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クリスの物語(改)Ⅱ 第九話 メディアによる洗脳

『テレビっていうのはね』
 テステクを手に、まるで講義するようにクレアが話し始めた。
『必ずしも人々が知りたい情報や知るべき情報、真実の情報を流すのではなくって、政府や、さらにその政府を動かす勢力が国民に真実を悟らせないように、間違った事実を真実と信じ込ませるように情報を操作しているの。国民を洗脳するのにテレビはこれ以上ない、うってつけの道具なんだよ。そう思うでしょう?』
 クリスと紗奈は顔を見合わせ、『さあ?』と首を傾げた。

『例えば学校で人気者の生徒がいて、その子のことを気に入らない連中がいるとするでしょう?その連中がその人気者の生徒を蹴落す場合、どうしたらいいと思う?』
『うーん・・・』とうなって、クリスは首をひねった。
『悪いウワサを流す、とか?』
 腕組みをして考え込むクリスの横で、紗奈が答えた。
『そのとおり』と言って、クレアはテステクの先端を紗奈に向けた。

『あいつは本当はこういう人間だと嘘の情報を流して、周りが抱く人気者のイメージをマイナスなものにしてしまうの。一人の人間がそんなことを言ってもあまり相手にされないとしても、何人かの人間が同じことを何度も言いふらす内に、それが真実だとみんなが思い込む。それでその人気者もいつの間にかその地位を失墜している、というわけ』
『でも、それとテレビと何の関係があるの?』と質問したクリスを手で制して、クレアはさらに続けた。
『そういったのと同じような意図が、テレビにはあるの。繰り返しイメージを流すことによって、人々の脳に植え付けたい情報を刷り込ませていくことがテレビや新聞などのメディアにはできる、ということ。それも、同時に不特定多数の人に対してね』

『テレビや新聞を使って誰かを人気者にしたり、逆に人気者の地位を引きずり降ろしたりするっていうこと?』
 クリスの質問に、クレアは大きく首を振った。
『今のたとえ話は、人々をコントロールするのにどういう風に情報を操作するのか、ということを例にとって話しただけだよ』
 理解度をチェックするように、クレアはクリスの顔をのぞき込んだ。

『地表世界にも、自分たちがすべてを支配するいわば神だと考えている勢力があるの。言ってみればそれが“闇の勢力”ということなんだけど』
『闇の勢力?』
 クリスが聞き返した。闇の勢力と言えば、地球の次元上昇を阻止しようとしている者たちのことだ。それが地上にもいるというのだろうか?
 クリスの思いを読み取って、クレアがうなずいた。

『もちろん。闇の勢力は地表世界にもいるよ。というよりむしろ地表世界は闇の勢力が牛耳っていて、国や政府は闇の勢力によって影でコントロールされているんだよ』
『え?それじゃあ、地球はもう闇の勢力に乗っ取られているっていうこと?』
 既に地球が闇の勢力に支配されているのなら、今回地底世界へ来た意味が分からなくなるとクリスは思った。それについて、クレアが説明した。

『とっくの昔から、地表世界は闇の勢力の支配下にあるよ。でも、だからといって地球が消滅するような危険はなかったの。それは、地球が次元上昇する段階に入っていなかったからなのだけど、でもいよいよ次元上昇する段階に入った今、地球は同時に消滅の危機にもさらされているというわけ』
『次元上昇することと消滅することって、どういう関係があるの?』
 クリスは、“次元上昇”や“消滅”の違いをいまひとつ飲み込めていなかった。

『次元上昇と消滅は、表裏一体なの。ともかく、それについてはまた中央部のソレーテから詳しく話があるはずだよ』
 話が逸れたと言って、クレアはまたテレビのことに話題を戻した。
『ともかく、闇の勢力がすべての人間をコントロールするのに、まずは情報を操作することが手っ取り早い方法だというわけ。そして人々は、国や政府からまさか嘘の情報が発信されているなんて夢にも思わないから、嘘か真か疑うことなく、テレビから流される情報を真実として鵜呑みにしてしまっているの。それが操作されている情報とも知らずにね』
『ふーん』
 クリスがうなずくと、その隣で『なんか、そんなの信じられない』と紗奈がつぶやいた。クレアはそんな紗奈をちらっと一瞥すると、『まぁ、別に信じなくてもいいけどね』と言って話を続けた。

