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「時間を味方につける」という発想

元JリーガーのTさんは、小学5年のときに「将来プロになりたい」と思ったという。走るのがすば抜けて速かったわけでも、体が強かったわけでもない。そこで考えたのが、両足とも遜色なくボールを蹴れるようになろうということだった。右利きのTさんは、右足のキックに比べ左足のキックは覚束ない。以後、左足のキックに磨きを掛けることに専念する。不慣れな左足を使うことで、他の選手と比べどうしても劣ってしまう。そのため、中学時代は大した活躍はできなかったという。しかし、左足の強化を5年続けた結果は高校生になって開花。周囲からは「左利きの選手」と見られるほどになり、もちろんその左足と同じように強力な右足も持つ。両足での正確なキックを持つ選手として全国レベルで名が知られるようになり、高校卒業後にJ1クラブへの入団を果たすのだ。

Tさんは、自分のやり方を「時間を味方につける」と呼ぶ。毎日やるべきことをルーティン化することで、数年後には確実に自分のものになる。一日単位で成果が分かりにくくても、数か月、数年という「時間」が自分を裏切らないことを、実体験として知っているのだ。

Jリーガーとしては故障にも悩まされ4年で引退することになった。しかし、「時間を味方につける」発想に終わりはない。引退後、ビジネスの世界に進もうとまずは大学に通う。「4年あれば英語くらいできるようになる」と23歳の大学一年生。同時に地元のサッカークラブで4年間だけ選手活動も続けることにした。

大学卒業時には、TOEICで900点近くまで達していた。おまけに所属していた地元のクラブが強くなり「Jリーグクラブへ」という機運が高まった。Tさんは当初の考えを変え、このクラブでの選手活動を続けることにし、ビジネスの世界での準備としてビジネススクールに通うことにした。2年後、ビジネススクールを卒業し、MBA取得。同時にクラブも何とJ2に昇格を果たし、Tさんは再びJリーガーとなったのだ。おそらく日本では初のMBAホルダーのJリーガー誕生である。

2度目のJリーガー時代にはキャプテンも経験し30歳の時に引退。その後、大手化学メーカーの社員となる。ビジネスの世界に移っても「時間を味方につける」戦略は変わらない。毎朝1時間の勉強を欠かさず続けた。仕事は国内の営業だったが海外志向が強かった。そして、入社して5年目、初の海外赴任が決まった。「僕はコツコツ型なんで」と本人は言うが、「時間が味方してくれる」ので、数年後に成果として現れることを知っている。だから日々の勉強時間がルーティン化し、苦にならない。努力という意識はないのだ。

Tさんが、プロのサッカー選手として身につけたのは、無論キック力やドリブルの力だけではない。チームワークやリーダーシップ、あるいはプロフェッショナリズムだけでもない。自分が目指す目標を達成する方法論を身につけたことが、人生を生き抜く上でもっとも得難い経験かもしれない。


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