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山からやって来たビビり猫「くまお」。完全室内飼いで、妹分と穏やかに暮らす日々 #いい部屋ペット

猫という生き物は、かわいく、美しい。

顔全体の面積に対して目や耳の比率が高く、はっきりとした顔立ち。本来生きる術であった狩りに適したしなやかな体。ほとんどの猫はこれらの“美の特権”を生まれながらに有している。

しかし、ごくまれにそんな特権をまったく無視した猫がいる。山の中からやって来た「くまお」くんもその1匹だ。

大きな顔に小さな目と耳、半開き気味の口、ムチムチと筋肉質な体に、おまけ程度にくっ付いた短いしっぽ。しかし、迫力のある見た目からは想像つきにくい、ビビりで繊細な性格の持ち主だ。こうしたギャップも愛され、過去には雑誌の表紙を飾った人気者でもある。

飼い主である“くまお母”さん=鎌田里苗さんの自宅を訪問し、愛猫との日々を語ってもらった。

くまおくんが表紙を飾った『an・an』(右上)

人見知り猫にとっての来客は、ときに膀胱炎などの症状を引き起こすほどのストレスになる。くまおくんは過去の取材で体調不良をきたした経験はないと聞いたが、念のため、インターフォンは鳴らさずに鎌田さんに出迎えてもらい、忍び足でおじゃました。

“本人”はすでに寝室に避難。代わりに、クッションが迎えてくれた

くまおくんを飼い猫として迎えた経緯から訊く。出会いは、保護猫の新しい飼い主を募集するサイトだそうだ。

「神奈川県内の山で人里に下りることなく生活していたところを、TNR(※1)を行う団体の方が、去勢手術を施す目的で保護したそうです。山中でお世話をしていたおじいちゃんの話をもとに推定した年齢は、当時2~3才でした」(鎌田さん、以下同)

※1 TNR:ノラ猫の繁殖を防ぐため、捕獲器で捕まえ(Trap)、不妊・去勢手術を施し(Neuter)、もといた場所に戻す(Return)取り組みのこと。

右耳のV字の切り込みは、TNRで施す去勢・避妊手術済みの証。耳が桜の花びらのように見えることから、通称「さくら耳」(提供写真)

去勢手術の際に鼠径ヘルニアによる腸の突出が発覚し、併せて手術をした。術後の安静期間中に、「もしかしたら里親さんが見つかるかも」とサイトに掲載された写真を鎌田さんの夫=“くまお父”さんが発見。伝え聞いた鎌田さんも目がクギ付けになった。

「ペットショップでは出会えない猫ですよね。里親募集の1枚の写真を見て、いろんなことが気になっちゃって。顔とボディのバランス、いったいどこがどうなっているんだろうと。“ぽんぽんしっぽ”って、どういうこと?とか。8 kgありそうな巨体に見えたのに、問い合わせると4.5kgという回答がきて」

「何か間違えているんじゃないか(笑)」と感じていた体重に誤りはなく、鎌田さんはその“意外と小さい猫”を迎えることになった。

里親募集時に掲載されていたくまおくんの写真(提供写真)

くまおくんを迎えるきっかけにもなった、以前の愛猫「みう」さん。猫がかかりやすいがんの中でも重篤な症状が現れる扁平上皮癌で、介護生活を送った

羊毛フェルト作家・のそ子さんが制作したくまお人形

くまおくんは迎えて最初の1か月は、警戒心からほとんど姿を見せなかったそうだ。ソファの下に籠城し、ごはんは、鎌田さんが留守の隙にこっそりぽりぽり食べていた。

「でも夜中に姿を現すようになって、その時間が少しずつ伸びてきて。ある日、トコトコっと歩いていって、窓際に置いてあるお座布団の上に座ったんですよ。お、どうした?と。それからは頻繁に座るようになったんですよ。触れるようになったのは、3か月ほど経ってから。ここで暮らしていく決心をしてくれたと感じました」

くまおくんがお気に入りのお座布団(提供写真)

猫好きの人の家には自然に猫グッズが増えやすいが、鎌田さん宅ではくまグッズがあちこちに

外での生活が長かった猫は、室内飼いを始めても外に出たがることがある。くまおくんも例外ではなかった。しかしまた外に出れば、交通事故にあったり、感染症にかかるリスクがある。

「深夜、空気孔に近づいて夜鳴きしていたんです。ああ、山に帰りたいのかな、かわいそうなことをしているのかな?という葛藤も。でも、完全室内飼いの条件で譲渡してもらっていますし、外に出す選択肢はゼロだと思っていました。今ではベランダを開けても、出ようとする素ぶりすら見せない(笑)。ベッドが一番お気に入りの場所で、すっかり室内の猫です」


鎌田さんとくまおくん。無理に撮らない&撮れなければすぐ諦めると決めて、登場してもらう

ソファの下に隠れる。が、逃げようとはしない

少しずつ顔と体の緊張が和らいでいった

しかし、未だ、新しい椅子やクッションを買ってきて置くだけでも警戒することがあるという。ビビりな性格は健在。暮らしの中で、配慮していることは?

