私の孤独は私だけのもの
主人公はそんな日にねぎを刻む。
こまかく、こまかく本当に細かく。
そうすればいくら泣いたって自分を見失わない。
『つめたいよるに』を買ったのは
高校一年生の時だ。
毎日カバンの中に入れて
電車の中で読んでいたし
教室で、休み時間の合間にも読んだ。
カバーは破れてしまったので捨てた。
雨に濡れてシミができているし
文字が書かれている紙はうっすら黄ばんでいるが一緒に過ごした年月を感じられる。
はっきりとこの本は「わたしのもの」だとわかることが嬉しい。シミや黄ばみがこんなにも価値を持つのは本くらいのものだろう。
「ねぎを刻む」を初めて読んだ時
はぁ、大人になるとそんな時もあるのねぇと思った。好きな物語の一つだけど実感を伴うことはなかった。
あれから数十年経った今日、
仕事を終え帰宅して夜の散歩中、
不意にこの物語を思い出した。
一気に読み進め、一瞬で読み終えた。
言葉におさめられるはずがない不透明な気持ちがくっきり形になる感じ。
誰に話したってわかってもらえそうにない感覚が言葉になっている感じ。
この感じなんだよなぁ。
やっぱ好きだなぁ。
今日だっていつぶりだったかわからないほど久しぶりに読んだのに、私の気持ちがここに書かれてあると思った。
心の隙間に気づいてしまったら
気づく前には戻れない。
たとえ守りたいものや人
熱中できることがあったとしても
そんなもので隙間は埋まらない。
隙間からはからっ風が入ってくるので
こたつを出したり、
あたたかい物を食べたり、
運動したり、
お風呂に入ったり、
お酒を飲んだりなんかして
あたたまる方法を見つけるしかない。
たった1人で。
隙間ありきの自分で生きていくことが
幸か不幸かはわからないけど
誤魔化して生きるよりはずっといい。
主人公はねぎを刻んでいたけど
私にとってのねぎは散歩だったり
ちょっと良い入浴剤をいれてつかるお風呂だったり車の中で聞く音楽だったりする。
私の孤独は私だけのもので
誰にも癒せないので
今から良い香りのする入浴剤をいれて
お風呂につかることにしよう。
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