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【MCバトル】2023年の個人的ベストバウト10選

掲載順は開催日順。基準としてパワーバランスが均衡に近く、MCの強みが活きていると感じられた試合、またその上で何か心に残るものがあった試合を選ぶようにした。

また、各項の末尾にMCたちの音源(最新作、客演参加も含む)のリンクを貼っているので、気になったら是非ご一聴を。


※YouTube動画はざっくりバトル開始のタイミングに頭出ししてあります。

【口喧嘩祭 Special in CLUB CITTA'】
句潤 vs SKRYU

口喧嘩祭 Special in CLUB CITTA' | 句潤 vs SKRYU(Abemaプレミアム)

SKRYUのバース中の言葉を借りれば“音楽性抜群”、そしてフロアを沸かせるセンスも抜群。そんな二人がICE BAHNRHYME GUARD」のビート上で、自由奔放に歌ってくれる決勝戦。

ほぼ音ノリ対決と言ってもよく、現場で観ていても甲乙つけ難かったが、あの太く粗い和風のビートにいきなりソウル/ファンク的歌唱で乗り始めたSKRYUのラストバースで私は完全にやられてしまったし、同時に彼の優勝を確信した(後々、それが当時未解禁だった『A Berabow Music』のセルフサンプリングだと知った)。

また3バース目の後半であまり脈絡なく発された分、本心から出たように聴こえた「俺は曲めっちゃ出してた/俺のファンをバトルヘッズとは呼ばせねえぞ」というキラーフレーズも非常に良かった。

なお、この優勝から程なくしてSKRYUはEP『わすれもの』をリリースし、収録曲「How Many Boogie」で大バズを遂げることになる。

そんな象徴的な一年の幕開けという意味でも感慨深い試合であり、大会であったと思う。

現地写真。セッション的な空気の試合が多くて楽しい大会だった

【KING OF KINGS 2022 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL】
MOL53 vs T-TANGG

KOK2022に関しては一回戦第一試合のS-kaine vs 阿修羅、決勝のMOL53 vs 裂固など、何かと思い返して語りたくなる試合ばかりではある。ただ何となく他と異なる趣を感じて、よく観ていたのがこの試合だった。

荘厳な雰囲気漂うビートも大いに影響していたのだろう、双方あくまで各々のペースを保ちながら相手を挑発し、キメ所の印象的なフレーズでフロアの熱を巧みに煽る。そうして互いの言葉を引き出し合っていくようなやり取りが、自分の目には何かとてもカッコよく映ったのだった。

おそらくは二人の一貫したスタンスとラップスタイルがビートと調和したことで、(当人達からすれば勝手な解釈だと思うだろうが)まるで全体を通して一つのパフォーマンスであるかのような統一感があり、それがとても小気味良く感じられたのだと思う。

結果としては、T-TANGGの整然としたライン「取り巻きも連れずに裸一貫/後ろ連れてちゃ馬鹿らしいじゃんか」に対するMOL53のラストバース「俺のバックには誰もつかねぇ/ヤクザもチンピラも何もいらねぇ/マイク一本で仲間と一緒に勝ち上げる/これがHIPHOP、フッドミュージックだぜ」が勝負の決め手になったように思う。
決着後、軽く言葉を掛け合いつつ早々と退場していく様子にもどこか清々しさを覚える。そんな調子で、何かにつけ好ましく見えてしまう一戦だった。

なお、この試合のビートから制作されたRAWAXXX名義の楽曲「Rewrite」は同年4月にリリースされたEP『That' Me』に収録されている。

そしてこのEPの表題曲「That's Me」もまた同大会の二回戦、CIMAとの試合で獲得したビートである。ついでに言うと先日の『SPOTLIGHT2023大阪編』のサウンドクラッシュでは、ほぼBOIL RHYME(CIMAとMADJAG)が「That's Me」のダブをかけるという一幕もあった。

チャンポンズ - Keep it nothing(YouTube)

【真ADRENALINE】
晋平太 vs SILENT KILLA JOINT

いわゆるパンチラインというか、キラーフレーズだけで選ぶならダントツでこの試合と言えるほど記憶に残った決勝戦。そのうえ全体的に見ても双方の個性と地力の強さがわかりやすく、とても良い試合だったと思う。

