見出し画像

【ショートショート】嘘の雨音

 七月に入った。
 とっくに梅雨の季節は終わっている。
「結局、空梅雨だったなあ」
 とヒロシは言った。
「暑いなあ」
 と、ケンジは雲ひとつない青空を仰いだ。
 ふたりはコンビニに入るかどうか、迷っている。飲料水の値段がやたら高くなっているのだ。
「このままじゃ熱中症だよ」
 コーラを一本買って、分けて飲んだ。
 目の前をスーツ姿の男が歩いて行く。
 ざーっ、ざーっと雨粒のような音がした。
「最近、この音よく聞くんだよ。なんだろう」
「知らないのか」
 ヒロシは男が持っている筒を指差した。
「雨乞いの楽器なんだってさ」
「とうとう神頼みか」
 その日、ケンジが家に帰ると、母親が、
「明日からこれ持っていきな」
 といって、雨音のする筒をくれた。
「こんなもの、信じてるの?」
「持ってないと非国民と言われるよ」
「そういうの、嫌だな」
 ケンジは愚痴りながら、三十センチほどの筒をリュックにしまった。
「よお」
 大学へ向かう道でヒロシが声をかけてきた。手に例の筒を持っている。
「よお」
 ケンジも返事した。
「おまえ、まだレインスティックを持っていないのかい」
「これのことか」
 ケンジは筒をリュックから取り出した。
「手に持ってたほうがいいぜ。いちゃもんをつけてくるやつらがいるからな」
 ふたりはわざとらしく筒を振り回した。
 砂漠の街に、ざーっざーっと嘘の雨音が木霊する。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。