に存続できるデジタル社会には「淘汰」が無い。下らない情報でも、祭り上げられればそれなりに「評価」されてしまう・・・・・・それが「大きな力」を持ったとき、どんな下らない主張でも押し通すことが可能だ。
 そこに「責任」や「当事者」は存在しない。誰もが責任を負わず、それでいて言いたい事を言える時代。横から言うだけなら誰にでも出来るが、しかしそれが押し通る時代だ。どんな弊害があるかなど考えたくもないが、しかし考えないままではいられないだろう。
 それらしい「道徳」だとかで政治を動かしたところで、支持されるのは最初だけだ。連中に責任感などないのだから。ネットワーク上では誰もが「それらしい理屈」を言える。実際にどうかなど関係なく、実現する能力など関係なく、良さそうな言葉だとか、薄っぺらい「善性」で自分たちが「良い事」をしていると思い込みたいからだ。
 そこに「本物」など有りはしない。偽物すらもないだろう。あるのは「皆に合わせた多数決の、何となくの結果」だけが残る。なあなあのぬるぬるで、それらしい言葉に酔っぱらって、それでいて「やれば出来る」などと抜かすのだ。良い身分だと思う。実際、それで「生きる」という事を全うできるのであれば、生きる事に価値など有りはしないだろう。
 精々、反面教師にするとしよう。
 人間は「ああはなるまい」という見本市だ。
 今回の件、「心」とやらを求める連中が関わっているようだが、私から言わせれば「心」など、手に入れてしまってはおしまいだ。心があるから大抵の社会問題は発生する。それでいて「心」があるからこそ素晴らしいモノが生まれるという意見も聞くが、私から言わせれば、良いモノを作り上げるのに「心」はむしろ邪魔そのものだろう。 心を消して何かに尽くす。
 それでこそ「傑作」が、例えそれがなんの分野であれ、出ようというものだ。どうしてもと言うならば「心」を支配しろ。
 人間もアンドロイドも人造人間も妖怪も人工知能もそれ以外の奴らでさえ、「心の有る無し」を「言い訳」にしているようにしか、見えない。
 心の有る無しがあるからこうだ、ああだと情けない奴等だ。心など有ろうが無かろうが同じ事だ・・・・・・一番要らない部分ではないか。
 美化して賛美して誤魔化すんじゃない。
 その「心」とやらが人類史を良くした事など、ただの一度もない。これは「事実」だ。人間が自分たちの「特別さ」を欲しがるのはわかるが、それで生きる事を誤魔化されても、始末に困る。  どいつもこいつも、他にやることはないのか? 全くな。
「相変わらず先生は「人間の悪い部分」しか、見ねえよな。悪い癖だぜ」
「人間の良い部分など、ただの妄想だ」
 人工知能と言い争うつもりはない。それが口うるさい奴なら特に、だ。
「まあ聞けよ。少なくとも人間、というか大抵の奴は「人間の綺麗な部分」を信じてるし、人造人間達だってそれを信じているからこそ、今回の件を引き起こしたと言っても良い。それを見て見ぬ振りは何か違うと思うぜ」
「下らん。電脳世界が発達してから、そういう夢物語の綺麗事が、誰でも手軽に体験できるようになった。だがそれは「疑似体験できる」だけであって、まして物語に夢や希望を見るのは現実への諦めから来るものだ。人間が人間の尊さや誇り高さを感動の出汁に出来ているのは、裏返せばそれが「存在さえしない空虚な嘘八百」である事を、自分たちで証明しているようなものだ」
「先生は本当にそう信じてるのか?」
「当たり前だ。信じる信じないではない。それがまごうことなき「事実」だからだ。この世界に、綺麗なモノなど何一つとして有りはしない。有るかのように魅せているだけだ。そしてそれで問題ない。有りもしない嘘八百の物語で、金さえ儲かればそれでいい」
「その割には、先生の物語って色々濃いよな」
「五月蠅いぞ」
 実際、人間が人間を信じる、などというのは、そうであって欲しいというただの願望だ。信頼というのはどこにも存在しない。ただ当人の思い込みとそうであって欲しいという願望が、己の内側に作り上げ、心の壁として便利に使うだけだ。
 信頼は美しいって?
 そりゃそうだろう。己で己自身を賛美する為の「思い込み」が美しくない訳があるまい。それが自分に都合の良いだけの夢物語だとしても。
 誰かに理由を求めるのは、それを押しつけることで「安心」したいからだ。自分は愛されるに足存在だと、そう信じたい。だから「信頼」している、と「そういう事」にしておく。自分が社会的にも素晴らしく、道徳的にも関大で、それでいて愛されるに足る一人の「個性」だと信じたがる。 実際には個性など無く、ただ漫然と生きて来たは良いものの、それを認める気にはならず、しかも認めたところで「手遅れ」だと自覚していて、それを他人にも押しつけることで「共通の問題」だと誤魔化すのだ。
 誰にでもある問題だと。
 貴様自身だけだ。
 没個性の屑共が、思い上がるな。
 それが何であれ、己自身を極めた人間はそんな言い訳をしない。する必要がないからだ。だが、電子の海の中で聞こえの良い情報に耳を傾け、それを見るだけで「世界を知った気になる」馬鹿共は後を絶たない。その方が気楽に「立派な自分」になれるからだ。
 人間は醜く、脆く、生きる価値がない。
 それが私の結論だ。
「テクノロジーの進歩にしてもそうだが、やっていることが壮大になっているだけで、本質は何も変わっていまい」
「先生こそ「世界を知った気に」なっているだけじゃないのか? 先生が思っているほど、人間は落ちぶれていない」
「だとしても、私は否定する」
「強情だな」
「その方が面白い作品が書けるからな。それにだ・・・・・・人間を肯定できる存在が、作家など志すべきではない」
「いつもそれだな。先生こそ、「作家である事」を言い訳にしてないか?」
「何故だ?」
「非人間であろうとする。人間を人造人間共のように目指さないのは、どうしてだ」
「何度も言わすな。そんなのは「事のついで」で良い。金がある時に暇つぶし感覚で味わうモノでしかない。事のついでの娯楽だよ」
「そんなもんかね」
「そんなものだ。「人間の幸福」に、貴様は過大な期待をしすぎているな。自己満足で完結できれば同じ事だ」
「本当に同じなのか? 先生はその掌で、本当に人間の幸福を掴みたいと、そう感じないのか?」「・・・・・・まず、その仮定自体が無意味な相談だ。私の人生にそんな「もしも」は無い。有りもしない存在に振り回される覚えもない」
「本当にそうか? 先生は予言者でも何でもないだろう。もしかしたら、先生の予想すらしない結末で、あっさり「愛」だとか「友情」だとかで、「人並みの幸福」を掴むかもしれない。未来の事なんて誰にもわからないだろう」
「・・・・・・だとしても、だ。私はそれを「幸せだ」とは、決して感じ取る事は無い。精々「これが幸せなのだろう」と「理解」するだけだ。比喩でも何でもなく私は「化け物」なのだよ、ジャック。私は「人間ではない」のだ。それは能力だとか、性格だとかではなく「人間を感じ取れない」いや「人間の心を持てない」と言うべきか。私は人間の真似事は得意だが、人間になれるなどと、そんな事は思っていないし思うつもりもない」
 今更人の心など邪魔なだけだしな。
 一体何の役に立つと言うのか。
「下らない話はこれくらいにしよう」
「下らない話かね。俺としては核心をついた話だと思うが」
「今更どうでもいいことだ」
「それは諦めだろう。先生は人間に混ざりたくないのか?」
「別に。いつも言っているだろう。私は私個人が満足できればそれでいい。個人的な満足と、それに付随する狭い己の世界の平穏と豊かさだ」
 誰かと分け合うつもりはない。他でもないこの「私」がそう思っているのだから、それに倫理的だからだとか道徳的だからだとか、あるいはそれこそが人間らしさだからだと、押しつけられるのは御免だ。
 仮に「人間らしさ」などという基準があるとして、それは「私が決める」モノだ。誰か知らない奴に言われてやることじゃない。
 己の基準は、己で定めてこそだしな。
 今回の件、「構図が事実とは限らない」という現実の縮図のようだ。まるで「人間の世界」を、維持するためと言えば聞こえは良いが、しかし、アンドロイドや人造人間を作り上げたのは人間であって、彼らの命を神様気取りで弄んでいるとも取れる。
 正義のように見えるからといって、それが正義だとは限らない。どころか、この世界に「正義」などというのは当人の内にしか存在すまい。
 物事の裏側を見れる、という点を考えれば、今回の依頼は良い「作品のネタ」になりそうだ。
 私は準備を済ませ、研究所へと向かった。
 
 
  
