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【小説】フェイブル・コーポレーション 第一話

【あらすじ】
博打が生きがいの大学生・葉月龍介は、企業に就職するつもりはまったくない。賭博会社を設立することを思い立ち、同級生のギャンブラー・長井拓海を仲間に誘った。三ヶ月前、龍介が拓海の彼女を寝取ったことで絶縁関係にあったが、拓海は二つ返事で龍介の誘いに乗った。二人は家探しと客集めに奔走し、賭場を開く……。賭場にやってくるのは一癖も二癖もある、海千山千の刺客たち。敵か、味方か? 時には助け合い、時には潰し合う! 龍介は大金を手にすることができるのか!?



 部屋の照明は、まぶしいくらいに明るい。突然、女が顔をあげて、
「……どうしたの」
 と上目遣いで訊ねた。
「考え事をしてたんだ」
 葉月龍介はそう答えると、股のあいだでうずくまっている彼女の頭を撫でて、ベッドから飛びおりた。ソファの上に投げだしていた迷彩柄のジャケットのポケットから、何かのチラシを取りだす。素っ裸のまま、テーブルにつき、チラシと睨めっこをはじめた。
「……ここ、ピザなんて、持ってきてくれるんだあ」
 と女が目を丸くする。
 龍介は笑って、
「いやいや、ピザは関係ナッシングだ」
 宅配ピザのチラシを裏返す。そこには汚い字でびっしりと、龍介の〝ビッグプロジェクト〟の内容が書きこまれている。
「よし……よし……」なんどもうなずき、天井をあおいだ。「欠陥はない! 固まった!」
 ベッドの上に座りこんでいた女は首を傾げた。
「ごめんごめん、こっちの話。チョイとお待ちを、仔猫ちゃん」
 龍介は女にむかってウインクすると、テーブルの上においていたスマートフォンを手にした。目当ての男の番号はすぐに呼びだせた。コール音が鳴ったあと、
『――なんだ』
 通話口をとおって、低くて抑揚のない声が聞こえた。
「まァだ怒ってんのかよ、拓海くーん」
『人の彼女を寝取っておきながら、よくも電話なんか――』
「三ヶ月も前の話じゃねえか」龍介は笑い飛ばした。「あれは、おまえの女のほうから誘ってきたんだぜ? おれはテストの範囲を聞こうと思っただけだったんだけどなァ」
『信用できない』
 電話の相手は、長井拓海。龍介とは中学、高校、大学と、一貫教育の私立学校での同窓生だ。
『彼女……あれからどうなった』
 怒気をふくんだ声で、拓海が訊ねてくる。
「ん? 別れた」
 龍介がいうと、沈黙が流れた。
『おまえってやつは……』ため息をつくのが聞こえる。『テストの範囲を聞こうと思っただって? おまえ、大学卒業する気あるのか。就職活動なんてしてないだろ』
「じつはさ、電話をかけたのは、そのことで、なんだよねー。シューカツとかしてる?」
『してない。僕はなにも教えられない』けんもほろろに拓海はいい放った。『もういいか。切るぞ――』
「おれさ、すげぇことを思いついたんだよ!」
 龍介は電話口にむかって叫んだ。
『……博打の話か?』
 拓海の声音がかわった。
 ふたりはギャンブル仲間だ。まずは学生同士の、わずかな小遣いを賭ける程度の遊びからはじまった。あっという間に敵がいなくなり、街へ繰りだすようになった。地元の神戸はもちろん、関西圏にある方々の賭場を荒らしまわっていた。看板のでている健全な施設から、非合法のアングラカジノまで、渡り歩いた。
「まっ、くわしいことは、明日話すわ」
 拓海が舌打ちをする。焦らされて憤っているのだろう。
「朝の十一時四十分、JR大阪駅の中央改札口の前に集合!」
『……大阪で勝負の場が立つのか』
 大阪は拓海のテリトリーだ。その大阪で勝負の場が立つという情報など、自分の耳には入っていない、とでもいいたげだ。
「ちがうんだよ。じつはいま、金沢にいてさァ。大阪にもどる時間がそれだからよ」
『金沢……?』
「大学がかったりぃから、旅打ちしてたんだよ」
 旅打ちとは文字どおり、博打を打ちながら旅をすることだ。
 龍介は両手でスマホを包みこむようにして、小声でいった。
「そこで女ができちゃってさあ。おんなじ大学生だけど、お嬢様なんだぜ。博打でスッカラカンになっても、金を貸してくれるんだ。へへへ」
『なにが、へへへ、だ』
