【ショートショート】無言の時間
「昨日、うるさくありませんでした?」
とお隣のイリエさんに言われた。
「いえ、ぜんぜん」
「よかった。カツカレーサロンを開いていたの」
「へえー。サロンっていいですね」
「そうでしょー。今度は、お店を借り切って開いてみるつもりなの」
ひそかに自宅サロンが流行っているようだった。
私もいろいろなサロンに誘われるようになった。デパ地下に寄ってちょっとしたお土産片手に訪ねてみる。そこは会話の渦だ。「そういえば」と言って、他人の話を遮断し、自分の話をつづける人たち。喋り下手な私はどこにも馴染めなかった。
ときどき、私のように喋れずに固まっている人がいる。
私はそういう人を誘ってサロンを開くことを思いついた。
ムクチ・サロンだ。談笑の場であるべきサロンで喋らないのはすごく変なことだが、何人かのメンバーが固定した。
今日も「こんにちは」と挨拶を交わしたきり、あたりを沈黙が支配した。
でも、私にはわかる。集まっている人たちの頭の中には、饒舌な喋りが発生している。それが声にならないだけなのである。私たちは、無言の声を感じながら時間を過ごした。サロンが終わったあとは、長く喋ったよう気配が漂った。
(了)
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