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- 思春期と反抗期 中学2・3年生 -



ブラックリストでスタート

ぼや騒動 (顛末は下に・・・) も冷め切らない中学2年のクラス替え。私にとっては不幸にも、仲が良かったメンバーともバラバラ、部活のメンバーとも違うクラス、また新しい環境。結局一学期はつまずいて、不貞腐れ大して眠くもないのに、寝てたりしましたよ、授業中。しばらくして、先生と面談した記憶があります。今思うと意外ですけど、馴染むのが苦手だったのか?

ケンカもしたし、ケガもしたし

そんな不安定なメンタルが影響大だったんでしょう。ケンカも何回かしました。勝つ負けるは時にあるわけで、殴られて吹っ飛ばされたことも、サッシに頭ぶつけて4-5針か縫ったこともありました。だから、子供には人を殴っちゃダメだよとか言っておきながら、後ろめたいところがあります。痛い思いをして学ぶのは1つの方法だけど、スマートではない。

いじめの記憶は避けて通れない

いじめは加害側なんで、思い出すと苦い気持ちになります。弱者いじめではなくて、横暴者を追い込んだパターンでしたが、結局歯止めがわからないんだな、子供は。学年でも話題になっちゃって、明るみになって解決するまでは白い目で見られますよ、クラスでも。登校拒否になりかけたタイミングで、先生仲裁で謝罪して、数か月くらいかけてほぼ元に戻ったんですがね。いじめに関しては、それぞれがいろんな意見を持てばいいんでしょうけど、30年経って言えることは、なんであれ、いじめた事実は消せないってことです。

暴力の過去を消すことはできない

ちなみに、ボヤ起こした時もそうですし、諸事情でさまざまな先生に殴られたり蹴られたりしたことも1回や2回ではないです。原因は自分にあるのもあって、体罰へのトラウマも、先生への恨み辛みもないです。が、そろそろ引退、あるいはもう引退した先生たちが”そういう時代だったから”で過去を処理しているとすると、それってあんた、ご都合主義じゃんとは思います。体罰は手法としてはある、くらい言えよなって。仮にポリシーを改めたとすると、それは素晴らしいことですが、それでも過去は清算できない。暴力で人を抑え込むってことは、今もそこいらでドンパチやってる人たちと変わらない。
考え方いろいろだからいいすんけど、改められちゃうと、あの感情に任せたグーパンチやビンタを除け損なって耳がキーンとなったのは何だったんだって思っちゃいますね。

権力の使い方から政治を学ぶ

いわゆる不良でもない、当然品行方正な訳がない、そんな立ち位置でしたが、3年生の時は、委員会活動やってましてね。美化委員。動機は不純で、"スノコ”、下駄箱とかピロティにある、あれを土足で踏みつけるヤツは許せないって言いだした友人に部活メンバーで同調して、成敗してやろうって。それぞれが別々のクラスで委員に立候補して。ただ、みんなおバカさんなんで、踏んでるヤツみたら殴ってやろうって。さすがに、いやいや待て待て、表立って暴力はいかん、ってことで、割と言う事を聞かせられる関係だった生徒会長を傀儡化して、土足スノコ禁止令を発案し、生徒総会で可決させて、美化委員が取り締まるという。一応合法的。最終的にジャージ入れ袋を振り回して、追っかけてたと思います、踏んだヤツを。まあ、1週間もすれば飽きて止めたんだと思いますが。ちょっと乱暴でしたけど、意見で社会を変えられるって、政治ごっこをするのは、良いことだと思います。私達のようにパワーで取り締まるのはダメですけどね、体罰先生と同じ。

俺、遅刻しちゃってるぜ、アピール

そんなことをしてるうちに、中学3年も秋。高校受験なのですが、私は”ぼや”が直接の原因ではないですが、公立の学校は考えてなかったので、学校を舐めてたと思います。ほら、内申点なんてどうでもよくなるので。
最たるおバカアピールは、わざと遅刻して学校に行く。みんなが授業を受けているところに堂々と登場して、”俺、遅刻なんて怖くないぜ”的な。。。”夜遅くまで勉強しているぜ”的な。カワイイもんだけど、アホですね。

俺、テストで零点取っちゃうぜ、アピール

内申点から解放されると、もう1つ。日本で教育を受けて育つと、テストで悪い点を取るって、どえらく悪いことをしたって思い込みに苛まれるんですが、わざと最善を尽くさないって、やってみたかったんですよね。たまらない背徳感。レールから脱線しまっせっていう。
で、私、手先が不器用、美術と技術の実技はてんでダメ。特に美術は3年生になるとスキルが顕著に出てきます。2学期のテスト、手のデッサン。。。途中まで書いて、、、消して、白紙で出す。消した跡がささやかな葛藤。机に突っ伏してたけど、寝られない。ちょっとカッコ悪いですね、やるなら最初から白紙でいいのに、やっぱ性格上、割り切れないんでしょうね。どこまでも小者。
(高校生になると、最初の3分でマークシートを塗りつぶしてあと寝てるとか、背徳も何もなく、平気でやってましたけど)

暗黒の2年間

こうやって振り返ると、中学2年生、3年生はポジティブな話が何もないです。どれもこれもヒドイ。こんなんだったっけな。子供染みた抵抗とくだらないチキンレース。まさに"反抗期"です。おまけに、こういう半端なことをしているとモテもしません。ヤンキーまでいくと、ヤンキー同士でくっつくっていうので、いいんでしょうが、お騒がせ系はぐれ女子っていないですからね。あ、あと加えて、家庭での乱行には触れてません。さすがにこれ以上はお許しを、って苦しくなります。

ただ、この反抗期、中学生がピークでした。高校で軍隊みたいな部活やって、"子供の行い"はすべて叩き直されたので、プロセスはあれど、人生的には、軌道修正されたのです。そういう意味では、痛みを伴って自身を律する力(なんじゃそりゃ)には助けられたと言えます。いや、体罰肯定じゃないですよ、散々体罰先生どうのとか言っておいて。体罰が効くヤツには効果的だったってことと、一方でパワーで管理できる範囲は限られるってことです。そして、昔も今も、それが万人に通じる策では決してないということです。

貴重な写真を発見。結局、有り余るパワーを部活だけでは発散させきれなかったのかもしれません。図体だけデカい、脳みそ空っぽのおこちゃまです。


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