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アルトゥール-ピャニッチの闇トレード。両者でなければならなかった理由。

アルトゥール・メロとミラレム・ピャニッチのトレードがついに決まりました。未来有望な23歳と、老い先短い30歳のトレードに多くの疑問が渦巻いています。しかし、このトレードは絶妙に、こうでしか成立し得ないトレードであったように思われます。以下に列記していきたいと思います。

選手売買の会計処理の方法が今回のお話のミソです。基本的なポイントは、選手が購入された場合のコストは契約期間に渡って分散されるが、選手を売却して得られた利益はすぐに会計処理されるということです。つまり、選手売買が起これば基本的には一時的には収支がプラスになります。
どういう原理なのか、不思議に思われるかもしれませんが、会計の考え方では発生主義というものがあります。「収益を獲得するために貢献した資産」については「費用収益対応の原則」により、「取得原価を収益の獲得のために利用した期間」にわたって費用配分するのが企業会計上望ましいという考え方です。
この場合、選手は「収益を獲得するために貢献した資産」です。「取得原価を収益の獲得のために利用した期間」は契約年数にあたります。「費用収益対応の原則」というのは、収益が発生した時に費用も一緒に計算しよう、という考え方です。
つまり、例えば1万円で買った腕時計は5年使う予定なら、1年ごとに2000円ずつ払ったという会計上の処理をします。腕時計による恩恵はつけている限りずっと等しく受けるので、分割払いをしたかのようなフリをすべきというわけです。
そして、使われると資産というのはすり減ります。クルマがいい例ですが、長く使うとその分、寿命が近づいて価値が少なくなります。どうやって減らすかと言えば、先述の費用分を年ごとに減らしていくのです。これを減価償却といいます。
今回のケースは、この減価償却と発生主義のいわば悪用です。
今回のケースを見てみましょう。
アルトゥールは2018年7月にバルセロナに移籍しています。移籍金は3000万ユーロ。この際に6年契約を締結していますから、1年ごとの費用・償却額は定額法と言われる方法(毎年均等に費用が発生しているとする考え方)では、

3000÷6=500(万ユーロ)

になります。簡単に言うと1年で500万ユーロ価値が減るので、2年後の現在の会計上の価値は

3000−500×2=2000(万ユーロ)

となっています。
もしアルトゥールが8200万ユーロで売却されたとすると、バルセロナの会計上の利益は

8200-2000=6200(万ユーロ)

となります。
もちろんこれは会計上の紙の上でのお話です。実際は8200−3000−1440=3760万ユーロのプラスしか発生していないのですが、帳簿上はそこに償却した1000万ユーロが上乗せされているわけです。ある意味粉飾決算に近いものがありますね。
ピャニッチは2016年7月にユベントスが3500万ユーロで購入。契約期間は5年です。1年ごとの償却額は

3500÷5=700(万ユーロ)

です。ここから次の契約更新があった2018年までの2年で

700×2=1400(万ユーロ)

の償却費が発生しています。つまり、2018年時点でのピャニッチの会計上の価値は

3500−1400=2100(万ユーロ)

となりました。
そして2018年7月にユベントスはピャニッチの契約を2年延長して2023年まで延長しました。この場合、残りの2100万ユーロの価値が新たに結んだ契約の5年間をかけて償却されることになります。つまり、今度は1年あたりの償却額が

2100÷5=420(万ユーロ)

になります。そこからさらに2年が経って、現在2020年になっていますから、6月末での会計で彼の価値は

2100-420×2=1260(万ユーロ)

です。
もしピャニッチが7200万ユーロで売却されたとすると、会計的には売却益は

7200−1260=5940(万ユーロ)