「そんじゃ、また明日。おれはだれよりおまえを愛してるぜぇ、拓海チャ~ン」
 電話が切れた。
 龍介はスマホを宙に投げて、キャッチした。
「あいつも照れちゃってよォ」
「……明日、大阪に帰っちゃうの?」
 女が泣きそうな顔をした。
 座っていた椅子からベッドにむかって、龍介はムササビのごとく飛んだ。女が驚いて、仰向けに倒れた。
「よォし、やったるぞ!」
 龍介の腰はラテンのリズムを刻みはじめた。

 二月の初旬。まだまだ寒気は退く気配はない。
 午前十一時四十分。大阪駅の中央改札口を黒山の人だかりが押し寄せる。たったいま、特急サンダーバード号が到着したのだ。
 改札をでた龍介は、拓海を発見した。ピーコートにマフラーという服装。巻き毛の髪に、青白い肌。かけている縁なしの眼鏡を人差し指で押しあげながら、柱にもたれて文庫本を読んでいる。
「よお、拓海ィ」
 龍介は呼びかけた。拓海は顔をあげる。
 龍介は近づいていって、正面から拓海の肩を掴んだ。
「あいかわらず、読書か。インテリぶってんじゃねーぜ!」
 拓海はフンと鼻を鳴らし、龍介の手を振り払う。
「女のヒモ生活なんかしてるっていうから、すっきりした顔で来るのかと思ったが……ホームレスと間違えそうになった」
 拓海にしては珍しく、軽口が飛びだした。
「うるせえやい」龍介は笑った。「それにしても拓海、おまえ、いい目つきだ! この三ヶ月で、博打で何人コロしてきたのか想像もつかねーわ」
「客をコロすのが僕の仕事だ」
「まだ、大阪の雀荘で裏メンしてんのけ?」
 裏メンとは、裏メンバーの略。雀荘で客のふりをして一日中打ちつづける。体力と忍耐力、それにもまして博打の腕が伴わなければ成り立たない稼業だ。拓海はだれからの援助も受けず、裏メンだけで生計を立てている。
「甘い仕事だからな」
 拓海はそっけなくいった。うんうん、と龍介は大仰にうなずく。
「まァ、立ち話もあれだ。おまえの家で話しあおうじゃァないか!」
 拓海は舌打ちをしたが、阪急電車の駅の方向へと足をむけた。

 阪急梅田駅から電車に乗り、上新庄にある拓海の住まいにむかった。拓海はアパートの玄関で靴を脱ぎ、部屋に入った。
「このワンルームにも久々に来るぜ」後ろから龍介は茶化す。「稼いでんなら、もっといいとこに住めばいいじゃねぇか」
「余計な金はださない主義なんだ」
 拓海は台所にむかった。
「ビンボー性の……あ、いや、ゴーリシュギの拓海らしいや」靴を脱いだ龍介は、部屋の中央におかれているちゃぶ台の前に腰をおろした。「でも、しばらくはここに世話になるんだしさァ」
 拓海は鋭い視線を龍介に投げた。
「だれが世話をするといった」
「え? だれもいってないけど」
 拓海は頭を掻いた。顔を背け、薬缶に水を汲みはじめる。
 龍介は懐からセブンスターを取りだした。
「突然だけどさあ――貯金はどのくらいあんだ」
「……一千万くらいだ」
 拓海は湯を沸かしながら淡々と答えた。
「おお、充分充分。おれ、ゼロ円だけど」
「それは問題だが……とにかく、かなり大きな勝負になるんだな」
 龍介はタバコをくわえて火をつけた。煙を吐く。
「今回の話は、おれとおまえでどっかの賭場に突撃するとか、そういうことじゃねーぜ」
 振りかえった拓海は、怪訝な表情をうかべた。
 龍介は両手をおおきくひろげ、
「博打会社をつくって、賭場をひらくんだ!」
 と宣言した。
 拓海はあっけに取られたように口を開けた。が、すぐに顎に手をやり、真顔になった。
「たのしそうだろ?」
 龍介は得意になって、タバコをスパスパと吸う。
 薬缶の蓋がカタカタと音を立てた。拓海はガスコンロにむきなおった。沸騰した湯でふたり分のインスタントコーヒーをつくると、ちゃぶ台まで運び、ひとつを龍介の前に差しだした。いっしょに持ってきた灰皿も卓上においた。
「興味はある。算段はついてるのか」
 龍介はジャケットのポケットからチラシを取りだし、机の上に叩きつけた。
「ピザは、僕は嫌いだぞ」
「いや、ピザじゃなくて、こっち」
 龍介は宅配ピザのチラシを裏返した。そこに書き殴ってあるメモを読み返しながら、
「まずは不動産屋まわりだ!」
 と話をはじめた。
「賭場は、出入りしほーだいな雑居ビルの地下あたりがいい。場所は神戸! 神戸は大阪とちがって、雀荘は三人打ちも四人打ちも、なんでもアリだろ? 面子は芦屋と神戸の、ぶよぶよに太ったダンナを掻きあつめるのさ」