「いろんな本を読んで勉強して、猫にストレスをかけない暮らしを……とか思っていたけれど、考えすぎるとその緊張感は猫にも伝わってしまう。だからくまおが嫌がることはしないようにして、あとは日々のちょっとした体や変化に気づけるように見守っています」

もうひとつ、鎌田さんが心がけているのは、「語りかける」こと。

「話して説明することを大事にしています。歯周病の治療で動物病院に入院するときも『このまま放っておくと大変なことになるから』『1泊入院だけど帰って来れるからね』というと伝わるんですよね。そう思っているの私だけかもしれないですけど(笑)。でも、わかんないだろうとあまり話しかけてこなかったときよりも、距離がすごく縮まりました」

空間に溶け込む

ところで鎌田さん宅には、1年半前に迎えた猫がもう1匹。個人でTNRのボランティアをする方から迎えた当時生後5か月の白黒のメスで、名前は「こぐま」ちゃん。くまおくんと同じく警戒心が強い猫で、取材時も寝室に隠れていた。

猫同士で織りなされる社会は、人と猫とのコミュニケーションとは異なる生き生きとした側面を与えてくれる。けれど、必ずしも複数飼いがうまくいくとは限らない。1匹での暮らしを好むかもしれないし、相性がうまくいかない場合もあるからだ。2匹の最初の対面は、慎重に進めた。

「くまおには『これから妹がきます。でも、くまおが1番だよ』って、言い聞かせて。対してこぐまには『このうちには、お兄ちゃんがいます。ちょっと個性的だけどいい“人”だからね』って(笑)」

1ヶ月前の様子。こぐまくんは潜り好き(提供写真)

単身赴任から戻り、半年前に合流した鎌田さんの夫=くまお父さんに向ける視線。父に対するくまおくんの視線は「塩いんですよ」と鎌田さん(提供写真)

初めは生活空間を分けて、漏れ聞こえる声で少しずつ気配を感じさせた。それぞれのニオイがついたタオルを嗅がせ合う「ニオイの交換」の儀式も行い、徐々に互いを意識させていく。ついに迎えた対面は?

「リビングでこぐまが入ったキャリーを置いたら、くまおはゆ〜っくり歩いてきて。こぐまはめっちゃシャーシャー威嚇していたのに、言い返すこともなく、やさしい目で覗いたのでびっくりして。本当に意外だったんですよね。人見知りなのに、猫には平気なんだ〜って」

くまおくんが遠くからそっと見守る日々が続き、今ではもとから兄妹だったかのように、息ぴったり。関係性が変わっていく様子も、猫と暮らしの中で体感できる喜びだ。

カットした猫の爪とぎに綿棒をさして作ったくまおくん&こぐまくん。「Cotton cat」白井翔平さんの作品

くまおくんをイメージした靴下人形。「BORON」の作品

鎌田さんは、くまおくんやこぐまちゃんとの暮らしの中で、猫の保護活動やTNR活動をする方達に「恩返しをしたい」と考えるようになったという。

そこで、「すべてのイヌやネコが安心して幸せに暮らせる」ようになることを目指し、2018年6月に「一般社団法人くまお」を設立。殺処分の一歩手前にいる保護猫たち、とくに譲渡が進まないおとなの猫の魅力や、TNR活動とは何かを伝えるべく、東京をはじめ、大阪、宮城、鹿児島、長野、福島と、日本各地でトークイベントに参加。同時に、「ネコもSDGs(※2)プロジェクト」と題し、猫の健康や動物福祉に関する発信も行っている。

※2 SDGs:エスディージーズ。国連が採択する、2030年に向けて世界が合意した「持続可能な開発目標」。貧困や飢餓、不平等や環境の問題など、世界が抱える17の課題の解決を目指す。

冊子やグッズを作り、売り上げを保護団体への寄付に充てている

各地のイベントの冊子。デザインは鎌田さん自身が手がける

「猫と楽しく暮らしていることを楽しく伝えることで、保護猫やTNRを知ってくれる人が増えてくれたら。猫も世界の一員。人が幸せになることで、猫も幸せになる。地域が違えば飼う環境も、猫に対する感情も違います。その土地ごとの問題が解決されて、人の暮らしがよくなれば、猫が暮らす未来も、もっといいものになると思うんです」

鎌田さんの温かく柔らかいまなざしを通して伝えられる願いは、共感の輪を広げ続けている。個性あふれる猫・くまおが暮らす家は、猫を幸せに導く発信基地だった。

この場所で、じっとしていたが…

帰ろうとすると、こっそり出てきた。慌ててスマホで撮影

「くまおが山からおりてきた」(KUMAO OFFICIAL WEB SITE)
http://kumao.co/
Instagram:@kumaokamako
Twitter:@kumaokamako

取材・文/本木文恵



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