「流行の枕」 ショートショート
Fさんは最近、夜寝付けない事が多くて悩んでいました。そのせいか会社でもミスが目立つようになり困り果てていました。
ある日、寝具を変えてみたらどうかと会社の同僚のアドバイスを受け、家の近くの国道沿いにできたばかりの大手家具チェーン店に休日Fさんは訪れました。
店内の、商品が所狭しと並べてある棚を見て回っていると
「お客様、何かお探しですか」と店員に声を掛けられました。
「実は、最近夜寝付けなくて困っていてね。それで枕を変えてみようと思ったのだけれど。ほら、こんなに色々あるからどれが良いのやらさっぱり分からなくてね」
「なるほど。それなら当店におオススメ商品がありますよ。まさに安眠には最適かと」
「ほう、そんなものがあるのですか。早速見せて下さい」
「かしこまりした、ご案内いたします」
そしてFさんが案内された区画には、長方形の様々な色の石が並んでいました。
「こ、これは」
「こちらが当店人気No. 1の、今年流行りのパワーストーン枕でございます」
「パ、パワーストーン?」
「さようでよざいます。こちら大変人気商品でございまして、品切れが続いておりましたが今朝ようやく入荷致すことができました」
商品棚には色々な種類のパワーストーンが陳列されていて、それぞれの効能も丁寧に説明書きが添えてあります。
「いや、しかしこれじゃ硬すぎて痛いのではないだろうか」
Fさんは尋ねますと、店員は笑顔で
「最初はどのお客様もそうおっしゃられます。しかし実際に使って頂ければお分かりになられると思います」
店員は笑顔でそう言うと、一つの枕を手に取り、ベッドの上に置きました。
Fさんは、店員に促されてベッドに横たると、枕の硬さとひんやりとした冷たさを後頭部に感じました。
「何かこう、伝わってきませんか?今お客様に良いエネルギーが流れているのですが」
「うーん、確かに何か感じるような気がするなー」
「この気こそが波動を整えて安眠をもたらしてくれます。こちらの商品は大変人気商品でして、ご購入頂いたお客様にも大変ご満足頂いていております。当店が自信を持っておすすめできる商品でございます」
店員は弾けんばかりの笑顔をFさんに向けます。
「そこまで言うなら間違いないのだろうね。けれどねぇ…ちょっと予算オーバーだなぁ…」
日本最大手チェーンのこの家具屋は、リーズナブルな価格を売りにして親しまれていますが、この枕だけは桁外れに高値が付けられていました。
「ご安心下さいませ。分割払いも可能となっております。24回払いまでは手数料も頂きません」
「しかしねぇ…」
「それにここだけの話で、あまり大きな声では言えないのですが……。やはり大変人気商品ですので、当店もようやく入荷できた次第で、今ある分が売れてしまったら次の入荷は再来年になるとも言われていまして…」
「なるほどねぇ…今しかないということかぁ…」
「それと今回は本当に特別な事なのですが、当店も日頃のお客様への感謝の気持ちを込めて、今だけ無料で当店専属の陰陽師による祈祷で、購入される枕とお客様の波動を合わせさせて頂いております。それによってフルに恩恵を受ける事ができますので、安眠はもちろんのこと、運気も間違いなく上昇します」
「分かった、背に腹は変えられまい。買いますよ」
「ありがとうございます。それでは早速こちらで祈祷を受けて頂きましょう」
そう言われレジへ案内され待っていると、そこに家具屋には到底似つかわしくない仰々しい着物を着た陰陽師が数珠をジャリジャリさせながら登場しました。
「それでは始めさせて頂きます」
そしてFさんはレジの前に立ちながら15分程、その場で枕と共に祈祷を受けたのでした。
「どうですか?もうこの時点で何か今までと違う感じがするでしょう」
Fさんは少し興奮気味に「はい、なんかこう、心身が清らかになったというか。世の為人の為に私は尽くしたいです。今の私には怖いものはありません。何でもできそうな気がしてきました」
「今、凄い運気がお客様に巡ってきていますよ」
穏やかな表情と声音で陰陽師にそう言われると、本当に今世界で一番自分は幸福なのだと思わずにはいられませんでした。
少々痛手の出費だった24回払いの精算も、世界一幸福なFさんにとってはもはや蚊に刺された程度にしか考えていません。
こんな良い買い物ができるなんて今日は本当にツイている。これが枕が良かったら別の種類の石の枕も検討してみようか。そんな事を考えながらFさんは満足そうに帰っていきました。
店員はFさんを見送った後、一人ほくそ笑んでいました。それもそのはずです。その店員は今月のノルマをたったの3日で達成してしまったのですから。
流行、人気、限定。これらの言葉をうまく織り交ぜながら、少しばかりの笑顔を添えれば客はすぐに落ちる事を店員は熟知しています。
そんな事を思いながら店員は鼻歌まじりに上機嫌にスキップして店のバックヤードに戻ると、大量に積まれて埃をかぶった石枕を一つ、手で適当に拭って空いた商品棚に一つ放り投げました。
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