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寅次郎能戸村への旅~男はつらいよ番外編 (加筆修正版)【春弦サビ小説】



 ここ海に囲まれた静かな漁村、能戸村は数年間で急速に過疎化が進み深刻な医師不足で村の医療が逼迫していた。
 そのため新しく村役場の総務課長に就任した泉課長は新たに村に来てくれる医師を探した結果、沖縄の与那国島で開業医をしている諏訪満男医師、通称Dr.コトー先生に白羽の矢を立てた。
 当初彼は島の医療で手一杯と断っていたものの、泉課長の熱心な勧誘に根負けしついに能戸村へ赴任することにした。




 
今日は宵の口から村人たちが、居酒屋のようなBARのようなラウンジ「Pillo w's BAR」に集まり新任の諏訪医師の歓迎会を開いていた。
 そして一通り挨拶が済むと、みな銘々酒を呑み始めた。
「さ、さ先生どうぞ呑んでください。この村の地酒ですよ」
 満男の隣に座った泉課長が熱心に酒をすすめるが
「いえ僕お酒は苦手で……」と遠慮して飲まない。
 かえって酒豪で鳴る泉課長や他の村人たちの方が大いに鯨飲してるようだ。
 他の村人たちはギターを弾きながら歌い出す者もいて大いに盛り上がっている。
 そこへ村で唯一の高校で教師をしている見据茶先生が遅れて現れる。
「遅れましたあ。見据茶(みすてぃ)と申します。あれまあ、呑んどらんね。今日は諏訪先生が主役なんやから呑んで貰わんと困るよ~」
「ありがとうございます。でもこうしてみなさんのお話を聞いてるだけで僕は充分楽しいですから」
「こりゃ謙虚な先生ですな。そう言わず一口」
 泉課長が猪口に酒を注いだので満男も渋々口をつける。
 酒に弱い満男はお猪口一杯でも酔いが回ったのか頬を赤みが差した。
 この新任の医師を挟む形で泉課長と見据茶先生がカウンターに座った。
「諏訪先生、あなた島ではDr.コトーと呼ばれていたそうですね」
「ええ、まあ周囲に何もない絶海の孤島でしたから」
「なるほど。絶海の孤島だからコトーと」
「ってただのダシャレやないかーい」
「では我々もDr.コトーとお呼びしても?」
「もちろんです」
「ほんならコトー先生、これからよろしゅうおたのもうします。私、そんなに丈夫やないから時々お世話になるとおもいます」ペコリとお辞儀をする見据茶先生。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「見据茶先生は能戸高校の教師をなされてるんですよ」
「へえ、高校の」
「ええ、妙な縁でこの村に赴任したんですけど、ええとこです。私、社会科が本職なんですけど妙なことに音楽教えることになってますんや。ピアノもよう弾けんのになあ。あははは」
「まあ学校は学校で人手不足が深刻でしてね。見据茶先生には複数の学科を兼任して貰ってます」
 泉課長が渋い顔で答える。
「へえ、今はどこも人手不足で大変なんですねえ」
「ええ、しかし悪いことばかりじゃない。彼女コンピューターが得意で電子ピアノなんかやったりするんですが、教え子の中には歌手を目指すっていって上京した者もいるんですよ」
「へえ、この村から歌手ですか」
「ええ、彼女の薫陶を受けた子はみな優秀です。なんて言いましたっけ先生?」
「詠音(ヨミネ)サクちゃんですか?」
「そうそうサクちゃん。彼女、歌上手かったな。先生が作曲されて彼女が歌ったんですよ」
「へえ、それはすごい」
 その時三人の背中合わせで、チビチビ酒を呑んでいた四角い顔の男が振り向いた。
「ちょいとそこの姐さん。今、詠音サクちゃんと言いませんでしたかい?」
「ええ言いはりましたよ。私の教え子ですもん」
「間違いねえ。わたくしそのサクちゃんと先日、能登鹿島の電車でばったりお会いしました」
「あら、人の縁とは不思議なものですねえ。サクちゃん元気にしてはりましたか」
「ええそりゃ元気元気。俺が冗談言ったら腹を抱えて笑ってました」
「さよですか~。サクちゃん元気か~。よかったわ~」
 涙ぐむ見据先生。