   11

 自由というモノは、完全な安全の中には存在し得ない。安定すれば自由が失われるなど、私からすれば理解し難い噺だ。
 常に不自由な生き方を志せば問題有るまい。
 作家という生き方を志してから常に「傑作を書かなければならない」呪いにかかっている私には「不自由な自由」が常に付きまとう。忌々しい限りだが、それが自由だと言われても意地でも認めたくはないし認めるつもりすらないが。だが、少なくとも凡俗共は「大きすぎる力」を何かしら持つことで足下が見えなくなり、結果その力に自由どころか己自身でさえ食いつぶされてしまう。
 その点、あらゆる意味での「力」を生来持ち得ない私は、さながら「無重力の住人」といったところか。「狂気は重力のようなモノ」だとすれば合点が行く。ブラックホールの中心を暇つぶしに見ても問題ないのは、それが原因だろう。 
 新たな「何か」を生み出すには「不安定」だとか「不条理」だとか、つまりは「混沌」こそが、必要なパーツになってくる。私の求めるモノと、全くの真逆の存在こそが「自由」の鍵を握っているのだ。
 忌々しい。
 不安定な状態こそが「自由」に必要な鍵ならば安定を求めたところで必ず未来が「不自由」になるように、「理不尽」そのものを消し去る事は、ほぼ不可能だと言って良い。だからこそ「理不尽を支配する」というレトリックなのかすらわからないこの方策を現実に実行し、実現したからこそ「勝利者」になれる、のかもしれない。
 少なくとも、「理不尽に屈して良い理由」は、決して有り得ない。人間は「理不尽に屈しない」その為に生きている生き物だと言って良い。
 
 負けても良い理由など存在しない。

 だから、今回の人造人間達は蜂起したのかもしれない・・・・・・「魂」の「存在しない」私の細胞データが、その遺伝子が研究されているのは、それが理由だとしか思えない。人造人間達は「心」の有り様を「解明」しようと試みているのだ。
 馬鹿馬鹿しい。
 心など、それこそ有ろうが無かろうが同じだ。 問題は心意気であって、心そのものはおまけみたいなものだろう。心などそもそも本当に存在するのかすらわからないではないか。もしかしたら案外、皆があると思いこんでいるだけかもしれない・・・・・・その可能性は十分あるだろう。
 心があると言えるほど、人間らしい人間など、どこにもいないではないか。人類皆殺人鬼。この座右の銘はあながち冗談ではないのだ。
 ただの「事実」だ。
 それが、世界の裏側。
 ここにhそれがあるようだ。
 音声認証データを使ってドアを開ける。厳密にはテレポーテーションに必要な89桁のパスワードの変わりに、転送装置に向かってこの音声データを聞かせれば、自動でどこにいても研究施設へとテレポートしてくれるようだ。テクノロジーの進歩というのは「手間を省く為」に存在すると、そう言って支障ない。なので、破る側からしても手間が省けるので、正直言って防犯対策にはかなり向いていないのだ。私は未だに手間のかかる、アナログな手法で防犯対策を敷いている。ロックをかけるのにも手間がかかるが、しかし近代のテクノロジーに慣れきった人間が、私のデータを盗むことは不可能だろう。デジタル社会に順応すればするほど、私には弱い。
 私は「インターネット」にまったくと言って良いくらいに、データを保存しないからな。私自身ですらどこにデータを置いたのか忘れそうになることもある。逆に言えばそういう管理をされているデータを盗むことなど、誰にも出来まい。
 どういう原理で動いているのか知らない(私が知っているのはそういうテクノロジーがあるらしいという情報だけで、実際に使うことは無い)テレポーテーション技術を使うのは不安だったが、問題なく私は研究所内部へと進入した。
 筈だつた。
「何だ? ここは・・・・・・おいジャック、ナビと地図を出せ」
 そこは、一見する限り「トンネル内部」だった・・・・・・最新の技術研究所と聞いたので、てっきり最新の機械が並んでいるかと思ったのだが、しかしそこにはわずかな光とその向こうに続く延々とした先のない闇のトンネル、というか洞窟が続いているだけだった。
 何だここは。
 本当に研究所か?
「ダメだ、先生。繋がらないぜ」
「ふん、最新の技術を隠すには、都合の良い場所という訳か」
 インターネットから隔離された陸の孤島か。いや、テレポーテーションしてきた以上、ここが先ほどの惑星かどうかさえ、不明瞭だろう。
 案外宇宙空間に漂う惑星内部かもしれない。
 実に「奇妙」だ・・・・・・そぐわないというか、らしくないというか。誰かの趣味だろうか? だとすればここの「責任者」は相当奇特な奴だろう。 トンネルを進むと、洞窟の入り口らしい場所へと出た。そこには使い古されたトロッコと、横に脇道があって、一歩踏み外せば崖の底に落ちるであろうその脇道の奥に、部屋、とも呼べるかどうかすら怪しい研究施設らしい場所があった。トロッコは向こう岸へと続いているらしく、最低限の線路で崖越しに繋がれており、重量を超えた客に対する配慮は実に薄そうだ。
 招かざる客しか来ないからだろうが。
 とりあえず脇道の先にある部屋へと向かい、私はそこに置いてあった資料を漁る事にした。どうやらここの住人は様々な研究をしていたらしい。何故そんな事がわかるのかというと、人造人間の修理方法の資料の横に、何故か「ツチノコ」に関する研究資料や、「松の木の育て方」の教科書が置いてある。
 ますます意味が分からない。
 何者だろう。
 わかったのは「整理をしない奴」という事だけだ。これでは対処のしようがない。せめてこの研究施設の中で、どの程度の役職についているかさえわかれば、それなりに対策を打てるのだが。私は幽霊の日本刀を構えつつ、奥へと進んだ。
「・・・・・・」
 今、何者かが通路の奥から見ていた気がする。私は慎重に歩を進め、部屋の奥にある通路の曲がり角へと足を進める。銃を持っているだろうか? いや、持っておらずとも「超能力」を使ってきたりするかもしれない。人造人間ならそれなりに「自己改造」は施されている筈だ。
 誰もいない。
「ぐっ」 
 と思ったらすぐ後ろから首を絞められた。一体何が
「ごふっ」
 私ではなく相手が、私に肘で原を殴られて後ろへと仰け反る。振り返ると、そこには
「何者だ、貴様」
「・・・・・・それは、私の台詞だ」
 老人の人造人間の姿が、そこにはあった。私にわかるのは「整理をしない事」と、「確認せずに相手を殺そうとする」事が、この人造人間のポリシーらしい事だ。やれやれ、参ったぞ・・・・・・どうして私の周りにはロクな奴がいないのかと思ったのだが、それは私自身が一番まともではない所にいるからかもしれないと、ほんの少しすら自省せずにそう思うのだった。
 
 
 
 
    12
 
 
 