『テレビを通じて知らず知らずのうちに、人類は恐怖や不安、嫉妬や罪悪を刷り込まれ、何が幸せな人生なのか。どういう人生を送るべきで、どういう人生は蔑まれるべきなのか。何を食べて、何を食べるべきでないのか。どういう考え方をしたらまともで、どういう考え方をしたら異常なのか。そういった思考や観念、信念や感情まですべて操作されてしまっているの』
 真剣な眼差しをふたりに向けると、『まぁでも全部学校で教わったことで、わたしはテレビなんて実際に観たことはないんだけどね』と言ってクレアは肩をすくめた。

『でも、テレビで流される情報が全部嘘だというわけではないのでしょう?』
 顔に垂れた髪を手でかき上げ、紗奈が質問した。
『もちろん、すべてが嘘だというわけではないよ』
 ゆっくりと瞬きをして、得意そうにクレアは答えた。
『でもそれ以前に、何を流していいのか、何を流してはいけないのかっていうのがまず操作されているからね』
『だってそれは、残酷な映像とか子供が観たらいけないようなものは、当然規制しないといけないでしょう?』
『ううん。そういうのじゃなくて、国民を洗脳する上で支障をきたすような思想や考え方とか、それらを擁護するような内容についても、メディアで流される前に操作されちゃってるんだよ』
「支障をきたすような思想・・・」とつぶやくと、紗奈は背もたれに寄り掛かった。そして少し考え込んでから、また質問した。

『そのマインドコントロールするのに支障をきたす思想や考え方って、たとえばどういうものなの?』
『たとえば、人類の起源や人類の持っている本当の能力について、だよ』
 クレアはそう答えると、左腕にはめた腕輪の位置を直した。それはクリスに上げたものと同じ銀のミラコルンだった。

『人類が持つ本来の能力を開花させれば、わたしたちのように飛翔することもできるようになるし、時間や空間もコントロールできるようになってある程度次元間の移動も自由にできるようになるよ。それに、マージア・・・マホウだっけ?それも、当たり前のように使えるようになるよ』
『そうなの?』
 驚くクリスに、クレアはうなずき返した。

『それなら、なんで人類はその能力を使えるようにしないの?』
『だからぁ』と言って、呆れるようにクレアはため息をついた。
『そういった人間の持つ能力、その可能性に人類が気づいてしまったら、闇の勢力たちは人類を自分たちの支配下に置いておくことができなくなっちゃうからだよ。自分は状況の奴隷であり、何もできない無力な存在だと信じ込ませておくことによって、闇の勢力は人類を自分たちの思い通りにコントロールすることができているわけ』
『あ、そういうことか。それがマインドコントロールっていうことなんだね』
 ようやくクリスが理解すると、クレアはやれやれというように首を振った。

『ということは、マインドコントロールされなかったらぼくたちも自由に空を飛んだり、魔法が使えるようになったりするっていうこと?』
『うん、そうだよ。それに、クリスたちはもうこうしてこの地底世界へ来ることができているでしょう?それってもう、マインドコントロールから解放され始めてる証拠だよ』
『そうなの?』
『うん。わたしたちの存在やこの地底世界のことについても、地表世界では情報が操作されてしまっているの。だから、洗脳されている状態ではわたしたちの存在に気づくこともできないし、ましてや地底世界へ足を踏み入れることだってかなわない。
 つまり、わたしたちの存在を認識できて地底世界へ来ることのできたクリスたちは、もう洗脳から解かれてるってことだよ』
 その話を聞いて、クリスはその日“お城”で軽トラックに乗った近所のおじさんが、クレアやラマルの存在に気づかなかったことを思い出した。

『それじゃあ、ぼくたちはもう魔法が使えるようになってるってこと?』
 クリスが興奮を抑えきれずに身を乗り出すと、クレアは首を振った。
『マージアが使えるようになるには、クリスが自分で自分にかけてしまってるリミットをもう少し広げる必要があるかもね』
『リミットを広げる?』
『うん。今はまだクリス自身がそれをするのが不可能だと思っているってこと。でもこの世界に順応していくことでその観念も徐々に取り除かれていくから、そのうちできるようになるよ』
『ふーん。そうなんだ』
 不可能だと思っているかといえば、まあたしかにそうかもしれないとクリスは思った。

