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ep1:夕焼けパフェと夏の入道雲ソーダ|連載小説「ここは、海辺のドライブインライトハウス」

note創作大賞2023、お仕事小説部門応募作品です。

「ここは、海辺のドライブインライトハウス」
あらすじ

日本の南、海の前に佇むドライブインライトハウス。東京から逃げるようにこの地に来た宮森月乃は、働く場所にドライブインを選んだのにもある理由があった。

透き通るようなターコイズブルーの海、風で揺れる豊かな草木、穏やかな時間。そして見守ってくれる周りの人たちのおかげで月乃は少しずつ心を開いていく。

ドライブインライトハウスでは新たな看板メニュー「夕焼けパフェ」の試作や、店の今は無い思い出の味が食べたいというお客さんが訪れたりと毎日和気あいあいと営業中。

迷いの末辿り着いた場所で月乃は自分自身と時間をかけて向き合う。お仕事×南の地で過ごす明るい逃避行物語。






第1話、夕焼けパフェと夏の入道雲ソーダ


海の奥底まで見通せそうな透き通る青い海。
今日は快晴。まだ残暑の厳しい9月は、外に出ずこうやって室内から海を見ているくらいがちょうどいい。

太陽の光が海に反射してビー玉のように白くキラキラと輝く。窓ガラス越しに見ていて直接照り返しを受けることはないが、思わず目を細めてしまうくらいにまばゆい。

もうこの地に来て3ヶ月経つが、東京生まれ東京育ちの自分にとってこの海の色には未だに新鮮に映る。東京近郊の海しか見たことがなかった人間からしたら、テレビや観光雑誌で見ていたあの写真たちは合成や編集されたものではないのかと疑うくらいに嘘みたいな光景だった。



洗い終わったトレーを拭く手を止めて海を眺めていると、食堂の入り口の方から話し声がしてお客さんが来たことを知る。


「いらっしゃいませー。空いてる席をお取りになってから食券をご購入くださーい」


遠くまで聞こえるように張り上げた声は届いたようで、テーブルに荷物を置きに来た1組の客を横目に厨房の中へ入る。



ここは日本の南、海のそばに佇むライトハウスという名前のドライブインだ。




創業50年になるこのドライブインは、白い外壁で横に長い建物。屋根につけられた白色の灯台の模型とはためく青いガーランドが目印となっている。


この場所で長く働いている料理長の林さんに、なんで灯台の模型が付いているのか聞いたところ


「俺が来た時にはもうこの状態だったからわからないけど、ここから来ては帰って行く人たちが無事に帰ってこれるようにみたいな意味なんじゃないの」

と話していた。真偽のほどは私もわからないけど、それはいいなと思ったのでそう思うことにしている。


ドライブインライトハウスの営業時間は8時から23時まで。通し営業をしているため、大混雑することこそないがお客さんは絶えない。主な客層は観光地にある為観光客がメインだが、仕事の休憩などで訪れる地元の人も多い。


中の食堂はそれなりに広く、飲食スペースは二人がけの席と四人がけの席で構成されている。メニューは和食から洋食、軽食など他のドライブインと遜色ないが、多少のご当地メニューが足されている。

今のお昼の時間帯は料理長自慢のソースがかかったハンバーグと、大きめに切られたとうふが入っている味噌汁定食が人気だ。


訪れたお客さんは販売機で食券を購入してからカウンターで渡すことになっている。食事が出来上がれば手渡された携帯機器が反応し自ら取りに行く様式だ。






「宮森さん、食器準備したらミックスサンド作ってくれる?」

私はこの職場では主に接客を担当しているが、こうやって手が空いてる時は調理補助もしていて、比較的簡単なメニューは作ることも多い。

「わかりました。あー私もそろそろお腹すいてきた。はやくお昼にならなかな」

「今日もお弁当持ってきたの?」

「持って来ましたよー。最近料理長まかない全然作ってくれませんねえ。あのハンバーグソースがかかったオムライス食べたいなあ」

そう呟いて、ねだるようにこのお店の料理長林さんの方を見る。

「うちは他の施設に比べてゆるやかな方ではあると思うけど、一応これでも夏が一番の繁忙期だからね。作るとしたら今度夜シフト入ってる平日か、もうちょっと落ち着いてからだな」


