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AIは猫にとって理想の家族となり得るか?第4話

《モノタリナイ?》



 診察時間の十分前、病院前に到着したゴローは、早速入り口から安全確認のスキャンを行った。

「入り口に異物発見。スキャンスタート、完了。カエルの置物、無害」
「るおーん!るおぉおおん!るぁああああん!」
「チナツさん、ここは安全デス。何があっても、ワタシがお守り致しマス」

 ここからの手順についても、完璧に予習してきた。ゴローは入り口を開いて、内部のスキャンを行い、受付の窓口に真っ直ぐ向かう。まずは新規の受付をするのだ。

「あ、ご予約のゴローさんですね? 初めての診察ですか?」
「ハイ。初めて利用致しマス。健康診断をお願いシマス」
「はい、それではこちらの問診表に記入をお願いします。分からない所は空欄で構いませんからね」
「ハイ、畏まりマシタ」

 チナツの名前、年齢から始まる問診表全てに漏れなく記載を行う。空欄が出来る事は無かった。

「出来マシタ。ご確認お願い致しマス」
「はい、お預かりします。それでは、順番にご案内致しますので待合室でお待ち下さい」
「ハイ、かしこまりマシタ」

 ゴローは待合室の壁際に立って待つ事にした。ベンチが多数準備されているが、人の為に用意されているものだ。

 チナツの入っているキャリーバッグを両手で抱え上げると、チナツは大人しくキャリーケースの隅っこで小さくなっている。ゴローが覗き込んでいると分かると、

「るなー……」
「チナツさん、ここは病院デス。チナツさんの体をメンテナンスする場所デス」
「ふるる……」
「診察が済んだら、直ぐに帰れマス」

 チナツは細く長く鳴いて、とても不安そうにそわそわしている。ここは何処なのか、知らない場所にいたくないと言っているようだった。

「あら、かわいい」

 チナツの鳴き声に反応した女の人が立ち上がって、キャリーケースを覗き込んで顔中で笑っている。彼女の手にもキャリーケースがあり、落ち着き払った白いフサフサの毛並みの猫さんがいた。

「子猫ちゃんね。病院が初めてなのかしら」
「ハイ。チナツさんと言いマス」
「チナツちゃん。かわいい名前ね!」

 褒められたのが分かったのか、チナツは少し嬉しそう。女の人が差し出す人差し指の先の匂いをフンフン嗅いでいる。

 少しだけ落ち着いてきたようだ。診察までまだ間があるから、と女の人に誘われるままに隣の席に座らせて貰った。

「まあ、ロボットさんがチナツちゃんのお世話をしているの?」
「ハイ。ワタシはゴロー、家事専門ロボットデス。主人のマキ様にお世話をしたいと申し出て、許して頂きマシタ。お部屋をお借りして、お世話しておりマス」
「あらまぁ、初めて聞くわ、そんな話! ゴローさん、よっぽどチナツちゃんが大好きなのね!」
「ハイ。チナツさんは、スゴイヤツ、デス」

 女性は「真田です」と名乗り、猫の保護活動をしていると軽く自己紹介してくれた。

 今日の診察は家で飼っている猫さんの「とのさま」で、保護猫さんの親分のように家で暮らすルールを子猫に教え込む良き相棒なのだとか。

「とっちゃん、今日はワクチン接種に来たの。もう慣れたもんだけど、子猫は性格によって大変よ。前に連れて来た子は泣くわ叫ぶわで周りに迷惑だから車の中で診察が回ってくるのを待って順番が来たら呼んで貰ったわね~」
「チナツさんは、静かデス」
「そうね、良い子ねぇチナツちゃん。……あ、とっちゃんの番だわ。じゃあね、チナツちゃん、ゴローさん」
「ハイ。お気を付けて行ってらっしゃいマセ」

 何故か、真田は心底楽しそうに吹き出して笑いながら診察室に入って行った。

 人用のベンチに何時までも座っている訳にはいかないので、ゴローは直ぐに立ち上がると先程と同じ壁の片隅に佇む。

 動物病院を訪れる人が連れているペットは様々。

 ゴローや真田のように猫を連れていたり、犬を連れていたり、鳥やハムスターもいるようだ。

 大きな犬を連れた男性がゴローを視界に入れた途端「うお?」とおかしな声を上げていた。一応スキャンしてみたが、特に声帯の異常等では無いようだ。警告の必要が無いので、ゴローは引き続き診察の順番を待った。

