ジャックマー_前半

華僑心理学 No.6 ジャック・マーが中国社会に与えた影響(前編)

こんにちは、こうみくです!

2018年9月10日、アリババのジャック・マーが2020年までに引退する旨を発表し、世間を騒がせました。筆者は、暇があれば彼の講演を聞いていた程の大ファンだったので、この報道にとても驚きました。

一方で、昨年トランプ大統領との面会後に行われたアメリカのトークショーにおいて、観客から「あなたはアリババの独裁者なんじゃないですか?」というイジワルな質問に対して、「そうならないように、なるべく早く引退するつもりです。人生、アリババのCEOをやるよりも楽しそうなことがたくさんあるし。」と宣言した通り、本当に若すぎる引退を発表したことは、有言実行だなと、更に敬意を深めました。

ジャック・マーはスティーブ・ジョブズと並ぶ21世紀を代表する起業家だと思っています。今回は、前編・後編でジャック・マーおよびアリババグループが中国に与えた変化について、解説していきたいと思います。

1.ジャック・マーの来歴

まず、簡単にジャック・マーとアリババグループの来歴をおさらいしましょう。1964年、中国の杭州産まれの54歳(2018年現在)のジャック・マーは、1999年にアリババグループを創立し、今年で19年目になりました。

創立当初は、金なしコネなし技術なしの状態で、自宅のリビングの一室から17人の社員を率いてスタートをきりました。これが当時のビデオです。

まだ創業して間もない零細企業のときから、アリババとeBayを並べて語るこ姿からは、グローバル企業を目指していくというジャック・マーの強い意志が垣間見えて、まさに圧巻です。

そして、アリババグループは、TaobaoとT-mallという中国版AmazonたるECサイトをメインに事業展開していきました。現在は、EC事業を収益の柱に、金融やクラウドなど幅広い事業展開を手掛けており、世界時価総額ランキング7位である時価総額50兆円(2018年8月末時点)にまで成長しました。

日本で、アリババグループやジャック・マーと聞くと、事業規模のスケール感や、若き日に孫正義から資金調達を受けたイメージを持つ方が多いかと思います。前半では、そんなジャック・マーが中国社会に与えた物理的なイノベーションについて、後半では、精神的なイノベーションについて、解説していきたいと思います。


2.ジャック・マーが中国社会にもたらした物理的なイノベーション

まず、中国でEC事業を一から構築する時に、最も障害となったのは、何だと思いますか。

偽物を掴まされるのではないかという不信感、決済への不安、国内の脆弱な物流システム…などなど。

結論として、これら全てが、大きなハードルとなって、中国のEC産業に立ちはだかりました。「中国でECが普及するわけがない」という声が、当時の民衆の総意であり、そんな事業を本気でやろうとするなんて狂っている、あいつはほら吹きだと、アリババを創業した数年間、ジャック・マーは中国国内で、常に白い目で見られていました。

しかし、今や、中国のEC市場規模はダントツの世界一であり、2020年までに、更に+25%まで拡大する見込みです。

※出所 :eMarketer,Feb2018より

更に、小売業全体から見たEC利用率(消費者が、日常でどれくらいの割合の消費をオンラインで行っているのかという調査)も、中国は14%と日本(7%)より遥かに普及しています

つまるところ、アリババをはじめとする中国のインターネット企業は、先ほど挙げた様々な問題に1つ1つ挑んでは、完全なる解決とまでいかなくても、皆が積極的にECを使いたくなるくらいまで、改善させることに成功しました。まさに、常識を打ち破るイノベーションを、いくつも引き起こしたのです。

それらの事象について、ひとつひとつ、具体的に解説していきたいと思います。

① 物流システムの構築


以前、北京から上海まで荷物を送ろうとしたら、ゆうに1週間は掛かりました。更に、たちが悪いのは、「常に1週間」ではなく、時には4日で届いたり、遅い時には2週間掛かることもザラであり、荷物紛失も日常茶飯事でした。これでは、安心してインターネットで買い物が出来るわけがありません。