少し焼けた肌にオールバックがよく似合う。林さんは50歳半ばになるが、体質なのか鍛えているのか身体は引き締まっていて、顔にできる年相応な皺も表情に深みが出るように思えてかっこいい人だなと職場に入った時から思っていた。何よりもいつ見ても背筋が伸びて凛としている姿が一番素敵だ。


林さんは20年ほど前からここで働いていて、この店で一番長く働いているスタッフだ。この地で生まれ育ち、一度は東京のレストランなどで働いたそうだが、やはり地元で地に足をつけて料理をしたいと戻って来たらしい。今のドライブインライトハウスを作り守っているのは林さんだ。




「もう14時か。宮森さん、昼休憩行ってきていいよ」

その日にもよるが、大体14時を過ぎるとお昼を食べに来たお客さんたちは一斉に引いていく。席には談笑に夢中になり何も乗っていないお皿を机に広げている人たちが残っているくらいだ。


「じゃあすみません、お昼休憩行ってきます」

私たち従業員の休憩室は厨房の奥にある。海が見渡せる見晴らしのいい客席とは違い、せいぜい2人で食事ができる机と椅子がある程度のコンパクトなスペースだ。


テレビは無く、流れているのは料理長が家から持ってきたラジオのみ。ここに来るまでテレビばかりでラジオなんてほとんど聞いたことがなかった。けど意外にも慣れるとラジオもいいもので、目を閉じて流れてくる音に耳を預けるのが心地いいことに気が付いてからは、食後のルーティーンと化している。




休憩時間をまとめて取ることのできる余裕は観光地の飲食店には無く、基本は分けて取るのがこの職場のスタイルだ。最初こそ休んだ気がしないと思っていたけど、体が慣れて来た頃にはこまめに休み時間がある方がありがたかった。


休憩室に着いてエプロンの結び目をほどき、椅子に腰掛ける。思わず身体から力が抜ける瞬間だ。今日は晴れてそれなりにお客さんも来て動いたので、お腹も減った。さっさとごはんを食べてしまおうと、弁当箱に手をかける。


今日のお弁当はちりめん山椒じゃこを混ぜ込んだおにぎりに、だし巻き卵とブロッコリーのおかか和えだ。


ごはんを多めに炊いておいて一食分ずつ冷凍しておけば、温めるだけで忙しい朝にも使えるから便利だ。だし巻き卵は最近卵1個できれいに作るのにハマっていて、ブロッコリーのかつお節和えは作り置きとして作っておけばお弁当のおかずにも小鉢にもなるからよく作っている。

基本的にブロッコリーが得意ではないけれど、この食べ方ならおいしく食べることができるとわかったのは発見だった。


お弁当作りは疲れるし、帰ってから洗い物が増えるのも大変だけど、お金に余裕がないことを考えるとやめることはできない。それに疲れている時に食べる自分が作ったごはんは案外ほっとする味なのだ。




「月乃ちゃんおつかれさまー。久しぶりにお昼時間被ったわねえ」

「しづ子さんおつかれさまです」

「こんなあっついのによく皆出かける気になるわねえ。私だったら一歩も外から出たくないわ」

「わかりますー。私も暑い時期は朝早くか日が暮れた夕方とかじゃないときびしいなあ。年々暑さに弱くなっちゃう」



しづ子さんは同じパート同士、入った当初から良くしてもらっている人だ。何かとよく気付き、70歳手前とは思えないくらい忙しなく動く人で、お昼が一緒になった時はこうやって何気ない世間話をよくしている。


「そういえばしづ子さん、お孫さんいつこっちに遊びにくるんでしたっけ?」

「あと2週間後なんだけど、ただねえ、なんだか孫が本当に来てくれるかどうかわからないのよ」

「え、どうしたんですか?」

しづ子さんから話を聞いてみると、事の顛末はこういう事だった。

しづ子さんのお孫さん茜ちゃんは、女の子で中学2年生の14歳。大阪に住んでいる茜ちゃんにとってこの地の海や自然はさぞかし新鮮に映ったのだろう。昔はよく外に出ては遊びまわっていたそうだ。

