春夢、遙か。【春弦サビ小説】
『あんた……』
握りしめた拳に爪がくい込み、血が滴り落ちる。
見るも無惨な有様。
痛めつけられた痕、無数の切り傷。
あたしを愛でてくれた手は紅に染まっていて、温度を失っていた。
あたしを見てくれた眼は、
あるべき所に収まっておらず。
あたしを色んな場所へ連れて行ってくれた足は、ひとつ無かった。
あたしに約束してくれた話は
もはや春の夢。
薫は疾走る。
大切な人を奪っていった輩の居る場所へ。
薫の思い出は疾走する。
あの人との幸せな日々。
もう帰らないあの人。
ならば、あたしも帰るまい。
役人の詰所。
詰所の外には桜。花弁が散る。
詰所の見張りを斬り倒す薫。
一刀両断、容赦無し。
詰所内へ扉を蹴破り突入する薫は
修羅と化した。
詰所内にも桜が舞っている。
あたしの手から零れ落ちて行く花弁。
それはあなたの命のようで。
「曲者だぁ!!であえ!であぇ!!」
深く前傾姿勢になる薫は突きを繰り出す構えだ。
女性の突進からの突きとは思えないほどの威力。
貫かれながらも男は吹き飛んでいく。
ひとりの役人が呟いた……。
「咎崎 薫……」
先の大戦で『牙刀』との異名をつけられた伝説の女。
放たれた突きは牙のような鋭さだと謳われている伝説。
ーーあたしの夢は、この戦場に置いていく。
『牙刀』が唸りを上げて宙を斬った。
サポートなんてしていただいた日には 小躍り𝑫𝒂𝒏𝒄𝒊𝒏𝒈です。