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音楽トリビア「自由民権思想と音楽🎵 明治時代の演説歌」

💚みなさま、こんにちは💚
マイトリの「音楽トリビア」の時間がやってまいりました。
おやつをご用意させていただきましたので、どうぞご遠慮なく、

召し上がりながらお読みくださいね。絵に描いた餅? お餅はないですけど😂

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さて、本日は「オッペケペー節」のトリビアです。

オッペケペー節は、演説歌(演歌)ともいわれる、流行歌です。都はるみとか森進一の演歌とは違います

大阪の落語家、桂藤兵衛の新作を元ネタとして、
その弟子である 川上音次郎かわかみおとじろうが、
明治22年頃に寄席で歌い始め、そののち、壮士芝居(📌後述)を組織するに及び、余興として狂言の間に、
うしろ鉢巻に赤の陣羽織、日の丸の軍扇をかざして歌い、世に広まった。

川上音二郎は、放浪生活の末に福沢諭吉の書生、警視庁巡査などを経て、
自由民権運動に関わり、街頭や芝居小屋で政治演説を行っていた。
自由民権運動の時に、なんと180回以上も逮捕されているという記録が残っている。
しかし音二郎は、逮捕されずに自分の主義主張を訴えるにはどうすればいいかを考え、結果「芸」を利用することを思いついたのだ。

         🔶🔷壮士芝居(書生芝居)🔶🔷

明治前期に自由党(板垣退助結成)壮士たちによって始められた演劇。
後の新派劇発生の源流となった。
1887年(明治20年)の保安条令発布以来、政府の政治運動弾圧は厳しさを加え、政談演説が全面的に禁止された。
そこで自由党壮士たちは官憲の取締りの盲点をつき、演劇を通じて自由民権思想を鼓吹し、大衆を啓蒙しようと思い立った。

🎈「音二郎(おとじろー)」と間違って、「おーじろー」の画像をヘッダーに使ったことを それはもう確信犯でしょう  お詫びいたします😂

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    1900年(明治33年) パリの万博で公演する 川上音二郎
            ~画像はネットより~

政治や時世を風刺した歌詞は、その終わりに必ず、
「おっぺけぺ、おっぺけぺっぽう、ぺっぽうぽう」という拍子詞がつく。

「おっぺけぺ」とは、それ自体は特に意味を持たないが、おっぺけぺ節が
自由民権思想を鼓吹した演歌であることから、官僚など特権階級や上流階級、またそういう地位にある人を嘲う言葉として使われることが多い。

歌は「権利幸福嫌ひな人に 自由湯をば飲ましたい」と始まる。
この自由湯とは、自由党のことである。

この演歌(演説歌)には、メロディーがなく、
リズムに言葉をのせている「ラップ」である。

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↑ 楽譜には、メロディーがなく、リズム譜になっている。
明治時代なのに、ラップ?サランラップやクレラップではない
と疑問に思う方、ちょっと聞いてみてくださいね。

マラカス

大正浪漫・浅草オペラを愛した文士たち」では、
土取利行さんの歌・演奏の「ベアトリ姐ちゃん」をご紹介しましたが、
本日も、土取利行さん歌・演奏の「オッペケペー節」です。
明治大正の演歌師の残した歌を研究し、忠実に再現している、
貴重な音楽家です。

動画のぼんやりした写真は、心霊写真ではなく、川上音二郎です。
歌詞字幕あり(3:39)

参考までに、土取利行さんが再現している、演説歌「ヤッツケロ節」も
ご紹介します。
詞と曲は、川上音二郎ではなく、久田鬼石・吉田於兎。
こちらはメロディーがついた演説歌で、やはり政治を風刺したものです。
              (3:06)

本日もありがとう1s-