です。
このように、この取引で両方が6000万ユーロの利益を計上していることになります。近い額の利益を上げていますから、1000万ユーロ差で設定されているのは両者合意下におけるアレンジでしょう。
Transfermarktでは、アルトゥールの市場価格は5600万ユーロで、ピャニッチの市場価格は5200万ユーロとされています。実際の移籍市場ではTransfermarktの価格より少し上の価格で取引されていますので、前者に8200万ユーロ、後者に7200万ユーロという価格設定にしたのはギリギリ許容範囲でしょう。UEFAのFFP(ファイナンシャル・フェアプレー)調査でも言い逃れできるレベルです。これ以下だとせっかく選手を放出した意味がないくらいの収益にしかなりません。逆にこれ以上だとFFP調査で異常値として指摘されかねませんし、年ごとの償却費が大きくなるので後年の財政を圧迫します。非常に絶妙な設定です。
ここでキーポイントになるのがこの額面です。そう、アルトゥールとピャニッチでなければならなかった理由がまさにこれなのです。
おそらく、バルセロナとユベントスは6000万ユーロ前後のまとまった会計上の利益を、6月末までに用意したかったのでしょう。となると、先ほど計算した現在の帳簿上の価値をそこに足して、7、800万ユーロほどの移籍金がつく選手をトレードの俎上に乗せなければいけません。となると、市場価値で言えば5、600万ユーロほどの選手が必要になります。
バルセロナの場合はそれがアルトゥールでした。同じ価格帯の選手はウスマン・デンベレ(5600万ユーロ)、クレマン・ラングレ(4800万ユーロ)です。しかし、前者は元の移籍金が1億を超える超高額で、減価償却してもなお多額の現存価値がある計算になります。ですので、8000万ユーロで売ったとしても4000万ユーロのプラスも生み出せないくらいです。後者はアルトゥールより地位を確立したレギュラー選手で、この選手を売るくらいならアルトゥール、という選択だったのでしょう。
ユベントスでこの価格帯の選手はクリスティアーノ・ロナウド(6000万ユーロ)とピャニッチのみ。もちろん、まだ帳簿上の価値が高くてブランド力のあるロナウドを売っても意味がないので、ピャニッチだったのでしょう。

(6/30 5:00追記)
市場価格4000万ユーロのロドリゴ・ベンタンクールだったらどうだったのかという話がありました。確かに、ボカ・ジュニオルスから加入した際の移籍金は安く(950万ユーロ)、加入から数年経過しているので、6000万ユーロの移籍金を付ければピャニッチほどでないにせよ利益はそれなりに確保できます。しかし、ベンタンクールにはボカとの売却条項(次回移籍時の移籍金の半額をボカに譲渡する)があるようで、それが“完全移籍型トレード”に出す障壁になったと思われます。

彼らより安い選手では利益が確保できず、彼らより高い選手では逆に来年度以降の会計に響く。ネルソン・セメドとダニーロのトレードではダメだし、移籍初年度のアントワーヌ・グリーズマンと数年在籍しているパウロ・ディバラのトレードでも釣り合いが取れない。その意味で、アルトゥールとピャニッチは絶妙だったのです。ほぼ同じポジション同士のトレードで、一見それっぽいトレードになったのはむしろ偶然でしょう。逆に、両チームのフロントはそれっぽく見えることを喜んだくらいではないでしょうか。彼らからすれば神様のイタズラくらいに思っているはずです。

トレードでなければいけないのは、協議次第で自由に価格設定ができるからです。近年のバルセロナが(噂の上だけの話だとは言え)トレードをオファーしまくっていた理由はおそらくそこにあります。片一方だけの移籍なら、価格を高めに設定するわけにはいきません。相手はより安く買いたいからです。しかし、トレードなら差額さえ設定すれば、あとはいくらにしようが2クラブの自由です。両者にとって好都合な、絶妙な価格設定が可能なのです。
バルセロナからすれば、本当はフィリペ・コウチーニョやウスマーヌ・デンベレ、サミュエル・ウンティティのように貢献度が低く、今後の改善も見込みにくい選手たちを換金できれば良かったのです。しかし、高年俸かつ近年の実績がない選手がうまく売れるわけがない。FFP体制下ではどのクラブもリスクを冒そうとしません。先に名前を挙げた3選手のような“博打枠”はレンタルでない限り敬遠されるのです。スカウティングの重要性を痛感させられます。

トレードは、両クラブで昨夏も行われていました。
バルセロナでは、バレンシアとの間でGKトレードがありました。オランダ代表GKのヤスパー・シレッセンとブラジル代表GKのネトのトレードもかなり不可解な取引でした。
2016年に5年契約・基本移籍金1300万ユーロでバルサに加入したシレッセンと、2017年に4年契約・移籍金700万ユーロでバレンシアに加入したネト。この場合、移籍時点での両者の会計上の価値は

シレッセン;1300−1300÷5×3=520(万ユーロ)
ネト;700−700÷4×2=350(万ユーロ)

シレッセンの方が1年長く在籍している影響で、それなりに近い価格になっています。移籍金は3500万ユーロに設定された等価トレードで、利益は

バルサ;3500−520=2980(万ユーロ)
バレンシア;3500−350=3150(万ユーロ)