ただ、多感な中学2年生。外で遊ぶなんてもうしないし、日に焼けるのも嫌だ。おばあちゃんの家に行ってもやることがなくて暇だし、と大阪の友達たちと予定しているお揃いの服でおめかししてお買い物に行くことの方が魅力的で優位らしい。

毎年していた帰省だけど、今年は自分は大阪に残ると言っているそうだ。



「孫がこっちへ来るなんて1年に1度のことだし、すごく楽しみにしていたんだけどねえ。こればかりは無理強いすることはできないし……」

しづ子さんが寂しそうに笑う。

「私も都会育ちだったからお孫さんの気持ちはわからなくはないんですけどね。どうしたって大きくなってくると田舎に来るとやることもないしってなっちゃうんですよね……」

都会は良くも悪くも物と人で溢れかえっていて、飽きない限り退屈することはおそらくない。


でも年を重ねた今だからこそわかる。

田舎特有の海や山がある風景、何よりも時間の流れが緩やかで、その時間に身を預けることの贅沢さは田舎に来た時にしか味わえなかったりするものだ。まだ若いなりにお孫さんにもそんな贅沢さが伝わればいいのだけれど……。

「そうだしづ子さん!お孫さんおめかししてお友達とお買い物に行くって言ってましたよね。ということは、きっと流行りものとかキラキラしたものもお好きですよね」

「そうねえ。たまに娘が送ってくれる孫の写真はおしゃれしていて、よくかわいいキャラクターのグッズを持っていたり、私にはわからないけど流行りの?食べ物なんかを食べに行ってたりするわね」

流行に興味がある年相応の女の子。若い子が何もないと言うこの地に興味をもってもらう方法があるじゃないか。それもしづ子さんが自らおいでよと言える最高の手段が。


「しづ子さんパフェ作りましょう!ここの新メニューで」

「パフェ?そんなハイカラなものここでやっても受け入れられるのかしら」

「今はドライブの途中や仕事の休憩中に寄る人がほとんどだけど、パフェみたいに若い人にも興味を持ってもらえるようなメニューを作ったらきっとここを目当てに訪れてくれる人も少しずつ増えますよ!」

あまりまだピンときていないしづ子さんは曖昧に首を傾げる。

「お孫さんが来たくなるようなパフェをしづ子さんも一緒に考えて、行ってみてもいいなと思わせられるように頑張りましょう!」

そう話すとしづ子さんは

「そうね、なんだかそれは楽しそうねえ」と微笑んだ。2人でさっそく料理長のところへ向かうことにした。





「パフェぇ?」

「新メニューと言っても、終日提供するんじゃなくて喫茶利用が多い時間限定とかでもいいと思うんです。ここは朝から夜まで人が途切れることはないけど、ランチ後の14時以降から17時まではお客さんの入りもかなり緩やかじゃないですか」

昼休みに訪れる客は仕事に戻るし、観光客が訪れるとしても飲み物を飲んでちょっと休んでいく程度だ。所詮アイドルタイムと言われる時間。

「まあ確かにな、客が減る時間ではあるし繁忙期ならまだしも夏が終わるともっとガラッとはするわな。目当てになるもんができりゃあそれも一つの手だとは思う。でも俺は料理専門で甘いものは簡単なものものしか作れないしなあ」

「しづ子さんにも手伝ってもらいながら私主導で考えます。とりあえず何個か案出してみてもいいですか?」

お願いします!と頭を下げると、わかったけど手間かかりすぎるのは無しだからな〜と言いながら料理長は作業へ戻っていった。







「うーん……どうしようかなあ」

パフェといえば昔は喫茶店やファミリーレストランで食べられるような生クリーム、果物、コーンフレークのようなシンプルな組み合わせのものが多かったが、時はパフェ戦国時代。

市場調査と題し残りの休憩時間にSNSで有名なお店のパフェを見てみたが、スパイスやお酒を使ったり構成が複雑だったりと、到底うちの店では真似できないようなものばかり。