「面子が集まるとは思えないな」
 と拓海はタバコの煙に顔を顰めながら、意見した。
 拓海がそういうのも無理はなかった。場外馬券売り場があるのは元町だし、雀荘がひしめいているのは三ノ宮。神戸は博打の街なのだ。博打好きの旦那たちが溢れかえっていることはたしかだが、彼らは現状ですでに満足しているのではないかとも思われる。
「おれらの賭場では麻雀はやらねーぜ?」龍介はタバコの煙を鼻から豪快に吐きだした。「街の雀荘よりレートを高くすれば、喰いついてくるかもしれないけどよ。もっと……なんていうかさァ……ザ・賭場って感じの博打をやろうぜ!」
「ザ・賭場……」
 拓海が怪訝な顔をした。
「そうだ! 本格的な賭場に、麻雀はむいてねえ」
 龍介は机を叩いて断言した。
 拓海はしばらく考えこみ、
「たしかに牌の音が外に響くかもしれない」
「いや、そういう問題じゃねえんだ。麻雀をやって稼げるんなら、なんでもやるけどよ」
「そんな危険な考えでは、賭場は運営できないぞ」
「で、種目だけどさ、ダイス、ホンビキあたりにしようと思ってるんだわ」
 拓海の非難などそっちのけで龍介は話題をかえた。拓海は腕を組み、
「ダイスやホンビキにしても、わいわいと話し声は聞こえるかもしれない。対策は練ってるんだろうな」
 と、しつこく問い詰めてくる。
「対策ぅ? 対策ってなんだよ?」
「いったい、おまえはなにを練ってきたんだ……いいか、よく聞け」
 拓海は眼鏡を指で押しあげた。
「賭場にする部屋を借りるにあたっては、大家がそこに住んでいないことが第一条件。次にできるだけマンションの高層部分に位置すること。エレベーターに近いこと。そして隣に部屋が密接していないような、孤立した部屋が理想的なんだ」
「サツにパクられないために、か? 慎重すぎるんだよ、拓海は――」龍介は吐き捨てた。「そんなこと気にしなくてもよ、サツのひとりを買収して踏みこまれないようにしときゃいいんじゃねーの」
 やれやれ、とでもいうように拓海は首を振った。
「……だが、客を集めるというのは、具体的にどうするつもりだ。あとは、賭場をひらくからにはテラ銭でやっていくんだろうが、考えているのか」
 テラ銭というのは、客から掠めとる場所代のことだ。
 普段は無口なほうである拓海も、不安を抱いているのであろう、口数が多くなっている。
「おれたち、客は何人でも呼べるだろ。拓海も、ぶっとい客はごまんと抱えてるはずだしなァ。面子に関しては、なーんにも問題ねえ」
 龍介は吸っていたタバコを灰皿に投げ、新しいタバコに火をつけると、つづける。
「レートは高くするぜい。テラ銭は、ダイスだったら受かった親の浮き分二割。ホンビキも受かった胴の浮き分から二割だ。ホンビキなら、おれたちが合力をやるから、客からさらにチップも入るしな」
「に、二割……? 正気か、龍介」
 賭場のテラ銭というものは、一般的には賭け金の五分程度だ。拓海が驚くのも無理はない。
「正気も正気。おれたちは場主になるんだ。客にヘイコラしてたら舐められる。がっぽりいこうぜ!」
「回銭はどうなる」
 拓海が核心をついた。回銭とは賭場が客に貸しつける金のことだ。これがないとなると、賭場設立など夢のまた夢だ。
「ノープロブレム」龍介はジーンズのポケットから財布を取りだす。なかからキャッシュカードを引きぬいた。「おれの女は、いいとこのお嬢さんだってのは話したっけ?」
 拓海は口もとに微かな笑みをうかべた。龍介の勢いに、すっかり気圧されたようだ。
「意外と抜け目ないな――さっそく神戸に行って、不動産屋まわりだな」
 と拓海が立ちあがった。
「その前に――」龍介も腰をあげた。「いまから、拓海が裏メンをやってる大阪の雀荘に行くとすっか」
「……なぜ」
「雇用証明か給与見込みをもらってくるんだ。じゃなきゃ博打会社もなにもはじまらねーべ?」
 
 梅田で電車をおりた。東通商店街に足を踏み入れる。カラオケやゲームセンターとまるで同列のようにして、雀荘〝ジャム〟は看板を掲げて営業している。ドアに嵌めこまれた小窓越しに店内を覗くと、セット客が一組いるだけで、フリーの客はいない。
「……いまなら大丈夫そうだな」
