見出し画像

読書記#5「この世の喜びよ」

先月、第168回芥川賞が決定した。
いつもというわけではないけど、芥川賞は気にしてる。なんとなく。
たぶん、中学校のころ兄から「読んでみろ」と渡されたエッセイが、
村上龍で、その村上龍にハマって、色々と著作を読んでいたときに、
芥川賞受賞作である「限りなく透明に近いブルー」に出会って、中学生か高校生だった僕は、その内容に衝撃を受けたから。それに、その後、村上龍が芥川賞の選考委員も務めていたから。

村上龍の本は、暴力とか性行為とか、そういう普段の日常生活ではなかなか目にしないものを見せてくれた。特にその世界のリアルな感じにのめり込んだ。学生のころ読んでおいてよかったと思う。きっと今読んだら全く違う感想を持つことになるのだから。今から読み返すのが楽しみ。
一番好きだと印象に残っているのは「愛と幻想のファシズム」。 
内容はほぼ覚えていないけど、上下巻でいつもカバンに入れて電車とか教室で読んでた思い出がある。

と、そんな芥川賞なので、この前ツタヤに行った時に目に飛び込んできた本を買ってみたのがこの本「この世の喜びよ」だった。

3つの小説が収録されていて、一番ボリュームが大きいのがタイトル作の
「この世の喜びよ」。あと2作は「マイホーム」と「キャンプ」である。

で、「この世の喜びよ」は、読んでいて視点というか場面がパッパと入れ替わるので、よくわからなくなる。でも、もしかしたら母親の心境ってそんな感じなのかもしれないと思ったりする。

目の前にしていることとは全く違う過去の思い出のことを考えていたり、急に後悔したり、あの時は楽しかったなと想起したり。
主人公の女性は50歳くらいだったかな。娘がもう20歳越えてるくらいなのでそんくらいかな。50歳となると、自分の妻というよりは、母親のことと重ねて考えるようなイメージで。

本当に母親という立場って複雑だなと思うし、大変。
社会生活における女性という立場とか、職場における母親+女性の立場とか、家庭における母親の立場とか。この本の主人公の様子見てたら、思い通りに行かないことだらけで、もやもやしてしまう。
それと比べて、恐ろしいほどに自分って考えてないなと。というか、考えないで済むような環境で生かされているんだなと。そんなこと考えた。

「マイホーム」の方はもう本当によくわからなかった。
マイホーム購入のために、モデルハウスに1泊する女性の話。
子供は泊まれないので、旦那に預けて、自分1人でモデルハウスに泊まる。
その時のことを書いてるんだけど。旦那が言い方が最悪すぎてマジで別れた方がいいよと思うんだけど、そうもいかないんだろうなぁとか。
あ、自分がこの旦那みたいなことあったかもなとか笑

「キャンプ」はうん。なんとなく共感できるとこあったかな。

そのうちもう一回読もう!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?