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8「力」✵静かな精神力で未来の実りを守る

未開の土地を耕すため、2頭の猪で耕運機を引いて突き進もうとしていた前回の 7「戦車」。

戦車では前向きで力強い男性的な力のエネルギーにあふれていましたが、8「力」のカードでは猪を「精神」「力」で御することがテーマになっています。

七つの美徳

まずはウェイト版の絵柄を見てみましょう。

Pamela Colman Smith, Public domain, via Wikimedia Commons

このカードには、「力」の他にもいろいろな呼び名があります。

(ちから、英: Strength、仏: La Force)は、タロットの大アルカナに属するカードの1枚。剛毅(ごうき)・力量(りきりょう)・力士(りきし)とも呼ばれる。英語ではかつてFortitudeと呼ばれていた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

力士⁉

ウェイト版では、日本人が想像する「力士」とは程遠い、たおやかで優美な女性が描かれているのでビックリしました。
とはいえ、余裕の表情でありながらも強いライオンが白目になるほど口を押さえつけているので、見た目とは裏腹に女性が屈強なことはわかります。

一方、「剛毅」は「ヴィーナスの誕生」や「春」などを描いた巨匠ボッティチェッリが、同じ題名の作品を残しています。

Sandro Botticelli, Public domain, via Wikimedia Commons

実はこちらの絵は、キリスト教における「七つの美徳」と言われる教義を擬人化した人物像なのです。

「七つの美徳」はその名の通り、七つの美徳で構成されています。

✵対神徳(神に対する美徳):「信仰」「希望」「慈愛」
✵枢要徳(人としての美徳):「剛毅」「正義」「賢明」「節制」

四つの枢要徳は、古代ギリシャの哲学者プラトンが『国家』で国家にも個人にも共通して持たれるべき美徳として挙げています。後にキリスト教がその美徳を取り入れたようです。

こちらでは各美徳についての詳細な説明は省略しますが、「希望」「正義」「節制」はタロットにも同名のカードがありますね。

タロットは、カバラの「生命の木」や数秘術、錬金術、占星術、ギリシャ哲学や神話、象徴学など様々な思想や体系を取り込んでいます。

「力」のカードは、このキリスト教の美徳のひとつである「剛毅」の概念がベースにあるようです。

左から『剛毅』ボッティチェッリ『節制』『信仰』ポッライオーロ
Diego Delso, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

アトリビュートから考える

「剛毅」は具体的にどのような「強さ」の力を指しているのか、アトリビュートからも推察してみましょう。
※美術では描かれた人物を特定するために、「アトリビュート」と呼ばれるその人ならではのお約束的な持ち物が描かれます。
(ヘルメスなら羽のついたヘルメットやサンダル、ヘラは孔雀など)

「剛毅」を表すアトリビュート。

騎士の甲冑・ライオンの毛皮・剣と盾・サムソンの円柱・旗
植物で「剛毅」を象徴するのは「トゲのあるバラ」

ハンス・ビーダーマン『世界シンボル事典』

他にも「王笏(おうしゃく)」が含まれることもあるようです。

ライオンの毛皮は、ギリシャ神話のヘラクレスの「十二の功業」のひとつの「ネメアの獅子」からでしょう。
ヘラクレスが刃物でも傷つかないライオンをこん棒で殴った後に素手で絞め殺し、その後はライオンの皮を鎧代わりにかぶったというお話です(このときのライオンが獅子座になったとか)。

まさに「力技」w

「剛毅」「意志が強く不屈である」と言った精神面の強さを表すのですが、アトリビュートでは物理的な強さで相手を打ち負かすことを象徴するものが多いですね。(わかりやすく勝利を表している?)

再びボッティチェッリの「剛毅」の絵を見てみると、アトリビュートの通り女性は上半身に甲冑をまとい膝の上で王笏を手にしています。
ウェイト版ではアトリビュートのひとつである(トゲのある)バラを腰に巻き付けていることから、やはり「剛毅」の教えを擬人化した女性なのはわかりますが、甲冑は描かれず着ているのは優雅な白いドレスのみ。

「白」は無垢や浄化、純潔、真実の象徴であり、理性を表します。

ドレスにたくさんのヒダを描くことで生地の薄さや柔らかさを表現しており、キリスト教で描かれる「剛毅」よりも女性的な柔軟性を強調しているように見えます。

また、(ヘラクレスのように)素手でライオンの口を押さえつけてはいますが、物理的な力(や荒々しさ)を表す武器や権威的な王笏も持っていません。
ここでも同じく「力」は「力」でも、精神的な力(や静けさ)の側面をより明確に押し出していると考えられます。
カードの数字「8」も偶数なので、受容的なエネルギーですしね。

「食べちゃダメよ」

今回のオリジナルタロットのデザインもウェイト版に準じています。

ウェイト版のライオンが表すと言われる獣性や動物的本能
かたやもう一人の登場人物が女性であるのは、こちらが(動物にはなく人間が持ち合わせていると言われる)理性を対比して表していると言えるでしょう。
猪の(ひとつ前のカード「戦車」で描かれる)突き動かされるような強い衝動性は、物事を大きく前進させるエネルギーにもなりますが、破壊的な側面もはらみます。

せっかく植えた苗を猪の目先の食欲によって食べられてしまっては、これまでの努力が水の泡になってしまいます。
一瞬の欲望のために、未来の大きな実りの可能性をも失ってしまうのです。
本能のままに行動することは、予期せぬトラブル(と悲しみ)を引き起こすこともあるのです。
とはいえ、猪が持つ本能的に備わっている欲求や力強さをすべて否定するのは、「生きる」という人間が本来持っているシンプルな欲望を否定したり放棄することにもつながってしまいます。

大切なのは、女性が猪を諭している絵が表すように「静かでもしなるような精神力、包容力や理性で本能的欲望をコントロールすること」なのです。

これまでに何度も出てきた無限を表すレムニスケート∞は、リボン飾りとして女性の胸にデザインしました。
獣を調教するという至難の業を乗り越えることができる、無限の精神力が私たちには宿っていることを表します。

また、「恋人」のカードでは二人の間である中心部に描かれていましたが、「力」では「過去」を表す左に移動しています。
山が「精神的な高みを登りつめる」象徴であることを考えると、このカードでは既にその域に達する精神力を持ち合わせているとも言えそうです。

余談

さてさて、アトリビュートの話に戻りますが、先ほどの「剛毅」のアトリビュートにあった「王笏」は、ギリシャ神話の女神ヘラにも用いられます。
神の王であるゼウスの正妻としての権力、王権の象徴です。

レンブラントが描くヘラの右手には王笏
Rembrandt van Rijn (1606-1669), Public domain, via Wikimedia Commons

ヘラと言えば、浮気しまくるゼウスにいつも悩まされていましたね。
「力」のカードは、「力(剛毅)」と同じアトリビュートを持つヘラがゼウス(の性欲)を押さえている姿に見えなくもないような。

ヘラ「あなた…..もしかしてまた……」ギリギリ(うっすら微笑みを浮かべながら)

ゼウス「知らん!知らんぞ!(涙目)」

そんなイメージをしてみると、「理性って大事やね……」とシンプルに胸に刺さります(笑)

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