「ちょうど周りに誰もいなかったからね。ひとつ歌って貰いましたよ。たしか春は希望だっけかな。いい歌でねえ」
「は、春は希望ですか!それ、私が作詞したんですよ」
 目を丸くする泉課長。
「ええ、くえすさんが作曲したのを私が編曲して、泉課長に歌詞書いて貰いましたなあ」
「へえ、おあ兄さんが作詞。そしておあ姐さんが編曲ねえ。そいつは恐れ入谷の鬼子母神。能登鹿島といやあ加賀百万石で有名です。そのお殿様の前田候が地元の名物にって作り始めたのが、ご存知あたり前田のクラッカー」
「なんでやねん!」
「私、歴史はそこそこ詳しいんですがそりゃデタラメですな」
「はははは。分かりましたか課長。これはねえ、俺の考えたテキ屋の口上ですよ」
 そう言って泉課長の肩を叩く寅次郎。
「あなた只者じゃないですね?一体何者なんです?」
「これは申し遅れました。わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」
 さっきから黙って三人の話を聞いていた満男が目を丸くして言った。
「お、叔父さん!?本当に叔父さんなの!なんでここにいるんだよ!」
「おめえもしかして満男か?老けたなあ。白髪のいい親父じゃねえか。きっと苦労したんだろうなあ」目に涙を浮かべる寅次郎。
「叔父さんとっくの昔に死んだはずだろ。ちゃんと葬式も出したのに」
「あなたたちお知り合いなんですか?」と泉課長。
「お知り合いも何も、俺のたった一人の肉親のさくら。そのひとり息子がこの満男よ」
 満男は口をあんぐりと開けている。
「なんでえ満男。久しぶりに会ったってのに幽霊でも見るような目えしてよ」
「だって信じられないよ。27年も会ってなかったんだからさ」
「俺だって27年も経ったなんて信じられねえよ。俺の葬式までして貰ってよ。しかし積もる話は後にして今夜は呑もうや」
「うんうん、呑みましょ呑みましょ♪」
そう言って酒を呷る見据茶先生。
「お、姐さんいける口だねえ」
「寅さんこの村の人たちはね。だいたいみんな酒豪なんですよ」
「そういう兄さんもいい呑みっぷりじゃねえか」
「ははは。分かりますか。でも実はね。医者に止められてるんです」
「なに、上等の酒なら百薬の長さ……」
「寅さんはなんでこの村に来なはったんですか?」
「なにこの満男がね。沖縄でお医者をやってるって聞きましてね。どれ一つ見に行くかってリリーという女と与那国島へ行ったんですよ。そこの診療所に行って聞いたら先生、能戸村へ転勤したっていうんで遥々この能戸村までやってきたと、こういう訳です」
「へえ、そりゃ遠くからご苦労様です」
「……それじゃ叔父さん。リリーさんはどうしたんだよ」
「リリーはよ。昔沖縄で暮らした家に戻って、世話になった人に挨拶してくるって言ってそのまま俺と別れたよ」
「へえ、叔父さんがまだリリーさんと仲良くしてるなんて驚きだなあ」
「驚きなんてもんじゃねえぞ満男。なんせ俺とリリーは結婚したんだからな」
「叔父さんがリリーさんと結婚!本当に?」
「ああ、俺もとうとう年貢の納め時よ」
「ふふふ。そんなこと言うたらあきまへんって寅さん」
 寅次郎の肩を叩いて笑う見据茶先生。
「えへへへ。ところでみなさん、今日は何の集まりで?」
「あら知らないんですか?今日はコトー先生の歓迎会ですよ」
「へ!満男のためにみんな集まってくれたんですかい?」
「ええ、なんせコトー先生は私が無理に勧誘しちゃいましたからね。早く馴染んでもらおうと……」
「それじゃ挨拶しねえとな」
 寅次郎は急に椅子から立ち上がると大声で話し始めた。
「ええ~、能戸村のみなさん。本日はわたくしの甥っ子、諏訪満男のためにお忙しい中お集まり頂き、重ねて御礼申しあげます。なにせわたくしの甥っ子でございますので、到らぬ点は多々あるとは思いますが、何卒ご指導ご鞭撻をほどよろしくお願い申しあげます。つきましては不肖車寅次郎、ここの払いは全部持ちますのでどうぞみなさん、高けえ酒でもつまみでも心置きなく呑み食いしてください」そう言ってペコリとお辞儀する寅次郎。
わ~っとあちこちで歓声があがる。
「え~この店の大将はどちらさんで?」
