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【ショートショート】地下室にて

 短い昼寝は体にいいと言われている。会社も集中力をつけるべく、午睡を推奨していた。 
 12時から昼休みに入って、お弁当をゆっくり食べても12時40分。
 アイマスクと耳栓をして、机の上にぺたっと顔を倒すと、目の前に階段があらわれる。
 階段をくだると、地下室に出る。
 窓もテレビもない、机と椅子が置いてあるだけの石作りの小部屋。
 机の上にはペンと原稿用紙がある。
 ヒマなので、私はペンを取って小説を書き始める。
 壁時計が13時の時を告げ、階段を登っていくと、はっと意識が戻る。
 私は「うーん」と伸びをして、午後の仕事にとりかかる。家でも同じ。ご飯をたべて目をつぶると、自動的に階段があらわれる。
 夢だなあと思うのは、一瞬前までなにを書いていたのか、思い出せない。内容どころか、タイトルすらわからない。
 私はとくに読書家というわけでもなく、なぜ地下室でひたすら文章を書き続けるのか謎だった。
 ある年のお正月のこと。私はいつも通り昼寝から目覚めて驚いた。頭のなかに文章が残っていたのである。
 ノートパソコンを開いて「ガラス細工の犬」というタイトルを書き、テキストを入力していった。頭のなかにある文字列を移すだけの作業だ。
 三日間パソコンの前にいて、気がついたら、一本の長編小説があった。
 私のデビューの経緯だが、誰も信じてくれない。
 ちなみに、いまでも目をつむると、階段があらわれる。私は地下室でしか小説を書かない。

(了)

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