「よし、乗りこもうぜ!」
 龍介は拓海の肩を抱きながら、ドアを押そうとした。
「バカ、おまえがいたら、僕が裏に入っていきづらいだろ。表向きは、僕はこの店で一般客なんだからな」
「細かい男だなァ。じゃあ、おれはここで待ってるからさ、もぎ取ってこいよ、相棒!」
 龍介が背中をドンと叩く。拓海はジロリと後ろを睨んで、雀荘ジャムに入っていった。
「いらっしゃいま……あれ、長井さん? 呼び出しありました?」
「裏、行きます」
 応対にでてきた従業員を、拓海はやりすごしている。龍介はドアに耳をぴったりとくっつけて、中の会話を盗み聞きしていた。しかし、拓海はバックヤードへとむかったらしく、そのあとは話し声が聞こえてこない。
「……ったくぅ……大丈夫なのかよ、アイツ……」
 ぶつぶつといいながらドアにへばりついている龍介を見て、ちょうど雀荘に入ろうとしていたフリーの客たちが、気味わるがって踵を返した。しかし、いま、客が来ると厄介だ。龍介の奇行も捨てたものではなかった。
 十分後――拓海が紙袋を提げて、店を出てきた。
「もらってきたぞ」
 袋の中には雇用証明書が入っている。
「やるじゃん、拓海クーン!」
「裏メンバーなんていう仕事は、正規の表メンバーとはちがう。イレギュラーな契約だ。ひとり暮らしをしたいから、不動産屋にどうしても提示しないとダメだっていって……なんとかな」
「てことは拓海、あの店では、ずっと実家暮らしのていだったのか?」
「金持ちのボンボンってキャラが客には受けるんだよ」
「さすが策士!」
 拓海の家に帰った。
 部屋に入ると、ふたりはちゃぶ台を挟んで、対座した。
「次は保証人をどうするか」
 と拓海が切りだした。龍介は唇の端を曲げた。
「もちろん、考えてるって」
「……おまえ以外にいないか」拓海は龍介から視線をそらす。「しかし、それで通らなければ、この話は白紙にもどってしまうな」
「たぶん、学生のおれじゃあ、保証人は無理だよ。でもな、いまの時代、便利なところがあるんだぜい」
龍介はチラシを取りだして、拓海に見せつける。
「読んでみろ!」
「……字が汚くて読めない。……ばくちがいしゃけいかく……と書いてあるのか?」
「うるせい! よぉーく読んでみろって」
 拓海は眼鏡を指で押しあげて、目を凝らした。
「いまさらだが……だいたい、なんでこんなチラシの裏に書いてるんだ」
「え? 思いついたときに、近くにあった紙がコレだったんだ」
「僕なら、ぜったいにノートに清書するけどな。……ん?」龍介の殴り書きを解読していた拓海が、声をあげた。「なんの番号だ?」
 拓海が指差したところには、0120からはじまるフリーダイヤルが書かれてある。
 龍介はふっふっふ、と不敵に笑った。
「おれだって、ちゃんといろいろ調べてきたんだぜ。これは〝賃貸保証人代行サービス〟っていうところの電話番号だ」
「保証人代行サービス……?」
そうだ、といって龍介は胸を張った。
「いいか、これからの流れをいうぞ。――まず不動産屋に行って、よさそうな部屋を見にいく。不動産屋をとおして、大家と家賃とかを交渉する。最後に審査って感じだ。まァ、おまえの雇用証明さえ見せたら、まず大丈夫だ」
 拓海は黙って龍介の話を聞いている。
「問題は、保証人をだれにするかだよな。部屋をだいたい決めちまったら、ここに電話しとくんだ。手続きはたった三十分で済むんだってよ。すぐに代行サービスが、身分のいい保証人を用意してくれる。おれたちは代行サービスに、一万円プラス賃料の六割を振りこむ。そんで、契約書類を代行サービスまで送れば、印を押して返してくれるってワケよ」
 ――と、龍介はチラシに書いてあるメモを一気に読みあげた。
「なるほどな。賃料が十万だとしたら、一万プラス六万、計七万円を払うだけで、僕たちに保証人がついてくれるということか」
「そうだ! さっすが拓海、呑みこみがはやいぜ」
「しかし……」拓海は眼鏡を指で押しあげた。「金を払ってそんなものを使わなくても、龍介の親に頼めばいいじゃないか」
 龍介はペッと唾を吐くマネをした。
「親の力なんか借りられるかよ! てめえの力でのしあがらなきゃ、意味ないしな」


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