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妖 怪

 昨日、仕事でパソコンに向かっていると、ある種の違和感を覚えた。デスクトップ上に消したはずの文書があるのだ。あれ? おかしいな。そう思いながらも、それほど気に留めることなく、私はその文書をゴミ箱へ捨てた。
 だが、今日になってみると、捨てたはずのその文書がまたあるではないか。ああ、なるほど。そうか、そういうことだったんだ。可笑しさが込み上げくるのを、私は覚えずにはいられなかった。
 以前、パソコン内に棲む妖怪の話を聞いたことがある。何でもコイツは、ゴミ箱に捨てた文書などを勝手に戻すらしい。それは完全に消去したものでさえも完全に復元することができるらしく、密かに警察でもコイツが活躍しているとかいないとか。
 ちなみに、パソコンがひとりでに起動するという話を聞いたこともあるが、あれは別の妖怪の仕業らしい。
 どうして、わざわざそんなことをするのかは不明だ。コイツらにはコイツらなりの理由があるのかもしれない。だがその理由とは、およそ我々には理解しがたいものなのであろう。
 ただ、時代が移り変わりゆくなかで、妖怪も今の時代に合わせて進化を遂げた結果であることは窺える。どうも妖怪というものは、進化してさえも人を驚かせたいのだ。
 そういえば、一週間ほど前に「メモリースティックに入っていたデータが消えてしまった」と友人がメールを寄こしたことがある。だがその翌日には「不思議なんだけれど、今日になったら全部戻っていた」とメールが来た。
 恐らくそれはコイツの仕業に違いない。そしてその友人からのメールに乗って、このパソコンにやって来たのであろう。
 私は、パソコンのシステムファイルを調べ始める。すると異様なファイル名を見つけた。
『( ..)φメモメモ』
――これだ! これに違いない!
 吹き出しそうになるのを私は何とかこらえた。いまは、まだ仕事中である。腹を抱えて笑うのは後からにしよう。
 しかし、それにしても『( ..)φメモメモ』とは。いやはや、どうして、コイツはユーモアセンスも持ち合わせているらしい。通常、ファイル名に顔文字などありえない。自分の存在を誇示しているかにも思える。
 私はそのファイルを、新品のメモリースティックへと移した。
 さあ、これをどう活用しようか。悪戯心は膨らむばかりで仕事に手が付きそうもない。人を驚かす妖怪の気持が、少しは理解できた気がする。
 傍を通った同僚が不思議そうな顔して通り過ぎる。どうやら、こらえたはずの笑みさえも復元されたようだ。

【了】

イラスト/ちぃ (note.mu/selkie)

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