【ショートショート】長い道のり
小学五年生の頃、
「小説を書いてみたいから、原稿用紙を買って」
とイチローはお願いした。
父親は、
「そんなもん、チラシの裏に書いとけ」
と答えた。
そういう手があったかと思い、サトウはチラシの裏に小説を書き出した。
だんだん慣れてくると、内容はともかくとして、長さの調節ができるようになった。イチローの話はチラシの大きさに合わせて自然に終わる
新聞の広告のチラシや、電話ボックスから剥がしてきたピンク広告の裏に書くことが多いけど、月に一度はカレンダーの裏面を使る。ふだんはごく短い話しか書けないイチローにとって大きな喜びだった。
気がつくと、部屋に積まれたチラシは五千枚を突破していた。
イチローの小説を読む人はいないが、チラシを貸してほしいという依頼ならあった。古いチラシを保存している人はなかなかいない。美術スタッフが、芝居や映画のセットを作るためにやってきた
定年を迎えたときには副業のチラシ集めのほうが有名になっていて、チラシ評論家という肩書きもできた。
やがて自治体の人がやってきて、
「チラシ博物館を作りたいので協力してほしい」
と言った。
裏に小説が書いてあるから嫌ですとも言えず、イチローはしぶしぶ協力することになった。
百年後、ひとりの学芸員がふととしたことでチラシをめくり、裏に書かれた文字に気づいた。イチローの書いた文字はテキスト化され、はじめて世の中に広まった。
(了)
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