「チナツちゃん~。診察室へどうぞ」
「チナツさん、順番が来マシタ」
「うるるるぅ……」

 チナツは家で見るより半分くらいに小さくなってしまったかのようにキャリーケースの隅っこで固まってしまっている。

 バランスを崩してキャリーケースを落としてしまいそうなので傾けて持ちながら、ゴローが診察室に入ると緑色の手術着のような服を着た若い男性が背中を向けて立っていた。カルテを持ったまま振り返りつつ、

「はい、チナツちゃんですね。初めまして、うお?」
「初めまして、うお? とはワタシのデータに無い挨拶デス。動物病院独特の挨拶デスか?」
「あ、いえ、そういうのでは。ええと、飼い主さん? ですか?」
「イイエ。ワタシは家事専門ロボットのゴロー、デス。主はマキ様、チナツさんはワタシの「スゴイヤツ」なのデス」
「あー、はぁ、はい。なるほど。分かりました。えー、今日は健康診断でしたね」
「ハイ。宜しくお願い致しマス」

 キャリーケースから出てきたチナツは、診察台の上の匂いをフンフン嗅いで回っている。だが、若い医師が近付こうとすると小さく固まってゴローの体にピッタリはり付いて初めて見る顔で威嚇を始めた。

「チナツさん、先生はチナツさんのメンテナンスをして下さいマス。指示に従ってクダサイ」
「フ、フシャ、うなー!」
「ああ、仕方無いですよ。猫ですからね。ええと、ゴローさん。チナツさんを保定して頂けますか?」
「ホテイ。検索スタート、完了。動物を治療する際に動かないように抑えておく事、デス」

 ゴローが機能変更の為に目を点滅させると医師は先程と同じ奇妙な声を上げた。

「ワタシは家事専門ロボットデス。お部屋の模様替えが出来る程度の力しかありませんが、最大限に実行シマス」
『ちょっと待てー!』

 急にハカセの声がゴローの内部から聞こえたせいで、医師とチナツが共に驚いて固まっている。

『ゴロー、お前握力幾つ設定だ!』
「ハイ。ワタシの握力は四十五から五百キロの間で調節が可能デス。ハカセ、ちょっととは時間の単位デスか? それは秒に直すとどの程度になりマスか」
『三秒だ!』

 ハカセの手元から物凄い勢いで書きなぐる音が聞こえ、ぴったり三秒で答えが出た。

『出たぞ。握力は四十五設定、チナツさんを卵だと思え』
「畏まりました。握力設定四十五、チナツさんを卵と想定。シミュレーション完了、実行シマス」

 ゴローが完璧な保定を行うと、医師はチナツの体温を計ったり、血液検査の為に、

「ちょっとだけチクッとするよー」

と、チナツに声をかけながら注射をしたりした。その間チナツは怯えたように震えてカチコチに体を固くしている。酷く緊張状態にあるようで、心拍数の上昇が著しい。

 こういう時はどうすれば良いのか。ゴローが必死で検索した結果『優しく声をかけてゆっくり撫でてあげる』という意味不明の回答が出た。

 優しい声とは音質・音量・音程がどのようなものであるのか。
 ゆっくり、とは時速にしてどの程度の速度であるのか。

 考え始めたら演算機能に負荷がかかってしまったらしく、熱量を発してしまう。又エラー音が鳴り響いては病院に迷惑がかかるので、ゴローは一時思考を中断した。

『ゴロー、俺に任せておけ。検索結果をお前が分かるように更に分析する機能を追加してやるからな!』
「ありがとうございマス、ハカセ。デスが、今直ぐ回答が欲しいものについて、教えて下サイ。優しく声をかけてゆっくり撫でる、とは」
『ちょ、ちょっと待ってろ……』

 三秒待つ前に、医師がチナツを撫で始めた。

「あの、こういう事です。優しい声は説明出来ませんが……ええと、聞いていて安心出来る声です!」
「安心。安心した、と分かる定義はありマスか」
「え? え、ええと、そ、そうですね、猫ちゃんの場合……ゴロゴロ言ってくれたら安心しているかと……あ、でも猫によってあまりゴロゴロ言わない事もあって……」
「ゴロゴロ。ゴロゴロ、とは」

