映画を観た記録88 2024年5月12日    アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』

Amazon Prime Videoでアンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』を観る。

最も驚くというか目を見張るシーンは、アウレリウス皇帝の像に立ち、平和についての演説をし終えたのちに、ガソリンを頭からかぶり、火がからだにつき、銅像から落ち、火が背中についたまま這うシーンである。演説を見ている聴衆は、階段に一人一人があちこち人形のように立たされ、階段にいない聴衆も立ったままである。スタントマンがやっているのだと考えられるが、危険である。このシーンを観て、私はタルコフスキーはアートというか狂暴な映画作家だと確信した。

とはいえ、映画の冒頭から、まるで西洋絵画の歴史の終点に連なるような画面が続く。そして、不意に流れるベートベンのオペラ。贅沢この上ないが、その西洋絵画、芸術的な画面は、既存の映画のフレームを確実に破壊している。その意味においてもタルコフスキーは狂暴である。

本作はソ連がいまだ存在している時代に「ロシア」の映画作家タルコフスキーがイタリアのトスカーナ地方、ローマで撮影され、イタリア語でセリフが交わされる「西洋映画」である。タルコフスキーは明らかにソ連との距離を置いているのである。

本作には、明らかにソ連の前衛芸術的な、エイゼンシュタイン的な、メイエルホリド的な存在はかき消されている。ただ、ただ、西洋の幻のような歴史へ降り立っている。

たびたび作中で言及されるスピリチュアルが、まさしく、唯物論的なソ連に対する距離である。
ちなみにタルコフスキーとともに共同脚本をつとめているのは、フェデリコ・フェリーニ映画の脚本家トニーノ・グエッラである。まさしく、「映画のヨーロッパ」である。

タルコフスキーは、事実、パリへ亡命し、パリで客死した。享年54歳。1986年。ミハイル・ゴルバチョフが名誉回復宣言したものの、時すでに遅しであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?