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【短編小説】 サングラス


 今日、僕はサングラスをかけて外を歩いてみようと思う。昨日、お母さんに100円ショップでねだって買ってもらったのだ。お母さんは顔をしかめていたけれど、このかっこよさが分からないなんてどうかしてる。真っ黒のレンズが凄くかっこよくて、鏡に映る僕はなかなかさまになっている。いつも大人の人からは子供あつかいされるし、クラスのみんなからはチビチビってバカにされている。隣の席のみさきちゃんからは弟扱いまでされている。けれどサングラスをかけた僕の姿を見たらもうそんなことはしないはずさ。

 たくさんの人に僕の姿を見てもらいたい。そう思って人が集まりそうな近所のスーパーに来た。最初は少しドキドキしたけど、いろいろな人に注目されているのが分かって、僕は誇らしさで胸がいっぱいになった。きっと芸能人ってこんな気持ちなんだろうな。何やら僕の方を見てヒソヒソ話したり、指をさしている人たちもいるけれど、もしかしたら僕のことも芸能人かなにかだと思っているのかもしれない。声を掛けられたられたり、サインを求められたらどうしよう。
 それから店内を歩き回って、色々な人たちに僕の姿を披露した。驚いた顔をする人とか、立ち止まって見てくる人達がいっぱいいて面白かった。
 でもそろそろ店を出た方が良さそうだ。僕のことを見に人が集まってくるかもしれない。僕は大好きなポケモンのグミをレジに持っていって110円手渡した。レジのおばさんは少し困ったような表情をしている。そして当然10円返されたけれどイケている僕は受け取らない。おつりを受け取るなんてそんなカッコ悪いまねできるものか。100円なのに110円出す僕はなんてクールなんだろう。10円はおばさんにプレゼントだ。 

 サングラスをかけたイケている僕のウワサはあっという間に学校中にも広まるだろう。たとえ学校でサングラスをかけていなくても、きっと近いうちに近所のなぞのイケイケの少年が僕であることを誰かが突き止めるにちがいない。あぁ、これはちょっと困ったことになるかもしれないがそれも仕方がない。その時はおとなしく白状するさ。
 今の僕にはなんでもできそうだ。どんな悪党が現れたって負ける気がしない。よーし、手始めに学校に行ったら先生に代わっていじめっ子達をしかってやろう。今の僕に怒られたらきっとみんなおとなしくなるはずさ。
 そしてみんなが僕のことを尊敬して、友達にもなりたがるだろう。けれど全員と平等に接したいと思う。誰か一人を特別扱いはしたりしない。僕と友達になる権利は全員平等にあるということなのだ。そうだ、学校で僕の取り合いでケンカにならないように(僕と遊べる券)を作るというのはどうだろうか。一枚10分、休み時間や、放課後に使える。なかなかよいアイデアだと思う。

さて次はどこへ行こうかな。もっともっと人が集まるところがいい。すごい騒ぎになるかもしれないな。あっ、でも僕の後ろに行列ができてもちょっと困るしなぁ。
 僕はスーパーの入り口を出ようとした。


あれ・・・



自動ドアが開かない・・・


そうか。僕は身長が低いせいかセンサーが反応しないことが多いのだ。今まで何度もそういうことがあって嫌な思いをしてきた。
 ドアの前で動き回ったり、助走を付けてジャンプしたりもしてみたけれどダメだった。大人が来るのを待ってみても中々だれも通ってくれない。
 こうなったら・・・サングラスを取ってセンサーにかかげてみた。けれど何も起こらなかった。ドアはぴくりとも動かない。途方にくれた僕は力が抜けてもう立っていられなかった。


 「あら、ケンタ君じゃない!どうしたのこんなところで泣いて。転んだの?」
顔をあげるとみさきちゃんのお母さんが立っていた。後ろにはみさきちゃんもいる。恥ずかしさと悔しさで顔を上げることも、声を出すこともできなかった。
 「お母さん、私が家まで送っていってあげてもいい?心配だし」
 みさきちゃんが言う。
 僕は下を向きながら首をいっぱい横に振った。
その時、ようやく大人の人が通って自動ドアが開いた。その隙に逃げるように外に出た。
「あっ、ちょっと!」
後ろからみさきちゃんのお母さんの声がしたけれど、僕は全速力で走った。行き先なんてない。とにかくこの場所から逃げたかった。

「こら!」

後ろから腕をつかまれた。あっという間にみさきちゃんが追いついてきて僕を捕まえてしまったのだ。

「道路に飛び出したら危ないでしょう!」

けれどしゃくりあげて泣く僕に、みさきちゃんは頭をなでてくれる。

「もう泣かないの!男の子なんだから!ほら、お家まで送ってあげるから」

こうしてサングラスをした僕は、みさきちゃんに手を引かれて家まで送り届けられた。

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