そこで、アリババは2013年に広東省深センで「菜烏網絡(CAINIAO)」という会社を立ち上げ、技術による物流革命を起こしました。

菜烏網絡は物流会社ではありますが、自社で配達手配をしているわけではありません。主要な物流企業・配達企業(日本で言えば、ヤマト運輸、佐川急便など)と提携して、ひとつの物流システムネットワークを構築し、運用をしています。

具体的には、リアルタイムで提携企業のトラックや倉庫の稼働状況を把握し、自動で担当を振り分けています。また、ビックデータやクラウドを導入して、ひとつの配達会社に業務が集中することを回避する判断をしています。そして、菜烏網絡からの指示を受けた順豊、円通、申通などの宅配業者が、実際に顧客まで荷物を届けるといった仕組みです。

Tencent(中国版SNS最大手)やBaidu(中国版Google)といった、IT業界大手も、アリババに追随する形で次々と物流システムネットワークに投資をしました。その中でも、EC業を主軸とするアリババは、倉庫や配送といった物流のサプライチェーン全体に巨額投資を行い、技術革新を進めてきました。

こちらは、アリババの倉庫内の最新型無人ロボットの様子です。
https://youtu.be/bvEzDNxj7hA

こうして、注文と配達を一元管理し、ビックデータと技術による配達の最適化させることによって、圧倒的な配達時間の短縮とコスト削減を実現させました。15年前、上海から北京(1300km)まで7日間掛かった配達が、現在では最短0.5日で届けることが出来るようになりました。そして、1個当たりの配達平均単価は10年間で半分近くまで下がりました。取扱量の拡大によるスケールメリットで経営効率が高まったのです。

また、北京や上海といった大都市では、このような荷物を運んでいる一人乗りの宅配カーが、無数に、街中で走り回っているのが見掛けることができます。どんな時間帯でも、どんな場所にでも、走っています。

「快递=宅急便」と印刷されていますね。

筆者が9月に北京に引っ越してきた当初は、驚くほどたくさんの宅配カーが出回っていることに、とても驚きました。3年前には全く見られなかった光景だからです。これらの配達員は、いったい、どこからやってきたのでしょうか?

中国では、農村部に戸籍を持つ人々は人口の4割を占める5億弱人います。そして、多くの若者が田舎から都市に出稼ぎに来るのですが、その受け入れ先として、かつては、深圳の組み立て工場や、都市部の建設ラッシュによる工事現場がほとんどでした。

しかし、中国の人件費高騰による工場撤退、不動産市場の低迷によって建設需要が低下し、農村部から出稼ぎに来ていた数千万人規模の人たちが職を失ってしまいました。

そんな彼らの求職需要を吸収したのが、宅配業界でした。

伸び行くEC業界とともに、莫大な荷物の配達需要が生まれたため、それに伴って配達カーの配達員の需要も急増しました。月8,000~10,000元(13~17万円)程度の月給での配達員募集に対して、多くの出稼ぎ層が喜んで、流れ込みました。この金額は主要都市のホワイトカラーの平均月収に相当するからです。このように、時代に沿って、古い産業の雇用が縮小していく傍らで、イノベーションによって、新しい雇用が生み出されていたのです。

今後、アリババは物流に対して1.7兆円を投じて、「中国全土の都市に24時間で配達&全世界への72時間以内の配送」を目指すと発表しています。

このように、現在中国国内で5億人強の顧客を持つアリババは、中国のアリババから、世界のアリババに進化すべく、2030年までに全世界で20億人の顧客の獲得を目指しています。

