【短編】鉛を水に

 この世界ではかつて、とてつもないほど大規模な戦争が行われていた。その戦争で世界人口は半分に減り、大陸は月のようにぼこぼこになった。
 それからそこに住む人びとは考えた。
 戦争を、もっと安全に行おうと。
 
 「おい、お前今日が初めの戦場か?」
 「はいっ」
 「まあ、そこまで気張んな。昔と違って死ぬこたぁねーから」
 「はいっ」
 背の高い、今にも服を八切らせそうなほど隆々とした筋肉をまとった兵が、新兵に話しかけた。
 二人は他の仲間たちと共に北の大陸へと輸送されていた。その飛行機かの窓から覗いた空は、雲一つなく晴れ渡っており、綺麗な水色がずっと続いている。
 「全く、うちの国も負け続きだってのによくやるぜ」
 「まあ、あれだけ領土が持っていかれれば戦わざるを得ないわな」
 「今回は勝てるといいな」
 「勝てるといいなじゃない。勝つんだよ」
 「おい、静かにしろ。そろそろ現地に到着だ。今回も前回と会場は一緒だ。従って作戦も同じものでいく。今回は領土をとるぞ」
 各々が会話する中、指揮を執るであろう兵士が活を入れた。
 「了解」
 束になった返事が機内で響くと同時に、兵士たちの乗る飛行機が着陸した。
 その他飛行機に乗って来た兵を含め計1000人が、同じ大地に降り立ち、戦の火ぶたが切られるのを待つ。
 その間、兵士たちは銃に水を補填していた。
 「ったく安全なもんだぜ。水の掛け合いで戦争できるなんて」
 「ほんとそうだな。ただの肉塊にならなくて済むってだけでありがてえってもんだ」
 かつての戦争から学んだ人々は、鉄砲に詰める銃弾を鉛から水に変えた。飛行機に積むのも投げるのも、爆弾ではなく水風船。
 戦場も世界全体で取り決められた場でのみ行われ、賭けるものをそれぞれが提示してそれが両者政府機関が受理することで初めて戦争を行える。
 戦争で人が死ぬことがない世界を目指した結果、生き残った人々が出した答えがそれだった。
 今回の戦争では、両者領土をかけており、片方は港近くを、もう片方は農地をかけて争う。
 戦場は、両陣営が挟む形で小高い山が存在しており、それぞれスタート位置には滑走路が用意されている。
 また、そのスタート地点が拠点となり、全滅もしくは拠点制圧(拠点内にある旗を水でぬらす)によって勝敗が決する。
 なお、人間の死亡判定は、特殊防護服が濡れ完全変色すると自動停止機能により動きが止められることで行われる。
 そんな枠組みの中で戦争を行うことで平和が訪れると人々は信じたのだ。
 その戦争が、今まさに始まろうとしていた。
 「おい、準備はいいか。こちらA国の兵力は1000、向こうは3000といったところだ。以前より使用していた戦闘機からも変更は無さそうだ。兵力差はあれど、こちらの戦闘機に対する対抗手段はないと考えていい。お前ら、行くぞ」
 「おおおーーー」
 兵士のおたけびが広大な大地と空に響き渡る。
 山の向こうからも同様、大きな声の束がA国陣地に響いてきた。
 両陣営が挟んだ山の中心から白の花火が打ち上る。
 と同時に戦争が始まった。
 空と陸、両方で争いがくり広げられる。
 強化版水鉄砲から発射される水泡が、どんどんと飛沫をあげながら人間をなぎ倒していく。が、飛ぶのは血ではなく水で誰一人死ぬことなく、争いは進行していく。
 始まってから3時間も経たないうちに、この戦争は、終わりを告げた。
 「今回も駄目だったな」
 「ああ、次回までに作戦込みで訓練が必要だ」
 A国の敗北。
 「ありがとうございました。また機会があったらよろしくお願いします。」
 「はい、こちらこそ」
 両者握手を交わし、国へと帰る。
 もはや戦争はスポーツ化したと言っても過言ではない。
 「よし、帰るぞ」
 指揮官の声に合わせて、全員が飛行機に乗り込んだ。
 ぞろぞろと座る兵士達の背中は小さくはあっても、それ以上のものはなかった。
 また晴れ渡る空を飛んで、A国へ帰還した兵士たちを待っていたのは、国民からの非難の声だった。
 「おい、お前らのせいでまたうちの領土が減っちまったじゃねえか。どうしてくれんだ」
 「そうよ。ただでさえ経済が苦しいってのにどうしてくれるのかしら」
 軍事基地の柵の向こうから飛んでくる怒号とゴミ。
 「うるせえな。こっちは戦争に行ってやってんだ。黙ってろ」
 「おいっ。慎め」
 一人の兵が言い返したのを上官が止めた。
 「俺らに非はある。次勝つしかない。結果で示そう」
