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最近なにを買いましたか? ということで




『視点』 購読者のみなさまへ。今月も更新が遅れてしまって、申し訳ありません。現在、春に販売される新刊のために、毎日血を吐く思いで自分の文章と闘っております。新刊には24編の文章(まえがき・あとがきを除く)を収録予定なのですが、そのほとんどは『視点』の文章を転載……ではあるものの、大幅に、それはもう大幅に加筆・修正を加えている真っ最中です。

Web上で読む文章と、紙に印刷された文章というのは、かなり性質が異なります。そのため結局、24本を新規で書くのと大差ないのでは……?というくらいには書いて、書いて、書いています。

そういう状況の中、不妊治療の余波で病院に運ばれてしまって数日間動けなくなり、正直なところnoteを3本お届けする余裕がございません。申し訳ありません。ただ、明日は新規の記事を1本公開させていただく予定なのですが……その前に今日は、新刊に収録する予定の1編をここで公開させていただきます。

実はこちら、昨年3月に書いた「買い物と暮らしにまつわる、私の10の考え」のリライトではあるのですが……すっかり内容を書き換えてしまったので、新鮮に読んでいただける部分もあれば良いな……と願いつつ。ただ、紙に最適化した文章なのでWebで読むと固いな、とも感じてしまいますが……。以下、写真と共にお届けしますね。

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最近、「何を買いましたか?」という質問をされることが増えてきた。そうした個人的なことに興味を持っていただけるのはありがたい反面、答えに困ってしまうことも多い。

というのも、ここ1年は東京での暮らしも落ち着いてきたので、私の財布の紐はそれなりに固い。そこで今年のベストバイをいくつか問われているのに、昨年買ったものを紹介しようとすると、「そちらは、別の媒体でも既にご紹介されていたとのことで、できれば他のものを……」と却下されてしまう。

しかし、毎年ベストバイが沢山見つかるようなスピードでものを買っていたら、たちまち家は足の踏み場もなくなってしまうではないですか。ベストバイだけではなく、年度末の新生活応援セール、不定期で訪れる楽天お買い物マラソンにブラックフライデー……世の中には、ものを買うための祭があまりにも多い。そして平時であれ「爆買い動画」なるものの再生数は伸びるらしく、そうしたコンテンツはYouTubeやTikTokに増え続けている。
 
もちろん、ものを買うにあたって識者の意見は役に立つ。とくに化粧品のように使い切るまで時間がかかるようなものに関しては、細やかなYouTuberのレビューを参考にさせていただくこともある。ただ、私は何かの識者という訳でもない。市井の、少々やかましいだけの消費者である。そうした消費者の暮らしの中では、何を買ったか以上に、何を買わなかったか……というところにその美意識が宿るのではないかしら、と常々思うのである。だって、ものが素敵に並べられた空間に置いて「買わないぞ」という判断をするというのは、自分自身のものさしを大切にしていることでもあるのだから。
 
これは別に、「忍耐せよ、贅沢は敵だ!」と言いたい訳じゃない。いやもちろん、地球の資源は枯渇し、およそ20年後には日本のゴミの最終処分場は溢れかえってしまうという現状があるのだから、事態は深刻ではあるのだけれど。ただ深刻な問題を心に留めながらも、それでも可能な範囲で暮らしの中に喜びを見つけておくことは、こうした状況を長く生きる上で役に立つ。だから何かが必要になったとき、ショッピングモールやECサイトをまず巡回するのではなく、他にもいくつかの手段を持っておきたい。それは、きっと暮らしを創造的な楽しいものにしてくれるはずだから。
 


私はなにかが欲しいとき、まずはあるもので作れないだろうか? と考える。たとえばテーブルクロスが欲しいとき。確か汚れてしまったリネンのシーツがあったから、あれで間に合わせられるな……と鋏を入れてサイズを調整してみる。ブックエンドが欲しいときはそのへんの石を拾ってきて、ガタつかないように底面を少し平らに埋めてみたりする。