元より気のおけない間柄らしく、互いに思わず笑ってしまう瞬間もある中、晋平太は硬い韻を圧倒的密度で落とし続ける。そしてSILENT KILLA JOINT(以下、SKJ)はひたすらそこから文脈を拾い、話をひっかき回していく。地元の先輩アーティスト・小林勝行(ex. 神戸薔薇尻)「108 bars」の名を出してから客席を指差し「知らなくても知ったフリしろ/お前もイケてるからよ/好きなこと続けろ/明日も一緒に遊ぼう」のラインに表れたスタンスと温かみある目線は、自曲のリリックさながらだった。

先述のキラーフレーズというのは、その後に来る。上の動画でいうと4:37~頃。晋平太が畳み掛けるように踏んだ韻から組み立てたフレーズ「ピカソみたいに描いてく」に対するSKJの「適当なライム踏むなよ/ピカソじゃねえだろ/どっからどう見ても/コイツは晋平太だろ」。
途中まで何かしら“ピカソ”に対応する別の比喩を用いて否定するのだろうと思い込んで聴いていたところに、小節をやたら贅沢に使った挙句「晋平太だろ」と叫ばれた瞬間そりゃそうだけどと急激に脱力して、同時に爆笑するしかなくなった。MCバトルを観てあんなに笑ったのは初めてだったかもしれない。

ともあれこういう、ここぞという時のワードセンスとパンチ力で空気をさらってしまう所がSKJの強さである。
しかしこの日は、晋平太のライミングも終始恐ろしいまでに冴えていたため、結果としては2本先取により晋平太のストレート優勝となった。

最後まで雰囲気が良いわりに各ターンのインパクトが強い試合なので、ときどき見返したくなる。とりあえず晋平太には一日も早く回復して健やかな生活を送ってもらいたい。

【FSL VOL.2】
FORK vs SAM

ベストコンディションという感じでもなかったので入れるかどうか多少迷った。ただ非常に拮抗していたというのと、何より自分にとってはこの上なく感慨深く、また心に残った試合であることには間違いないので選んだ。

そもそもこの一年、自分にとって大きな行動原理となってくれていた存在がICE BAHNであり、FORKという人だった。
2021年秋頃~2022年にかけてFORK関連のバトルの動画をとにかく毎日のように繰り返し観ていた時期があり、その頃から「次にバトルを観られる機会があれば直行する」と決めていた。

FORKの『FSL VOL.2』出場が発表されたのは開催の約一週間前のこと。休みをもぎ取り弾丸で行ったCLUB CITTA'は想像以上に人が入っておらず、ギリギリに取ったチケットでもセンターステージの二列目から観ることが出来た。

気合いに満ちたSAMが、まず初めのターンで「固有名詞をこういう目して見てたとこからこういう名シーンまで繋げるMIC」という、かつて深夜に“FORK”の4文字がトレンド入りするほど話題をさらったという名フレーズを発展させたライムを披露する。対するFORKはそのライムを「いつから持ってたんだよそれ」と言って茶化し「数打ちゃ当たるに付き合うほど暇じゃねぇ」と軽くいなしてみせる。
……という、これまでのバトルを踏まえたやり取りから試合が始まった。

そしてラリーが続くうちに段々と二人の調子が右肩上がりになり、第3ラウンドではDJ IZOH「So Whatに乗せたライムの応酬となる。
そこでFORKが最終ターン、連鎖的に畳み掛けたライムの終着点として「17時ぐらいから待ってんだろ、お疲れさん」と客席に向かって言葉を投げかけた時、大きな歓声が沸き、大勢の手が挙がった。

最後の最後まで勝敗の見えなかった試合、その土壇場でFORKが客席に向き合い言葉を投げかけたことで、人々の心を一気に掴んだ瞬間。あの光景はずっと目に焼き付いてしまっている。

ごく個人的な所感にはなるが、長いあいだ映像の中で観ていた二人の真剣勝負を間近で目撃したことで、何かひとつ自分の中に大きな区切りができた気がした。“現場で観て良かったバトル”を選ぶとしたら、間違いなくこの試合が筆頭であると思う。

(ちなみにこの試合については一度、全ラウンド通しての感想記事をバースの色分け画像とともに載せていた事がある。あの記事はFSLが某企画を始めた際に再生回数に貢献したくなくなり全削除しました。読み物として面白く読んでいただいた方には申し訳ない。)

現地写真。かなり空いていた

【Dis4U MCBATTLE Episode8】
龍鬼 vs Yella goat

以前から知っていたものの、最近まで正直あまり詳しくチェックできていなかった二人だった。が、何気なく再生した大会の決勝戦がとても完成度の高い技を決め合うハイレベルな内容になっていて舌を巻いた。思わず見終わって即リピート再生したほど。

