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鮎歌 #01 [詩] 窓辺のアユカ:take2

カフェに入るといつも窓辺に座る
ローキーの世界
雨の滴る透明なガラス
風が吹きつける模様
ふと、青い光線の射し込む瞬間が美しく
往来を歩く傘もカラフルで
行き交うなかにはじまりとおわりがある
昨日があって、
今日があり、
明日に向かって吹きすぎるように
それぞれの物語と出逢う場所がある
 

窓辺、
教室の席替えで窓際になったとき
見上げると空があり
見下ろすと街があり
向こうに、海が見えて
やっと、息ができる、と
安堵したところで先生に注意をされたのを覚えている
それでも、
ずっと窓のむこうを見ていたきみは、
一つ前に座っていたアユだった
 
 
ローカル線でのんびりと移ろう風景を見るのも
飛行機で雲の上の光を見るのも
ホテルでロマンチックな夜景を見るのも
高いビルの展望室から街を眺めるのも
水族館で泳ぐ魚たちを見つめるのも
美しい夕焼けを眺める疲れた日々も
やはりそこには窓があるから
 
 
そして
ねぇ
海がみたい、と
ふりかえって
アユが言ったのは
やはりいつも遠くに海が見えたからだったろうか
わたしたちは
いつかの日曜日、
特急に乗って、あの果てのような海まで行った

アユは車窓に流れる風景を
いつまでも眺めて
ろくに話しもしないまま
 
駅で降りると汐のかおりがした
まだ海は見えない
アユは林のなかの道を歩いていく
ひらけていく道、
草原のような、山々の連なりが広がる
木々のざわめき、鳥のさえずりがある
小さな花を見つけたアユは、
次の季節のなかへいこうとする
花の意思を問うようにして言った
 
 
 ──果てまでいきたいと思ったのは、
 ──果てのない生活のせいだろうか?
 
 
まだ見ぬ水平線から
風が強く吹いている
風にまじっているものがある
そのせいか
いのちのにおいがする
とアユは話しだした


そういえば
海のいきものはなまぐさいね
あらかじめ
死のにおいがしているみたい
それを
海からあがったわたしたちは
わすれてしまったのね
あの風は
なんのために
わたしたちをここにつれてきたのだろう
窓のむこうに見えた
あの果てのような海は、
いのちのふるさとだったんだね
果てまでいきたかったのは
帰りたかったからなのかもしれないね
と言って
アユは海の方へ走っていった
 
 
 
靉靆(あいたい)の空、
水平線のむこう
ニルヤのあるところから
きみに、逢いたいばかりに
どこからか轟音をとどろかせて
白波が生まれるように
岩礁に衝突して
大きな飛沫をあげる白波のように
次々と生まれては飛沫となるように
そうして、
いくつものいのちも散っていくように
わたしはアユのあとを追った


 
かつて、
安由乃可是と言われた風に
からくもこの地に贈られた人は
後悔、しただろうか
岸壁のうえで、
抗いがたい
荒々しい海を目の前にして
 
 
 
 ──わたしは、
 ──ここで、なぜ生きようと思ったか?
 ──ここで、生きるしかなかったのか?


ここはもう、
窓辺ではなかった


海が見えた。


わたしは、大声で、
きみの名を呼んだ。



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