私がそうして手を加えたものの中でも一番気に入っているのは、コンクリートブロックを重ねた上に、黒く塗った板を乗せただけのテレビ台。DIYとも呼べない程度の簡単な構造ではあるけれど、中に回転テーブルを仕込んでいるので、テレビを観るために首のほうを回転させる必要がない。そうやって、暮らしのニーズにぴたりとハマるものを作れるとたいへん気持ちがいいもんだ。板やブロックはそれぞれ、テレビ台としての役目を終えてもまた別の場所で活用できるかもしれないし。
 
そうやって何かを作れないかと想像をはたらかせたり、手を動かしたりする時間は、心を守るためにも役に立つ。というのも、机に張り付いて一人で文字ばかりに執着している文筆業は、自らを健全な心身から積極的に遠ざけているようなきらいがある。パソコンの画面に向かって自己対話を繰り返している中で人恋しくなり、唯一接する外界がSNS……というのもさらに悪い。「寂しさ対策としてSNSに訴えるのは、二日酔いがつらいから迎え酒を飲むみたいなやり方なんですね」と哲学者の谷川嘉浩さんも『スマホ時代の哲学』に書いてたし。


いずれにせよ、ひととき自分の頭や心から距離を置き、ムシムシとなにかを作ることに熱中する。そうして、ものが自らの手の内で完成していく過程は、思考を前向きにさせてくれるものである。さらにそうしてなにかが出来たとき、衝動買いをしたものが届いたときとはまったく違う種類の嬉しさがこみ上げてくるのだ。
 
しかしもちろん、自分で作り出せないもののほうがうんと多い。そうした場合、まずは古いものの中から、使えるものや気に入るものがないだろうか……と探すようにしている。



ここで一概に古いものといっても、古いからこそ味わいが増すという類のものと、古いと価格が下がっていてありがたいよね、という類のものがある。そこを一緒にするとややこしくなるので、まずは価格が下がってありがたい後者について書いていきたい。
 
たとえば電化製品などの場合。私はメルカリやジモティ、トレファクなどの中古で探すことがほとんどだ。気になる商品が決まっているのであれば、型番を検索すればだいたい中古のものが出てくるので、写真や出品者のレビューを見てジャンク品ではないことを念入りに確認してから購入する(良いレビューしか掲載されていないような違法サイトにはお気をつけて!)。参考までに、私が中古で購入した電化製品を挙げてみると……冷蔵庫に洗濯機、テレビ、食洗機、サーキュレーター、レコードプレーヤー、カメラ、ストーブ、空気清浄機、PCモニター、トラックパッド、目覚まし時計、デスクライト……いや、全て書き出したらキリがなさそうなので、このあたりで止めておく。
 
メーカー勤務の友人も多いので、「中古を買ってます!」と公言しまくるのは少し申し訳ない気持ちもあるのだけれど。とはいえ、電子機器の廃棄物処理場にガジェットなどが溢れ返っている報道などを見ていると、次々と新品に乗り換えましょう! という売る側の情報発信に抵抗したい気持ちは生まれてしまう。ただ、古い家電はエネルギーの消費効率が悪いこともあるので、そのあたりはじっくり吟味したいポイントではあるのだけれど。
 
そして中古であれ何かを買うときは、同じ機能を持ったものは出来る限り手放すようにしている。椅子を売ってから椅子を買い、冷蔵庫を売ってから冷蔵庫を買い……。これは家の収納スペースが限られているからこうせざるを得ないという苦肉の策でもあったのだけれど、いざこうして売って、買ってを繰り返していると、今家の中になにがどれくらいあるか、という在庫を常に把握できるようになるので、風通しが良くなり清々しい。それに、なにかを買うとき「最終的に買い手がつくか否か?」という点を加味するようになってくるので、安物買いの銭失い、となることがうんと減る。

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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。