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長新太の絵本『つきよ』

 長新太(ちょうしんた)さんというと、絵本の『おしゃべりなたまごやき』(文藝春秋漫画賞受賞・福音館書店)や『キャベツくん』(絵本にっぽん賞大賞受賞・文研出版)のように、ナンセンスの人という、にぎやかなイメージが、強いかもしれません。
 しかし、今回は、彼の静かな絵本を紹介します。

 長新太『つきよ』
 発行所・教育画劇
 1986年1月25日 初版発行 32頁 980円

 子だぬきくんが、家に帰ろうとしています。
 明るい三日月の夜です。水色の空は、金色に鈍く光っています。
 長さんの絵本でおなじみの平野があります。左から右へ。斜めの道が、地平線の森まで、曲がりながら通っています。青い山が左手にあります。
 月が山の斜面を滑り降りてきます。
 子だぬきくんは、びっくりしてしまいます。
「おなかを りょうてで きゅうっと、つかんでしまいまいました。」
 お腹の敏感な子供の、肉体の感覚が鋭敏です。
 月光がなくなってしまったので、辺りは山も森も真っ黒です。
 子だぬきくんは、水の音を追いかけて、走っていきます。
 森の中に池がありました。中央に月が浮いています。
 岸辺の子だぬきくんの小さな後ろ姿が、かわいいのです。
 月は船になったり、橋になったり、島になったり、泳いだりします。
 想像力の自由奔放な展開が楽しいです。
 池は深い森の奥の方にあるので、世界一の探検家だって見つけられないと、子だぬきくんは、思います。
 子だぬきくんと、絵本を読んだ子どもだけの秘密なのです。
 月は山の真上の位置にまで登りました。
 子だぬきくんは、全身でその光を浴びています。
 長新太さんは1927年の生まれですから、1986年の『つきよ』は、還暦目前の作品ということになるでしょうか。
 月の夜の静けさにひたりたいときに開きます。
 抒情詩の一編のような絵本です。

(了)

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