 どの兵士も悔しくないわけがない。ただ命を張っていないためか、失ったものがどれだけ大きいものなのかを理解しているものは少なかった。
 「お前らはうまい飯食ってるかもしれんがなぁ、こっちは毎日ひもじい思いしてんだよ。少しは命張るくらいの心意気見せろってんだ!」
 「そうだそうだ!」
 兵士たちが建物の中に入ってもなお、怒号は飛び続けた。
 世界が平和な戦争を目指した結果、どの国の兵も死なないことをいいことに、自分の国のために闘うという意識が失われていた。
 ただのゲーム感覚で領土や金が行き来する。
 だがそれは、政府や軍の視点から見ればの話だった。
 「お前ら、何を賭けて戦っているのかわかってんのか。うちの国の大事な領土だぞ。今回は農地を持ってかれたんだ。それが何を意味してんのか分かるか。明日食う飯が減るんだ。去年からどれだけ農産物の生産量が減ったのか知ってるか? ほぼ半分だぞ。ただでさえ苦しいのに、お前らはその重みをわかったうえで戦っているのか?」 
 一人の男が、怒りよりも悲壮の感情で語った。
 それを聞いた軍の司令官が兵舎から堂々と出てきて、鬼の形相を集まる国民に向けた。
 「うるさいぞお前ら。作戦会議中だ。これ以上は妨害したとして罪に問うぞ」
 そう言って司令官は銃口を向けた。
 「うるせえ黙―」
 「パンッ」と激しい破裂音が青空に響く。
 「死にたいのか」
 司令官が空に向かって銃弾を打ち上げたのだ。カランカランと空薬莢が音を立てて落ちる。
 集まった人々全員背筋が凍り、固まった。
 流れる風が、硝煙を掻き散らす。
 「は、ははっ。敵兵をその鉛玉で殺さずに、市民には脅しの道具で使うってか」
 先刻声を上げた男が、恐れながらも司令官に苦笑いを向けた。
 「平和な戦争だなんだと謳われてもう60年位経つがな、はじめは俺らもすげえことだって思ったさ。戦争によって命が脅かされなくなる。これで平和に過ごせるってな」
 男の苦笑いはどんどんと引きつっていく。
 「でもふたを開けて見ればどうだ? 元から強かった国が人数をかけて戦争をやり、領土を奪って豊かになっていく。その一方で俺らみたいな弱小国は領土や金を奪われたことで、結局貧しくなってんだ」
 男の声が震え始める。彼の表情は歯を食いしばり、どんどんと怒りを表していた。
 「死人だって、何人出たと思ってる! 戦争では出てないかもな。だが、それによって奪われたもののせいで、多くの人間がこの国では死んだんだ! 明日は俺が死ぬかもしれないんだ! なのにあんたらはのほほんと暮らして、来月また戦争をします、今度は必ず領土を拡大して見せますって―」
 男は両手を思い切り握りしめた。
 「ふざけるな! こっちの身にもなってみろ! やっているのは戦争なんだぞ! その自覚がお前らにはないだろ!」 
 思い切り叫ぶ男の目には涙が浮かんでいた。
 「去年、娘が死んだんだ。可愛い娘がたったの6歳で。病気でな、薬がないんだと。どうやら軍にはたくさん備蓄があるようだがな。一カ月前には妻が死んでんだ。一週間前には隣の家の若いあんちゃんが死んだぜ。一昨日は向かいの家の娘さんが。昨日だって俺の兄貴が死んじまったよ」
 男の声は次第に小さくなり、悲しみを帯びていく。
 「戦争で人が死なない? 死んでんだよ。戦争した結果死んでるんだよ。結局奪われた金や領土のせいで、多くの人間が死んでんだよ。こんなんだったら、水鉄砲なんて持たずに、鉛玉で戦争やった方がまだよかっただろうよ。殺し合って人の命の上でようやく手に入れられるってそのくらいのもんなんだぜ、きっと領土ってのは。おまえらの水でパシャパシャしてるだけのお遊びじゃ、全く釣り合わないってんだよ…」
 最後の方、男はほとんど涙声だった。
 世界が出した答えである平和な戦争。それは一見すれば素晴らしいものかもしれない。しかし、やることと、得るもの、失うものが全くの不釣り合いなものだった。
 そうしてまたきっと、反旗を翻した者たちが、鉛玉で戦争を始めるのだろう。
 なぜ世界はかつての戦争で、戦争を続けることにしたのだろうか。
 そもそも戦争を無くす働きをすればこんなことにはならなかったのではないだろうか。
 でもきっと、やめようとしても今日もどこかで、人は争い続ける。
 その理由が分かればきっと、あの男の家族も近所の人々も死ぬことはなかったのだろう。
 

 

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