です。これで両者の収支に3000万ユーロ前後のプラスが付きます。移籍時点の市場価格は、シレッセンもネトも両者1800万ユーロでした。同じ1989年生まれで、実力・市場価格共にほぼ同じだったことが狙い目になったと考えられます。とはいえ、3500万ユーロの設定は少し額が大きすぎると思われ、FFP審査時の指摘要素になりかねないのではないでしょうか。他のポジションの補強との兼ね合いを考えても、償却費が高くなってしまうように感じられます。
(6/30 18:00追記)
バレンシアがトレードに乗っかった理由は、スポーツ的観点と財政的観点の両方からのようです。バレンシアは当時、ネトのパフォーマンスに徐々に疑問を抱きつつあり、2ndGKのジャウメ・ドメネクが国王杯で結果を残していたため、翌シーズンの序列交代が見込まれていました。また、2シーズンの働きからネトが給与アップを要求していたものの、バレンシアの財政事情的に応じられるものではなく、これら2つの要因からバレンシアは同価値帯のシレッセンとのトレードに傾いたと言われています。

問題は選手の利害が一致しないことでした。シレッセンもネトも、出場機会を欲していましたから、ネトは移籍を拒むはず。しかし、ここはバルセロナが給与を倍額提示したことで解決しました。目先の収支合わせのためなら、多少の損失は厭わないという姿勢はこの時点で見えていました。逆説的に言えば、そのくらい財政的には厳しい状態だったと言えます。
そのような状態でアントワーヌ・グリースマン、フレンキー・デヨングと懲りずに高額投資していたわけですから、批判は避けられないでしょう。メガクラブとしてのプライド、そして現経営陣の地位の維持のために必要だったのでしょうが、巷でも言われている通り保身に走っている印象は否めないでしょう。

ユベントスでは、ジョアン・カンセロとダニーロの、マンチェスター・シティとのトレードがありました。これも疑いなく行われていますが、額面を見るとどうでしょう。
カンセロが6500万ユーロ、ダニーロが3700万ユーロ。移籍当時はそれぞれ5500万ユーロ、2000万ユーロの市場価値でしたから、カンセロは適正、ダニーロは年齢も含めてギリギリの価格設定です。
4040万ユーロ・5年契約で移籍し、1年のみ在籍のカンセロが生み出した利益は、

6500−4040×4/5=3268(万ユーロ)

3000万ユーロで移籍し、2年在籍したダニーロの生み出した利益は、

3700-3000×3/5=1900(万ユーロ)

利益的にはイコールではありません。しかし、市場価格と比較すればダニーロの方が過剰評価額で、利益を少しでも近づけにいった疑惑はあります。FFPで今まさに粉飾決算問題を抱えているマンチェスター・シティ相手の取引というのも引っかかります。もちろん、支出を引けば帳簿上の収支には大きな差ができるので、これに関しては意見が分かれるところでしょう。個人的には、ペップ・グアルディオラがカンセロを望んだことにユベントスがつけ込んだ形という見解を抱いています。

両者の今後についても最後に触れておきましょう。
ポジショニングとパスセンスに長け、運ぶドリブルのうまいアルトゥールは、マルコ・ヴェッラッティ(パリ・サンジェルマン)をバルセロナイズしたような選手。完成度こそヴェッラッティには劣りますが、経験を積めばその領域に達するポテンシャルは持ち合わせている選手です。ユベントスからすればIHでもアンカーでもどちらでも使いたい選手でしょう。不良債権化する前に、その債権を若い選手と交換できたのは渡りに船、幸運そのものでしょう。
ネックはユベントスがセリエでの経験が少ない、若い選手との相性が悪いことでしょうか。ユベントスもこれまで見た通り財政的に厳しく、再び同じような金策での売却を強いられる予感もします。アルトゥール個人からすれば、キャリアプランニングの観点からしても受け入れがたい移籍でしょう。バルセロナ向きの選手でしたし、バルセロナでなくてももっと他があったのでは?という思いはあるはずです。バルセロナからすれば買い叩かれるわけで、あり得ないのですが。

一方のピャニッチは相当厳しい印象を受けます。フリーキックの精度こそ目を見張るものがありますが、パスのタイミング感覚は凡庸で、守備力にも大きな問題を抱えています。バルセロナで言えばフレンキー・デヨングの走れない・守れないバージョンが来た感じでしょうか。年齢もそうですが、デヨングとタイプが被るのも大きな懸念です。現陣容の他の選手を上回るとは思えず、プラス材料を見出すのが難しいというのが正直なところです。

以上になります。最後までご精読いただきありがとうございました。特に会計分野の知識・情報等での誤りがある可能性がありますので、その他の分野も含めて的確なご指摘があればすぐに修正したいと思います。よろしくお願いします。

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