 医師の説明によると、子猫が母親から授乳する時に発する音らしく、胸周り全体から震動を起こすらしい。それは人との間にも発され、主に安心している時や寛いでいる時に起こるものなのだとか。

「その震動をワタシは知りマセン。チナツさんが発した事はありマセン。チナツさんはワタシと一緒では安心出来ないという事デスか」
「いやいや、先程も言いましたがしない子もいるんです。だからと言って不安な訳では無いですし」
「そうなのデスか。では、引き続き観察を行いマス」
「そうして下さい」

 医師はようやく落ち着いた様子で、今後の事を話してくれた。健康診断結果は問題無い事。気になる症状があったら、直ぐに診察に来て欲しい事。ワクチンの接種について。

 大切な健康管理についてのデータなのでゴローは余さず重要項目に記録した。

「健康診断やワクチンのご案内など、こちらの住所にお送りして宜しいですか?」
「ハイ。宜しくお願い致しマス」

 キャリーケースの中に再度大人しく収まったチナツは、まだ隅っこで小さく固まったままだ。

 会計を終えて帰り道を安全な速度で歩いていても、チナツは小さく固まったまま。鳴く気力も無いらしく、すっかり何時もの暴れん坊がなりを潜めてしまった。

 安全速度を保ちつつ急いで家に帰り、チナツの部屋でキャリーケースを開くと、おそるおそる出て来たチナツはキョロキョロ辺りを見回して部屋の匂いを嗅いだ。

「チナツさん、病院で頑張りましたので、ゴホウビデス」
「うる!」

 猫が夢中になる事間違い無しの大人気のおやつを小皿に出してやると、喜んで飛んで来たチナツは夢中になって小皿のおやつを舐めている。

 よほど美味しいのだろう、一瞬も顔を上げずに食べ切ってしまった。食べ終わった後も、満足そうに口周りを舐めて丁寧に顔を洗い始めた。そのまま、何時ものお気に入りのベッドでお昼寝に入った。

 チナツが大人しいので、珍しく埃取りのフワフワを奪取される事も無く掃除が平穏に終わる。

 何か重大な仕事を終えていないような気がして、ゴローはスケジュールを見直すが全てのタスクを完璧に終えているようだ。

 何が足りないのか発見出来ないのは一大事だ。

 ゴローは主人の真希に答えを求める事にした。本日からは会社に通う事は無く、真希は自宅でデータ入力、翻訳の仕事などを始めると聞いている。

 邪魔にならないように控えめに扉をノックすると、真希の許しが出たので静かに扉を開く。

「ゴロー。どうしたの?」

 何時もならば背中を向けたまま発される質問は、椅子ごと振り返って発された。珍しい行動パターンなのでゴローは正確に記憶する。

「ハイ。マキ様、確認して頂きたい事案がありマス」
「なに? スケジュール通りに仕事は終わっているみたいだけど?」

 真希はスマホに送信されるゴローの業務記録を読んでいる。確かに、ゴローは完璧に仕事を終えた筈なのだ。

「ハイ。本日の午前のスケジュールは完了致しマシタ。しかし、重大な仕事を終えていないようなのデス。申し訳ありませんが、ワタシの行動記録を再度確認お願い致しマス」
「でも、完璧に終わっているじゃない」
「ハイ。不具合があるようデス。ワタシの本日のスケジュールを読み上げマスので、確認をお願い致しマス」
「分かったわ。どうぞ」

 スマホの項目と照らし合わせてくれるようだ。ゴローは今日のスケジュールを順番に読み上げた。

「問題無いじゃない。全部完璧に実行出来ているわ。まあ、しいて言うなら……」

 真希はスマホの画面を人差し指で軽くタップしながら、

「掃除の項目で、チナツ? だっけ? その、猫が邪魔して来なかったのが物足りなかったんじゃない?」
「モノタリナイ……」

 何かが足りなくて不満である事、だ。

「マキ様。ワタシは、何が足りないのデスか?」
「知らないわよ。私、貴方じゃないもの」
「ハイ。不用な質問デシタ。申し訳ありマセン」
「謝る事無いけど……チナツが邪魔して来なかったから物足りなかったんでしょ? 貴方、楽しそうに話してたわよ」
「タ、タノシソウ……」

