私には何ができただろうか?

それはある平日の午後のことだった。
小さなコミュニティバスの一番後ろの席に座っていたら、前の入り口から30代〜40代くらいの男性が乗車してきた。
背中にはリュック、右手にはボストンバッグ、そして左手にはトートバッグを持っている。

すげー荷物だな。何してる人だろう?
私は彼に興味が湧き、目を逸らさずにはいられなかった。

繰り返し洗濯しただろうと思われるGパンとシャツ、そして汚れたバッグにもかなり長い間使い込まれた感じがみえる。入り口付近にしゃがみ込んだ彼は、トートバッグの中をがさごそと。何か探している様子だ。

そういえば運賃払ってたかな?財布でも探しているんだろうか?いや、レシートのような紙が挟まれたパンパンのお財布を右手に持っている。別のものを探しているようだ。

トートバッグの中には無いようで、今度はボストンバッグの中を探し始めた。丸めたレジ袋がひとつふたつ…しかし肝心の捜し物は見当たらないようだ。

しばらくすると、信号で停車したタイミングで運転手さんが彼に声をかけた。人の乗り降りがあるので、その場所にいるとじゃまになってしまうようなことを伝えていた。あと、手帳をみせてください。とも伝えていた。

手帳?

もしかして、障がい者手帳とかそういう類のものかな?
おそらく彼はそれを探していたのかもしれない。

運転手さんにじゃまになりますよと言われて、彼はバスの入り口付近から少し離れて奥に入る。そしてまたボストンバッグの中を探しはじめる。

駅前のバス停に着いた。彼は直ぐ横の空いた座席に腰をかけた。そしてまた探す。

2〜3分の停車時間があるからか、運転手さんが運転席から降りて彼に近づいてきた。彼は何を言われるのだろうか。

手帳を見せるか、無いならお金を払うか、ここで降りて次のバスに乗るかと提案していた。

彼は泣き出してしまった。いや、私がいる場所からは涙を流しているかはわからない。ただ「うわーん」と。詳しい知識はないけれど、きっとものすごく不安で混乱しているのかもしれない。

運賃は100円。そのくらいなら私が払ってもいい。と思った。「一緒に探そうか?」と彼に声をかけてみようかとも思った。

でも私は、こんな状況に遭遇するのが初めてて躊躇してしまった。

運転手さんに何を言われるだろう?
どんな声の掛け方をすればいいだろう?
彼は私の申し出を受け入れてくれるだろうか?
私のせいで、状況が悪化してしまったらどうしよう。

こんなことを考えているうちに、彼は荷物を持ってバスを降りて行った。

彼は木の下にボストンバッグを置き、再び探し物を始めた。今日の気温は10度前後、こんなに冷たい風が吹いているのに。

バスが走り出す。
彼の姿が頭から離れない。

私はなにをすべきだったんだろうか?
私にはなにができただろうか?
なぜ、悪い結果ばかり考えてしまったのだろうか?
手帳、発行する時に無くしにくいタイプとかないんだろうか?
カバンにつけるとか、首から下げるとか、手首に巻くタイプとか、、、

50年も生きているのに、自分には関係のないことだと思って過ごしてきたけれど、今回のことで思った。こんな時どうするかを知っておくべきだなって。どんな声をかけるべきか、あるいは声をかけない方がいいのか。すべての人に同じ対応は当てはまらないだろうけれど。

寒空の下で手帳を探し続ける彼の姿が、まだ頭を離れない。

どうか、手帳が無事見つかっていますように……。


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