ビートの乗り方、バースの構成の仕方、ライムの落とし方など総合的にスキルの高い二人であるという事は知っていたが、その上で両者とも余裕と遊びがあり、ライブ感のあるパフォーマンスが上手い。次のバース、次の一節を楽しみにしながら観られる。

特にYella goatは作家性の色濃いバトルを見せてくれるという、自分にとってかなり好ましいタイプのMCだった。言葉選びや比喩表現などに通底する世界観が感じられる上、歌メロの入れ方も特徴的。本当によく歌ってくれるし、即興でもキャッチーな節回しを聴かせてくれる。
(最近だと当人が優勝した戦極BATTLE ROYAL』が話題になったが、破天2.5』のvs PONEYなども良かった)

この龍鬼とのバトルでは最初のバースの抜き方から始まり、自身の過去の名義“U-mallow”で韻を踏んできた龍鬼への「怖えから過去に目合わせてんだろ」という煽り、そして極めつけの「センスがどうこう、全部が行動/阿修羅を持った千手観音像」というライム等、端々でその感性が光っている。

しかし、それに対する龍鬼のアンサーがまた素晴らしいというか恐ろしい。最終ターン3~4小節目で「俺も過去の記憶を削除/俺は後ろ立つ弥勒菩薩像」と2バース目の文脈を踏まえつつYella goatのラインとも見事に対応させたライムを繰り出し、形勢を一気にひっくり返して優勝を決めてしまった。

双方に相当なボキャブラリーと集中力が無ければ成立しなかったであろう、高密度な応酬。結果として龍鬼の勝ちには間違いないが、決勝戦でこのラリーを披露してくれた時点で二人まとめて表彰モノだろうと思う。

両者とも年齢的にはまだまだ若いけれど、それぞれ高校生ラップ選手権からキャリアを重ねてきているプレイヤーである。そんな二人の輝かしいセンスと力量がしっかり体感できた試合だった。

re : minder by yella goat(soundcloud)

【Dis4U MCBATTLE Episode9 HOT LIMIT】
ID vs 黄猿

前回の記事の句潤の項でも前段のYella goatの下りでも触れた作家性や、オリジナリティといった要素。それらをバトル中の表現から見出しうる条件の一つに「聴き手の内側に“問い”を生じさせられるかどうか」というのがあると考えている。そして、フリースタイルバトルのプレイヤーとしてのIDは、そうした“問い”の表現を与えてくれる筆頭的存在であるとも思う。

改めて、2023年のIDは強かった。スムースなフロウで放たれる彼の思想(と言うより他に適した表現がない)が今までよりもさらに強く大きく、着実にオーディエンスに響くようになったと感じる。

特に、結果こそ負けだったが『戦極MCBATTLE 第30章 The 3on3 MATCH』のvs 裂固は凄かった。二人それぞれが各々のスタイルにおける一種の到達点に達したと言えるような、鬼気迫る試合だった。

当年のベストバウトを選ぶにあたり、このID vs 裂固を挙げるヘッズは多いのではないかと思う。しかし逆張りではないが、この凄まじい試合を経ているからこそ、この(↓)二人の余裕あるセッションに私はひどく惹かれた。

まず1本目、空音「GIMME HPNのファンキーな80'sサウンドの上で声を自在に踊らせる二人のラリーと、そこで織り成される旋律を大いに楽しむ観客の歓声。これだけでも見ていて痛快この上ないが、それに加えて対話の展開の妙もある。

ホーンの音色とシンクロしつつ黄猿のキャリアに敬意を払ったIDに対し、ビートを足場として跳ねるフロウでリズムを刻む黄猿。次にIDが「単純な乗り方じゃ2023は乗りこなせない」と議題を投げかけながら音の高低とリズムに変化をつけると、対する黄猿もまたリズムを変化させる(黄猿のバース『黒人もリスペクト/変な意味じゃない』というフレーズには一瞬ヒヤッとするが、後半の強調具合など生の言葉のやり取りにおける絶妙なニュアンスを感じる場面でもある)。
といった具合に、対話その内容に応じて変化するフロウによる高度な駆け引きが行われている。

また同時に、二人の表情がすこぶる良い。人柄もあるのだろうが、相手のバースに耳を傾けるとき、次は何を仕掛けてくるか、どのように着地するのか……そうした予想を相手が超えてくる事をも楽しんでいるように見える。
これまでに当たったのを観た覚えがないカードだったが、双方のグルーヴ感が掛け合わさってポテンシャルが相乗的に引き出されている、まさに好敵手という印象を受けた。