日本などの先進国から、絶望的に後れを取っていた中国の物流システムが、急激な発展を遂げ、世界最先端に躍り出る日も、遠くないのかもしれません。


②プラットフォーム上での信頼関係&決済に関する不安解消

これに関しては、アリババは現在メルカリなどが採用しているエスクローサービスとよばれる手法を使っています。

アリババでは、売り手に関してアカウントと身分証明書の紐付けを義務化し、偽物や不良品が発覚した悪質な売り手に関しては、発覚次第プラットフォームから永久追放するといった対策を取っています。更には警察とも提携しており、とある対談番組で、ジャック・マーは過去1年間で400人も刑務所に送り込んだと話していました。

また、EC利用率は、世代間のインターネットに関する考え方の違いにも大きな影響を受けています。例えば、筆者の両親(1960年生まれ、58歳)は、「技術によって、どんなに安全性が上がろうが、信用できない。なるべくインターネットでは買い物したくない。」という考え方です。しかし、80后と呼ばれる1980年代生まれ以降の30代より若い世代は、「多少リスクがあっても、便利な手段を使いたい。インターネットで課金すること、決済することに抵抗感はない」という考えを持っています。

統計上、中国人は小売における全消費額の14%をECで消費していると示されていますが、これは全世代の平均値であり、30代以下に限って言えば、肌感覚としてECでの消費は50~70%と非常に高い割合を占めていると感じます。例えば、3年前に結婚した従妹のお姉さんは、結婚式における小物や招待状から、ウェディングドレスまで全てTaobao(アリババのECプラットフォーム)で購入していました。

このように、アリババをはじめとする中国のIT企業による優れたシステムと技術の発展、そして、新しい価値観を持つ若い世代の購買力の向上によって、中国のEC市場は大きく伸びているのです。


③その他、アリババが生み出した物理的イノベーション

更に、インターネットを通じた決済という文脈で、アリババが引き起こしたイノベーションはこれに留まりません。Alipayという、スマホでQRコードを読み込んで行う決済サービスが中国で大流行し、中国では一気にキャッシュレス化が進んでいます。

先日、アリババの本社がある杭州で、ある泥棒が、立て続けに3軒のスーパーマーケットを襲ったというニュースがありました。そこで、驚くのは、その泥棒が大型スーパーを3軒も襲ったのに、1800元(3万円程度)しか窃取することが出来なかったということです。それはなぜかといえば、今の時代、スーパーを訪れるほとんどのお客さんは、現金ではなく、スマホで決済するからです。

図らずも、イノベーションは泥棒の生業すらも、奪ってしまったようです。


3.総論

このように、ジャック・マーが率いるアリババは、様々なイノベーションを通じて、中国社会を物理的に大きく変えました。もちろん、これはアリババだけの功績ではなく、中国版SNS企業の巨人、Tencent社やEC市場2位のJD社など、中国インターネット業界皆の努力の賜物です。

その中でも、筆者がジャック・マーに注目する理由。それは、彼が「物理的」なだけではなく、「精神的」にも中国社会に大きなインパクトを与えているからです。

起業前、6年間大学で英語を教えていたジャック・マーは、自らのアイデンティティを教師であると語っています。そして、「自分はアリババのCEOよりも、教師をしていたほうがよっぽど向いている。いい仕事ができる自信がある。そのうち、教師に戻りたい」と、中国の教師DAYである2018年9月10日に、2年以内にアリババを引退し、今後はジャック・マーCEOから、ジャック・マー先生として慈善活動と教育活動に打ち込むことを発表しました。

「わたしは成功して、色々な世界をみた。世界中の、さまざまな業界に君臨する人物と接する機会があった。そのような幸運に恵まれた身としても、皆に自分自身の体験や学んだこと、未来に関する考えをシェアする使命がある」

そのような意図のもと、ジャック・マーは実に、中国内外、様々な場所で、様々な立場の人の前で講演を行ってきました。


後半では、ジャック・マーが公の場で語ってきたこと、そして精神的に中国社会に与えた影響について話してきたいと思いますので、楽しみにしていてください!

<後編です!↓>



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