 ロボットに全くそぐわない表現にゴローの演算機能は又もオーバーヒートしそうだ。

 チナツが絡むと、ゴローには分からない事が想定以上に起こる。

「物足りないと言うか、心配だった、とか? チナツが元気無いから、掃除の邪魔をしてこなくて、何時もと様子が違うから心配なんじゃないの? 私も良く分からないけど」
「シ、シンパイ……」
「ちょっと、大丈夫? 目が異様にチカチカしてるわよ?」
「ハイ。機能に異常はありマセン」

 どうやらチナツの事だけでなく、真希と話している時も想定外の事が多いようだ。ゴローは最大限に演算機能をカットしておく必要がある。幸い、今日の家事は毎日のルーティンだ。

 ゴローが演算機能を最低限までカットして何とかオーバーヒートを抑えると、高い声で鳴きながらチナツが走って来た。

「チナツさん、お休みの時間では……」
「うるるなぁーおぅ!」
「お腹が減ってるんじゃないの?」
「イイエ。チナツさんには常時よりもおやつを差し上げてイマス。補給は十分デス」

 チラ、とチナツを見下ろした真希は、

「じゃ、ゴローが居なかったから文句言ってるんでしょ。人間で言う所の赤ちゃんなら、親が側に居るのが普通だもの」

 チナツは尻尾をピンと立てて、ゴローの足元に擦り寄ると微細な震動を起こした。

「ほら。私は仕事に戻るから、猫の側にいてあげたら良いんじゃない」
「ハイ。業務確認ありがとうございマシタ」
「うん。あ、お昼はサンドイッチにしてくれない? 食べながら進めたいから」
「マキ様」

 ゴローはチナツを抱き上げて、真希のスキャン結果をそのまま伝えた。

「通常よりも目の充血、乾きが見られマス。サンドイッチはご用意致しマスが、適度な休憩を挟む事をお勧め致しマス」
「分かったわよ。コーヒーも付けてね」
「ハイ。温野菜のサラダもご一緒に如何デスか?」
「……うん。食べる」
「畏まりマシタ。予定時刻にお届けに上がりマス」

 真希の部屋を出たゴローは、即座に真希の体の為に必要な栄養素を再計測。

「栄養管理モード起動。アントシアニン、ビタミンA、ビタミンB2、糖質、ミネラル、タンパク質……」

 ゴローは冷蔵庫内の食品の栄養バランスを見直し、食材リストを更新した。現状あるもので補えるが、今後は真希の栄養補給の為、優先順位を見直す必要がある。

「るる~」
「チナツさん、冷蔵庫に入る事はお勧め出来マセン。窒息の可能性九十七パーセント。注意が必要デス」
「るるなぁ~」

 チナツはゴローを真似ているのか、冷蔵庫をしげしげと見つめてから尻尾を立てたままプイと去って行った。

 鶏もも肉のカツサンドに緑黄色野菜を彩り豊かに盛った温野菜のサラダ、それにヨーグルトにブルーベリーソースをかけて真希の部屋に持って行くと、全て綺麗に平らげてくれた。

「マキ様の食欲に問題はありマセン。レシピ更新、目と血行に良い食材を最優先」

 皿洗いをしていると、チナツが起きてきて足元をぐるぐる歩き回った。

「チナツさん、トイレデスか?」
「るるなぁ~」

 チナツのトイレ予定時刻には一時間程早い。まとわり付きながら、チナツはシンクに向かって前足を伸ばし、尻尾をぶんぶん振った。

「ふにゅ……」
「チナツさん?」

 謎のシンク周りでの行動は夕飯の片付けをしている時にも続き、ゴローは更に考察を重ねた。

 結論から言って、チナツはおそらくシンクに飛び乗りたいという欲求がある。ゴローの計算によると、一般的な猫の身体能力ならば十分に可能な高さである。

 しかし、チナツは実行出来ない。何故か?