だからこそ、という事もあったのかもしれない。この試合のIDは、自身のパーソナリティに関する哲学と美学という重大なトピックを繰り返し提示している。
1本目3バース目の「俺らはグレーゾーン、お前らも同じだぜ/何代目か前にブラックが紛れ込んでるかもね」の下りもそうだが、延長の1バース目の黄猿の「七色のフロウ」という表現に反応したIDのライン(動画5:15~頃)は特に素晴らしかった。

そのカラーバリエーションに/“肌色”と定義される桃色は/俺は該当しなかった/けどHIPHOPが“この人だ”って俺の事を呼んだんだよ

幼い頃、画材に記された“はだいろ”という色名(※)に対して何の疑問も抱かず過ごしていた私は、この言葉に胸打たれた。

(※なお日本では現在、画材製品の『肌色』呼称はほぼ完全に撤廃されている。参考:クレヨンから消えた"肌色" | NHK生活情報ブログ

あらゆる発信行為には影響力が生まれる。この動画に映されたバトルは、この時この大会で、この優れたプレイヤー二人でなければ有り得なかったかもしれない音楽的高揚を伴った“問い”を、受け手の中にしっかりと生み出してくれた。

また、この二人はこの試合の二週間後、7人総当たりのリーグ戦『破天MC BATTLE鬼7リーグ 第三陣』でも戦っており、先と同じようなグッドバイブスのバトルを展開している。

このリーグ戦において、最終的に優勝したのは黄猿だった。優勝決定戦を終えた直後の3人の爽やかな表情と、TKda黒ぶちの「3人共ちゃちなdisを繰り返さず、自分らのスタンスを提示していた」というコメントが象徴的だ。

無闇なdisり合いがなく、セッションやサイファ―のように聴ける試合というのもMCバトルには多く存在する。思えば、かつて黄猿が『戦極MC BATTLE 第六章』で鎮座DOPENESSと繰り広げた伝説的なバトルも、その代表例と言える内容だった。
しかし今後は新たな好例の一つとして、この“黄猿とID”という組み合わせも推奨していきたいと思う。

【破天MCBATTLE 2.5】
椿 vs 彼岸

親交が深い二人のバトル。両者ともフロウが力強く辛口で、また自身のキャラクターをことさら押し出すことはせず、素の対話とスキルで魅せるタイプのMCである。
前段と被る感想にはなるが、この二人でなければ聞けないやり取りや感情表現がいくつもあり、かつ気持ちの良い試合だった。

Bad Bitchじゃなくたってあたしら今持ってる、図太い美学
先攻の椿が二人のスタンスを提示した粋なライン。まず少し驚いたのは、両者ともdisが想像より斜め上で鋭利だったことだ。

なんたって「あたしの方が強すぎてごめんねお前はまだサークルの姫止まり」である。対する彼岸もそれに反応し「過去の福岡、縋ってるだけじゃね?UMB/ウチはいつだって最前線」とキレのある煽りで返している。
しかし彼岸のdisはある種のラッキーカードでもあり、椿の「獲ってから言いなよ」という決定的な一言を引き出す結果にも繋がった。

ただ、その後も一切揺るがぬ姿勢で「ウチらは目に見えるもので判断されてきた/だから目に見えるヤバいラップでそいつらに目にもの食らわすんだよ」という、このカードならではのパンチラインを放ってくれた彼岸には拍手を送りたい。思わず画面越しで手を挙げそうになった。

妥協のないdisで立ち向かう事こそが最大の敬意の証だという、両者の意志がありありと伝わってくる対話。
加えて、何かと見た目がどうのとか脈絡ない色恋・下ネタだとか、物珍しさで上がってきてるだけだとかいう、凡庸で凝り固まった文句を言われ、それをいちいち撥ね除けなければならないというフィメールに課せられがちな作業も、ここには当然ない。

