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親ガチャだけでなく歴史ガチャも存在するという話

親ガチャならぬ歴史ガチャ

どの親の元に生まれてくるか選べず、それがガチャのようだと嘆く親ガチャの問題(1)が話題になりました。その是非はおいておいて今日は親ガチャだけでなく、生まれ落ちた地域が持つ歴史によってその後の人生がある程度規定されてしまう歴史ガチャが存在するという話をします。

その代表的な舞台はアフリカです。人類の始まりと言われる地で、豊富な資源を持ちながら、図1を見るとわかるように他の地域と比較して経済が停滞していると言えます。

それで、この経済停滞について、歴史である程度が説明可能であるというのが今回の趣旨です。

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図1:主要地域の一人当たりのgdpの推移。世界銀行(https://www.worldbank.org/en/home)のホームページで作成したものをスクリーンショット。

奴隷貿易による相互間不信の増長と経済停滞

最も代表的な歴史ガチャとして語られるのは、1400-1900年のうちに盛んに行われていた奴隷貿易が人々の相互不信を招き、それが経済成長を妨げているのではないかという議論です。

これは、アフリカ地域で行われていた奴隷貿易の特徴に起因します。それは、ヨーロッパ諸国が現地で行っていた奴隷貿易は民族間の対立を利用することによって、アフリカの人同士でいわゆる「奴隷狩り」を行っていたという歴史(2)です。

この歴史的背景が人々の相互不信を招きそれが現代にも影響を及ぼすことによって、コミュニティの相互信頼性や統合によってもたらされる経済発展(3)(4)を妨げているのではないかというのが議論の趣旨で、図2,図3を見てもその関係があるのではないかと伺えます。

ただ、これだけだとただの相関関係になってしまうので、多変量解析や自然実験手法によって調べられ研究が存在します(5)(6)。これらの研究では、経済発展しそうな地域や、民族の分散している地域で人々の信頼感が左右されたり、民族が分散している地域で奴隷貿易が盛んに行われたりといった逆の因果関係を防ぐために、操作変数法という方法(7)を使って、奴隷貿易の輸出港からの距離を媒介させて現代の経済状況、そして人々の経済状況との関係を見ていますが、概ね負の影響。奴隷貿易が盛んに行われていた地域では、住民はそうでない地域に比べて他のルーツを持つ民族に不信感が高くそして現代の経済発展も遅れている。信頼関係に関しては非アフリカ出身住民では見られずということで、歴史ガチャを裏付ける実証的な証拠が出ています。

まあ、あるこれらの結果から現代生きている世界がある程度、歴史で説明されることもあることを述べた上で追加的に歴史ガチャを裏付ける知見を見ていきましょう。


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図2.奴隷貿易の程度と2000年gdpの関係、Nun(2008)より引用。

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図3.奴隷貿易の程度と現代の民族分化の度合い、Nun(2008)より引用。

土着化できる作物などの環境があったか

ここからはアフリカのみならず歴史ガチャ全般の話をしていきます。

歴史ガチャを訴えたものとして最も有名なものはやはり、最も有名なものは『銃、病原菌、鉄』(8)でしょう。この本では同じ人類であっても、生まれ落ちた土地に資源が豊富であったか、土着化できる作物などに適した環境があったか、家畜化できる動物が存在したかなど、様々な歴史的、文明的な理由でその地域が発展できたか、その後どういった歴史を歩んだかが決定されることをその土地の歴史的な資料や気候のデータなどから示しました。

またもう少し実証的な証拠になると、イギリスの植民地後のインドの制度や後は、同一系統のルーツを持ちながら、その後移り住んだ島の環境によってその後の社会形態が決定したポリネシアなど様々な証拠が積み上がっています(9)。

このように、奴隷貿易や植民地化とは行かないまでも、祖先が行った行動に生まれてくる私たちがある程度縛られるというのは、ユニバーサルな現象のようです。

存在を認めて建設的議論に落とし込めるか


以上、生まれた親の元で人生が規定されるという親ガチャのみならず、生まれた地域の歴史によってある程度の人生が規定されているという歴史ガチャが存在するという話をしました。

寓話的そして実証的、様々な知見を統合しても、人生は全てがぽっとでてその人が行ったことによって決まるのではなく、生まれ落ちた地域が持つルーツによってある程度、規定される歴史ガチャという世界観にも我々は置かれているのではないかということが見えてくるのではないのでしょうか。

ただ、親ガチャにも言えることですが、必要なのはそれが存在することを否定したり、その人の人生がそれで全て説明できるといった極論や、イデオロギー的な論争をするのではなく、「どれくらいそれが存在するのか?」、そして「それを解消するために社会的にはどうしたら良いのか?」を考えることであるかなと思います。

【脚注】

(1)『「親ガチャという概念は正しい」アメリカ人経済学者が"人生の宝くじ"を否定しない理由 』(https://news.yahoo.co.jp/articles/6dc932c8d6942d242fddc838ac57d17543829d7a)

(2)榎泰邦『アフリカが直面する課題とわが国の対アフリカ外交
(6月30日北海学園大学における講演に加筆したもの)』(mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/12/sei_0630.html)

(3)Nunn N. The Long Term Effects of Africa's Slave Trades. Quarterly Journal of Economics. 2008; 123 (1) : 139-176.

(4)Nunn, Nathan, and Leonard Wantchekon. 2011. "The Slave Trade and the Origins of Mistrust in Africa." American Economic Review, 101 (7): 3221-52.

(5)Michalopoulos, S. and Papaioannou, E. (2013), Pre-Colonial Ethnic Institutions and Contemporary African Development. Econometrica, 81: 113-152. https://doi.org/10.3982/ECTA9613

(6)Nanetti, Raffaella Y., et al. Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy. Princeton University Press, 1994. Project MUSE muse.jhu.edu/book/64810.

(7)操作変数法とは、x→yの関係の中でy→xが疑われる場合、yから影響を受けず、xに影響を与える操作変数zを利用し、z→x→yの分析を行い、yから影響を受けないxの部分によってx→yを推定するという統計手法。これを行うことにより、y→xの関係を排除した推定ができることが考えられる。

(8)ジャレッドダイヤモンド『銃・病原菌・鉄(上)(下)』、倉骨彰訳、草思社文庫。

(9)Diamond, Jared M., and James A. Robinson. 2010. Natural experiments of history. Cambridge, Mass: Belknap Press of Harvard University Press.

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