「そもそもメインに使う食材は何がいいんだろう。イメージとかテーマとか……」

食器洗いをしながら呟いていた私のひとり言を聞いていたしづ子さんが、夜の営業用の仕込みをしながら答える。

「月乃ちゃん、月乃ちゃん。せっかくうちに来てもらうんだもの。うちでしか楽しめないパフェにしなきゃ」

「うちでしか作れないもの……?」
料理長もお菓子は専門ではないと言うし、私も本格的な菓子作りなんかはしたことがない。

「パフェの味ももちろん大事だし、ここの料理は私も大好きよ。だけどうちにしかない一番の魅力でお気に入りなのは、海が見えるドライブインってことじゃないかしら。日本中に全くないってことはないかもしれないけど、そんなにポンポンあるわけじゃないわ」

「だからね、こんなのはどう?海をイメージしたパフェを作るの。昼間の青い海でも夕方のオレンジの海でもいいわ。注文してくれたお客さんにはテラス席か窓際の席を勧めて海を見ながら楽しんでもらう。素敵だと思わない?」


頭の中でテラス席にパフェが置かれた様子を思い浮かべる。この地の自慢の海を見ながらパフェが食べられたらどんなに気分が上がるだろう。

「すごい!しづ子さんそれすごい良いです。海をイメージしたパフェを海を見ながら食べる付加価値を付ける。わざわざ来たくなる仕組みを作るのはきっと強みになりますね」

「そうでしょう?私は洒落た甘いものはあまり食べたことがないから、パフェの中身は月乃ちゃんに任せても良いかしら」

「もちろんです!あとは任せてください」

今日の仕事終わりにパフェの構成を考えようと決め、自分の作業に戻ることにした。







「うーん。アイデアはいいと思うし味も悪くないと思うんだけどちょっと手数が多いなあ」

「そうですか……」

私が考えたパフェの案はこうだった。下から紅茶ゼリー、オレンジゼリー、ヨーグルトムース、仕上げにオレンジジェラートとグラスの縁にオレンジを飾る。


しづ子さんの海という案から着想を得た夕焼けの海イメージのパフェだ。夕焼けを連想させるようなオレンジ色を基調としたパーツを組み合わせ、まだしばらく続く暑さの中でも食べたいと思わせるような爽やかな味でまとめてみた。


レストラン時代のデザートの経験のみだという料理長や私でも作れるようなゼリーやムース、ジェラートなど比較的仕込みが簡単なものにしたつもりだ。使う材料も少なく、似たものに絞ったり、ゼリーはベースは同じにするなどしたけれど、確かに手数は少しかかる。

極端に減らせとは言わない。ただ慣れないパフェだと初心者では組み立てるのも一苦労なのだという料理長の言っていることもよく理解できた。





「どうしたもんかなあ」

机に突っ伏して自分の書いたパフェの構成案を見ていると

「どうしたの」

今日のシフトは8時から15時まで。2回目の休憩に入っていると、大学生バイトの久住悠太が顔を覗かせる。


現在大学3年生の悠太は大学に通いながら、ここで週に2、3日アルバイトをしている。林さんとともにドライブインライトハウスを支えてくれている貴重なキッチン担当だ。

月乃より年齢は下であるが、物怖じしない性格で徐々に懐かれ始め、最初の頃の敬語は何処へやら、今ではタメ口で話されることが普通になっている。

「ちょっとね、しづ子さんのお孫さんが遊びに来るから午後のアイドルタイム緩和の為にも新商品でパフェを作ってもいいってことになったんだけど、最初に考えた案は林さんにボツくらちゃって」

ちょっと見せてみてよと手を伸ばす悠太に構成案が書かれた紙を手渡す。

「仕込みはそこまで大変じゃないとしても、慣れてないと組み立てるのが大変そうだね」

「それ林さんにも言われたんだよ」

他の同業はわからないが、確かにここのドライブインの調理はなるべく手数を掛けず早く提供できるよう調理の仕方も考えられている。

「これさ、飲めるパフェみたいにドリンクっぽく仕立てるのはダメなの?よくあるじゃん、喉越しがいいフローズンドリンクに生クリームとかアイスとかのってるの。上の飾りとか構成は少し似た感じにすればこの案は生かせるし、手数も許容範囲までには減らせるんじゃん?」


