躾はあくまでオンライン

「あーーー! 俺も異世界転生してーーーー!」
 親友の颯(はやて)が傘をぶん回しながらそう叫ぶのを、辰尾(たつお)はあきれた目で見ている。
「俺もトゥルワの世界行ったら無双なのに! 俺ツエーーーー! ってなるのに!」
 トゥルワとは、トゥルーワールド・オンラインというゲームの略である。その知識は持っていながらも、辰尾は興味なさげに颯をいさめる。
「……そんなことよりテスト。勉強」
「はあ? 俺たちまだ小5だぞ? テスト勉強するなんて言ってるのお前だけだぞ。それにトゥルワやってないのも」
「それは、まあ」
「俺のかーちゃんととーちゃんに遠慮してるのかもしれないけどさ、べつに好きにしていいんだぜ? お前の家でもあるんだし。ゲーム一個増えるくらいなんも言われねーよ」
「うん……ありがと」
 辰尾は颯の家に引き取られた孤児である。颯は辰尾が積極的に遊ぶ姿を見たことがないが、それは遠慮しているからだと感じていたのだ。
「タツオはわかんねーかもしんねーけどさ、俺マジゲームの才能あるんだよね」
「……! そうなの?」
「そうそう。マジ。個人ランクで一位」
「へえ、学校で?」
「ううん。全国」
「全国って……世界中で?」
「そう。世界一」
 辰尾は驚きと哀しみが入り交じった顔で颯を見た。
「こんなに才能あるなんてさ、俺マジ異世界に召還されるかもしれない」
「……どういうこと?」
「マンガとかゲームとかでよくあんじゃん。『世界を救うのにあなたの才能が必要です。こっちの世界にきて、勇者となり、世界を救ってください』by姫。みたいなのさ」
「……よくあるかなあ?」
「あるって。やってるゲームがデスゲームになってて、でもめっちゃ強いやつがクリアして世界救われるとか」
「……万が一そうなったら、ハヤテくんは世界救えるの?」
「救える救える。余裕だね! 早く異世界からの遣いがこないかなー」
「そこまで言うなら仕方がない」
 辰尾は急に低い声を出した。
「え?」
「お前を異世界に招待しよう!」
 辰尾は腕をばっと広げた。
「………………」
「………………」
 しかし何も起こらない。
「お前、冗談とか言うんだ」
「……うん」
「なんか、ごめんな。俺が異世界いきたいっていうのにノってくれて」
「……うん」

 学校が終わると一目散に颯は家に帰ってくる。一緒に登下校している辰尾も必然的にとても速い帰宅を強いられてしまう。
「颯ー、宿題やってからゲームしなさーい」
「今日ねーから!」
「嘘おっしゃい! 辰尾はやってるわよ!」
「タツオだけ宿題でたー」
「そんなわけないでしょ!」
 颯は靴とランドセルを歩きながら脱ぎ捨て、スマホを手に取りソファーに寝転がる。トゥルーワールド・オンラインのトップページから、ログイン。
 途端に画面が真っ暗になる。
「あれ? ケータイ壊れた?」
 颯は体を起こして、さらなる異変に気付いた。
 画面だけじゃない、周りの全てが真っ暗になっていた。
「――燐光(フォスフォレンシス)」
 淡い光が灯り、その先に『マジやっちまったー』と思いっきり書いてある顔が浮かぶ。辰尾だ。
「――転移(トランスファーレンス)」
 辰尾は颯の手を取りなにかを呟いた。瞬間、ふたりの体は砂漠の真ん中に立っていた。奇妙な形のサボテン、遠くに見える街、全てがトゥルーワールド・オンラインのスタート画面にとてもよく似た場所だということに颯は気づいた。
「タツオ? ……これどうしたの? 夢?」
「説明すると長くなりますが……」
 辰尾は流暢に語り始めた。
「この世界があなたにとっての本来の世界。今まで日常だと思っていた場所が異世界だったのです」
「お前、またふざけてんの?」
「あなたはこの世界の王の息子。邪悪で低能な魔物が跋扈するようになってしまった世界で子供のあなたを育てられないと、王が異世界に送られになったのです。私は王子に何かがあったときのため、護衛として一緒に送られました」
「うんうん、それで?」
 颯は半笑いで話を促す。いつ冗談だと言われても笑うタイミングを逃さないように。
「しかし、完全に平和な異世界に染まってしまっては将来この世界に戻ってきたときに差支えます。そこでゲームを通じてこの世界観に慣れて頂くようにこの世界によく似た世界観のゲーム、トゥルーワールドを流行らせました」
 颯はもはや半笑いすら保てなくなっていた。一緒に育ってきた友人が、おかしくなったのかとさえ思った。
 早くネタばらしをしてくれ。冗談だって言ってくれ。颯は必死に祈る。
「もう帰りたい。ゲームのほうのトゥルワをやりたい。今日からイベントなんだよ」
「何をおっしゃいます! 王子がトゥルーワールドで無双できるほど強くなったとおっしゃられたからこそ、私がお戻りになる時期を早めてこちらの世界に戻したのです。王子の世界一のお力があれば、王国の危機も救えるだろうと。それほどまでにこの世界は魔物におびやかされている。この砂漠もかつては緑溢れる草原だったのですよ!」
「王はなにやってんの? もっとしっかりしてればこんなことにならなかったんじゃ……」
「だまらっしゃい! いくら王子といえども、死と暗黒を司る王・モルグワード様の悪口は許しません!」
「うわ、めっちゃ悪そうな名前」
「もちろんです。魔王ですから」
「魔王……ちなみに俺のこの世界の名前は?」
「ハヤテ様です」
「お前は?」
「魔知将、トレイン・ドラゴニール」
 名付けの格差の違いにハヤテはくらくらした。
「なんで魔王の世界が魔物に襲われてんだよ」
「恐らく西の魔女・エリュシール・ド・ズァングヴァンガの作った暗黒魔術生物かと」
「ちなみにもう一度俺の名前は?」
「ハヤテ様です」
 辰尾あらためトレイン・ドラゴニールが言うのと同時に背後に巨大な芋虫が現れた。
「これは! モンゴリアンサンドワーム! めっちゃレアじゃん!」
 ハヤテはディスガイドの世界で愛用の片手剣を構えた。つもりだった。
「武器がないーーーーーーーーー」
 間抜けな叫び声とともに、ハヤテと辰尾あらためトレイン・ドラゴニールは吹っ飛ばされた。

 その場は辰尾あらためトレイン・ドラゴニールの魔法で切り抜けた。
 しかし、魔王に相談せずに王子を世界に連れ戻したこと、その独断のせいで王子に死の危険を合わせたことで魔王城についた途端に極刑に処された。
 辰尾あらためトレイン・ドラゴニールは死んだ。
 でも魔属だったのですぐに生き返った。

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