ゆえに観ていて気持ちが良く、また控えめに言ってもホモソーシャル的空気感で溢れ返っているMCバトルの世界に、少し希望が持てる試合だった。

なお、この試合から約1ヶ月後の11月には、椿が初主催した女性(および女性自認)限定のMCバトルイベント『棘-IBARA-』が行われた。

この『棘』で主催者の椿をおさえ、優勝を勝ち取ったのは彼岸だったそう。
『破天』で椿に言われた言葉を見事に覆したということになる。

率直に言えば、MCバトルの場でたたかう女性には、その事実だけでも常に一定の称賛を贈りたいという気持ちが私にはある。

ただ、その前提を差し引いてもこの二人はクールだし、シンプルに魅力的なプレイヤーだ。だから応援したくなる。今後の活躍も楽しみにしたい(『棘』ももし次があるなら是非観に行きたい……!)。

【KING OF KINGS 2023 全国大会】
SILENT KILLA JOINT vs REIDAM

この試合に関しては前回の記事(↓)に感想を書いたため省略。

なるべく息の長い音楽人であってほしい。と願いたくなる二人である。

【渋谷レゲエ祭 vs 真ADRENALINE】
RAY vs Fuma no KTR

こと2023年の大型大会においてベストバウトを語るにならば、この二人の存在は欠かせないと確信しているし、おそらくそこに異を唱えるヘッズも少ないと思われる。

特にFuma no KTR(以下、KTR)に関しては出場回数自体が多く、ほぼ引っ張りだこ状態のため、話題になった試合を挙げていくと甚だ枚挙に暇がない。
再延長まで長引いたKOK2022のvs REIDAM(※リンクはprime video)から始まり、膨大な語数のラリーをやり切った戦極MCBATTLE第29章のvs SAM、フロウ対決となった凱旋MC Battle THE GIANT KILLINGのvs Rude-α。また記憶に新しいものだとSPOTLIGHT 2023 大阪編のvs MC☆ニガリ a.k.a 赤い稲妻口喧嘩祭Special(Zepp Nagoya)のvs 裂固……他にもまだまだある。

ついでに言えば、ここで挙げたものも含めて意外と“良質な負け試合”が多いという事実もまた興味深い。常に一定以上のクオリティでその場を沸かせられるが故、対戦相手のポテンシャルやモチベーションも遺憾なく引き出してしまう、ということなのかもしれない。

そしてレゲエシンガー勢の中では特に歌唱力の高さ、歌唱表現の豊かさが印象的なRAYも、以前から“毎度必ず良質なパフォーマンスを見せてくれる”という信頼感の大きい存在ではあった。

ただしその上で2023年は、その実力が試合の結果にも反映されていったという、いわば飛躍の年であった。これまで以上に勝ち進む事が多くなり、またその分だけ多様な戦い方、多様なパフォーマンスが観られる機会も増えることになった。

要は、二人とも大活躍の一年だったのだ。そして振り返ると、その活躍のスタートダッシュのようにも感じられるのが、この4月の『渋谷レゲエ祭 vs 真ADRENALINE』の試合である。

なお、この日は私も現場の後方で観覧していた。

当日の会場全体の割合はともかく、自分の周辺を見ていた限りでは、おそらくMCバトルのファンと思われる層(人気のバトルMCへの声援が大きい)とレゲエファンと思われる層(レゲエ勢の持ち歌に詳しく、都度歌いながら楽しんでいる)が、それぞれ6:4程度の割合で居る印象だった。

そんな中でこの二人は、レゲエルール(60秒×2ターン・バンドを操る事が可能)で行われたセッションを通して会場全体を完全に一つにし、地面が揺れる程の盛り上がりと熱気、歓声の波を巻き起こしてくれたのだった。

それまでレゲエの楽曲を楽しげに歌っていた客が最初のKTRのターンで「うっま!」「すげー!」と声をあげ、RAYのターンでは、MU-TON(現:COCRGI WHITE)へしきりに声援を送っていた客が「ヤバい!」「最高!」と歓喜する。このセッション自体ももちろん大いに楽しんだのだが、何よりもこのフロアの光景、その一体感と多幸感が最も記憶に残っている。

聴こえ方、感じ方は人それぞれ異なるにしろ、とにかく聴けば何かが起こる。そして、そんな体感を味わえば味わうほどに、多種多様な楽しみ方が個々人の中で生まれていく。
だから音楽の現場は楽しいのだ。と、再確認させてもらえた時間だった。

なお、この試合に勝利したRAYは二回戦でCHEHONと対戦。メジャーの人気レゲエシンガー二人がレゲエルールで対決する、という豪華な試合が生まれた。

また、この『渋谷レゲエ祭 vs 真ADRENALINE』は準決勝の時点でHIPHOP勢から勝ち残っていたのがMU-TONのみだった、という点も興味深い。
その後の決勝(CHEHON vs POWER WAVE)も含め、MCバトルにおけるレゲエ勢の躍進(および、MCバトルの観客におけるレゲエシンガー受容の深まり)を印象づけたという意味で、象徴的な大会であったように思う。