確かにそれならパフェの盛り付けに慣れない私たちでも、ドリンク仕様であればパフェほど気を遣わないで良いかもしれない。

「それいいね。太いストローだけ用意してもらえれば材料そのままでいけるかも。もし無理がなければでいいんだけど、悠太今日空き時間あったら試作付き合ってもらえたりしない?」

「今日シフトの終わり時間一緒でしょ?終わった後でもいいよ」


自分より年下の子とどう接すればいいかわからなかかったし、最初の頃こそ彼の根明な性格を怪しんだりもしたが、本来周りをよく見て世話を焼ける人間なのだ。


自分がやらなくてもいい仕事終わりの手伝いなんてやりたい人間がいることの方が稀だろう。なのに彼は間を空けずさも当たり前かのように承諾してくれた。

「ありがとう!すっごく助かる。今度何かごはんおごるよ、一緒食べよ」

お礼を伝えると大層喜んでいる様子が目に見えてとれて、思わずこっちまで破顔した。






「いちばん下から紅茶ゼリー、オレンジソルベ、マンゴーのジェラート。このスプーンで食べてもいいし、飲み物として飲んでもおいしいのよ」

「すっごくかわいい!おいしそう!」



ーーー茜のためにお店で新しいパフェを作っているのよ。よかったら食べに来てくれないかしら?というしづ子さんのお誘いに最初は乗り気ではなかった茜ちゃんも、しづ子さんの娘でもある母親に「もし一緒に来てくれるなら新しい水着も買ってあげるよ。それで海にも入ろう」というおしゃれが好きな彼女にとって魅力的な誘いに後押しされ、来てくれることになったのだ。


しづ子さんのお孫さん、茜ちゃんは自分の目の前に置かれたドリンク仕立てのパフェを嬉々とした反応を見せる。私も作ったのよ、と声をかけるしづ子さんを横目に彼女は携帯で写真を撮り「もう食べてもいい?」と興奮気味だ。


しづ子さんが案を考え、悠太と私で試作をし、料理長の万全なサポートのおかげで完成したメニュー。


ドリンクのように飲めるパフェという悠太の案を参考にし、ストローで吸えるようにゼラチンの量を調整しゆるめに固めた紅茶ゼリー、オレンジソルベをミキサーで撹拌したもの、海に沈む夕日をイメージしたマンゴージェラートをのせた、元より一年を通して温暖なこの地でも食べたいと思えるようなフローズンドリンク仕立てのパフェが完成した。


「茜ちゃん、ちょっと待ってね。これはね、今日この新しいデザートを一番に食べに来てくれたお礼に、お姉さんとお姉さんの友達の洋平さんっていう人から茜ちゃんにプレゼント」

後ろ手にさりげなく隠していたものを茜ちゃんへと差し出す。

「わあー!なにこれ!すっごいかわいい、キラキラしてる!」

「これはねガラスでできたコースターなの。洋平さんはガラスで色々なものを作っているガラス作家さんで、今日は茜ちゃんのために頼んで作ってもらったんだ。ほら、このコースターの上にもうひとつとっておきのおすすめを置くとね……」

「綺麗!」

目を輝かせて茜ちゃんが喜ぶ。
洋平さんに作ってもらった、形は丸く無色透明で中に気泡が入っているデザインのガラスのコースター。まるで水中を思わせるあぶくのようだ。

その上に置いたのはクリームソーダ。

「海の泡みたいですっごく素敵!このクリームソーダも空みたい!」


今回のために、せっかくならばと考えたもうひとつの新作メニュー

「入道雲が浮かぶ夏の空をイメージしたクリームソーダ」

青色に色付けたソーダ水にソフトクリームをのっけたクリームソーダ。ソフトクリームが溶けていくと青いソーダ水の色と混じって新しい空模様が生まれる。なんともドラマチックなドリンクだ。

「このパフェ、飲んでると味が混ざってオレンジティーみたいな味がする!」

紅茶ゼリーとオレンジソルベが混ざればフレーバーティーのようになるのでは、と考えたのは私だ。昔よく通っていたカフェでフルーツが漬け込んである紅茶を気に入って飲んでいたのを思い出したのだ。

