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It's OK.貴方が見た夢

(トップ画像:canvaAI画像生成)

ねえ、わたしの夢の話を聴いたところだけど

君が、私の淹れたホットココアのカップを柔らかく両手で包みながら問う。

貴方も夢を、見たみたいね。

私は思わずハッとして、持っていたカップを取り落としそうになった。
油断していた。

先頃、この地上の人を含む動物は元より、植物、微生物に至るまで、見る夢は電子信号となって記録する事が可能になった。

大きく分けて、春の夢、夏の夢、秋の夢、冬の夢。
またさらにそこから細かく分類されるのだが、兎角厄介なのが春に見る夢である。

なんといっても春という季節は、
冬の厳しい寒さをじっと耐え続け疲弊した心身を解き放ち蕩かす、

言わばホットココアのような甘く香りたつ存在だからだ。

聞かせて頂戴。
どんな震えるような、恐ろしい夢だったの?

あなたはすらりと伸びた漆黒の睫毛の奥に、艶めく好奇心を宿している。

そう、あなたの観察眼は鋭い。
隠し通せる訳もない。

そうだ、私も見たのだ。
あの、春特有の、媚薬に似た蕩けるようなドリィムを。
更に恐ろしいことに、「春の夢図書」最新号の一億七千三十九巻に早速刻まれてしまった。

既に全人類の目に、赤裸々に晒されていることだろう。

心許無く浮遊する私の気の毒なその夢は、観るものそれぞれに好き勝手に解読をされ、その者の都合に沿った、その者の心地よい解釈の中で、散り乱れる花びらのように翻弄されているのだ。

残酷にして、なんという屈辱。
夢は、私だけが知るべきものであるはずだ。

きみも観たのか。

私は震えそうになる声帯にぐっと力を込める。

これからよ。
その前に貴方に、
見ても良いかどうかを聞いてみたかったの。

いたたまれない。

私は夢を見た、確かに。

そして今、目の前のきみも、それを覗こうとしてる。

どうか、

見てはいけない、触れてはいけない。
春見る夢とはそういうものだ。
だからこそ、魅力的で人々の心を離さない。
ものすごい粘着力で人生を狂わせてしまう。 

恐ろしい。

誤解のないように聞いてほしい。

この先私の口から溢れる言葉は全て言い訳にしかならないのかも知れない。

しかし、どうか、私の本心を聞いてほしい。

きみは、ふと瞳を和らげ、私に柔らかく口づけをする。

it's OK大丈夫よ。

私は一瞬眩暈のような感覚を覚える。
そして絞りすぎた喉に無理やり細い管を通すよう、空気を送り込む。

それは、どういう事。

きみは私のほんの間近、睫毛の触れるほどの距離で甘く微笑んでいる。

ああそうか。
やっと私は最も大切にしている現実に戻るのだ。

そして気付く。

きみと私のリアルは、今ここに在る、という事を。

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