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バイトサボる理由が尽きたため賭けに出たら色々ややこしくなった小説


バイトをサボるために「親友が亡くなったので葬式へ行く」という嘘の申し出を勤務先に連絡したところ、店長が線香の一本でもあげたい、と唐突に言い出したため急遽見知らぬ人の葬式に参列するはめになった。

翌日、喪服に着替えて店長を車で迎えに行った後に事前に目星を付けていた近辺の葬式場に向かって車を走らせたが、運悪くも葬儀が開催されている様子の会場がなかなか見つからず、助手席の店長に「あれ、場所が違うな」等、言い訳を述べつつも4箇所目にしてようやく葬儀が行われている会場を発見し、すかさず僕は式場の駐車場に車を停めた。

我々は数珠を腕に装着し身なりを整えてから勝手に親友となった全く見知らぬご遺体があるであろう式場へ向かう道中「若いのに可哀想だったな」「残念だったな」と慰めの言葉を口にする店長に対して「はい、バイクの交通事故で」等と、まことしやかに嘘を並べながら何とか会場の前に到着することができた。

入り口で受付を済ませるとご遺族の方に「本日はお忙しい中、お越しくださり誠にありがとうございます」と丁寧な挨拶を交わされ、我々も心からお悔やみの言葉を申し上げた。すると、ご遺族の祖母と思われる女性が頬をつたう涙をハンカチでぬぐい、悲しみなげきながら語りかけてきた。
「あの子はとても優しい子でね、夜になるといつも一緒の布団で寝てくれていたの。去年のお誕生日に買ってあげた首輪をとても気に入ってくれてね、どこへ行くにもそれを着けて出かけて行くから私も嬉しかったの。最後まで親孝行な子だったわ」

微妙に言葉の意図が読み取れず、色々とややこしくなりそうなので「お察しします」とだけ返答を返してそそくさと店長を式場へ誘導した。
既に葬儀は始まっており、和尚さんがお経を読み上げている中、一度も面識の無い亡くなった親友の元へお焼香を上げる為に我々が祭壇に歩み寄るとそこには
「故 山中ポン太」
と書かれた位牌と共に、綺麗な花々に囲まれた満面の笑みを浮かべるコーギー犬の遺影が飾られていた。

まさかと思ったが、どうやら盛大なペット葬に参列してしまったようだ。
また会場間違えました、と祭壇の前に立ってしまった以上言い訳をする余地がなくなり動揺を隠しきれなくなった僕は咄嗟に「ポンちゃん・・・」と呟いてしまい、事態は亡くなったコーギーが親友だった、という設定に急展開してしまった。
満面の笑みを浮かべるコーギーの遺影を見つめ、強行突破以外の手段を失った僕は「あそこに眠っているのが僕の親友です」と吹っ切れたように言い放った。バイトクビになることも視野に入れながら店長をみると意外な事に彼は既に目に涙を浮かべていた。
「残念だったな、バイクにさえ轢かれてなければ。きっと今は天国で楽しくやっているよ」店長は優しい男であった。
「はい、そうですね、よく散歩に連れていってあげてたんです」

火葬の時間になり遺族の方々は各々生前の「ポン太」が好きだったであろう食べ物や遊び道具のおもちゃ等を棺に入れ、最後にお別れの言葉を交わしていた。
僕は「彼が好きだったんです」と人間を想定して持参していたミスチルのCDしかなかった為、それをお供えした。
見ず知らずの犬の葬式に出席した我々は葬儀を終えると、最後に飼い主の女性に話しかけられた。
「わざわざポン太のために来てくれてありがとうございます。あの子もきっと天国で喜んでいるはずです。18年も生きれば大往生です」
僕たちは深々と頭を下げ、式場を後にする事にした。車へ向かう途中、ご遺族の祖母に呼び止められた。
「すみません。ところであなたたち、どちら様なんですか?」

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