『でも』と、紗奈が口を挟んだ。
『なんで闇の勢力は、地底世界やクレアたちのような存在を地上の人間に知られたくないと思っているの?』
『だって、わたしたちの存在に人類が気づいたら、今まで闇の勢力がだましてきた多くのことが、嘘だったとばれてしまうもの。他の星の生命体や、宇宙の真実に関してもそう。それらの存在や可能性を人類が探求し始めたり、他の惑星の存在とコンタクトを取るようになったりしてしまうと、今まで闇の勢力が信じ込ませてきた嘘がばれて人類が目覚め、マインドコントロールが解かれてしまうからね』

『何としてでも、闇の勢力は人類を支配しておきたいのね』
 紗奈の言葉にクレアはうなずき、さらに続けた。
『それに、テレビからは焦燥感や不安感、無力感を起こさせたり、意欲や思考を低下させたりする信号が常に送り出されているんだよ。だから、テレビをずっと観ていると感情表現が乏しくなって、現実創造が困難になったり、願望や希望が抱けなくなったりしてしまうの。まぁ、それこそが支配者たちの目論見なんだけどね』
 話し終えると、クレアは足を組んで両手で膝を抱えた。
『テレビについての話はそんな感じだよ。分かった?』
『まぁ、なんとなく』
 少なくともテレビはあまり観ないようにした方が良さそうだ、とクリスはうなずいた。

『それじゃ、行こうか』
 部屋を出た広間で、エランドラとラマルが待っていた。
『もういいのかしら?』
 クテアに座ったエランドラが、振り返って尋ねた。
『ちょっと待って。わたしも荷物を置いてくる』
 紗奈はそう言って、小走りで自分の部屋に向かった。

『睡眠は取らなくて大丈夫かしら?』
 クリスがクテアに腰かけると、エランドラが聞いた。
『うん。全然疲れていないし。それに、まだこんなにも明るい時間帯だし大丈夫だよ』とクリスが答えると、クレアがにんまりとした。
『明るい時間帯なんていうけど、こっちではずっとこの明るさだよ』
『え?一日中?』
 驚くクリスに、クレアはうんうんとうなずき返した。

『そもそも、一日という概念もないもの』
『えっと・・・ってことは朝も昼も、夜もないの?』
 クレアはまた大きくうなずいた。
『それじゃあ、いつ寝ていつ起きるの?朝ご飯や昼ご飯、それに夕ご飯はどうしてるの?』
 次から次へと質問するクリスに対して、クレアは何度も首を振った。

『寝るのも食事をするのも、必要なときに必要な分だけだよ。別にいつ寝ていつ起きるとかいつ食事をする、なんて決まりはないよ』
 それを聞いて、地底人は食事をしなくても生きていられるということをクリスは思い出した。前世で地底世界に来たときに、エランドラからその説明を受けたのだった。
 それなら寝ないのも大して問題ではないのかもしれない、とクリスは思った。

『わたしたちが食事をしたり睡眠したりするのは、地表世界の人たちとは目的が違うんだよね。地球と一体になるためのグラウンディングを促すために食事をしたり、睡眠するのももちろん体に休息を与えるためでもあるけど、休息を取るだけならマルゲリウムっていう体力回復装置に入るだけで十分。
 睡眠をする主な目的は、夢を見ること。それと別次元の存在とアクセスをしたり、波動の調整をしたりする必要があるときかな』
 両手に持ったテステクの先端を重ね合わせて、カチカチと音を立てながらクレアが言った。
 すると、紗奈が部屋から出てきた。テステクを片手に「ヴェヌル」といってマウルを閉じると、紗奈は満足そうな表情をした。

『紗奈も準備はいいかしら?』とエランドラが確認すると、紗奈は小さく頭を下げた。
『では、ピューラを仕立てに行きましょうか』
 エランドラの掛け声に、全員立ち上がった。


第十話 ピューラを仕立てに

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!