 ゴローはその瞬間、閃いた。チナツの身体能力は他の猫の平均的なそれと比べると劣る。だが、無理をして冒険をしない。それは、チナツの頭脳が他の猫に比べて極めて高いが故に慎重である、ということだ。

「やはり、チナツさんはスゴイヤツ、デス」

 辿り付いた結論に、ゴローは納得した。懸念事項と言えば、身体能力の低さを補うトレーニングの必要性が出て来たことである。

 改めて考察を重ね、ゴローは綿密にチナツのトレーニング計画を立て始めた。



 前日の天気予報通り、本日は晴天。主人の布団とチナツのベッドを天日干し出来る、絶好の天気だ。

 ゴローは早速、午前中の家事に項目を付け加えて順番に片付けていく。ゴローの後ろを楽しそうに付いて回るチナツと共に家事をこなすが、ゴローの演算機能から『猫アラート』が点滅した。

 様々な猫知識を吸収したゴローは、それぞれの重点項目と思われる所で規定量を超える、満たない等の場合自動的にアラートが知らせてくれるように設定しておいたのだ。

 チナツは機械音が苦手なので、演算機能内でのみ点滅するように設定済みである。

 今回のアラートは、室温・湿度のアラートだ。

「室温三十度、湿度七十五パーセント。チナツさんにとって最適ではありマセン」

 基本的に砂漠の動物である猫は、湿度五十パーセント程が最適。気温は二十八度程度が良いとされる。

 チナツの部屋は常にコントロールされているが、ゴローについて回る時は計算に入っていなかった。アラートの自動設定が早速役に立ったようだ。

「クールモード、除湿モード同時起動。室温設定二十八度、湿度五十パーセント。起動開始」

 ハカセが極限まで機械音を抑えてくれたおかげで、人の耳では捉えきれない程静かにゴローの空調が働き始める。

 ゴローの側が涼しく、快適であると気付いたチナツはますますゴローにまとわりついた。

「るるる!」
「ハイ。チナツさんにとって最適な室温・湿度デス」

 マキの布団を干してから、チナツのベッドを持った所で再度アラートが。アラートから自動でスキャンモードが起動。

 チナツのベッドに、微生物を探知。

「チナツさん、失礼いたしマス」
「るな?」

 ベッドを下ろしてからチナツを抱き上げてスキャンを開始する。

「チナツさんのスキャン開始。体温、異常無し。心拍数、異常無し」

 懸念事項であったノミの発生ではないようだ。チナツのベッドに付着していた微生物は、コバエのようで問題は無いが対処する必要がある。

 ゴローはそっとチナツを下ろすとベッドから逃げようと飛び立つ寸前のコバエを捕らえて外に放した。

「共存は不可能デス。申し訳ありマセン」
「にゃ……にゃにゃにゃ……」

 放たれたコバエに向かって、チナツは何度も手を振っているように見えた。だが、これは……。

「サーチスタート。判明。これは、クラッキングと推察されマス」

 だが、ゴローが検索した映像によると一般的な猫達は「カカカカ……」などの通常聞いた事も無い音を発するようなのだが。

「にゃにゃにゃ……」

 弱い上に発音が違う。何か問題があるのだろうか。

 例えば、声帯に問題が生じており喉を中心に何らかの不具合があるのでは無いか。だが、完璧なデータを搭載した獣医師並みのスキャン能力でも検索出来ないとなると、非常に稀な病の可能性も……。

 膨大なデータの中からチナツのようにクラッキングの弱い猫を見つけるまで、ゴローは決して努力を怠らなかった。

「サーチ完了。やはり、先程の現象はクラッキングと断定」

 人にも様々な個性があるように、猫にも個性がある。膨大なデータで大体の予測は出来ても、全く同じ猫は何処にも存在していないのだ。チナツはクラッキングが得意ではないのだろう。

 更に、先程の動きを見る限り、一般的な猫よりも運動能力が低い。先日のシンク飛び乗り欲求に関しても同じ考察を得られた。

 狩りをして食事をする必要が無いので多少鈍くても問題無いが、動く事が億劫になってしまい運動不足になると肥満に繋がり、それは人間と同じく深刻な病の原因となってしまう。

「チナツさんには、早急にトレーニングが必要デス」

 ゴローは必要最低限、チナツに必要な物を買い揃えたが、運動不足を積極的に解消する為には足りない物がある。

 スケジュールを調整し、買い物に出なくては。ゴローは残りのタスクをやり終えてから昼食の準備に取りかかるまでに空き時間が出来るよう調整し、真希の承認を貰う事にした。

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