 それを聞いてカウンターの奥から、白シャツに黒いスラックスを着た上品な紳士が現れる。
「はいはい、私がこの店の大将兼マスターの暁月夜まくらと申します」
「そうかい。ちょいとまくらさん。この店で一番高けえ酒はいくらだい?」
「はい、当店で最高額のお酒は零響 -absolute0- 税込38万5千円でございます」
「よし、そいつをここにいるみなさんにジャンジャン振る舞ってくれ。俺の払いでな」
「かしこまりました」
「いいんですよ寅さん。村役場の接待交際費で下りるんだから」
 寅次郎の袖を掴み苦笑する泉課長。
「いやあ課長。満男がお世話になるんだ。浮いた経費で奥さんに、バラの一つも買ってやってくだせえ」
「し、しかし」
「いいのかよ叔父さん。懐具合は?」
「心配ねえって満男。俺はこの前まで銀河鉄道に乗って宇宙を旅してたんだ。そこでリリーがよ。とある星で源公にスコップとつるはし持たせて、さんざんダイヤ掘りをしたのよ。俺もいくらか貰ったよ。これを売りゃあ当分困らねえだろ」
 そう言って寅次郎は懐から虹色に光る石を5、6個取り出すとテーブルに置いた。
「まあ素敵やねえ。寅さん、ちょっと見てもええですか?」
「ええよ姐さん。なんならお一つ差し上げますかあ」
「あら、うれしいわ~」
 ポケットから虫眼鏡を取り出してじっくり石を観察する見据茶先生。
「……あの、寅さん」
「あいよ」
「これ、ただの硝子の欠片です……」
 ガクッと崩れ落ちる寅次郎。
「……だってよ叔父さん。ここの払いは一体どうすんだよ?」
「う~ん、そいつは困ったなあ」
「あの~寅さん。さっきはああ言いましたがね。実は村役場の接待交際費は一人当たり五千円が上限なんですよ……何分予算の少ない村でして」
 青ざめた顔をする泉課長。一本38万五千円の零響はすでに何本か開栓されて振る舞われてしまっている。腕を組んで考え込む寅次郎。
「……こうなったらまくらさんに土下座して……とらやのツケに……」
 そのとき寅次郎の背中に冷やりとするものが走った。
「なんならうちが立て替えましょか~」
 風鈴のような涼やかな声に一同振り返ると、そこにはいつの間に来たのか、濃い水色の着物姿に髪を銀杏返しに結った、真っ白い顔の舞妓さんが立っていた。
「あ、あんたは!?」
「お久しぶりどすなあお兄さん」
「思い出した。あんたあの時の雪女じゃねえか!また俺の命を獲りにきやがったな。みなさん、俺はこいつに京都の宿屋で騙されたんですよ」
「へえ、この人が噂の雪女ですか。えらい別嬪さんですなあ」と 見据茶先生。
「これじゃ人間と見分けがつきませんね」
「って感心してる場合じゃねえよ課長。こいつと接吻すると死んじまうんだから」
「おほほほ。あの時は堪忍どすえ~。なに今日は島風先生にご同伴して、ここへ来はっただけですから心配しなさんな」
 不意に雪女の後ろから、眼鏡を掛けた年齢不詳の男が現れた。
「こんばんは。私はイーハトーブで郷土史研究家をしております、島風ひゅーがという者です。ここにいる助手の雪女君とはマッチングアプリで知り合いました」
「いややわ~、いらんこと言わんといて~。先生のいけず~」島風を叩く雪女。
「その先生がなぜここに?」と泉課長。
「この能戸村には河童がいると聞きまして探しに来たんです」
「う~ん河童は知りませんが、人魚見たゆうんはよう聞きます」 
 と見据茶先生。                
「ほう人魚ですか。それは興味深い」
「そんなことより先生よ。その雪女と接吻すると命を獲られるんだぞ。騙されちゃいけねえ」
「あらわたし、そんな悪いこと、もうしはりません」
「ほ、ほんとかよおい」冷や汗を垂らす寅次郎。
「だってあんとき、お兄さんと接吻したあとお腹壊してなあ。三日三晩寝込んだんどす。煮ても焼いても食えん人とは、お兄さんのことどすなあ~」


※これはフィクションであり実在の人物、団体とは一切関係ありません。
#春弦サビ小説


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