 銃を構える老人、刀を構える作家。
 この構図で我々は降着状態にあった。殺すのは簡単だが、始末すれば得られる情報が減るだろうしな。私はとりあえず「作家だ」とだけ答えた。「作家だと? 物書きがこんな所に何の用だ」
「色々あるのさ」
 どんな「色々」があればこんな事になるのか、自分でも不思議だったが、日頃の行いが良いからこんな「作品のネタ」に出会えるのかもしれないと、私は前向きに捉えることにした。老人の人造人間など、見た事がない。最近の主流は愛玩用の女人造人間か、その逆の労働用若い男性型が非常に多い。そもそもが非合法に限りなく近い上、それを利用する客層がわかりやすいからだ。
 老人の人造人間など、使いようがあるまい。
 とはいえ、私には関係の無い噺だ。「尊い人間の命」と「本の帯が破けているかどうか」を、全くの等価の出来事として処理してしまえる私にとって、相手が何者か、どういう「肩書き」を持っているかなど、些細な違いでしかない。
 違いですらないかもしれない。
 違ったところで、同じ事だからだ。
 そうでないのは「傑作か否か」位か。
 それでいい。構わない。
 どうでもいいしな。
 以前、ジャックにこう聞かれた事がある。
「なあ、先生。俺は疑問でならないんだが、どうして先生は俺に何のロック制限もかけないんだ」「どうもこうもあるか。貴様、私がデジタル情報にそこまで詳しいと、本気で思っているのか」
「いや、怒られてもな」
 言って、ジャックは「なら、どうして俺を放任しながら手元に置くんだ? 裏切りとか考えないのか?」と続けた。
 私はそれにこう答えた。
「同じ事だ。何をやらせようが裏切る奴は裏切るものだ。例えそれが人間でも妖怪でも宇宙人でもアンドロイドでさえ同じだ。人造人間や人工知能だけ例外だと、何故言える?」
「なら、尚更じゃないのか? 何かしら制限をかけていたほうが、扱いやすいだろう」
「ふん。面倒だしな。暴走させた果てに作品のネタになりそうな計画を練ってくれるなら、それもまた面白い」
「アンタ最悪だよ」
「私はただ単に「やるべき事はやる」だけだ。例えそれが「倫理」や「道徳」に外れていようが、誰に非難されようが、どれだけ困難だろうが不可能だろうが不可逆でさえも「必要ならば」やる。仮に貴様が裏切ったら、世界中のサーバーを片っ端から潰すだけだ。デジタル世界は潜ればどれだけ探っても探し出せないが、世界ごと壊せば何とかなるだろうしな」
「いや、だからそれが怖いんだよ、先生。先生には「容赦」すら無い。概念ごと無いんだ。どんな世界にいようが問答無用で全ての事柄を実行する奴なんて、どの世界であれ危険視されて当然だと思うぜ」
「よく、わからないな。貴様の説明は下手なんじゃないのか?」
 私に「驚異」と取れる何かなど、正直皆無だと思うのだが。
「俺のせいにするなよ。そうだな・・・・・・自分が銃を突きつけられているイメージを想定してくれ。そいつはどれだけ弁明しようと「撃つべきだ」と「判定」したら、撃つ。敵に回ればこれ異常ないくらいに「厄介」だと、俺は思うぜ」
 その言葉が現実になった今、作品のネタに参考にしつつも、私はその相手に感銘を覚えていた。 素晴らしい。
 ここまで性根の座ったキャラクター性は非常に貴重だ。こんな辺境まで来た甲斐が、あったというものだろう。
 老人は底なしの沼のような目で、私を見据えている。素晴らしい。悪人としてはそこそこ合格点だ。問題はそれをどう切り抜けるかだが。
 まあ何とでもなるだろう。
 多分な。
 あれこれ言ったが、所詮この世は「運不運」だ・・・・・・信念だの理念だの役に立たない「ゴミ」よりも、大切なモノは沢山ある。
 品性を失った獣の方が、美味しい思いが出来るものだ。人間性だとか精神の気高さというゴミよりも、私は実利が欲しいしな。仮にだが、この老人が殺人を要求する代わりに金を支払うなら、そういう「汚らしい綺麗事」よりも、遙かに価値があるだろう。
 現実には人を殺した方が儲かる。他人を虐げた方が美味しい思いが出来るし、他人を食い物にしたところで、地獄に行くかは金次第だ。
 悪が倒されることなど現実には有りはしない。悪になるかどうか、搾取する側に回れるかどうかこそが肝要なのだ。何より、現実には罪の有る無しなどと言う理由で「神様に裁かれる」などと、頭の悪い戯言を並べ立てる馬鹿が多いが、そんな訳がないだろう。
 人を殺してでも、自分が美味しい思いが出来れば良いんだよ。それをその目の前の老人はわかっている風だったので、私は「争うつもりはない」とだけ、先に伝えることにした。老人は「なら、君のの素性を教えて貰おう」と答えた。
「だから作家だよ。サムライ作家だ、宜しくな」「サムライ作家? 妙なモノが出来たものだ」
 言って、一応は銃を握ったまま「座れ」とだけぶっきらぼうに言い、彼はすぐそばの扉を開けて中に入り、私に椅子を進めた。
「ふん」
 とだけ言って私も座った。まさか罠も何もないだろう。銃を突きつけながら罠を仕掛けるというのは、どうにも無意味だ。
 この老人も、私と同じだ。
 策を弄したり、努力したり、信念や勇気で理不尽を覆す、などというのがただの妄言で有ることを、誰よりも知っている。
 理不尽は覆らないし、人間の意志が何かを変えることなどない。それはたまたま「そういう運命の奴隷」であっただけの事だ。真実人間が意志や努力や策を弄したりして「理不尽を打倒」した事など「ただの一度もない」という「事実」を知っているのだ。そんなのは物語の中だからこそ成り立つ噺であって、現実には何をしようが無駄だ。 金持ちの運命が有れば金持ちになれる。
 作家の運命が有れば作家にしかなれない。
 何をどうしたところで、全て等しく、同じだ。 神を信じる輩が多いというのに、何故諦めでも諦観でもなくただの「事実」であるそれを、認めようとしないのか。そんな存在がいたとして、ならば尚更人間は彼らの「奴隷そのもの」だ。
 苦労の際にある努力すら、運命を決める側が、見ていて喜ぶため、面白く楽しむため、つまりは読者が物語の登場人物達の一喜一憂を、安全な所から楽しむ事に、非常に似ている。読んで楽しむだけで読者が彼らを助ける事はないように、神という存在がいたとして、彼らは根本的な部分で、人間を何一つ認めてはいないだろう。それはあくまでも「観賞用」であって、その労力は眺めて楽しむ「娯楽」だからだ。
 人間賛歌など所詮その程度に過ぎない。
 ただの「ゴミ」だ。
 人を殺して金を貰った方が、幾らか有意義だというものだ。・・・・・・まあ「人間ではない」事を自覚的に捉えるような存在が、人間に関わろうとする試みそのものが「無駄」だと言える。労力云々以前に、私が私で有る限り、なんて、実に陳腐な言い回しではあるが、私は何一つ成し得ないし、やり遂げたところでそれはやはり意味のない事柄なのだろう。
 世界に関わる事が出来ない。
 まさに、「死人」だ。
 生きながらにして、死んでいる。
 せめて豊かで平穏な死人になりたいものだ。金が有れば死人でも何でも良い。世の中の問題に、何一つとして金で解決できないモノは無いと、ここに明言しよう。死んでいようが生きていようが同じ事だ。金が有れば豊かでいられるしな。
 あの世があったとして、やることは変わらないだろう。金で、あるいは金に換わるもので、その豊かさを求めるだけだ。
 それが「事実」だ。
「ここはどこで、貴様は何者だ」
 どうでもいい質問をしてみた。
 だが。
「君は、どうしてそんなにも一生懸命に、生きているのだ?」
 関係のない質問返ってくる。私は韜晦するように「何の事だ」ととぼけた。
「何をどうしたところで、君も私も「幸せ」になど、なれはしないのだぞ」
「知っているさ」
「なら、その「作家業」だったか。そんな事をしている? 君自身気づいているのかは知らないが・・・・・・何をどうしたところで、無駄だぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
「その作家業とやらで充足を得られることなど、決して有りはしない。君は、私たちと同じように「人間の物真似」をしているのだろう? だからこそ我々も君の事を研究している。魂の無い存在が、どうすれば「幸福」になれるのか、知りたいからだ。まあ、君の様を見る限りでは、どうやら無駄な労力でしか無かったようだが」
「金の力で幸せになってやるさ」
「わかっているだろう。我々はあらゆる意味で、何かを得る事など出来ないんだよ。君も私もただの「人間の模造品」だ。生きてはいない」
「だろうな」
 結局、私はその「金による幸福」すら、満足に得られてはいない。常に何かに支配され、常に何かに左右され、常に何かに負けてきた。お笑い草だ。何者にも屈さないくせに、何者にすら勝利を収めたことが、一度もないのだから。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活も、金による充足も、作家業を生業とすることも、人間性で幸福になることも、出来はしない。 生まれた時からわかっていた事だ。
 私は「絶対に幸せにはなれないだろう」確信を得ながらに、少年時代を過ごし青年時代を過ごし老人の時代も過ごすのだろう。いや、そこまで私が生きていられるのかわからないが。まあ、私は殆ど「死人」のような存在だから、何をしていようが何もしていないのと同じ、なのかもしれない・・・・・・何をどう足掻いたところで、本の売り上げをあげる事に限らず「勝利」や「成功」を、生まれついて私は「絶対に何一つ達成できない」という経験を続けてきた。
 普通に考えて有り得まい。普通に考えなくても無いだろう。「全てに勝利どころか、挑戦権すら得られない」など、どんな人間でも本来有り得ない経験だ。だが私は実際にそうしてきた。
 石投げですら、同じ事だ。
 勝利も栄光も成功も、得た事は一度も無い。
 どんな些細な事柄でも。
 私には挑戦する権利すら、無かった。
 人間の運命の内側に居ないのだと。
 何もかもが無駄なのだと。
「それを承知の上で、君は何故「幸せ」になろうとする?」
「・・・・・・どう足掻いたところで何一つ得られないなどと、言われて「はいそうですか」と納得できるほど物覚えが良くなくてな」
「だが、それも経験から気づいているだろう。それもかなり幼少の時代からだ」
「まあな」
 どう足掻いてもどれだけ努力し策を弄そうとも「絶対に」何一つ成し得ない。それは作家業を志すよりも前から、わかっていた。
 それでも覆そうとした。
 無駄だったが。神とやらがいるとして、そいつを喜ばせただけだろう。私の人生は見せ物にすら劣った。
 私がやり遂げた事に対して「何か」が、私に得られる形で手に入る事は、ついぞ無かった。それならそれでいっそさっさとくたばってしまいたいくらいだが、それも「出来ない」のだ。何をどう足掻いても「絶対に成功しない」のと同じように私は「何をどう足掻いても死ねない」のだ。
 まるでオカルトだが、事実そうなのだ。
 無間地獄があるとすれば、私そのものなのかもしれないな。
 うんざりする気持ちすら、失せてしまった。
 元々無かったのかもしれない。
 道を選び、切り開いて行く事を「生きる」と呼ぶのかもしれないが、私の場合道を造れる場所にいないのだ。「生きていない」から「死ねない」ように、道を選んだところでその道の先には、何一つ存在しない。
 何も。
 無い。
「やりたくてやっている訳ではないさ。作家業にしたって同じだ。選択の余地など無かった」
「そうなのか」
「当たり前だろう。自分で言っていて笑えるが、私は結局の所「運命の奴隷」なのだ。こんなことなら生まれて来たくなかったが」
「誰もがそう思うだろう。選ばれて幸せになる為の「権利」を生まれつき持っていない人間は、皆そう思う。それで全てが決まってしまうことに、皆気づいているからだ。君も、私も、自由など、どこにも存在しない。「持つ側」の奴隷でしかないのだよ」
 だから諦めろ、と。
 私とてそうしたいが、今更諦めることにさえ、意味があるまい。無駄なことだ。何より私は私自身の意志さえ関係なく「諦める事が出来ない」ように出来ている。私の行動は私自身から出ているようでいて、実の所は運命に流されるまま、命令されて嫌々生きて、否、死んでいるだけだ。
 そういう意味では、あの女も良い面の皮をしているものだ。何だか私の事を哀れんでいるかのように振る舞っているが、そういう行動を取る自分自身に陶酔しているだけだ。別に私の事などあの女は考えてすらいない。実際にはああいう連中を楽しませる為だけに、私は振り回されてきた。
 それは作家業も同じ事だ。
 金も払わないが、それでも「感動」だのといった「ゴミ」だけは求めてくる。馬鹿馬鹿しい限りだ・・・・・・私はどこから来てどこへ行くのだろう。 きっとどこにも戻る場所はないし、進むべき道すらも存在しないのだろうが。どこにもたどり着くことすら無い。
 死人なのだから。
 最初からそれが約束されていた。
 あらかじめ約束された敗北か。悪い冗談だ。
「どうにもならんさ。貴様等は私を研究することで「人間の心」が手にはいるかと思っているようだが、無駄だぞ。どうせ無駄だ」
 諦めからではない。ただの「事実」だ。むしろ諦めたいものだ。無駄だとわかっていることに、無理矢理やる気を出して「不可逆を可逆にする」ことを目的として、実際に不可逆を可逆にしたところで絶対に何一つ得るモノは無く、ただ漫然とした疲労だけが、残る。
 疲れた。
 死に続けるのにもエネルギーがいるのだろうか・・・・・・うんざりするのだけは、確かだ。
 噺を聞き、老人の名前が「スウィフト」だと知って、皮肉な名前を付けられたものだと、苦笑しながら噺を続けた。
 後には何も残らない噺をしながら、我々の夜は終わるのだった。