現地写真。優勝者の写りが良くなくて申し訳ない

【凱旋MC battle 冬ノ陣2023】
RAY vs Fuma no KTR

一回戦でKTRがColteに勝利し、RAYがYella goatに勝利したことで、見事に実現した再戦。このサムネイルの時点でいい試合だったとわかる。

しかし、当のRAYもバトル中に「可哀想やん」と零しているが、RAYが自身の楽曲「JUMP UP」で使用しているRiddimで戦った前回といい、ビートが思いきりレゲエチューン(FIRE BALL「Bad Japanese)の今回といい、毎度かなりRAYに有利なビートで戦っているKTRは若干不憫ではある。初っ端で「正直やるのヤダ」と零すのも無理ない。

ただ、それでもしっかり善戦してくれるため、さほど不利な印象を与えないKTRのパフォーマンス力は(なおさら不憫だが)やっぱり素晴らしい。そして遠慮なくビートに乗ってレゲエフロウをバッチリ聴かせたRAYに「めっちゃセコない?」と突っ込む場面には笑ってしまった。こういう愛嬌や篤実な人柄を併せ持つ所もまたKTRの魅力だ。

また一方で、今回の試合を観ると明らかにRAYの即興力が増していることがよくわかる。ボーカルテクニックの安定感はそのままに、対話で相手を刺すための語彙力や伝わりやすいライミングなど、フリースタイルバトルで求められる技能が着実に進化していると感じる。

実際、この日のRAYはこの勢いのまま初の決勝進出を果たし、MOL53を相手に優勝に肉薄する戦いを見せてくれた。結果は惜しくも敗退となったが、RAYの健闘にはSNS上でも惜しみない称賛の声が上がっていた。

ちなみにKTRとRAYはその後、12月の『KING OF KINGS vs 真 ADRENALINE』でも当たっており、その際には延長の末にKTRが勝利している。

KING OF KINGS vs 真 ADRENALINE | Fuma no KTR vs RAY(Abemaプレミアム)

大型の大会に出場し続けながら客を飽きさせず、音楽的な楽しみに富んだ試合を見せてくれる二人のスキルとエンタメ精神には感嘆する他ない。
特にKTRの安定感は驚異的だ。MCバトルに“シーン”のようなものがあるとするなら、これほど貢献度の高い存在もなかなか居ないのでは……と思う。

人気者同士が短期間に何度も当たりすぎて議題やワードが不足していく、というのはMCバトル界で常に問題視されている現象だが、出来ればこの組み合わせはあまり消費されすぎないでほしい。と、身勝手にも願っている。

まとめ

今回挙げた10試合の他にも『FSL』のBonbero vs Benjazzyや『Dis4U』のMOL53 vs ハハノシキュウ『SPOTLIGHT2023大阪編』の裂固 vs MC☆ニガリ a.k.a 赤い稲妻など挙げたい試合はいくつかあり、迷いながら書き進めていたが、最終的にまあまあ趣味がわかりやすい形でまとまった。気がする。

当年、現場へ観に行ったのは1月の『口喧嘩祭Special』、4月の『FSL VOL.2』と『渋谷レゲエ祭 vs 真ADRENALINE』、9月の『口喧嘩祭 Special』、11月のKOK全国大会の予選『TRIANGLE MC BATTLE』と『SPOTLIGHT 2023 大阪編』、それと記憶が曖昧な部分も多いのでこの記事では対象外にしたが12月の『VERSE』と『ENTA DA STAGE』。計8回。

また『破天』関連と『高ラ』『激ラ』関連、UMB・KOKの地方予選などに関しては部分的な見逃しも多いが、Abemaプレミアムで視聴できる大会はおおむね全て観ていたし、そのほか有料の配信がある大会なら少なくとも半数以上は買って視聴していたと思う。
自分としては、今までの人生で最も多くバトルを観た一年だった。
(またそれ以上に数えきれない程ライブに通った年でもあった)

基本的には作品に行き着きたいので、作品が聴きたくなる試合をしてくれるMCが好きだ。そのため文中明らかに好みの偏りが感じられる部分も多いと思うが、いちリスナーのバトル観として見てもらえればありがたい。

ここまで読んで下さった皆様、いらっしゃいましたら、ありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸甚です。

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