聖地巡礼写真集が流行っている。
　ヒット作のロケ地を主演俳優がたどり直す観光案内だ。
　今でこそ聖地巡礼ありきでさまざまな作品が企画されるが、十年も前の映画の写真集が出るなんて奇跡に近い。
　ぼくはひさしぶりに「ひなげし」を観直し、有給休暇を取って二泊三日の旅に出た。「ひなげし」はロードムービーであり、家庭に居場所をなくした主人公があてどのない旅に出る。
　東京駅でユキちゃんが買ったシューマイ弁当を買い、ユキちゃんが乗った15時30分発のぞみ号7両車に乗り込んだ。同じ席というわけにはいかなかったが、彼女が観たのと同じ風景を見ながらロケ地に向かう。
　ユキちゃんがさわった橋の手すりにさわり、彼女が乗ったブランコをこぎ、彼女がアルバイトした蕎麦屋に向かった。蕎麦屋のほうも心得たもので、テーブルのひとつにユキちゃん人形を座らせている。ぼくはトロロ蕎麦を注文した。店にはぼくと同じ世代の人間が何人かいて、やはりトロロ蕎麦をすすっている。
　同じ写真集を手にしているのだから、どうしたって行く先々で彼らと出会う。
　最初はうっとうしく感じたが、最終的には友だちになり、連絡先を交換した。
　ぼくらは「ひなげし会」を作った。ネットで知って参加してくる人もいて、二十人ほどがゆるくつながった。
　三十年後。
　ひとりの女性会員が、
「私、ユキです」
　と告白して、みんな愕然とした。
「黙っていてごめんなさい。引退するまで言えなかったの」
　急遽、オフ会が催されたことはいうまでもない。

（了）

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