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ビジョン

彼の仕事は、平く言うとビジョンを定めて合意形成する仕事だ。

フクシマの映画を2本観た時に、もし自分たちの培ってきた経験が活かせる場所はここしかないなと思った。

と同時に問題が複雑に絡み合っていて、自分が生きている間には解決できないんだろうなとも思った。自分一人ができることなんてたかが知れてるんだろうなとも思う。

会社組織のような「する」の場所は、役割を変えたり、辞められるという選択があるから比較的に進めやすい。

でも地域というような「いる」が土地と紐づいている場所は、辞めるという選択が取りづらいから合意形成がしづらい。しかも立場や価値観の違う人間がいるわけで、その中で合意形成しながら決めるというのは、心労を極めることが容易に想像できるし、映画の数時間でもひしひしと伝わってきた。

多くの人は蓋をしたくなるし、面倒さに回避したくなるだろう。たぶん見ないふりして過ごした方が安心安全に生きられるんだと思う。

ただなぜ惹かれてしまうのだろう。

きっとそれが「生きている」ということだからだ。悲しいし、怒りもあるし、誰かのせいにもしたくなる。それが本来の人間なんだと思う。馬とジョッキーの話で言うと、非常時の場面で馬が剥き出しになる。醜さもあるし、清濁合わせ持ちながら決断しなければならない。政治家が暗殺される気持ちもよくわかった。ただ間違いなく虚構ではない。

彼の仕事は、平く言うとビジョンを定めて合意形成する仕事だ。

どこまでできるのかなと思う。下手すると無力感を覚えてしまうかもしれない。単にお金のためだったら、もっと楽して稼いだ方が絶対いい。マジでそう思う。それでもなぜか呼ばれていて、馬が向かっている。

きっと蓋して誰かが解決したら悔しいんだろうなぁ。とジョッキーは眺めている。やるだけやったらいいんじゃない?と優しく見守っている。

今そんな気持ち。