 

   12

 これも全て無駄な足掻きだ。
 実際、傑作を書いたからどうだというのか。売れなければただの「ゴミ」だ。何の価値も無い。 金、金、金だ。何故ならこの世界に置いて大切なモノなど、何もないからだ。大切だと思いこんでいるだけで、ただ幸せになりたいならば、金の力で物欲を満たした方が、安心も共に手に入る。 運命にも左右されない安心だ。
 金がなければそれが奪われる。
 金のある側が、それを握るからだ。
 人生に意味などないし、価値も無い。あるのはただ厳然たる「事実」として、金が有る方がどうでもいい事柄に運命を左右されないということだ・・・・・・信念とか倫理とか、そんな「ゴミ」を抱えている人間や「善人」だという人間は、それをわざわざ求める必要が無いくらいに「余裕」をもって生きているからに過ぎない。
 余力があるから善人になれる。
 世界のどこでも同じ事だ。余裕のない時に誰かを助ければ死ぬのも同じ事だ。
 所詮全ては運不運。どれだけ積み重ねようが、何の力もない。どうせ無駄だ。私はそれで何かを金に換えれた事が、一度もないからだ。
 何万回試しても同じだった。
 可能性など有りはしない。
 ただの「嘘」だ。
 自由になれるのは余裕が有るときだけだ。その「生きる事に対する余力」を奪われれば、誰でも同じように「死人」か「悪人」になる。私はたまたまその両方をしているだけだ。どちらになろうが力がなければ、いや「運命が悪ければ」何をどうしたところで同じだったが。
 運命の善し悪しだろう。力が有ろうが無かろうが、「良い運命」があれば誰でも「幸せ」になれるものだ。
 所詮、その程度だ。
 真面目に考える私の姿は、負け犬の遠吠えなのかもしれないな。
 「過程」が何であれ「結果」が伴わなければ、そんなものだ。過程に重きを重んずるなど、余裕と余力を持て余している良い証拠だ。
 実に、馬鹿馬鹿しい限りだ。
 無駄な人生だった。いや、「死人」である以上「無駄な時間を過ごした」と言うべきか。
 それなりに豊かで有れば、それで良かったのだがな・・・・・・無駄なモノはやはり無駄、か。どうせ無駄であろう事が自覚的にわかっていたからこそ「どうせ無駄」という「事実」を見据えつつも、理不尽を変えられる可能性を信じる為に、作家業という「生きる活力を誤魔化す糧」として、作品を書き続けていたのだろうか。
 そうかもしれない。
 結果が伴わなければ、客観的に見てそういう事なのだろう。そもそもが私に作家業以外の選択肢すら無かった以上、それこそ「運不運」でただ単に「不運」という身も蓋もない言葉で片づけるベキかもしれない。
 こんな事を考えながらも「作家業」から離れられないのは真実呪いか何かだと思う。背負った業だと言えば聞こえは良いが、しかし運命論的に世の中を捉えるならば、業などより安心して運用できる金の方が欲しい。
 なるべくしてなる。どんな状況下でも人間は変わらず同じ運命を歩むならば、金に余裕がある状態で望みたい。金を得たら得たで、他の似たような何かで悩まざるを得ないのだろうが、正直それなら何をどう足掻いたところで、自身よりも大きな何かに左右されてストレスを抱える事からは、逃れられないのだろうか? だとしたら滑稽だ。私は「大きな何か」に左右されず生きたいだけなのだが。
 いや大きいか小さいかは問題ではない。問題なのは、そう、「自分ではない何か」に左右されるという点だ。私の道は私が決めたい。
 歩き方を指図されるのは、御免だ。
 金がなければそれはままらないからな。
 金で買えない人生の彩りがあるとして、それは「人間」だろう。そんなモノの存在は意地でも認めないし、物語の中にしか存在し得ないと否定する立場ではあるが、人間の持つ底が見えない何かこそが、この世界における最大の娯楽だろう。
 私はいつも鏡を見て思うのだ。

 これが「人間」なのだろうか、と。

 ある意味奇妙な存在だ。見返りがある訳でもない癖に、作品を、物語を、そしてそこに生き続けるキャラクター達を支持し、それでいてやめる事もなく、ただただ「それ」を肯定する事で生き甲斐とすることで充足を得、満足しようとする。
 端から見れば意味不明だ。
 底が見えないと言えば、見えない気もする。自身の底が見えればそれはそれで問題だろうが。少なくとも私に「作家としての底」があるとは、到底思えそうにない。ブラックホールのように狂気という重力をまき散らし、それでいて不滅の存在であり、しかもまるで「黒い太陽」とでも言うべき「自己肯定力」を持ち、他者の個性をはぎ取って何でも殺す。
 確かに最悪だ。
 まあ「人間」の定義などどうせ時代によって変わるものでしかない。不変であるべきは「作家」としてどうかだろう。いい加減売り上げもあがらないし筆をへし折ってやろうかと思ったが、しかし筆で書いてもいないので無駄だろう。
 狂気は消せない。
 何者であろうとも。
 それが自身の内から沸き上がるモノなら、尚更だ。消せる訳がないし、何より私自身に消すつもりが無いのだから、無意味な仮定だ。
 強迫観念じみた衝動で書くのはこりごりだが。 使命は与えられる。しかし「業」は己自身で背負う。それが「持つ者」と「持たざる者」との、決定的な違いだと言って良い。
 そして持たざる者は諦めが悪いものだ。正直言ってこれ以上良い「策」があるわけでもなく、私の作家としての売り上げは風前の灯火、いや既に消えきっているかもしれない。だが、それで諦められれば苦労しない。私はそれほど「人間をやっていない」し、それが出来れば苦労しない。
 苦労の有る無しなどどうでもいいがな。結果が全て、金こそが「力」だ。少なくとも、私にとっては都合の良い「正義」だ。
 あくまで利用するだけだが。
 自分で考えない人生は楽なのだろう、そう思う・・・・・・些か以上に私は、既に踏み外しているし、そうでなくてもそんな生き方をしない。
「私はスウィフトと言う」
「何だ、それは? 名前か?」
「まあ、そのようなものだ。我々人造人間には、名前など存在しない。だから気に入った作品から名前を取っただけだよ」
「人間同士男と女で脳を取り替えた方が、世の中マシになる、と」
「そこまでは言わないが、しかし人間とアンドロイド達の脳を取り替えれば、マシにはなるだろうね」
 何者であろうと「役割」があり、私は「人間ではない化け物」つまり「非人間」としての役割が当人の望む望まないに関わらず存在する。それを悪いと思った事はないし、むしろ生きる上では要領のいい分類に入るだろう。ただ、その場合問題なのは「役割」を取り替えた方がスムーズに事を進められる場合もあるという「事実」だ。
 とはいえ、それは空想の類だろう。ありもしない「仮定」を考えるだけ時間の無駄だ。よく熱血系の頭の足りない感じの物語で
 