「私だけの空がここにある!」

ソフトクリームが溶けた後のドリンクの空模様も写真に納め、2品ともおいしそうに食べる茜ちゃんをしづ子さんは嬉しそうに見つめている。

「茜も知ってるでしょう?茜って名前はね、茜色の夕日からつけたのよ。茜が生まれた日はすごく綺麗な茜色の夕日でね。この景色を忘れたくない、こんな美しい世界がこの子の目にも映っていってほしいという願いを込めたのよ」

「もーおばあちゃん、その話は何度も聞いたってば」

「このパフェは夕日をイメージしているのよ。茜の空ね」

茜ちゃんは面食らってなんだか気恥ずかしそうに目線を泳がせた。

「なんか照れくさいけどやっぱりここの海は来ると綺麗だなって思うし、海を見ながらおいしくてきれいなものが食べられて幸せ。すごく、すごく良い景色。おばあちゃん、お姉さん、こんな素敵なものを作ってくれて、今日は本当にありがとう」


今日の記念にと、しづ子さんと茜ちゃんの写真を撮ることになった私は手渡された携帯電話を構えた。

「せっかくだから海を背景に撮りましょうか」
撮影画面越しに見る2人は茜色の夕日で縁取られてまばゆく照らされていた。







「洋平さん、この間はコースターありがとうね。しづ子さんのお孫さん、きれい!海の泡みたいってすごく喜んでた」

「それは何よりだね。少しでもここのこと気に入ってくれてまた来てくれるといいなあ」

コースターのお礼を言いに、初めて洋平さんの工房に立ち寄ると作業途中だったらしく、外のベンチで少し話すことになった。


私より年齢が一回りほど上の洋平さんは街から少し離れた緑に囲まれた場所にガラス作品を制作する工房を構えている。家は市内の方にあるらしいが、本人曰くこの工房に篭っている日の方が多いらしい。

ドライブインライトハウスには前からよく来ていたらしく、スタッフともよく話していたみたいで、次第に私も顔見知りになった。自分も昔は東京にいたらしく、同じく東京から来た私を何かと気にかけてくれて、たまに話し相手になってくれている。

「月乃ちゃんはここのどこを気に入って来てくれたの?」

横に座る私の顔を見た洋平さんの髪の毛が揺れる。

後ろめたいことがあるわけではないが、言わなくていいなら伏せたままでいたい。自分の身の上話が昔から苦手で、こちらに来てからも自分の話は自らしないようにしていた。

だけど初めて会った時からこの人にはそういった後ろめたさみたいな薄暗い感情をもつことはなかった。なんでなのかはわからない。ただ、この人の雰囲気からは自分とそう遠くないものを感じたのかもしれない。

「笑わないでね、まあ洋平さんは多分大丈夫だと思うけど。というかそんなにかしこまった理由なんてないの。自分が見ていた景色とは違うところに身を置きたくて、なんとなく東に行くよりかは南の方が景色が変わっていいのかなって。それにドライブインって人が来ては去ってを繰り返す場所でしょ。そういう場所ならなんとなくしばらくはやっていける気がしたの」

わけがわからないでしょと誤魔化そうとして笑った私を、洋平さんはこちらを見ず空を見たまま話し出した。

「そうなんだ。確かにドライブインって毎日いろんな人が来るもんね」


海もきれいだし。俺なんかがガラスできれいなもん作らなくてもそこにもう到底敵いっこないもんがドーンとあるんだもん。自然ってすごいよねえ。と要領を得ているんだか得てないんだかわからない返事が返ってきた。


「でもね、月乃ちゃんがこの場所を気に入ってくれてよかった。それが何よりですよ」


月の明かりとランプだけが暗闇を照らすなか、にこっと微笑む洋平さんと目が合った。

生ぬるい夜風が肌を撫でる。初めて来た場所だというのに、木に囲まれて小さな森のようなこの場所は、静かで、穏やかでとても居心地がよかった。



続きはこちらから読めます。

第2話

第3話

第4話(最終話)





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