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【SS】ミューズに捧ぐ

「春と風のシンフォニー」
楽譜のタイトルにそう書いてある。僕が作った曲だ。今回、作曲家の登竜門と言われるコンテストの本選に残ることができた。やっとここまで来た。だいぶ時間をかけたけど、ようやくここまで来た。
作曲家として生きていきたいと夢見始めたのはいつだろう。同じ志を持つ仲間に出会い、作品を批評し合った。その内容が厳しすぎて激昂したこともあった。自信を無くした時は慰め合い励まし合った。共に夢を語り合い、切磋琢磨した。僕と仲間たちにはバラ色の未来しかなかった。だが、現実は厳しい。コンテストでは第一次審査を通れば良い方で、大半が一次審査すら通らなかった。共に頑張っていた仲間たちは厳しい現実に時が経つにつれ一人、また一人と夢を諦めていった。他の職に就いたり田舎へ帰っていった。気がつけば僕は一人になっていた。僕は仲間の後ろ姿を見て逆に意地になり、ひたすら曲を作る日々を続けていた。
ある春の日の午後、僕は公園でひなたぼっこをしていた。あの時僕は心が折れかかっていた。何度応募しても結果が出ない。すっかり自信を無くしていた。今度のコンテストがダメなら作曲で食べていくことを諦めようと思っていた。でも今まで音楽しかしてこなかった僕に他のことができるだろうか。夢を諦める痛みと将来の不安が心にのしかかっていた。その時だった。
「ちょっと、あんまり遠くまで行かないでよ。」
遠くから母親らしき女性の声が聞こえて思わず顔を上げた。
「はーい!」
5,6歳くらいの女の子が大きな声で返事をして広場の真ん中でスキップを始めた。ピンク色のスカートをなびかせてスキップをする女の子は春の光と踊っているようだった。肩まで伸ばした髪が風になびいているの見た瞬間、僕の耳の奥にメロディーが聞こえてきた。そのメロディーは女の子のダンスの伴奏のようだった。何だかよく分からないけど動悸が早くなってきた。心もどんどん高揚してきた。書きたい!この曲を書き起こしたい!僕は立ち上がり走り出した。もう音楽を諦めることも将来の不安も心の中から消えていた。
今日は本選の審査演奏会。もうすぐオーケストラが僕の曲を奏でる。それを思うだけで僕の心は沸き立つ。あの日出会った女の子はミューズだったのかもしれない。だったらこの曲はミューズのための曲だ。今日の結果はまだ分からないけど、この演奏はあの子に捧げたい。心からそう思った。指揮者が登壇する。会場から拍手が沸き起こる。指揮者が指揮棒を掲げた時、あの女の子の笑顔が見えた気がした。


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最初はラブストーリーだったはずなのに、夢に手が届きそうな青年の話に化けていました😅なんででしょうね😅不思議ですね🤣🤣

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