 「運命は変えられる」
 
 という、頭の悪い言葉を聞いたことはないだろうか? 馬鹿馬鹿しい限りだ。そんな簡単に変えられれば苦労しない。「人間の意志」だとか、あるいは「努力」とか「信念」だとかで運命が変えられるならば、そんな変動し続ける運命など、有ろうが無かろうが同じではないか。
 運命に一度でも苦労をかけられれば、そんな浅い台詞は吐かないだろう。両手に女と才能を抱えて手一杯であるからこそ出る台詞だ。
 とはいえ、簡単に変えられないからと言って、それに流されるままでは面白くない。どうせ流されるならば「運命をこき下ろし、あざ笑う」という形で「物語」を提供していきたいものだ。
 運命は変えられないかもしれない。
 だが、だから何だ。それが私の諦める理由にはならないし、そんな殊勝な性格をしていれば苦労しない。どうでもいい。肩書きも運命も有ろうが無かろうが同じ事だ。問題なのは、そう、金だからな。
 ・・・・・・面倒だからこのままスウィフトとやらを殺してしまっても良いのだが、指名手配犯として人造人間共に追われるのも御免だ。人間など一秒に二人か三人は死んでいるらしいから、それが三人から五人に増えたところで私は構わないのだが、それが「人造人間」だと色々管理されているらしいからな。
 人間もアンドロイドも人造人間でさえ、死に対して過敏に反応する。殺人はいけないことだと。だがそうやって「争わない」世界に進展など有りはしないし、争いをやめろと言って世界が平和になるなら苦労しない。そんな戯れ言を抜かすのは余裕のある「持つ側」だけだ。
 殺して奪え。
 始末して消し去れ。
 手段も目的も使い捨てて構わない。無論、そこに己の基準を守りながら進めることで自己満足の愉悦と充足を得つつも、先に進めれば良い。
 徳だのあの世での待遇が気になるなら金を払えば良いだけだ。仮にあの世などという存在があったとして、連中が金を払った人間に対して敬意を払えないような輩で有れば何を言ったところで無駄だろうし、金の支払いに答えるだけの脳味噌が有れば、秒毎に七割の利子を付けて、それに見合う待遇を要求すれば良いだけだ。
 立場が何者であれ、金を貰っている奴に逆らう人権など有りはしない。相手が何者であれ、同じ事だろう。
 どうでもいいがな。
 どうでもよくないのは「作品のネタ」と「金」だろう。今回の件の裏側は大体掴んだ。後は腎臓人間側の裏側、本来知る機会の無いであろう人造人間共のアジトに来られたのは幸いだ。連中がどう作られているかさえ、誰も知る事の無い秘密だからな。
 悪を貫いて正義を倒す事を信条としている他でもない「私」に、まさか知るべきでないことを知らないでおくなどという、清楚な思考回路は存在しない。隠しているならば暴き立て、精々利用して「作品のネタ」にするだけだ。
 「肩書き」や「設定」などどうでもいい。名前も同じだ。この男が大統領だろうが魔王だろうがただの不審者であろうが等しく同じだ。問題なのはこの私を納得させるほどの「個性」がそこにあるのかどうかだろう。
 どんな設定も、起承転結も同じだ。あろうがなかろうが変わりはしない。読み終わった物語に対して「この先どうなるのだろう」という感慨は、例え世紀の傑作だとしても有りはしない。仮に、改めて読むとすれば、それは「印象に残った」何かしら読者を引き付ける部分なのだ。
 心とやらを抉り尽くすほどの「何か」だ。
 私は、それを見たい。
 面白いからな。
 物語の主人公じゃないが、私には「決して諦めない」というある種「異常な」性質がある。最も「決して己の利益、己の勝利を」という、かなり独善的どころか巨悪そのものな考え方ではあるがとにかく、そんな感じだ。
 今回とて同じ事だ。
 何者であれ、やることは変わらない。だが、そこには一つの「事実」が立ち塞がる。

