クリスの物語(改)Ⅳ 第8話 パラレルワールド
クリスは胸に抱いたベベに視線を向けた。
正直、なんと返事をすれば良いか分からなかった。海底都市でも風光都市でも、死と隣り合わせの危険な冒険だった。
もちろん、本当にクリスタルエレメントが奪われてしまったのであれば、それを奪い返さないことには地球が滅亡させられてしまう危険がある。仮に滅亡を逃れたとしても、地球人類は闇の勢力に支配され続けることになる。
それを阻止するためにも、クリスタルエレメントは取り返さなければいけない。しかし、やはり危険が多すぎる。それに今回はクレアやエランドラもいない。そんな中、闇の勢力の本拠地に乗り込むなんて自殺行為だ。
『当然、私たちがお供いたします』と、心配するクリスの思いを察してマーティスが言った。
『それと、こちらもご用意してございます』
マーティスは、しゃがんで足もとに置いたバッグを広げた。そして中から黒い布を取り出すと、一人ひとりに手渡した。
クリスはベベを地面に降ろして、それを受け取った。
『ピューネスです。皆さんそれぞれの特性を織り込んだピューラをベースに、さらに飛翔力と防御力を強化したものです』
3人は受け取った黒い布を広げた。それはいくつものポケットがついた上下黒一色のつなぎだった。
さらに、黒のブーツも渡された。それらを身に着けてサングラスでもかければ、少年スパイにでもなれそうなユニフォームだった。ベベ用のつなぎもしっかり用意されていた。
それらを抱えて、3人は顔を見合わせた。いつの間にか、協力するような態勢になっていた。
すると、紗奈がはっとしてマーティスに質問した。
『行くとなったら、今から行くのですよね?』
『はい。勝手で申し訳ありませんが、取り返しのつかなくなる前に奪い返す必要がございます』
マーティスはそう言って、頭を下げた。
『でもこの次元でのことになるわけだから、時間は同じように過ぎていくわけでしょう?』
紗奈のその質問に、クリスも優里もピンときた。
そうだった。今回は次元の違う別都市へ行くわけではないから、元の時間に帰ってこられるということはない。しかも、行き先は海外だ。
何日滞在することになるのかは分からないが、いくら夏休みだとはいえ海外へ行くなんて親の許可は絶対に得られない。夏休み中の部活だって、そんな何日も休めない。
そんな懸念を抱く3人に、マーティスは『心配いりません』と告げた。
『それについては、すでに手を回しています』
『どういうことですか?マーティスさんがわたしたちの親をすでに説得しているとでも言うのですか?』
紗奈のその質問に、マーティスは首を振った。
『いえ、私からあまり詳しいことはお伝えできませんが、これから皆さんには別の並行現実へと一時的にシフトしていただきます』
『並行現実?何ですかそれ?』
興味深そうに優里が質問した。
『別名、パラレルワールドと呼ばれるものですが・・・この宇宙には、あらゆる可能性の現実が無限に遍在しています。そしてそれらの現実は、同時に並行して存在しているのです』
『え?それじゃあ、他の世界にもわたしたちが存在しているっていうことですか?』
『はい。そうです。皆さんが存在しない現実も存在します』
優里はクリスと紗奈の方を振り返った。それからまた顔を戻して質問した。
『それじゃあ今からわたしたちは、わたしたちの存在しない世界へシフトするということですか?』
少しの沈黙の後、マーティスは首を振った。
『そういうわけではありません。皆さんは存在しますが、皆さんが周りから干渉を受けない、隔絶された世界へ移行します』
優里は考え込むようにうつむき、腕を組んで顎先を撫でた。その隣で紗奈も考え込むように唇を指でなぞっていた。
クリスには、何が何だかさっぱりだった。
『いずれにいたしましても、それについてはあまり深く考えなくていいでしょう。この任務が完了したときには、元の並行世界へまたシフトいたしますので』
マーティスのその説明に、紗奈が待ったをかけた。
『でも、それって安全なのですか?たとえば、戻ってこられなくなっちゃうとか、そういった危険はないのですか?それに、そっちの世界に存在するわたしたちもいるのですよね?そのわたしたちと出会っちゃったりしたらどうするのですか?』
『そのような心配はありません』と、マーティスは言った。
『ご理解いただくのは少々難しいかもしれませんが・・・並行現実は無限に存在し、それぞれの現実を経験している皆さんも同時に存在します。しかしどの並行現実を体験するかは、皆さんの選択次第なのです』
そう言いながら、マーティスは一人ひとりを見回した。
『たとえば、皆さん自身の肉体がマシーンだと考えると分かりやすいかもしれません。自分自身のマシーンが、無限に広がる世界にいくつも同時に存在し、それぞれが同時に稼働している。しかし、どのマシーンに乗るかを選択するのは皆さん自身であり、それによって体験する世界が変わってくるということです。
実際に、誰しもが皆そのマシーンを乗り換えながら、つまり並行現実を移動しながらこの宇宙を生きているのです。ですから、別の世界に住む自分に遭遇するなんていうこともないですし、これといって危険なこともありません』
マーティスの話に、3人とも首をひねった。
『とにかく、そのメカニズムについて理解する必要はありません。時間は経過しますが、戻ってきたときには同じ時間が経過した元の世界に戻りますので特に支障はないでしょう』
『ということは、ぼくたちが別の並行世界へ行っている間、こっちで同じ日数を過ごすぼくたちもいるっていうことですか?』
浅い理解ながらも、クリスは思いついたことを質問した。するとマーティスは『その通りです』とうなずいた。
『私がこうして皆さんの前に現れない現実もありますし、皆さんが私と一緒に来ることを選択しない現実など、無数の現実が今まさに並行して進んでいます。戻ってくるときには、そのとき最もフィットする並行現実へ戻っていただくことになります』
それについて3人はまた考え込んだ。しかし考えれば考えるほど、迷宮にはまり込んでしまいそうだった。ベベとエンダはいつの間にか空き地に降りて、追いかけっこをしていた。
二匹のその様子を眺めている内に、3人はなんとなく決心がついた。やはりアセンションを迎えて、こうしてドラゴンとも自由に交流出来るような時代がきてほしい。
3人は顔を見合わせてうなずき合った。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!