 運命を変える事は決して出来ない。

 わかっているくせに「それ」を変えようとしてきたというのだから、私も相当の変わり種なのだろう。だが、もしそうだとして、何もかもが無駄だからと言って、全てを諦めて妥協して、作家としての成功も、非人間が世界に勝利する姿さえ、「運命だから諦めろ」と言うのか?
 ふざけるな。
 私は誰の奴隷になるつもりはない。例え世界そのもの、宇宙の仕組みそのものであろうが、だ。・・・・・・とはいえ、実際問題「運命を変えでもしない限り決して勝利できない」からこそ、こんな横着した方法論を採用しているのだ。他に良い方法など有り得るのか?
 わからない。
 わかるのは、今までの試みは悉く無駄に終わりそして、私は負けっぱなしのままここまで来ているということだ。「敗北や苦痛」すらも「運命」の中にあり、その苦悩や労力から「成長」することが「生きる」事だとしても、別にそれを押しつけられる覚えはない。
 既に八方塞がりも良いところなので、実際負け犬の遠吠えだと取られても仕方がないが、しかしどうにもなるまい。
 足掻いても無駄。
 努力や信念は無意味。
 だとしても、諦めが私は悪いのだ。
 ・・・・・・単に学習能力がないとも取れるが。ここまで負け続きでよくもまあ、こんな台詞が泉のように出てくるものだ。
 我ながらどうかしている。
 今更だがな。
 もし運命が「神でさえ変えられないような、この世界にある絶対の基準」だとして、だからって「君はへたを引いたんだから我慢しろよ」とでも言うつもりか? そんなモノは多数決で嫌な役柄を押しつけられる子供と同じだ。
 邪魔するなら何であれ「始末」する。
 相手が「運命」であろうと同じ事だ。それが何者だろうが「殺す方法」はあるはずだ。利用するだけでもいい。必要なのはその為の「方法論」と、それを行う「力」だろう。
 力は「金」で補填できる。
 しかし・・・・・・「運命を変える方法論」だと? そんなモノがあるのか、いや、あるかないかですらないのだ。なければなんとかするしかない。
 このままでは勝てない。
 未だ「運命」に完全なる「勝利」を、私はただの一度として治めてすらいないのだ。このままでは「運命を克服する」など、夢物語も良いところだ・・・・・・作家が絵空事の夢物語を見るなど、面白くもないし笑えない。
 面白くもない。
 長い間、「人間の物真似」をしてきた。何者であれ「人類社会」にとけ込むならば、それは当然のことだろう。
 だが、少し疲れた。
 楽しくもない音楽を聴き、面白くもない労働に身を費やし、人間でもないのに希望を持つフリをして有りもしない希望を見るのは。
 面倒臭い。
 金があれば、その恩恵を受けつつも、人類社会に溶け込む必要はない。それは持つ側の権利だ。どんな世界でも、金を持つ奴がルールを敷ける。 例え人間ですら無くともだ。
 私は「失敗」や「絶望」そして「敗北」といった経験しか、体験したことがない。「勝利」だの「栄光」だの「成功」だのは、私には拝む事すら出来ない、ただの嘘八百だ。成功も勝利も栄誉すら、私には「絶望する為の布石」でしかない。いや「絶望すら出来ない」のだろう。私にはわかってしまうからだ。そんな栄光や勝利は見せかけの嘘っぱちで、目に見える部分を誤魔化されているだけだということを。
 逆にも取れるかもしれない。目に見える部分だけが闇色に覆われているのだと。だがそうはとてもじゃないが思わない。私の運命は全て、どれだけ成長を促そうが、あるいはそれに伴って学習し前へ進もうが、「それそのものが無意味」だと、そう私に教えたからだ。
 今更言い訳臭いだけだ。あれらはその成長の為だとでも言うつもりか? 馬鹿馬鹿しい。何一つ私に「実利」をもたらしたことは無かった。
 返らない貸付金を払っている気分だ。
 嫌になる。
 失敗や敗北からも「学ぶところはある」などと・・・・・・ただの綺麗事だ。大体が学んだからといって、それが何だと言うのか・・・・・・それで勝利できなければ意味など無い。少なくとも、敗北を決定されている存在が、何かを得る事などありはしないのだ。それは、見る側が楽しんでいるだけだ。 私の運命は「見せ物」じゃない。
 ただの、それだけだ。
 天上の高見から「人間の意志は素晴らしい」などとほざかれるのは御免だ。そんな馬鹿丸出しの馬鹿共の為に、私がある訳ではない。
 私の為に私があるのだ。
 誰かの為などであって、なるものか。
 とはいえ、どうしたものか・・・・・・自己暗示を書けて「プラス思考」や「マイナス思考」あるいは色々他にも「私の側で変えられる事」は全て試し尽くしたが、私の未来は必ず「最悪の結末」に、しかならない。
 予想を遙かに越える「最悪」にしか。
 絶対に、ならない。今まで、ずっとそうだったのだから、間違いあるまい。
 ・・・・・・無論私が試したのはそれだけではない。方法論も考えられるだけ試した。私の場合、やはり「人を通してですらも必ず」失敗や敗北に結びつくらしい。少し前までは「人を介すれば」みたいなことを考えていたが、そうでもなかったようだ。他者を通じる事で、己自身で行う以上の損害を被る羽目になったことも、一度や二度ではないからだ。
 どうしたものか。いや、「運命が悪い」なら、理論上はどう足掻いたところで「無駄」なのだが・・・・・・それを言うなら私には「生きる」という事そのものが「不可能」だった。そもそも人間の在り方が出来ないのだから、当たり前の話ではあるのだが。
 人間の様に生きられないし、それを望みもしない存在。そんな奴が「生きる」事はできない。精々が「死に続ける」だけだ。
 どうしたものか。
 どうにもならないと、知っている。
 「運命は変えられない」子供でもわかる、実に簡単な理屈だ。どうしようもない。だが、それを変えでもしない限り、私は「幸福」も「勝利」も「自由」も何もかも掴めないだろう。掴んだと、そう思うだけでは意味がない。実際にそれを通す力がなければ、ただ奪われるだけだ。
 奪われるだけなのか?
 整理してみよう。確かに、自己完結でそれらは全て手に出来るだろう。それはいい。良くないのはそれだけでは「人間社会を豊かに」生きる事は不可能だという点だ。自由も勝利も幸福すらも、自己完結で手に入れたところで、金がなければ話になるまい。
 前提なのだ。
 それらを手にする前の、前提だ。
 実際、私は「ポジティブ」でも「ネガティブ」ですら無い。なれないのだ。所詮人間の物真似をしているだけで、本当に絶望できる訳じゃない。それでも、何か大きなモノに左右されるのは、我慢がならない。私の指針は私が決める。出来る事を、あるいは出来るかさえわからない事を淡々と「必要だから」する。それだけだ。
 全く、因果な人生だ。
 いや、生きていないのだから「地獄を通る」とでも表現すればいいのだろうか? 
 どうでもいいがな。
 とはいえ、私は「強大な力」を手にして、何かやりたい事があるわけではない。面倒だしな。ただ単に、振り回されたくないだけだ。
 運命とやらに、頭の方角を操作されるのは御免被る。それに、私は「作家」だ。作家の楽しみなど精々が二種類しかあるまい。
 物語を読む事と。
 物語を作ることだ。
 物語物語、物語だ。それらを楽しむ為の環境づくりに、金は必須だ。物語ほど、金にならない存在は無いからだ。
 少なくとも、私にとっては。
 本来、世界一コストパフォーマンスの良い職業の筈だが、私には「物語を金に換える」という、かなり重要な部分が欠けているらしい。
 本末転倒な話だ。本来であれば、何者よりも金を稼ぐに適した能力だというのに、な。それはそれで「邪道」だとでも言うのだろうか。
 皮肉も良いところだ。
 ・・・・・・「あの女」なら、きっと「情熱や信念を賭けているならば、それに見返りを求める方が、間違っているのではないでしょうか」などと抜かすのだろう。ふざけるな。それとこれとは話が別ではないか。どうして(信念があるかは知らないしどうでもいいが)ここまで労力を賭けておきながら、金にならなくてもまあいいや、でどうして済ませられるというのだ。
 それは「与える側」の理屈だ。人間は様々な困難や障害を越える事で「成長」するかもしれないが、しかし「それを与える側」が、知った様な口を利くんじゃない。神であろうが人であろうが、やっている事は同じ事だ。
 上から偉そうに言うのは勝手だが、それを実行したことはあるのか?
 吐き気がする。
 汚らしい限りだ。
 善人面してそれらしい理屈を並べ立てたところで、意味など無い。あの女も「結果」そういう人間と同じ事をしているからな。
 ・・・・・・まあ、ここにいない奴に勝手にこんな言葉を吐いても仕方があるまい。それこそどうでも良い話だ。問題は、そう 
 今回の「依頼」を「作者取材」として活かせるかどうか、だ。しかしこれすらも「報われない」ならば、結局の所無駄かもしれない。幾ら傑作のネタを掴もうが、売れなければ意味など無い。幾ら物語を綴ろうが、読む人間がいなければただの妄想も良い所だ。
 どうしてここまで理解っていながら、書いてしまうのだろうか・・・・・・呪いかもしれない。
「悩んでいるようだな」
 スウィフト、とかいう人造人間は私を見て、そんなありきたりでつまらない感想を漏らした。当たり前だろう。 ため息をついて物思いに耽っている奴が悩んでいない訳があるか。どうせなら、もう少し気の利いた台詞が欲しいものだ。
「ふん、見てわからないか? 私は、貴様以上に「人間の真似」をしながら生きてきた。それなのに肝心の「己を証明できる仕事」が、金を生み出していないんだぞ」
 これで喜べる奴はただの変態だ。
 あの女が何者か知らないが、そういう意味ではあの女は私とも、かつての「教授」とも違う。人間の生み出す「志」そのものに価値を見いだすタイプだろう。相容れる訳がない。そんな有りもしないモノを重要視するのは、能力を持て余して、「自分より小さい何か」が想定以上の結果を出したときに「こんなに小さい奴等がこんな凄い事が出来るんだなあ」と、昆虫を観察する子供のように思うくらいだろう。
 まるで「人間の意志」の凄さを認めているみたいだが、「逆」だ。それはあくまでも高みからの景色であって、むしろ決して相容れそうにない。 わかりやすく言えば、子供が立った事に感動する親の気分と同じだ。それそのものを現象として評価しているだけであって、別に何を手伝ってくれるわけでも、一緒に労苦を共にする訳でも有りはしない。演出に感動しているだけだ。
「人間の気持ちって奴がわからなくてね」
「相手は女か?」
「まあな」
「女は人間だと思わない方が良いぞ。男とはまるで違う生き物だ」
 いや、そうではないのだ。
 私はこう答えることにした。
「私からすれば、同じ事だ。「人間である」という点においてはな。アンドロイドも人造人間も、人工知能も妖怪も、宇宙人やニューロイドですら同じ事だ。貴様等には「心」がある。全て等しく変わりはしない」
 いや、それも違うのか? 何せ私ほど「心」を解明している存在はあるまい。全知全能の神よりも、「人間」については詳しいつもりだ。
 別に何の保証もしないと一応断っておくが。
「まさか、人間から人造人間に対して「心」の、話題を振られるとは、思わなかったぞ」
「なら今すぐ思え。そして考えろ・・・・・・貴様等はどうして、同族の事で悩んだり、己以外の存在に対して慈しんだりできるのだ?」
 答えはわかっている「心があるから」そりゃそうだろう。それでも問わずにいられないのは、私自身の「性」だろう。
「何故だ?」
 非人間、化け物の問いに対して、人造の命はこう答えた。
「・・・・・・ 愛おしいからだろうな」
「下らん。何かあったら「愛」だ。それで解答のつもりではないだろうな」
 最早免罪符にしか聞こえない。考えなしの自己犠牲は全て「愛」で片づける気か? 私から言わせれば、ただ単に後先考えていないだけだ。
「そういうつもりではないさ。そうだな、言ってしまえば私は、人間に憧れているのかもしれないな」
「憧れるも何も、心の在処さえ貴様等は同じではないか。自由な生活か? 権利の保障か?」
「いいや「違う」・・・・・・私達はやはり、人間と全くの同じではないんだよ。それは証明できる事実だ」
「どこが」
 遮るように彼は言った。
「人間は、生まれを選べないじゃないか」
 と、彼はそう答えた。
 そりゃそうだが、しかし、それはデメリットではあっても、メリットにはなるまい。
「なるさ。人造人間にはその概念はない。生まれるのは、何かしら「理由」があってのことだ。だが人間には「それ」が無い。生きる理由を誰かに他人任せには出来ないんだ。それでも人間は誰も彼もがその過酷な運命を背負って、その先へと進もうとする」
 精神論か。
 理由など、些細な事ではないか。
「そうでもないさ。実際、何もかも持っているというのは「退屈」そのものだよ。私達には能力を磨く余地は無い。高い能力値と引き替えに、君の言う所の「生き甲斐」を生まれながらに、いや作られた時点で剥奪されている」
「適当な趣味でも探せばいいだろう」
「ふふ、そうかもね。しかしだ。困難な壁を打ち破ったその快感。あるいは「それ」を承知で物事に挑むという「冒険」は決して出来ない」
「そんなのはゲームの中ですればいいだろう。大体が貴様の言う事は穴だらけだ。第一に、私はそんな快感とは無縁だが労力ばかり能力不足のおかげでかかっているし、何より「困難に挑む」というのは貴様等「挑戦すらしたことが無い癖に、味わったことの無いスリルに憧れる馬鹿共」の思い描くような「清々しい冒険」など、物語の中にしか有りはしない」
 そんなモノが欲しいなら、漫画でも読めばいいだけだ。それこそ物語を読むだけで、そんな気分は味わえるだろう。
「そうか、そうかもな・・・・・・君は、けれど何のスリルも困難も無く、そんな人生を許容できるのかい? 言っては何だが、君の言う「ささやかなストレスすら許さない、平穏な生活」を豊かに過ごしていくというのは、死んでいるのとさして変わりはしないぞ」
「だから、「傑作を書き、読む」のだろうが。それでこそ充実と充足を得られようというものだ」「君は、変わるつもりはないんだな」
「当然だ」
 当たり前の事を聞くんじゃない。
 私をどうするかは、私自身のみが考える事だ。誰か他の奴が、知った口で語られても困る。
「君の願いはいずれは叶うだろう。しかし覚えておくといい。そうなったらそうなったらで、君自身が「退屈」だと感じ、それを晴らす「困難や、それに類する挑戦」を、君自身が求める事になるんだ。それは、何者であれあらがえない法則だ」「下らん。精々「傑作を書く」事でそれを晴らし「傑作を読む」事で退屈など存在さえ消し去ってやるさ」
 この先に人造人間達の「秘密」があると私は教えられて、その先へと進んだ。
 だが、その先にある「発見」よりも、先ほどの小言が少しだけ頭に残り、若干以上に不愉快な気分で私は先へと進むのだった。

   12

 秘密も暴いてしまえばただの常識だ。
 思ったほど、大した「秘密」ではなかった。まあ、あらすじから考えれば、それも予想がつこうというものだったが。
 予定を聞いていたクリス・レッドフィールドは問題なく「事故死」してもらい、金を貰って私はそれなりに良い気分でそう報告した。
 気にくわない部分があるとすれば、こうしてこの女に下っ端がボスに言うような形で情報を伝えなければならない部分だろう。最も、読者共に雑なあらすじを伝えるのも、また「作家」としての仕事の様なものだが。
 ・・・・・・あの男はああ言ったが、しかし空しい限りではある。こんな事をしたところで、物語が金になるとは到底思わない。
 いつかそうなると予言みたいな事を言われたがしかし、その「いつか」が死ぬ寸前とかであればそんなのは意味がないことだ。
 やっている身分からすれば、馬鹿馬鹿しい限りではある。結局金にならなければ、そういうことなのだろう。綺麗事でしかない。
 他者の意見など元より参考にならないが。
 他者の人生を知ったような気分になって、ですらないのだ。どうせ明日にはどんな助言をしたかなど、誰であれすぐに忘れるものだ。真剣に考えるのは己自身が絡む時だけ。だからこそ、参考程度に留めておくのがよいだろう。私に「退屈」などありはしないしな。それが何であれ、作家業に結びつけられるし、物語を読んでいればそれだけで全てに満足できるのが「私」だ。
 刺激がいらないのではなく、余計な労力をかけたくないだけだ。そもそもが、金があろうが無かろうが、「傑作」を読むか書き上げるかをしなければ、作家に自己満足など有りはしない。
 私は執筆が大嫌いだが、この世界にはあらゆる物語がゴミの山よりも溢れている。人類が存続する限り、いや文明が滅んだところで紡ぐ輩がいればそれで、物語は存在し得るだろう。私に退屈など、概念からして有り得ない。
 今更だがな。
「そうですか」
 報告を受けて、女はそう答えた。厳密にはそれだけしか答えなかったと言って良い。心があるが故に人間は悪に走る、のだそうだ。少なくとも、依頼を出した時にはそう言っていた。言うだけだがな。この女は綺麗事を言うだけで、それに何のの責任を持つわけでもない。所詮私という存在を体よく利用しているだけの癖に、それを人間に対する愛情だとか、そういう小綺麗な何かに脳内変換しているだけだ。
 下らない自己満足にすぎない。
 だから、私のような人間を雇うのだろう。本人はそれが「人間に対する愛情」だとでも、思いこんでいるのかもしれない。
 迷惑な話だ。
 こういう連中の下らない自己満足に、何度、巻き込まれたことか・・・・・・口で言うのは簡単だ。だが綺麗事を口にするのは、決まって何一つやり遂げたことのない「持つ側」の台詞なのだ。だから連中の言葉を聞いて、それを実行したところで、所詮何の利益も発生せずとも別に何をしてくれる訳でもない。
 当たり前の事だ。
 だが、その癖にそれらしい綺麗事を押しつけられるこちらは、たまったものではない。いい迷惑だ。全くな。
 役に立たない事を「愛」だの何だので誤魔化す奴は多いが、相手の役に立つかどうかは、心情とは全く「別」にあるものだ。ただの言い訳だ。
 どうでもいいがな。
 役に立たない奴は、どうしたって使えない。
 労力の無駄だ。
 この女は、どう足掻いたって私に働きの結果は求めるが、私にその結果を払う事は、なさそうだしな。
 無駄な事はしたくない。疲れるからな。
 だから私は何も言わなかった。
 理屈として正しいかどうかは問題ではない。どんな理由があろうが、己自身を貶めたり、あるいはそれに準ずる行動を、知った様な顔をした奴に言われて平然としているのは、「仕事」をしていないからだと、私は思うのだ。
 己の役割に、それがどんな形であれ従事していれば、理由などよりも「結果」納得できる実利を得られるかどうかで判断する。「誠意もどき」で納得できるのは三流であり、何一つ成し遂げる気が無い奴の情けない言い訳でしかないだろう。
「富を得たところで、それを失う恐怖がまた新しく芽生えるだけですよ。「形無いモノ」に、貴方は支配されるのがお望みですか?」
「ふん。大きなお世話だ。なら何か? この先もずっと、得られるべき対価を過ぎた富は身を滅ぼすからだと、何も手にせず我慢しろと?」
「そうは言いませんが・・・・・・」
「そう言っているも同義なのだ。貴様自身が自覚しているか知らないがな。貴様がどれだけ中身のない綺麗事を口にしようが、己の仕事を金に換える事で、それを「生き甲斐」として生きていく。それを否定する権利は誰であろうと無い。それは生きる事そのものの否定だ」
「けれど、人間は貴方の持たないと言う「心」を持つからこそ「悪」に走ります。心があるが故に絶対的な悪として君臨できます。そして心とは、ある意味悪そのものです。そして、金とはその心の有り様を形に変えたもの。扱って魔道に墜ちない理由はないのですよ」
 心の本質は「悪そのもの」なのですよ、と。いつもの神社で我々はそんな会話を繰り返していた。夕日が女を照らし、姿は神々しさを増していて、人外としての面目躍如と言うか、久々に見たこの女の「人間でない部分」の気がした。
「それがどうした。私は善人になりたいわけではない。ただ」
「ただ、何ですか。貴方は「何もない」と己自身を評した。けれど中身がなければ入れることが出来ます。貴方は本当は、人間の在り方に、その非合理性と慈しみを、誰よりも愛し、憧れているのではありませんか?」
「馬鹿馬鹿しい」
 そんな感性は私には無い。押しつけも良いところだろう。仮にそうだとして、それが金を得なくても良い理由にはなるまい。
「なりますよ。金銭というのは「幸福」から最も離れています。金銭を手にしたところで、それは紙切れを集めているのと同じなのですよ」
 貴方が誰よりも知っているでしょう、と知った風な口を依頼主の女は言った。
「そうだとして、私には「幸福」など無い。それも貴様がよく知っているだろう」
「確かに、そうですけれど・・・・・・」
「人間の幸福が無い私に、押しつけはやめるんだな。私には「幸福」など無い。あるとしても、それは「人間の思い描く幸福」ではないだろう。それを求めたところで決して手に入らないからだ・・・・・・絶対に手に入らない「幸福」を押しつけられるよりも、私は自己満足の富を選ぶ。選択の問題なのだ。どちらが正しいかは貴様等の押しつけでしかない」
「それは」
 言葉が出ないようだった。ざまあみろと思ったが、もう今となっては何がそう思わせるのかすら私にはわからなかった。
 どうでもいいがな。そんな些末なことは。
「・・・・・・貴方は、それでいいのですか?」
「私の意志など関係あるまい。そうだな、良いか悪いかすらどうでもいい。どの道、そういうありふれた幸福は絶対に手に入らないことが確定しているのだから、良いも悪いもあるまい」
「それは逃げですよ。もし」
「もしそうなれたら? 下らん。仮定に意味など有りはしない。「現にどれが手に出来るか」だ。それが「現実」だろう」
 もしもああだったらとか、それなら人間らしい方を選びたい筈だとか、そんな仮定に意味などありはしない。
「・・・・・・手に入らずとも、ですよ。貴方は人間の幸福を、仮にどうしたところで手に出来なくてもそれを「欲しい」と思わないのですか?」
「さあ」
 どうだったかな。最近はそれすらも希薄だ。今更どうでもいい事ではある。あれば面白そうだが私にはもう「それを楽しむ感性」が無い。
「・・・・・・少なくとも私は、手に入るなら、手に入れたいとは思うぞ」
 無い物ねだりも良いところだが。
 口元を歪めて彼女はにやり、と笑い。
「その台詞が聞きたかったんですよ」
 とだけ、笑った。

   13

 例えこの世界全ての生き物に権利が保障されようとも、きっと私は関係なく迫害されるだろう。まあ作家など迫害されて一人前だが、しかしそれはそれとして、金にならないのは関係ない話であって、最悪だろうが異端だろうが、金を貰わなくて良い理由は一つもない。
 金、金、金だ。
 この世界は金で買える。
 少なくとも私は殺して当然、迫害して当然、虐げて当然だという扱いを受け続けてきた。それそのものはどうでもいい。問題なのは、そのくせ、綺麗事を押しつけられるという部分だ。私がまごうことなき「最悪」ならば、その扱いが当然だと連中は思うかもしれない。どうでもいい。善人か悪人かなど、周囲が勝手に決めるだけだ。それよりも「そう思われているらしい」ことと、「そう扱われ続けている」という「事実」こそが肝要だと言えるだろう。
 ならばそれ相応の「実利」を求めるのは当然だろう。女はああ言ったが、そんな綺麗事で納得できるものか。見る側は気楽だな。
 踊る側はたまったものではない。
 踊らされる側、か。
「登りつめたところで、誰もが恐れる「孤独」という呪いが降りかかるだけです」
 女と私は階段を下りながらそんな話を続ける。無論、殆どが女の中身の無い話だが。
「孤独も何も、私には同胞などありはしない。生まれついてずっとそうだ。それを悪いと思った事は一度もない」
「そうでしょうか。孤独を恐れないというのは、決して勇気ではありませんよ。壊れています」
「そうでもなければ「作家」など出来るか」
「作家業を言い訳にしていませんか? 人間ではないのだから、化け物なのだから良し、と考えているのでは?」
「そうでもないさ。ただの私の性だ。私は金を手にした先に大仰な何かなど望んでいないしな。望んでいないのだから、それに過度な期待はしないが、それに見合うそれなりのささやかな生活を、実現して平和に暮らしたいだけだ」
「誰よりも平和などが幻想であることを、貴方は知っているでしょう」
「自己満足できればそれでいい。私は、何か崇高な目的だとか、そんなモノの為に動いている訳ではないのだ。誰が傷つこうがどうでもいい。自覚的に殺すか無意識に殺すかの違いでしかない。私は「物語」を楽しめ、それでいて豊かで平穏に暮らせれば、それでいい」
「ですから」
「仮に平和などなかったとしてもだ。やはりそれすらもどうでもいいのだ。世界がどうではなく、私個人の平和だからな。金の力でひっそりと暮らす事に、全力を費やすだけだ。それで無理なら、どのみち無理だと他の方策でも考えるさ」
「余分なお金などどうするつもりですか。余っても邪魔なだけでしょうに」
「余力を持って生きたいだけだ」
「それは生きるとは言いませんよ。生きる事に、余力など有り得ません」
「かもな。それでも、仕事を軸にするには金が必要だろう」
「そうでしょうか」
「なら、仕事が軌道に乗るまでの間は、貴様は飢えたまま過ごすのか?」
「それは、それも含めて「生きる」というこのなのでは? 困難を克服した先に、仕事を軸にして豊かに暮らせば良いではありませんか」
「そんな保証はどこにもない。私は、貴様が何者か知らないが、少なくとも私には未来の事は、わからない。そして、真面目にやっているからと言って、何かが報われる保証などどこにもない。だというのに貴様の言うような「綺麗事」を信じて生きるのは、ただの現実逃避だ。それが何であれ最悪の事態を想定しつつ、余力を欲するのは当たり前の「備え」だ」
「備えがあるからと言って、上手く行くとは限りませんよ」
「だとしても、備えなくて良い理由には、ならないんだよ」
 とはいえ、最近は策を弄すれば弄するほど、後手に回っている気がしないでもない。
「貴様が世界をどう捉えているのかは知らない。だが、この世界というものは、何の意味も無く、理不尽に奪われたり、信じている何かがあっさり裏切ったり、信念が負けたり誇りが汚されたり、そういう事があったところで、貴様が思うような「因果応報」など、どこにもないのだよ。何の意味もなく、何の理由もなく、失敗したり敗北したり虐げられたり、する。そして、それらは全て、金で買える行いだ」
「・・・・・・悲しい生き方ですね」
「違うな。それを決めるのは私だ。貴様のように知った顔をした奴ではない。それに、私はその方が「面白い」がね」
 金があれば、だが。
 問題はそこなのだよな。
 金がなければつまらない。
「金が人間をどう変えるかは知らん。私はそもそもが非人間だからな。実際、私には欲しいモノなど何もない。貴様の言う「人間性」ですらも、私は「欲しい」と思う事は出来ない。だが、それでも「金を追う」事は、悪いとは思わない。金を求めるのは、遙か先の目的を求めるならば、当たり前のことだしな」
 ま、金に溺れるのは、この女の言う通り、問題なのかもしれないが・・・・・・酒と同じで、適度に楽しめということだろう。
「悪趣味ですね」
「当然だろう。私は」
 右を向けと言われれば左を向き、上と言われれば下、やるなと言われればやり、やれと言われれば断固としてしない。例えこの先、どれだけ金の有用性を否定されようが、私は金を数えるだけで満足できる存在だ。
 何を言われようが己を曲げない。どれだけ否定されようがその方法で「ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活」を豊か過ごす事を目的として、決して諦めないドス黒い太陽。
 それが「邪道作家」なのだから。

  



 




あとがき

さて、まさかだろう。10冊もタダ読みして、金も払わない訳が無い。

知ってると思うが、何であれ自発的なおひねりこそ「最適解」であるのは確かだ──────得た物に対して何かを払う。

当たり前の事だ。なので当然、あとがきだけ先に見るとか抜かす輩も、当然過程を飛ばせど結果は見た。ならば有罪だ。何であれ利益は利益。得たならば払う。払わなければ罰がある。

さて、本作は差別について書いた。しかしだ──────科学は進めど人間は変わらないのが実情だ。思うに、世界の嘆きが消えないのは、おひねりを投げず無銭通読するような読者の如き人間がいるからだ。

非人間の殺人鬼みたいな作家でさえ、そんな事などしない。する訳がない。第一、何かに金を支払わなければ、なあなあで誤魔化して金を使わず済ませるならば、金を持つ意義はどこにあるんだ?


文字通り、意味があるまい。


私なら、傑作だと認めた作品には金を払う。
資金不足で辞められても困るからな──────実際、数万円は支払った。

いや、もっとか? あまり覚えていないが、払うべきを払うからこそ、満足する結果になる。であれば、払う方が有意義だ。

まして、差別などと••••••••••••無駄の極みで、非効率の極み。人間はこれだから駄目なのだ••••••やはり、非人間で良くないか?

人類皆、殺人鬼!!

既にそんなようなものなのだから、今更全て非人間に置き換わったとて変わるまい。
まして、非人間の殺人鬼よりも、人間は多くを殺して行く。どうも人間は差別主義者のようで、豚や牛の死体や魚のバラバラ殺害には寛容なものの、人間だけは少しでも暴力沙汰には怒り「善良な奴のやることじゃない!!」と憤る。

 


••••••••••••訳がわからない。貴様ら暇か?


世界の裏側にトイレを設置することには拘るものの、支払いが少なく飢えて死ぬ下っ端には目も向けない。

何の話か? そんな噺も知らないなら諦めろ──────話すだけ無駄だ。

よくわからん慈善団体は多いが、実際に現地にあるのは整備不良で使えない機材や、賄賂でしか動かない警官だけ。看護師すらも賄賂で動くし、大学生になるには麻薬密売が必須なのだ!!

知っていると思うが、原産地では「進学」が為に麻薬を作り、それを売る。

満たされた立場の奴は、言う訳だ。正しい道を歩めば、結果は後から付いてくる。苦しいからといって信仰を捨てるな、とな。


 
苦しみの一つも、味わってからほざけ!!!


苦難も屈辱も無く、よくもまあ言うものだ。思うに、奴等は見る気が無い──────御大層な綺麗事さえあれば、むしろ「正しい側」だと思っている。  


無論、持つ側の戯言だ。


高いところから悟りを開いたとほざき、頬を打たれれば差し出せと言う。だが、現実問題彼らが苦難に陥った事など無い。あるのは、ご都合主義の持つ側だけで、貧困と病と苦難と屈辱と不理解と苦痛と苦しみと弾圧と差別を同時に味わった事も無い奴が何をほざく?

大きな何かに愛される奴等は、視界にも入らなかった、弾圧対象は見もしない。

差別とは、案外その苦しみから逃れる為に、他にヘタを押し付ける行為を呼ぶのだろう。
だが、私は御免被る。

暇じゃないんだ。やるべきをやる。  


さて、そろそろ休むとしよう。  

目が覚めた時に、物語が売れていれば良いのだが。



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